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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第1章 血みどろな童話の世界へ
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第23話 白黒姫の赤い口付け⑥

 地下の部屋からも、太陽が昇っている様子は見えた。それを数え、大まかな日付を把握していた。

 恐らく月に一度、家族という血縁者の団体で集まって食事をする。

 他の者たちはもっと多くの日数集まっているのかもしれないが、私が地下から出るのは月に一度だった。


 今日は“その日”だ。


 普段は楠英昭と使用人の3人で行動するが、今日は何故か別れた。当然使用人は双方についている。

 理由は分からなかったが、いつもは行かない場所へ行けた。そのことに冒険心を持ったのは間違いない。


 その心を壊す様に、大きな物音がした。


 「様子を見に行きます。ついて来て下さい」


 大きな物音がした方へ向かう途中、不自然に扉が開いている部屋があった。何気なく、本当になんのつもりもなく、覗いた。

 そこには大柄な男数名に囲まれ暴行を受けている楠英昭がいた。


 「大変…!誰か呼ばなくては…!」


 芝居がかったその表情と言葉に、思わず問いかけた。


 「お前は本気でそう思っているのか」

 「どういう意味ですか…?」

 「そう見えないから聞いただけだ。呼びに行くなら好きにすれば良い。ただ、いくらでも方法はあると思わないか」


 使用人は首を傾げただけだった。本気で助けようと言うのなら、私を引っ張ってでも早く人を呼びに行こうとするはずだ。


 「わぁい!こんなところまで来たの初めて!あ、お父さんだ!」


 誰でも思い付く方法だ。権力ある者の存在をちらつかせれば良い。但し、その者の指示で行っている場合は無意味だが。

 兎も角、駆け寄るふりをしてこの場から立ち去る。そしてまた戻って来て様子を見れば良いだけだ。もちろん、そう遠くまでは行かない。


 「取り乱してあのような判断も出来ず、申し訳ございません」


 あくまで嘘を突き通すのか。


 「いつも暴行を受けているが、大抵の場合傷自体は大したことがない。恐らくなにかの演出だろう」

 「助けて差し上げようとは思わないのですか」

 「私になにを求めているのか知らないが、効果がないことなど疾うに分かっているはずだ。止めてやれ」


 時折憂さ晴らしに本気で暴行されていることも分かっている。その演出に応えてやれない者の元へ送られたことも含め、憐れだとしか思わない。


 「何故そう思わないのですか」


 全てを守ることなど出来はしない。そのとき守るべきもの、守りたいものを守るために、なにを捨てるのか。非情な判断をすべきときが必ずある。


 楠英昭の母親と同じだ。

 私と共に地下で幽閉され、加減されていることが多いとはいえ暴行を受けている。そんな我が子を見放した理由。

 それは、他の我が子を守るためだろう。


 「助けたければお前がなんとかすれば良いだろう。母親とはそういうものだと、本に書かれている。私に文句を言う暇があるなら父と会う約束を取り付けろ」

 「…はい。しかし願いを聞き入れていただけるとは思えません。どうか、力を貸していただけませんか」

 「私になんの益がある」


 演出であるのなら、目的がある。暴行を止めるに足る理由があるのか。それ以上の益を提示出来るのか。


 「目的への近道を示せ。心は捨てろ。それが息子を救う一歩だろう」

 「絢子さまは心が痛まないのですか」

 「これが、心が痛む者の言うことだと思うのか」


 使用人は、何故か微笑んだ。


 「いいえ。しかしお優しいことは良く分かりました」

 「奇妙な者だ」

 「いつか必ず、この両腕で息子を抱きしめます」

 「そうか。叶うと良いな」




                  ***




 …久々にあの日の夢を見た。


 数日後、私はその者の右腕が切り落とされるのを見た。正しくは、見せつけられた。理由はよく分からない。

 ただ、私を優しいと言って笑った者の願いが、文字通り断たれた。それを見て、妙に苦しくなったのを覚えている。


 「おはよう」

 「おはようございます」

 「怖い夢でも見たのかい」


 そっと頬に触れると、頬に付いていたのであろうなにかを指で拭う。


 「きっと、怖いと思わなくてはいけない夢を見ました」

 「時間をかけて歩みを進めれば良いんだ」

 「しかし…」


 なんと続け様としていたのだろう。なんと続けば良いのだろう。


 「全く、君はよちよち歩きで見ていられない」


 そっと抱き寄せられる。頭に触れた手が、優しく往復する。


 「焦る必要はない」

 「…はい」


 本当に良いのだろうか。良いのだろうか。


 「霞城、女性が寝ている部屋へ侵入したと思ったらなにをしていますの」

 「おはようございます、双葉さん」

 「おはようご…違いますわっ。絢子さんもなにか言ってはどうですの」


 なにか…なにか…なにか、言うことがあるだろうか。

 そうか。


 「良い匂いがします。なにか食べてみえたのですか」

 「君へ朝食を用意したんだ。放っておくと君は一日に一食しか食べない」

 「食べる量を急に増やすと胃が驚きます。これでも増やしました」


 なにせ、一日一食は必ず食べる。そして腹八分目まで食べるのだから。


 「違いますわっ。恥じらいなさい」


 恥じらい…そういえば、弟が腹の虫を鳴らしたことがあった。そのとき皆に笑われて、顔を赤くしていた。双葉さんに聞こえてしまっただろうか。


 「腹の虫が鳴ったのが聞こえましたか。失礼しました」

 「僕には聞こえなかった。つまり僕より遠くにいる双葉さんには聞こえない」


 では、なにを恥ずべきなのだろうか。


 「あなたが問題ないのなら、そういうことにしておきますわ」

 「はい」

 「それより、朝腹の虫が鳴るのは良い傾向だ」

 「空腹ではありません。恐らく消化の音でしょう」


 明らかに表情を暗くしないでほしい。


 「しかし折角用意していただいたので、食べられる分はいただきます」

 「そうすると良い。消化の良さと栄養を考え、野菜のペーストスープだ」


 野菜…!?それは草だ。私は草など食べない。食べる者のことを否定はしないが、私は食べない。


 「これまで栄養を気にせず生活して来ましたが問題ありません。なので栄養は不必要です。それから、腹痛があるのでやはり朝食をいただくのは止しておき…」

 「好き嫌いは良くないだろう?」


 濃い色の液体が匙のくぼみに入れられ、迫って来る。


 「時間をかけて歩みを進めれば良い。そう仰ったはずです」

 「食事は別だ。死活問題なのだよ。今まで問題がなかったら、これからも問題が起こらないのかい」


 そう言われると、違うと答えざるを得ない。


 「こうしよう。一口は絶対に食べる。どうしても受け付けなければ、それで止せば良い。明日改良して持って来よう」


 明日…改良…しかしそれ以外の選択肢はなさそうだ。


 「分かりました…」

 「良い子だ。では口を開けて」


 霞城さんが差し出していた匙を咥えて口に入れる。


 「どうだい」

 「全く受け付けないということはありません。しかし…勘弁して下さい。草の味です。草です。これは草です」

 「分かった。頑張ったね」


 頭に触れた手が、優しく往復する。本部に戻って来てから特に、この優しさを奇妙に感じる。


 「こうゆっくりしていて良いのでしょうか。時間がないのではないですか」

 「焦っても良いことはない。経済のボスが引き継ぎに必要だと言ったのは一週間。出発はその後だと、そう君も聞いたはずだ」


 それは分かっている。それで問題ないと、どう判断したのかは分からない。しかし私には決定に従うことしか出来ない。

 だが私が言っているのは、そういうことではない。


 「戻って来て三日経ちます。霞城さんにも引き継がせることはあるでしょう。しかし私にはありません。それなのに何故、鍛錬をしてはいけないのですか」

 「君はまず、人間らしい生活というものを身に付けるべきだ」

 「これから戦場へ赴こうという者がですか」


 にこりと笑って頷く。


 「異能戦場にはルールがある。今の君ではそのルールを理解することが出来ないだろうという僕の判断だ。僕の言うことを信じるんだ」

 「戦場にルール、ですか」

 「僕の言うことを信じるんだ」


 その力強い言葉に、私は思わず頷いた。


 「では次だ」


 机の上に鏡と櫛が置かれる。


 「櫛を手に取って」


 あのときの光景がありありと浮かぶ。


 使用人としてではあるが、息子の髪を梳かすという役割を得た。そんな母親がどれだけ喜びを感じたか、私には分からない。

 その役割を一度も果たすこともなく、腕を落とされた。悔しさか悲しさか。そういったものが、どれだけあったかも分からない。


 本当は母親だと気付いていた楠英昭がどんな気持ちだったのか。私には想像も出来ない。


 「出来ません」


 あの親子が二度と触れ合えないのは私のせいだ。楠英昭を殺したのが私だからではない。きっと、あのとき母親にかけた言葉が間違いだったのだ。


 「分かった。では二度寝でもしようか」

 「はい…?」

 「夢を覚えているということは、眠りが浅いという証拠だ。睡眠で疲れを取ることも戦場では大切だ。分かるね」


 それはそうだが、二度寝をすることで人間らしい生活が身に付くのだろうか。


 「目が冴えてしまっているので、眠れそうにありません。料理がしたいです」

 「紅茶から察するに、食材が可哀想だ」


 はっきりと言われてしまった。


 「では、ひとつ質問を」

 「なんだい」

 「ボスが武闘組織での会合の際、西に攻めると仰ったのはどういう意味ですか」


 ため息を吐くと、頭の上で手を優しく往復させる。


 「君は休むという言葉を知らないのかい」

 「知らないのですか。それとも、“まだ”答えられないのですか」

 「少しは鋭くなったようで、喜ばしい」


 手をどけると、真剣な顔つきで私を見る。


 「まだ言えない。知りたければ、明日は僕の作った朝食を平らげることだ」


 言い終えた霞城さんの表情には、真剣さの欠片もなかった。

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