番外編 貿易組織のとある一日
ここ数日、ボスの様子がおかしい。正確に言うと、本部から帰って来てからだ。
「ボス、紅茶をお持ちしました」
何故かカップを覗き込んで、ため息を吐く。それから飲むようになった。
「おい、弓弦」
え、名前なんて一度も呼ばれたことがないのに。
「は、はい」
「その、お、いしいが、もう少し濃い方が好みだ」
教わった通り淹れてきたと言うのに。今まで我慢していらしたのか…!
「申し訳ございません」
「何度も言わせるな。お…美味しい」
??????????!
「ありがとうございます…?」
「さっさと行け」
「申し訳ございません」
ドアを閉め、振り返る。もちろん見えるのはドアだが…。一体どういうことだ。
死ぬから最期に優しいのかも。
そうだ、絶対そうだ。異能戦争になんて行きたくない。死にたくない。
***
「――ということがあった。佐治、本部へ行ったお前ならなにか知っているんじゃないか。あと異能戦争のことなんとかしてくれ」
「前半は知ってるよ。武闘組織の女性と出会ったからだね」
「詳しく聞かせてくれ」
色恋か?あのボスが色恋か?
「期待するようなことはないよ。その女性が淹れた紅茶が、カップを投げたくなるほど不味かったんだって」
「え!?言葉は厳しくても物を大切にするボスが!?」
「僕も初めに聞いたときは驚いたよ。それで、もう少し労わろうって決めたんだって。武闘のボスが教えてくれた」
なるほど…。ん?待てよ。
「もう少しってことは、労わっていたつもりがあったのか」
「みたいだね」
嘘だ
「佐治!」
「ボス、なにか御用ですか」
「鍛錬をサボってなにをしている。次あいつに負けたら分かっているだろうな」
「お言葉ですが、無理です」
佐治…???!殺されたいのか!
「だってお前、よく分かんないけど一番強いって言われて。変な噂が流れているし、格好がつかないだろ…!」
思ってた反応と違う!しかも佐治が一番強いって言われてるのよく分かってなかったのかよ。
「ちなみに、どのような噂ですか」
「…ロリコン」
「ボスの変化を絢子さんに恋をしたためだと思われたのかもしれませんね」
絢子って異能戦争へ行くっていう、あの?確かに…あの人が好きなら言われても仕方がない。
「あんな世間知らずで、紅茶もろくに淹れられない者に誰が!」
あれ?ボス半泣きじゃない?
「タイミング的に仕方がないかと。恋人を作ってみてはいかがですか」
「な…なにを言い出す!」
ボスが顔を赤くしている。よく分からないが、うちのボスは思ったより可愛いらしい。けど分かったところで意味はない。もうお別れだ。
噂の出所は間違いなく佐治だろうが、流石に殺されるかもしれないから黙っておいてやろう。
「ボス!このような服はいかがですか」
「何故俺に見せる。しかも何故ゴスロリなんだ」
「ボス!変わった茶葉を取り寄せました」
「ああ、そうか。今度淹れてくれ」
「ボス!」
あれよあれよという間に、ボスが囲まれる。
「佐治!見ていないで助けろ!」
聞こえないフリをしている。こいつ後で本当に殺されないか…?
「弓弦くんは知らないと思うけど」
悪そうな笑顔だ。なにを企んでいる。
「ボスは元々、からかい甲斐のある人物だよ」
噂はわざとか!
「それから誤解のないように言っておくけど、体術だけならボスは僕より強いよ。知らなかったでしょ」
「ああ、ビックリ情報だ」
「リーチの長い武器や遠距離の武器を持ったら多分僕の方が強いし、相手の力量を測るのも僕の方が上手い」
え…?ボスのこと貶してんの?
「たださ、すぐ勝負がついちゃうから上手くならないだけなんだよね。どっちも出来た方が良いとは思うけど、僕は今のままが良いな。面白いし」
「お…おう。佐治が歪んだ愛情を抱いているのは分かった」
「あー…、そうかもね」
にこりと笑ったその顔は、今まで見た中で一番良い笑顔だった。
「そんで、後半は無理。推薦したの僕だからね」
やっぱり言おうかな。