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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第1章 血みどろな童話の世界へ
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第22話 白黒姫の赤い口付け⑤

 ボスの提案により、『長靴をはいた猫』の詳細を聞く者は貿易のボスと総代のみとなった。そして、聞いた貿易のボスは唸った。


 「確かに戦場で役立つ異能ではなさそうだ。だが、本当に大丈夫なのか」

 「なにが」

 「異能戦争へ3人で赴くという話だ」


 正雄さんが異能を持つべきか否か。その話し合いの結果が出る前に総代が決定した意味が分からないのか。

 異能を持っていない者は邪魔になる。


 「常に3人ではいられない。お前が背中を預けられる、体術に長けている者を2名ほど連れて行った方が良い。後のこともある」

 「早々に死ぬんだとしても」

 「状況も分からないのに、断言に近い言い方をするんだな」


 異能の前で人は無力であることが多い。下調べが十分で弱点が分かっていれば違ってくるだろうが、こちらは弱点を知られている側。

 死体を増やす結果になるのは火を見るよりも明らかだ。


 「“貿易の”の護衛は起きてたけど、他のボスご自慢の護衛は起きていることも出来なかった。危機感のない者を連れて行っても意味がない」

 「我々もあの護衛が怪しいと聞いていれば警戒した」

 「全員に警戒されたら相手が警戒する。それに人を増やせば増やすほど、裏切者や洗脳されてる者が潜む確率が高くなる」


 使役等の異能によって襲って来る可能性も考えられる。自分の身は自分で守るべきだ。異能を持たない者は、それが出来ない可能性が高い。


 「“貿易の”が俺たちを心配してくれてるのは分かってる。だけど、それなら武闘組織の者たちにも同様にすべきだ」


 自分の周囲が平和だった故に忘れていたことについて言っているのだろう。

 同じ組織に属する者が大勢死んでいる。そうでなくとも、死の危険がある場所へ進んで行かなければいけない者たちがいる。


 「妙に武闘の者たちに肩入れするな」

 「本当は君も分かってるはず。だから君は理解しようとする。死への恐怖を、君は知ってるはず」

 「―――知っている。だから武闘の者たちが嫌いだ。死にたがりのくせに金をため込んでいる。死にたいのか生きたいのか、はっきりしない」


 5隊のどこへ行っても私は同じ生活をしていた。つまり、5隊の隊長へ来る前に賃金が搾取されていた可能性が高い。

 死にたがりというのは貿易のボスの個人的解釈のみだ。しかし死にたいのか生きたいのか、はっきりしないのは個人的解釈でも賛同する者が多いだろう。


 「何故そう思う」

 「5隊と4隊の基地近くの街で、嗜好品の購入が圧倒的に少ない。更に、食品は低価格のものが多く売れる。なんのために金をため込んでいるのか」

 「それはおかしい。賃金支給日の数日後のみ大きく金が動いてることは把握してる。いつ死ぬか分からないから、金が手に入れば散財するんだと思ってた」


 そういえば、賃金の搾取について話していないな。体裁を気にする様なボスではない。なにか狙いがあるのだろうか。


 「そうそう、2人には協力を仰ごうと思っていたんだよ。武闘組織で、賃金の搾取が行われている可能性があってね。今調査をさせているんだよ」

 「いつ、どのような経緯で発覚した」

 「ここへ来る前日、絢子くんと街へ行ったんだよ。街の賑やかさと羽振りの良い買い物の仕方に大層驚いてね。話を聞く内にその可能性があるのでは、とね」


 作った笑みを総代へ向ける。


 「ですので、総代には詳細が分かったら報告しようと思っていたんですよ」

 「何故この者から話を聞いて、賃金の搾取が思い浮かぶ」

 「絢子くんは武闘組織へ入って3年間、ずっと5隊にいたからね。これをあげたのは一昨日のことだよ」


 私の胸に付いている、胴の徽章を指している。


 「ボス、先一昨日です」

 「そうだったね」

 「細かい日付はいい。何故いつ死ぬかも知れない5隊に置いておいた」

 「私が5隊以外への異動を拒否し続けたためです」


 私を見る貿易のボスの表情は、ひどく驚いたものだ。珍しいことと分かってはいるが、そこまで驚く必要はあるだろうか。


 「この子が変わり者であることは、もう分かってる。そこまで驚かなくても」

 「それは分かっている。しかし何故3年間も低賃金で危険な5隊に望んで居続けただけでなく、報告もしなかった」

 「通貨というものを使ったことがなかったので、気付きませんでした」


 椅子から立ち上がり、頭を下げる。


 「長期に渡り搾取させてしまうという結果を招いたひとつの原因でもあります。申し訳ございません」

 「…頭を上げて座れ」


 大きくため息を吐くと、出されていた紅茶を飲む。


 「地下にいては使わないだろうが、少しは不思議に思わなかったのか。少し貯えようと思ったとて消費からして、戦場へ赴く者の賃金ではあるまい」

 「命の価値は人其々です。それ程の価値しかないとの判断と考えました。不満があるのなら、価値ある存在になるしかありません」

 「なるほど。ところで、この紅茶を淹れたのは誰だ」


 いきなり話が変わったな。今の回答で満足出来たらしい。


 「私です。美味しいですか?」

 「カップを投げたいほど不味い」

 「きっと少し冷めていたせいですね。淹れ直します」

 「頼むから止めてくれ…!」


 立ち上がった私の腕が捕まれる。


 「表情の変化は読み取れないが、不満に思っていることはなんとなく分かる」


 ただ振り返っただけだが。


 「お前はこれを飲んだのか」

 「人に出すコップで飲むはずがありません」

 「……俺は馬鹿にされているのか?」

 「していないでしょう。僕が淹れますよ。好みの濃さはありますか」


 なにかを警戒する様に、じっと霞城さんを見る。


 「私は濃いめで頼むよ」

 「俺は熱いのが良い」

 「お前ら口付けてないだろ。知っていたなら言えよ」


 総代が首を傾げて、コップを持ち上げる。


 「何故これが普通の紅茶に見えたんだい」

 「確かに…」


 物凄く貶されている。汚名返上だ。


 「霞城さん、手伝います」

 「必要ない。僕ひとりの方が早い」


 確かに不慣れではあるが、手は沢山あった方が早いはずだ。


 「自分の部下が淹れる紅茶がこうも恋しくなるとは、思いもしなかった。戻ったらもう少し労わろう」

 「この言葉を聞いただけでも喜びそうだね」

 「威厳を気にし過ぎて厳しい。褒めて伸びる部下は泣いてそう。労わった方が良い。絶対」

 「え…俺そんなんだったのか」


 なんだ、仲が良いではないか。他の者たちもそうだと良いが、あまり期待はするまい。なにせ会合で騒ぐしか脳のない者たちだ。


 「もうお昼だね。昼食を取ったら戻ろうか。それとももう一泊する?今は落ち着いているからね」

 「戻りましょう。落ち着いているときにこそ書類仕事を済ませるべきです」

 「それも含めて落ち着いているんだよ」


 なんとか戻る方向へ持って行きたい。


 「たまには違う環境へ身を置いてみたらどうだい」

 「嫌です」

 「居心地が悪かったかい。それはすまなかったね」


 少なくとも居心地が良い人はいないだろう。というか残念そうな顔をしてないもらいたい。申し訳なくなる。


 「そうではなく…」

 「ではなにが理由だと言うんだい。僕にも分かりやすく言ってくれないかい」


 絶対分かって言っているな。嘘を吐くのが上手かったら…


 「風呂に入りたくないのです」

 「は?」

 「昨日血で汚れてしまったから霞城くんが入れたんだよ」

 「猫か」

 「いいえ、人間です」


 ゆっくりとコップを置き、私の方を見る。その視線は冷たい。


 「外国語の例文のような意味のない返しをするな。水が苦手など、猫のようだと言っている」

 「そうでしたか」


 小さく首を振ってため息を吐くと、窓の外を見る。


 「まだ持つ異能を決めてない。昼食を取ってから決めて、ゆっくりして行けば。風呂は流石に毎日入れない」

 「それなら決まっている様なものだと思います」

 「同感です」


 首を傾げる正雄さんを、ボスが小さく笑う。


 「君は人を操り、道具として使うことが出来るのかな」

 「そういうことです。戦場に葛藤している時間はありません」

 「それは…」

 「決定ですね。其々本をお渡しします」


 霞城さんの前に『白雪姫』、正雄さんの前に『眠れる森の美女』、貿易のボスの前に『長靴をはいた猫』を置く。


 「お昼は折角ですから、総代も我々とご一緒しませんか」

 「お前たちは良くとも、2人はくつろげないのではないかな」

 「この2人がそんな玉だと思いますか」


 これは悪口か?悪口でも構わないが、分かりにくい言い方をするのは止めてほしい。どう反応して良いのか分からない。


 「では一緒に食べようか」


 総代が笑顔で答えると、扉が軽く叩かれる。


 「お話し中失礼します。軽食をご用意しました」

 「今丁度話していたんだよ。良く出来た部下だね」

 「ああ…。手伝う」

 「え?いいえ、そんな…」


 これまでと違う態度に戸惑っているのだろうか。


 「良いか、あの少女には触らせるなよ。お前たちの有難みが良く分かった」

 「ありがとうございます…?」


 間違いなく戸惑っているな。普段どんな態度で接しているんだ。まさかとは思うが、最初に私へ取った態度か?

 しかし、それより…


 「これはなんという食べ物ですか」

 「極々一般的なサンドウィッチですよ。どうかされましたか?」

 「図鑑で見たことがあります。どの様に食べるのですか」


 貿易のボスへ視線で助けを求める。なにか困る様なことを言っただろうか。


 「南絢子、お前は用意が出来るまで座っていろ。いいな、動くなよ。絶対にだ。食べ方は霞城にでも教えてもらえ。佐治、気にするな。準備するぞ」

 「はい、ボス」


 小さく笑う声が聞こえ、振り向く。机を囲む4人が口元を緩めていた。

次回更新から短めの番外編になります。

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