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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第1章 血みどろな童話の世界へ
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第21話 白黒姫の赤い口付け④

 私へ用意してもらった部屋へ、もうすぐ着いてしまう。ここまでの部屋は一応確認したが、姿は見えず、糸すら確認出来なかった。

 糸を仕掛けるだけなら、どこへでも出来る。変だ。しかも頭を切断することが出来るのなら、昼間の間にやってしまえば良い。異能の発動を待つ必要はない。


 「絢子くん、人の気配はあるかな」

 「…あります。それに、空気の流れが乱れ過ぎています。多数の糸が仕掛けられていると考えられます」


 私へ用意してもらった部屋だが、布団の上にはなにもない。


 「俺たちは少し離れたところにいる。開けて」


 今回は警戒心がある様子だ。といっても、仕掛けがあると聞いてなにも考えずに開ける様な者では困る。


 「はい、異能戦争隊ボス」


 出来るだけ距離を取り、扉の影に隠れ、ゆっくりと扉を開く。ほんの少し開けただけなのに、扉はなにかに引っ張られる様に大きく開いた。

 液体が飛んでくる。

 媒体が液体の異能だろうか。不味い。


 数秒経っても身体にこれといった変化はない。室内へ進もう。扉が開いても襲って来ないとは、一体どういうことか。

 人の気配は奥にある。もう少し進んだところで襲って来る算段か?


 進んで行ってみても、襲って来る気配はない。いくら動かない様にと心掛けても多少は動くものだが、全く動いていない。何故だ。


 もう少し近づいてみると、奇妙な光景があった。

 手足が奇妙な方向へと曲がっている者が、壁に身体を預けている。


 「おい、生きているか」


 一応声はかけたが、返事がない。それもそうだ。こんな風になっても生きているのだとしたら、それは最早人間ではあるまい。


 「糸の仕掛けはもうありません。入っても大丈夫です」


 死体を見ると、ボスと霞城さんも眉をひそめた。


 「扉を開けると糸の仕掛けが発動し、この者が死ぬ様になっていたのだろう」

 「はい。扉を開けて少ししてから糸の仕掛けが同時に全て消えたということは、この者が『眠れる森の美女』異能者である可能性が高いです」

 「だけど、何故死ぬ仕掛けをしたんだろうね」


 分からない。一先ず死体を調べるか。


 「絢子くん、流石にそれはもう少しくらい躊躇いを見せてはどうかな」

 「良いじゃないですか」


 手を止めていた私の頭をそっと撫でる。


 「おや、この者の血で汚れている。後で風呂に入ると良い」

 「………濡れた手拭を頂ければ十分です」

 「そうか、習慣がないから怖いのか。僕が入れてあげよう。探し物があるのだろう?早く探して風呂へ行こう」


 確かに習慣はないが、誰も怖いなどとは言っていない。頻繁に裸体を晒すなどという習慣がある方がおかしいのだ。

 何故鏡があるのかも分からない。


 「必要ありません」

 「では今すぐ力技で連れて行こうか。しかしそうなると、ここへ来た際また汚れてしまう。再度入らなくてはいけない。どちらが良いかな」

 「すぐに探します」


 別に風呂自体はなんとも思っていないが、二度も入るのは面倒だ。そう、面倒だ。ただそれだけだ。


 「探し物というのはなにかな」

 「ありました。敵からの手紙です」


 ここは捕らえた者の死体がある場所。遅かれ早かれ入ることになった。入るだけで殺されてしまう者を配置しておくなど、それくらいしか役割がない。

 ただ置くだけでは、恐らく意味がないのだろう。


 「ではそれはボスに渡して、風呂へ行こう」

 「いえ、読んでからにしましょう」

 「そうやって先送りにするのだろう?まさか入らないつもりかい」


 手紙を見つけたら読むでしょうよ。風呂を優先させる者があるか。


 「ボス」

 「折角だからね、入ったら良いよ。手紙は私たちが読もう」


 あ…、これは駄目だ。


 「さあ行こう」


 霞城さんは楽しそうだが、良くない。私は良くない。




                  ***




 「――とまぁ、皆がすやすやと眠っている間にこんなことがあったんだよ」


 昨日の出来事を大まかに語ったボスは、最後にこんな嫌味を言った。


 「何故“経済の”の護衛が怪しいと思った」

 「糸について話した際、他者を見なかったのは5名のみ。その内のひとりが正雄さんです」


 農園のボスがどういう心理かは当然知らない。しかし風変りな者に仕えるのは、仕事だと割り切るか余程尊敬しているかのどちらかだ。

 逆も然り。


 「正雄さんは護衛を信頼している様子ではありませんでした。しかし死ぬ心配はしなかった。それは糸に触れていないからです」

 「諦めていただけかもしれないだろ」

 「違う。触れてない。もし触れてても振り返らなかったけど」


 余計なことは言わなくても良いよ。事実だけで良いじゃないか。


 「俺が晶くんを護衛として信頼してなかったのは事実。でも良い子だと思ってた。だから心配なんてしない」

 「ほう、その良い子が敵の一味だったわけだな。どう責任を取るつもりだ」

 「別に。俺のところに来たのは3ヶ月前。恐らく晶くんは俺のところに来る前から洗脳されてた」


 案外最近のことらしい。長いこと護衛をしていそうな口ぶりだったが、そう聞こえる様に言っただけか。


 「様子が変わったことに気付かなかったなら俺にも責任はあるけど、知り合う前からなんだから知らない」

 「責任逃れも良いところだな」

 「言い争いは後でやっていただけますか。話を進めたいです」


 今日もここに泊まりたくない。また風呂に入れられる。


 「貴様…!」

 「“貿易の”落ち着いて。絢子くんの言うことが正しいよ。反省なら兎も角、過去についての言い争いは不毛だからね」

 「手紙を読みなさい」


 総代の一言で室内が静かになり、懐から紙を出したボスに視線が集まる。


 「到達おめでとう。この者が本物の『眠れる森の美女』異能者だ。今回の騒動は君たちの実力を測るために起こさせてもらった。この異能はささやかなプレゼントだ。有効に使ってほしい。異能戦場で待っている。――以上だよ」

 「ナメられたものだ」

 「実際そうだろうね。だって眠らされなかったのは、これだけの数がいるにも関わらず5人のみ。私たちと君の護衛だよ」


 ボスは自ら眠ったために、眠らされなかっただけだ。

 それに恐らく、私を眠らせようとはしていなかった。正雄さんは護衛が怪しいことを聞いていなければ眠っただろう。

 つまり、純粋に起きていたのは2名。霞城さんと貿易のボスの護衛のみとなる。


 「そ、それで!お前は何故広い部屋にいると思ったんだ」

 「昼間彼女に馬鹿にされたからです。彼女の異能は近距離向きなので、多少不利になったとしても勝つために大きな部屋を選ぶと考えました」


 堂々と嘘を吐くものだ。


 「そうか。では最後か。“経済の”何故あの小僧に、異能の本を無理をして読ませてでも異能戦争へ連れて行こうとした」

 「異能戦争へ赴くのに、絢子さんは必要。単純に体術の問題。けど霞城くんがいないと、その内使えなくなる」


 今まで問題なかったが、何故そう思うのだろうか。


 「常識がな…違う」


 今なんて言おうとした。


 「それでも今までやってきたんだけどね。それに異能戦争がどうなっているかも分からないだろう?」

 「だから連れて行く。俺では世話出来ない」


 私は犬かなにかか。


 「貿易のボス、何故黙るのですか。さっきまでの威勢はどこへ行ったのですか」

 「ああ…、そうだな。分かるぞ、“経済の”」


 思ったのと違う。


 「諦めた方が良い。貿易のボスが進んで発言するのは理解するためだ。納得のいく説明が得られればすぐに次へいくのが、その証だと思わないかい」

 「そうですか。分かりました」

 「貴様は……もう良い。なにを言っても無駄だろう」


 顔を赤くしているのは何故だ。体調でも悪いのだろうか。


 「絢子くん、話を続けるよ」


 発言しない方が良いという意味だろう。積極的に心配してやる義理もない。黙っていよう。


 「はい、ボス」

 「霞城くんがどの異能を持つか。指揮を取る“経済の”が異能を持つか否か。残りの異能は誰が持つのか。この3点を決定することで、間違いないね?」

 「それを決めること自体には反対しない。しかし我々は異能の詳細を知らない。どうやって決めろと」


 少し視線を逸らして考えると、にこりと作り笑いを浮かべる。


 「笑って誤魔化せると思うなよ」

 「本当だ。って思っただけだよ。怒らないで」

 「私から良いでしょうか」


 発言を促したのは意外にも、貿易のボスだ。


 「私が異能を使えることを知らないと仮定しても、十分勝負出来るため“待っている”のではないでしょうか」

 「たった一冊で」

 「使い勝手が良いですからね。しかし異能の正体を知らなくとも、彼女が異能を使えることは知っているでしょう」

 「はい。結論から言うと、手紙を寄越した者が知らないであろう異能は置いて行った方が良いと思います。正直、いても邪魔です」


 『長靴をはいた猫』は不確定な要素が多い。武装のみで赴こうと言うくらいだ。時間がないのだろう。では、あれこれ試している時間はない。


 「それに、こちらでなにか起きた際に役立つかもしれません」

 「あっても邪魔なんだろ」

 「詳細は置いて行くことになればお話しします。隠密という面から言えば、役立つ場合もあります」


 嘘を本当にする方だったらどうしよう。…説明するのだから大丈夫だろう。


 「確かに全て持って行く必要はない。一番扱いに困る。俺は嫌」

 「そうですね。僕もそれだけは嫌だと思っていました」


 不人気過ぎる。楠英昭は何故『長靴をはいた猫』だったのだろうか。


 「ではどちらの異能を持つかは2人で相談。残りのひとつはここへ置いて行く。異議のある者はあるかい」


 声は上がらない。満足そうに頷いた総代に視線を向けられる。

 『長靴をはいた猫』の詳細を語れということだろうが、こんなに大勢の者に聞かせて大丈夫だろうか。

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