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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第1章 血みどろな童話の世界へ
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第20話 白黒姫の赤い口付け③

 適当な部屋にひとり一杯の温かい牛乳を持って入った。全員が飲み終えるまで、誰もなにも言わなかった。


 飲み終えてから数分が経った頃、ボスに促され心当たりの異能について語った。しかし、語るというほどの内容でもない。

 盗みが出来るもの、時間を扱えるもの、座標移動が出来るもの。可能性はいくらでもある。

 そしてそのどれも、異能の名を知らなかった。


 「申し訳ございません。全てを読んだわけではないのです」

 「今までは偶然、知ってる異能や知ってる物語を元にした異能にしか会わなかったとでも。都合が良過ぎる」


 そんなことは分かっている。しかし私からしてみれば、実際にそうなのだから仕方がない。


 「君が読んだことがある物語にはどんなものがあるのかな」

 「『眠れる森の美女』のみです」


 またなにか言われるだろうか。ただ事実を語るというのも、良くないのかもしれない。しかし嘘を語ることなど出来はしない。


 「『眠れる森の美女』は恭一と出会った本の山で読みました。それ以外に物語に触れる機会はありませんでした」

 「全くの偶然だと」

 「少なくとも私から見るとそうなります」


 もしそうなら大掛かりで時間のかかることをしたものだが、誰かが仕組んだ可能性はもちろんある。しかしどんな益があるのかは全く不明だ。

 しかも、私が異能について書かれた本を読んだことは私以外誰も知らないはずだ。いや、正雄さんの恋人が勘付いている可能性はあるか。


 「『眠れる森の美女』のことはおいておいて、他の異能について良いですか」


 視線で続きを促された霞城さんが、小さく頷いて続ける。


 「彼女の“実験”に関わる異能が手前に書かれていた可能性はありませんか」

 「十分あるね。実際に、他3つの内2つは関わっているんだからね」


 それでは楠英昭が『長靴をはいた猫』を持っていたことに、意味があったということにならないか。いや、『マッチ売りの少女』に関連した異能故かもしれない。

 だが、どちらが先に書いてあった。


 『マッチ売りの少女』だ。


 私は間違えていたのか。本当に、あの者の言う通り楠英昭は私の後を追って逃げただけなのか。

 それなら何故、私に正体を明かさなかった。何故、異能を使って姿を偽っていた。何故だ。


 「君が異能の詳細を知っているのは、他に『マッチ売りの少女』だけなのかな」

 「…あのときからずっと、ずっと、ずっと、間違えていたのだろうか」


 背後から、なにかが私を被った。


 「そうかもしれない。けれど間違えたことを後悔するのなら止めるんだ」


 この声は霞城さんか。動いたことに気付かない程、考え込んでいたのか。


 「捕らえた者との会話は聞いていた。その後悔は君のためかい。ボスのためかい。彼のためかい」

 「…分かりません。私は後悔をしているのでしょうか」

 「きっと。君は優しいのだから」


 水面に一滴の雫が落ちた。


 そんな気分だ。

 波紋がゆっくりと広がり、やがて消える。雫は元あった水の一部となり、どの部分が雫だったのか分からない。

 心は妙に凪いでいる。


 しかしボスが聞いている。私はこう言わざるを得ない。これも嘘ではないのだ。


 「分かりません」


 私の頭の上を、霞城さんの手が往復する。


 「君には難しかったようだ。けれどいつか分かるさ」

 「そうだと良いです」


 頷くと元いた椅子へ戻って行く。


 「取り乱して申し訳ございません。私の実験に関わる異能の話でしたね」

 「ふぅうん、君は実験自体に心当たりがないんだろう?」


 今の返事はなんだ。どういう意味だ。


 「はい、ありません」

 「君が異能の詳細を知っているのは、他に『マッチ売りの少女』だけなのかな」

 「知っているものは一応、4つあります。しかし適当に開いた箇所を斜め読みしただけなので、詳細という詳細は知りません」


 正直に語ることは分かっているだろう。言い訳はこれくらいで良い。


 「『狼と七匹の子ヤギ』は言葉の真偽を知ることが出来ます」


 語った者が嘘だと思っていなければ、どうなるのだろうか。正雄さんの護衛の様な場合だ。

 あの者は『眠れる森の美女』を渡した者が統治すれば平和が訪れると、本気で信じていた。しかし明らかな虚言だ。

 ある者には嘘であり、ある者には本当である。このとき、真偽は一体どうなるのだろうか。


 「『北風と太陽』は天候を操ることが出来ます。『金の指輪』は願いをひとつ叶えることが出来ます」


 願いがどう叶うかは分かったものではない。財産を願ったら自分が死んだことに対する見舞金だったという物語があることは知っている。

 名は忘れたが、図鑑に載っていた人物の代表作だ。


 「『ジャックと豆の木』は触れた物体の時間を3倍速で進めることが出来ます。以上です」

 「異能の概要自体は、物語から連想出来そうだね」


 そうなのか。では弱点が分からなくては特に意味のない情報だったか。しかし確実に存在することが分かることも、重要ではあるだろう。


 「ところで経済のボス。異能の本を誰に読ませるのかは決めたのですか」

 「まだ。でも君を連れて行こうとは思う」

 「異能を持たずに行くと早死にしそうなので、出来ればお断りしたいのですが」


 小さく笑うと、私に視線を向ける。


 「三冊、出して」


 当然『赤い靴』以外の三冊ということだろう。一体なにをするつもりなのか。


 「好きなものを読んで」

 「嫌です」

 「どうして。異能を持ってる者は連れて行かざるを得ない。だから決められる前に読んで」

 「絶対に嫌です」


 ボスがわざと肩を揺らして笑う。


 「霞城くんの反応は当たり前だよ。西の者であることを明らかにしている霞城くんなら余計、殺されるとは思わないのかな」

 「自分の身は自分で守れるんじゃなかった」

 「総代の決定は絶対だよ。霞城くんが何者であろうと、東の一員である以上総代が死ねと言えば死ぬんだ」


 霞城さんも私も、ボスの言葉に頷く。なにを当たり前のことを。そうは思っても口にはしない。


 「じゃあ仕方がない」


 机の上に置かれた一冊を引っ掴むと、霞城さんに向けて開く。


 「他のボスたちは今どうしていますか」


 そう問う霞城さんの表情は、青ざめている。


 「眠っていると思います。睡眠薬でも飲まされたのでしょう」


 答えないボスと正雄さんに代わって答える。しかし、急にどうしたというのか。


 「白紙です。『眠れる森の美女』異能者は生きています」

 「本を持ってないと使えないんじゃ…」

 「いいえ?本がこの世からなくなれば、そのときの異能者は死にますが、使用に支障はありません」


 何故そんな勘違いをしたのか。そう聞こえることを言ってしまっただろうか。


 「私もそう思っていたよ。君はいつも本を持ち歩いているからね」

 「家という家を有していませんので、置いておく場所がないだけです」


 それに家があったとして、強盗が入らないとも限らない。自分で持っていた方が安全だ。当然の心理だと思ったのだが、違ったのだろうか。


 「なんかごめん」


 家を有しているのが一般的らしい。これも賃金が誰かに搾取されていたために起こったのだろう。


 「私は問題ありません。しかし『眠れる森の美女』異能者が生きているのは、東にとって問題です」

 「そうだね。君お得意の“空気の流れ”とやらで見つけ出せないのかな」

 「異能の様に言わないで下さい。近くまで行かないと分かりません」


 どこにいるのか分からないのだから、別れて動くのは得策ではない。見つけたとしても対抗出来ないのだから意味がない。

 誰が糸に触れたか分からないため、眠っている者を起こすわけにはいかない。役に立たないため起こす必要もないが。


 「絢子さんを先頭、霞城くんを後方に置いて、全員で行動する。まずは晶くんがいた部屋、その次に絢子さんへ用意した部屋を見る。その後はまた考える」

 「考えたって、虱潰しになりますよ」

 「犯人は現場へ戻ると言うからね。一先ずは良いんじゃないかな」


 他のボスが異能戦争での指揮に異論を唱えないことには、それなりの信頼があるかららしい。

 早く見つけ出そうとしがちだが、そんな必要はない。多くの者は朝方まで起きないだろう。好ましい判断だ。


 「この周辺には誰もいません」


 流石に壁を隔てていると、あの様な細い糸で起きる空気の流れの変化を感じるのは難しい。しかし、出来なくてはいけない。

 私の行動ひとつで、この建物にいる全員が死ぬかもしれないのだから。


 「絢子くん、構える必要はないよ。それでは出来ることも出来なくなってしまう。先ずは心を落ち着かせて」


 ボスの深呼吸に合わせて私も深呼吸をする。


 「それに私はね、自らの生死は自らの責任であるべきだと思うんだよ。こんな場所にいるのなら尚更ね」

 「だから怒らなかったのですか」

 「正しいか正しくないかは問題じゃない。俺たちはそうして生きるしかない」


 前を向いていた正雄さんと視線がぶつかる。


 「近頃、俺の周りは平和だった。さっき君を責めるようなことを言ったこと、反省してる。霞城くんも、悪かった」

 「いいえ、僕も無骨な言い方をして申し訳ございません」


 私はそう思わない。捕らえた者は、私の姉役は、こんなことを望んではいなかったはずだ。逆らう力や勇気を持たないことは、当人のせいなのか。

 違うはずだ。だって私は、そんなものを持っていない。


 「先を急ぎましょう。今は見つかっていないだけで、攻撃を仕掛けて来る気かもしれません」

 「絢子くん」


 ボスの呼びかけに、仕方なく正雄さんを見る。


 「問題ありません」

 「…そう。行こう」


 静かに頷いて、扉を開けた。

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