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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第1章 血みどろな童話の世界へ
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第19話 白黒姫の赤い口付け②

 いよいよ逃げる場所がなくなった頃、相手が背を向けている壁が崩れた。


 「遅くなって悪いね。無事かい?」

 「私は大丈夫です」


 相手は崩れた壁に埋もれているが、大丈夫だろうか。


 「2人でなんて卑怯ですよ…!しかも後ろから」


 言葉を発することが出来れば大丈夫だな。


 「手合せとは勝負をすることです。誰も一対一などとは言ってはいません」

 「一般的には一対一です。今日もそういう意味で使っていたはずです」

 「あなたの普通など知りません。それに私はただ、一度しか手合せしないと言っただけで何人も相手にしないとは言っていません」


 唇を噛んでも事実は変わらない。


 「どうあれ、あなたは勝負に負けたのです。話してもらいますよ」

 「話すことなど、なにもありません」


 そうなるのも当たり前か。洗脳されている可能性を考えると、自害する可能性も考えなくてはいけない。

 そうでないにしても、異能の糸が張り巡らされているここにいるのは危険だ。


 「移動しま…」

 「絢子くん!左へ!」


 鬼気迫るボスの声。反射的に大きく一歩、左へ移動する。

 なにも起きな…糸か。糸が下がってきている。このままでは、この者の頭が分割される。


 「異能『眠れる森の美女』の本を誰からもらったのです」


 瓦礫に埋もれているこの者を助け出す時間はない。刃物で食い止めている間に最大限情報を引き出すしかない。


 「平和を願うお方から」

 「名を答えなさい」

 「どうしてですか?」

 「平和など、存在しないからです」


 自らが感じる平和など、一時の幻想だ。誰かの犠牲の上に成り立っている。

 恐らく北の街の者たちは、今の暮らしを平和だと思っているのだろう。だが、すぐ近くで死んでいる者が大勢いるのだ。どこが平和だと言うのか。


 「平和は存在します!あの方が統治すれば平和になるんです!」


 狂信している。明らかに異能ではないな。厄介だ。


 「そうですか。それでは会ってみたいですね」

 「あなたには無理です」

 「何故ですか」


 にやりと笑って以降、目を閉じて動かない。

 これ以上語ることはない、という意味か。では死んでもらおう。元々そろそろ到達する頃だ。


 「ボス、申し訳ございません」

 「うん、死んでしまったのは残念だね。けれど聞けたこともあるからね。捕らえた者へ話を聞きに行こうか」


 死体の服を探り、異能の本を取り出す。タイトルは『眠れる森の美女』となっている。問題ないな。

 この者へ渡した者はどこで『眠れる森の美女』を手に入れたのか。捕らえた者がなにか知っていれば良いが。


 「正雄さんも行きましょう。私へ用意していただいた部屋に拘束しています」

 「この遺体を見てなにか思うことは」


 じっと見てみるが、特にこれといって浮かばない。正雄さんが望んでいる回答も分からない。


 「不思議です」

 「は…?」

 「私が糸を容易く避けることが出来たのは、私の血液が付着した糸が動いたことに恭一が気付いて声を上げてくれたからです」


 光りの反射で見えることもあるが、基本的に認識出来ない。それ程細い糸だ。

 空気の流れで気が付きはしただろう。だが、躱すのが遅くなればなるほど危険は増す。そして、質問は出来ていなかっただろう。


 「付近には他にも糸があったのに、何故それを動かしたのでしょう」

 「それは遺体を見て思うことじゃない」

 「では…少々醜怪(しゅうかい)です」


 正雄さんが大股で近付いて来る。振り上げられた腕を、ボスが掴んだ。


 「絢子くんは3年もの間5隊にいたんだよ。死体なんて見飽きている。私も霞城くんもそうだよ。君が死体を見て感傷に浸れるのは、我々のおかげなんだよ」

 「でもあんな言い方…」

 「君には分かるのかな。自分がいつああなるか分からないのに、戦場へ赴く私の部下の心が。送り出さなくてはいけない私の心が」


 作った笑みを浮かべるボスの、手を握る力が強くなる。


 「分からな」

 「ああ、答えなくても良いんだよ」


 正雄さんの言葉を遮ったボスの作った笑顔は、より作ったものへとなっていく。


 「私が武闘組織のボスになったのは、嫌われ者だったこともあるよ。けれどね、一番の理由はきっと、他者に理解を求めないからだよ」


 他者へ縋ったまま生きて行くことは出来ない。理解とは、縋るとほぼ同義。

 示し合うことが出来れば違うの違うのだろう。しかしただ求めるのは縋っているに過ぎない。


 だから私も必要としていない。


 ボスが同じ思想、理論であるかは当然不明だ。だが、それを知ろうとは思わない。知りたくはない。

 縋るボスなど、見たくはないからだ。


 「今でも?」

 「そうして自分に都合の良い質問をしていって、私を理解した気になるんだね。いらないんだよ。君たちのちゃちな気持ちなど」


 それより、ボスはいつまで正雄さんの手を握っているつもりなのか。


 「恭一、死体などが見ていたいのであれば、好きなだけ見させておけば良いのです。行きましょう」

 「そうだね。では先に行くよ」


 正雄さんから手を離して、私へと手を差し出す。私は迷わず、その手を取った。


 「手も怪我をしているね。あとで手当をしよう」


 あの者がいつボスたちを狙うか分からないと思っていた。しかし自らが望んだ一対一という勝負を、どこまでも望んだ。

 少々悪いことをしたという気持ちはある。


 「申し訳ございません」

 「君が本気になれば、あの者はすぐに死んでいただろうね。怪我をさせてしまって、すまないね」

 「いいえ、全ては私の力不足が原因です。殺さず拘束する術を身に付けなくてはいけません」

 「うん、そうしようか」


 ボスと私の後ろを歩く足音がひとつ増える。結局来たらしい。


 「他の護衛が君を恐れていたのは、それを見抜いていたから。結局護衛も武闘組織の者たちには敵わないということ」

 「違うよ。絢子くんに皆が敵わないのは、死にたくないと思っているからだよ」


 それは私が死んでも良いと思っていることになる。正雄さんには言うべきではないのでは。


 「じゃあ何故逃げた」

 「外というものを体感したかったからです」

 「君だけの理由があるなら、それで良い」


 今今ボスに言われたばかりだと言うのに、その様なことを口にするのか。


 「入ったら喧嘩をしてはいけないよ。相手に隙を与えてしまうからね」

 「はい、ボス」

 「分かってる。言わなくて良い」


 私の姉役だった者を捕らえたはずの、私へ用意してもらった部屋。その中には、人がいる気配がない。だが、布団の上になにかはある。


 「やられました」

 「それは困ったね。手掛かりが掴めると良いけど」

 「どういう意味」

 「殺されているという意味です」


 霞城さんが冷ややかに告げた瞬間、慌てた様子で扉を開ける。罠が仕掛けられている可能性もあるが、大丈夫だろうか。


 「ひどい…」


 正雄さんが無事であることを確認し、私も部屋に入る。


 「首を切断されているね。君の護衛と同じく、『眠れる森の美女』異能かな」


 違う。変だ。頭と肩が離れ過ぎている。心なしか首が短い気もする。


 「声帯が見当たりません。切断ではなく、切り取っています」


 わざわざそんなことをして、しかも持ち去る理由などない。別の異能の可能性を考えた方が良い。

 盗みが出来るものか?いや、時間を扱えるものや座標移動が出来るもの。可能性はいくらでもある。


 なんにせよ、明らかなことがある。

 この者は、殺されるためにここへ送られたのだ。当人がそれを知っていたか否かは不明だが、知っていたとしても拒否など出来ないだろう。

 それが南だ。


 「心当たりはあるかな」

 「申し訳ございません。これだけでは可能性があり過ぎて絞り込めません」

 「すぐに思い付くいくつかだけで良いから、説明してもらえるかな」


 それだけ東には情報がないのだ。

 まだその異能者がどこかに潜んでいる可能性がある。周囲に人の気配はないが、なにかしらの異能で聞いている可能性も捨てきれない。


 「君は言ったはずだよ。全く分からないことを疑っていては息も出来ない、と」

 「そうでした。しかし移動はしましょう。この部屋に仕掛けがある可能性が高いのは紛れもない事実です」

 「そうだね。そうしようか」


 正雄さんはまだ死体を見ている。物珍しいのだろうか。それにしたって、そう眺めたいものでもないだろう。


 「経済のボス、一言良いでしょうか」

 「なに」

 「この程度で心を痛めるのであれば、戦場には赴かない方が良いと思います」


 全く霞城さんの言う通りだ。しかし心を痛めていたのか。分からなかった。


 「ひどい死に様の者は星の数ほどいます。供養する者など当然のごとくいません。そのようなことをしていては、次の瞬間死体になるのは自分です」

 「君は武闘組織に入って割とすぐ幹部になったはず。なにを知ってる」

 「知ったかぶりだと言うのなら、それでも良いでしょう。しかし僕の言葉をお忘れなきよう、お願いします」


 部屋を出て行く霞城さんの表情は、暗かった。そして壊れそうな雰囲気を纏っていた。救いたい。守りたい。


 「霞城さん」

 「どうしたんだい」


 振り返ったその表情は普段通りの様な気もしたし、強がっただけの青年の様な気もした。


 「…温かい牛乳を飲むと心が落ち着くというのは本当ですか」

 「どうだろう。試してみるかい」

 「はい。出して差し上げましょう」

 「効果があるのなら、君も飲むと良い」


 私の心は特に乱れていないが、霞城さんがそう言うならそうなのだろう。


 「皆で飲みましょう」

 「そうしようか」


 小さく笑った霞城さんは、今にも崩れてしまいそうだった。

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