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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第1章 血みどろな童話の世界へ
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第1話 眠れる王子と自殺姫①

 組織の幹部が集まる部屋のドア付近に、私は立っていた。

 私にそう命じた彼は、部屋の奥の方にある椅子に座っている。鼻歌交じりだ。どうやら機嫌が良いらしい。


 「始める前に…我々以外の者が、何故ここへ?」


 彼に命じられたと言いたいところだが、私は彼の名前を知らない。無礼だと言われこれ以上不遇な扱いをされては困る。一体どうしたものか。


 「今しがた道端で拾いました。僕の所有物です。気にしないで下さい、ボス」

 「死にながら生きているとはいえ、物扱いは」


 彼が唇の前に人差し指を持って来る。それで一度は言葉を切るが、再度息を吸う。言っておくべきことは言わなくてはいけない。


 「私はこの組織に属する者です。幹部である貴方には私に命令をする資格があります。しかしより上位の人物がこの場にみえる以上、貴方の命令にのみ従うことは不可能です」


 ドアの、つまり私の近くに座る幹部たちは私を睨み、なにかを警戒している。周辺には見えている人物以外の人の気配はしない。


 「そうだね」


 微笑んだ彼を見て安堵のため息を吐く。それと共に、警戒が薄れた。一体なにを気にしていたのだろう。


 「ところで君は、“糸”“睡眠”――“自殺”と聞いてなにを思い浮かべる?」


 彼の向かいに座る女性がわざとらしく驚いた顔を作る。


 「あら、感心出来ませんわね。仮に組織の者だとし…」

 「まぁまぁ、なにか考えがあるんだろう。もう少し聞いてあげよう」


 ボスが女性の言葉に自分の言葉を被せて発言を止めると、私の方を見る。彼の質問に答えるよう促されたらしい。


 「童話『眠れる森の美女』です」

 「それは前2つからかい」

 「いいえ。3つ全てです」


 この部屋の中で微笑んでいるのは彼だけ。おかしなことではない。むしろ、ボスの前にいるにも関わらず緊張を感じさせない彼の方がおかしい。

 かく言う私も彼と同じく緊張などしていない。しかし、ああも緊張しない気にもなれない。


 「茨によって城への侵入は不可能になっていましたが、多数の者が城への侵入を試みています。2人目以降の者は、それ以前の者の末路を知っていたはずです」


 ボスがふっと口元を緩める。


 「成功すればそれで良し。失敗しても言葉として意味を持つ死となります」

 「勇敢に城へ挑んだが失敗し、死んでしまった」

 「はい。それはきっと、表面だけ切り取れば美談となります。だから、ただの自殺なのです」

 「同意見だよ。気が合うね」


 小さく微笑んだ彼の表情は、憂いに満ちていた。


 それを見て私は思わず、部屋の奥へと足を踏み出した。

 2つ繋げられていた机の間には、少し隙間がある。ここを越えるとき、ドアに近い方の机を使う幹部たちが狼狽える様子を見せた。

 なにかの境界線なのだろう。だが、私には関係ない。


 この部屋が存在すること自体が、私には関係のないことなのだから。


 彼へ手を伸ばすと、向かいの女性が銃を構えた。既に死んでいるようなものの私には、なんの意味も効力もない。ただの鉄の塊だ。

 不思議と、彼は自分も持っているはずの銃を向けなかった。避けることも、止めろと命令することもなかった。


 私は彼を抱きしめた。


 彼の身体は異常に冷えていた。だが同時に、妙に温かかった。

 その矛盾が、彼がなにかを諦めていることと、それでもなにかを願っていることを語っているように思えた。


 「強がる必要はありません。貴方はまだ、十半ばの青年なんですから」

 「僕がなにを強がっているって言うんだい」


 彼の頭に手を乗せると、何度か頭に沿って手を往復させる。


 「正確には分かりません。しかし私には、強がっているが故の言葉に思えます」

 「大体は分かる、という意味で良いのかい」

 「大体、とまでは…。少し分かります。聞いていただけますか」


 頷いた彼から少し離れ、左膝を床につける。そっと、彼の手をとった。


 「例え貴方が千年の眠りにつこうとも、私が生きてその変わり果てているであろう世界を案内します」

 「君は、死にたいんじゃないのかい?」

 「生きる理由が見つからないなら、せめて死に理由を。それだけです。貴方が頷いてくれれば、“眠った貴方を待つこと”が私の生きる理由になります」


 彼は微笑んだ。今日見たどの笑みとも違う、ただの笑み。けれど、これを見せることは滅多にないのだろう。

 立場という問題もあるだろうが、彼はこの問題に関わらず強がっている。

 初めて会ったが、そう思う。


 「では、眠っても良いかい」

 「おやすみなさい」


 私のその言葉を合図に、彼は私に身を預けて眠りについた。その身体を抱きしめ、ボスを見る。


 「詳細をお聞かせ願えますか」

 「その前に、あなたのことですわ。どこの隊の者ですの」


 これを尋ねる人物は、聞けば嫌な顔をするだろう。しかしこの女性も私が顔を知る幹部だ。問われれば答えないわけにはいかない。


 「5-B隊所属、南です」


 この組織は数字が小さい隊ほど精鋭としている。現在は5から1、合計で22の隊が存在する。アルファベットは区別するためのもので、特に意味はない。

 5隊は特攻隊となる部隊だ。最前線で、銃に込められた弾丸のように戦う。使い捨ての駒故に、組織内での扱いは普段からも良いものではない。


 「教えることはありませんわ。今すぐ立ち去りなさい」


 いくら幹部といえども、その命令には従えない。たった今した約束をなんの努力もなしに放棄するわけにはいかない。


 「では、事情も分からずただ待つしかないのですね。長く眠るだけなら、そこまで問題にはならないはずです」

 「どうしてかな」

 「目覚めたときに困らないからです。差し詰め、目覚めた瞬間なにかに憑りつかれたように自殺ととれる行動をするのでしょう」


 余計なことを言わないのが自身の安全になる。そのためでもあるが、別の理由で言わなかったことがある。抗争地区で会ったときから気になっていた。

 彼の目元だ。


 「だから眠れなかった。…酷い隈だ」

 「君に託して眠った。これは、君ならなんとかしてくれると思ってのことだろうからね。話そうか」

 「ですが…!」


 ボスが女性を静かに睨むと、女性は言葉を詰まらせて視線を逸らした。

 彼と女性が一番ボスに近い席にいる。それでも女性が言えるのはここまでらしい。ボスというものは偉いのだな。


 「君の予想通りだよ。とある糸に触れて眠ると、目覚めたら自殺する」

 「眠っている時間はどれくらいですか」

 「まちまちだよ。夜普段と変わらない様子で眠って、朝になったら自殺していた。という事例が圧倒的に多いね」


 眠ること以外が要因であることは考えなくて良いという意味か。理由が分かっているなら、もっと分かっていることもあるだろう。

 私が小さく頷くと、ボスは唇の端を上げた。なにが可笑しかったのだろうか。


 「目覚めたときに近くにいた者を襲った例もあるんだよ。けれど襲っただけで結局は自殺してるんだ」


 以上だ、とでも言うように自身の前に置かれた茶を飲む。


 分かっていることは項目にすれば少ない。ただ、それを自信を持って言うということは、裏付け出来る程個々の情報があるということになる。


 女性の手元にある資料紙には個々の様々な情報が記載されているように見える。見ることが出来れば分かることもあるだろうが、見せてもらえるとは思えない。

 時間はかかるが、質問していくしかないか。


 「襲われた者の特徴に共通点はありますか」

 「どうだったかな、双葉くん」


 ボスに微笑まれた女性は、唇を噛んで俯く。だが素直に答えることにしたようで、資料に視線を落とす。


 「…屈強な大男や武装した者ですわね。丸腰では敵わない相手ばかりですわ」


 丸腰では敵わない。つまり、丸腰で敵う相手が傍にいた事例もあるらしい。

 敵わない相手に挑むが自殺。命を賭けた試合のようなことをするのなら、誰彼構わず襲い、相手か自分が死ぬまで終わらないだろう。


 ひとつ仮説が立たないことはないが、不十分過ぎる。


 「自殺の方法ですが、手首を切った者や首吊りをした者はいますか」

 「そういえばいませんわね」

 「思い付きやすくて実行しやすそうなのに、変だね」

 「一番多いのは飛び降りですか」


 女性は慌てて資料に目を落とすと、次々とめくっていく。その表情が徐々に驚愕へと変わる。

 私への敵対心…というには申し訳ないが、そんなようなものは一先ず無視することにしたらしい。


 「ざっと見たところ、8割は飛び降りですわ。残りの2割の内6割が刃物や鈍器などで自分を痛めつけていますわね」

 「残りは自分が苦手なことをする…ですか。泳げないなら、川に入る」


 頷く女性を見て、私は思わず笑った。ここまで自分の仮説が正しいとは思わなかった。もちろん、資料にはない情報もあるだろう。断定は出来ない。


 「なにか分かったのかな」


 私は静かに頷いて、隠し事をすることを決めた。


 しかしこれについては解決する。

 死に怯える青年を死に近づけたのは私だ。眠って良いと言った以上、最善を尽くす。事情を知らなかったなどと言い訳をするのなら、眠らない理由を聞いてから言うべきだ。


 「“王子様症候群”――とでも呼べば良いのでしょうか」


 私は今、どんな顔をしているだろう。

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