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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第1章 血みどろな童話の世界へ
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第16話 姫の呪縛⑨

 ボスは肩を揺らして笑い、正雄さんは生唾を飲んだ。2人の前にあるのは、コップに入った液体。


 「君の料理の腕前は聞いてるよ。だけど、まさかここまでとはね」

 「多少は上手くなったと思ったのですが」


 色が分からなければ火が通っているのか、通し過ぎているのか、確認することは出来ない。

 ろくなものを食べていないので舌は肥えていない。では、なにで失敗したと判断しているのか。聞けば簡単なことだ。

 食べた人の表情だ。

 近頃は隊長が手伝ってくれていたおかげもあって、失敗したとはっきり認識することは目に見えて減っていたのだが…


 「もしや、それを聞いていたのは隊長からですか」

 「そうだよ。女性が皆料理上手だというのは勘違いだからどうにかしてほしい、とね。初めは私から尋ねたとはいえ文句を言いに来るのだから、面白い男だ」


 肩を竦めたボスの表情は、妙に穏やかだった。それで悟った。


 「隊長?異能戦争のために連れて来たんじゃないの」

 「いくら言っても5隊から異動したがらなくてね。南に連れ戻されるときのことを考えてたみたいだよ」


 恐らくボスは、私について文句を言いに来る隊長を楽しみに待っていたのだ。


 「気が変わったのは言った通り、霞城くんが異能にかかったからだよ。初対面の霞城くんのためだよ」

 「それは面白くない」


 私が早々に異動していれば、隊長は早く上に行けたのかもしれない。私がうっかり殺してしまわなければ、上に行けたのだろう。


 「そうだね」


 それ以降会話が続くことはなかった。なんと言って良いのか分からず、俯いて誰かの言葉を待った。




                  ***




 言い淀む私に小さく微笑む。


 「分かってる。聞き方を変える。どうやって死んだか、知ってる?」

 「…銃で数発撃たれて亡くなりました。苦しむ時間は長くなかったと思います」

 「そう。理由は知ってる?」


 私が地下にいるときに地下で殺されたと思っているのだろう。幽閉されていたと言っているのだから、当然といえば当然だ。

 だが、違う。


 「私を逃がしたからです」

 「どういうこと…?」

 「得た異能の発動を確認し次第、別の異能の演習に使われ自害させられることとなっていました。その日、私は逃げたのです」

 「なんでそんなこと」


 呆然と発した自分の言葉に、ハッとした顔をする。いくら私でも、逃げた方でないことくらい分かる。


 「次期当主へと多くの者に推薦されたのです。疎ましかったのでしょう」

 「幽閉されてたのに?」

 「その辺りは私にもよく分かりません。推薦した者たちにも、なにか算段があったのでしょう」


 私などを追い出してなにが出来るのか。なにが出来る様になるのか。なにをさせないことが出来るのか。それは分からないが、そういうことなのだろう。


 「異能の本と思われる本を持った者と姉が待つ部屋へ連れて行かれた際、その本を奪取し逃走したのです。異能の本を持っていたのが正雄さん、貴方の恋人です」

 「どうして名前を…」


 順序がある。その質問の回答はまだだ。


 「随分簡単に奪取出来ました。それは彼女が“奪わせてくれた”からです。そして異能で操られたフリをし、私を門まで導きました」

 「どうして」

 「分かりません。戦う意思があって良かった。そう言っていました」


 だが、私にはそんなものはない。外で遊ぶ兄弟たちが、ほんの少しだけ羨ましかっただけだ。

 一部の地面が透明になっていて、そこから陽の光を浴びていた。庭に通じていたのだろう。元気よく遊ぶ兄弟たちが見えることが稀にあった。


 「東へ行き、正雄という男を頼って。それが最期の言葉です」

 「…そう。だから知ってたんだ」


 妙に落ち着いたその声が、私の心をざわつかせた。想いが色褪せていく様を見た気がしたのだ。


 「“武闘の”の傍が気に入った?それとも、俺を探すと事情を話す必要があるから怖かった?」


 少し魂の抜けた様な表情を見て、そうではないと悟った。


 「伝えたはずだよ」

 「なにを」

 「君の恋人からの贈りものを受け取った、と」


 それでは気付いていたことになる。


 「あのとき…」

 「直接聞くまでは推測に過ぎなかったけどね。知れば、流石に報告しないわけにはいかないだろう?だから聞かなかったんだよ」


 少しも詮索しないと思ったらそういうことか。


 「恭一くんはいつもそう。でもせめて、恭一くんで良かった」


 目には涙が浮かんでいる。

 大切なことだったのだと、改めて実感する。私は何故、忘れるなどということが出来たのだろうか。


 「生きててくれて良かった」

 「…どういう意味ですか」


 恋人が生きていた方が良いだろう。私などのために、恋人が死んだ。私が生きていて良かった?意味が分からない。


 「君は素直に感動してくれないし、させてくれない。恭一くんのせい」


 戸惑う私に、霞城さんが小さく笑う。


 「立派に壊れているという意味さ」

 「君も笑うの」

 「当然です。彼女が笑っているところは見たことがありませんが」


 正雄さんも小さく笑う。


 「そう。恭一くんのせい」

 「そうですね」

 「なんでも私のせいにしないでほしいな」


 柔らかくなった空気の中、正雄さんが出された紅茶に口をつける。コップを置くと、纏う空気が変わる。


 「君の異能は」

 「異能が童話を元にしていることも知らないよ」


 本当になにも知らないんだな。何故正雄さんの恋人は報告しなかったのだろう。


 「知ってる。いつ誰がいたかなんて覚えてない。聞く人がいないなら毎回来ないと。俺か“農園の”に聞けば良かったのに」

 「そういえば絢子くんを迎えに行ったときだけは行かなかったね。理由をつけて数日抜け出すのは大変だったんだよ。なかなか見つからないし」


 偶然だと思わせる言い方をしておいて、今それを言うか。


 「聞かなかった理由は、言い訳を考えるのが面倒だったからだね」

 「どういうこと」


 纏う空気が重くなる正雄さんだが、ボスは笑みを崩さない。


 「どうもこうもないよ。伝書鳩で地図に印が付けられたものが送られて来ただろう?日付らしき数字も書いてあった」

 「知らない」

 「どうしてだろう。戻して、次に近いところへ飛ばしたんだけどね」


 誰かが上手く飛ばせなかったか、意図的に止めたかのどちらかだろう。

 しかしボスは何故、単身でそこへ向かったのだろう。


 「少人数だろうと部下を連れて行けば、それこそ言い訳を考えるのが面倒。易々と連れて帰れるとも思えない。どうしたの」

 「ひとりで行ったんだよ。印がバツじゃなくて変な円だったからね」


 単身で行く理由には弱い。なにか特別な合図でもあったのだろうか。しかし正雄さんは首を傾げている。


 「君の恋人は相手が如何なる人物だろうと、危険な場所に呼び出したりはしないだろう?」

 「なるほど。なんらかの理由で逃げて来ていて、完璧には振り払えていないとして。そこへ来るまでには単身で対応出来る程度になっていると思ったわけですか」

 「そうそう。まさか本の山に女の子がいるとは思わなかったよ」


 まさかと思っている様子ではなかったが。


 「君が逃げ出そうとしなければ自分が逃げる。もしかしたら、そう思っていたのかもしれないね。もちろん真意は分からないよ。状況も分からないし」

 「しかしそれなら私が逃げ切れた理由も、説明がつきますね」

 「今ある情報で分からないことは、いくら考えたって分からない。自分を責める必要はない」


 再度紅茶を口にしてコップを置くと、小さくため息を吐く。


 「それで、君の異能は」

 「童話『赤い靴』を元にしています。赤いものに触れた者に予め決めた動きをさせることが出来ます。ただ、ひとつ問題があります」

 「なに」

 「私には色彩感覚がないのです」


 足を組むと一度俯いて、再度私をしっかり見る。


 「なんでそっちにしたの」

 「落とした際に開いてしまいまして」


 呆れた様にため息を吐いて、紅茶を飲む。


 「もうひとつは」

 「『白雪姫』です。最大7つの生命体を操ることが出来ます」

 「君を殺そうとした異能は『白雪姫』か」

 「そう考えるのが妥当だと思います」


 短所を克服するため。また、どこまで使役可能か知るため。目的はそんなところだろう。


 「糸の異能は」

 「『眠れる森の美女』だと思われます。糸に触れた者が眠りにつき目覚めると、“不可能に近いけれど達成出来たらすごいこと”をしようとします」

 「自殺じゃなかった」

 「“自殺の様な行動をとる”のです。主に証明しようとするのは“人は生身で空を飛べるのか”です。結果、自殺の様に見えます」


 簡略した説明を怒ってくれるだろうか。あの会合にいた者たちに怒られたところで、なんとも思わない。普段穏やかな人であるから意味があるのだ。


 「そういえば、一緒に地下にいた男の子はどうなった」


 やはり正雄さんも怒ってはくれないのか。


 「南へ異能を所持して潜入していたので、殺しました」

 「幼い頃から一緒にいた子を」

 「関係ありません。恭一を殺そうという者は、先に私が殺します」

 「少女から殺すなんて言葉がさらりと出て来るなんて」


 ボスをじろりと見る。ボスはというと、武闘組織の会合で多く見せていたよく分からない笑みを浮かべている。


 「私はよい子を拾ったと思っているよ」

 「俺がなんとか出来たとも思えないし、君が良いなら良い」

 「はい」


 ため息を吐いた正雄さんの前に紅茶が置かれる。


 「冷めてしまっていますから」

 「ありがとう」


 淹れたての紅茶を息で冷まして一口飲むと、ため息を吐く。


 「異能の本は三冊。使用者のいない本が二冊。糸の異能を手に入れたとして、全部で四冊。敵勢力は不明」


 その悲観的な呟きは、妙に静かになったこの部屋の空気に飲み込まれて消えた。

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