第150話 秘密を知る準備は②
福北真修が浮かべている笑みは、今までのものと近い。だが確かに違う。そんな笑みだ。心の中では、口を大きく歪めて笑っているのだろう。
「…事情が変わったんだな。だが急に言われても出来ないものは出来ない。他のことで手を打ってくれと頼むしかない」
「6時間後にまた来ます。準備までで構いませんので、済ませておいて下さい」
制御が難しくなったこと。そしてその理由。さらには今後も見込めない理由まで報告すれば、早急に潰すことは難しくないのだろう。
福北真修の真意を考え、対応が出来る様にするべきだ。だがそれより気になり、分からないことがある。
場所を移し、名前を変え、同じ様に商売を続けることは、恐らく可能だ。しかしこの者は、今の団体の在り方に拘りを見せている様に思う。
「機械の他に特別な物を作っているんですね。この周辺で商売を続けようという理由は、それにあるんですか?」
「いつもなら、連れ立っている者が割って入ってくることはない。態度の変化に関係しているのか?何者だ?」
畜産のボスは福北真修の視線に、頷かなかった。東からの使者であることのみを告げ、名乗らなかった。
それでも驚くには十分だったのだろう。なにを言われても冷静に対応していた者だったが、口を開けて目を瞬かせている。
3秒で表情を整えると、頷いた。
「分かった。準備しておく。一緒に来るんだろうな?」
「それは出来ません。僕から教えるのは不味いですから。彼とは3年の付き合いになりますが、秘密が漏れたことはありません。安心して大丈夫ですよ」
発言の後半部分は、視線が私に向けられた。そのことに慌てた反応をする。
土地勘のない場所を暗い中出歩く。相手が大人の男でも、そのことを不安に思うだろう。私が初め、護衛として認識されないことも分かっている。
「まさか、迎えに行けとは言わないだろうな。こんな少女になにが出来る。送る神経が知れん」
こういった発言をする者に対する、効率的な対応は学んでいる。目で見せるか、体験させるか。そのどちらかだ。
福北真修を投げ、視線を向ける。
「なにか言いましたか。よく聞こえなかったので、もう一度お願いします」
「…ここまでの道は分かるか、と聞いた」
「戻る際に覚えます」
「そうか。ああ、いや…大丈夫な目処が立っているなら良い」
視線が移動した先では、福北真修が服に付いた土埃を払っている。一応受け身が取りやすい様に投げはしたが、それでも対応出来るとは。
北銀司であれば、対応出来ていなかっただろう。そして笑顔で土埃を払ってなどいなかったはずだ。
「大丈夫か」
「はい、問題ありません。受け身の取りやすい投げ方でした。大丈夫だと見せるためだとは思いますが、あまりやらない方が良いですね」
「留意します。すみません」
「いいえ。想像以上の腕前で驚いています」
福北真修も想像以上の腕前の様だ。体格は私と同じで、恵まれていない。自分に合った戦闘方法を身に付けられているのだろう。
そして恐らくだが、戦闘で勝てないことに慣れている。自分が人より劣っていることを自覚している者はこういうとき、怒らない。
5隊にいたとき、それは顕著だった。
「聞けば、あなたの秘密も知ることになりそうです。良いですね」
「僕もあなたにすごく興味が湧きました。又聞きになりますが、あなたの反応を楽しみにしています。けれど指示を仰がなくても良いんですか?」
「この件に関しては、余程のことでなければ好きにさせるつもりです。言っても聞かないでしょうし、指示があって動いているんでしょうから」
予想外の言葉だ。畜産のボスは恐らく、把握していたい性格だ。
それは3点から明らか。是忠さんのことを聞いてきた。本部へ呼ばれた理由や、手紙の内容が不明であることに不満を持っていた。
だから口を出すのが遅い。忠臣さんのときもそうだった。そのため一段落したら口を出すのだろう、と思っていた。
「そういう訳なので、コイツのことを頼みます」
そうして私は、今夜再びここを訪れることとなった。私が知らない、私の秘密を知ることとなった。
その後はいくつかの街を見て回り、本部へ戻った。北銀司に案内された方の2人も今戻って来たところらしい。
皆でまとまって動くのは非効率的だ。畜産のボスのその言葉を受けて、別行動をしていた。だがこれは、北銀司や東の3人を離すための口実だろう。
恐らく北銀司はそれを分かっていて、賛成した。
もうひとりは、さらに別行動をしていた。本部の調理場や、近くの農園の見学をすると言っていた。
料理の腕前が高く、平均より少し高い戦闘能力があるらしい。
「ボス!機械による量産体制が素晴らしいです!それだけではなく品質もかなり良いので、これを取り入れることが出来ればどこもかしこも大助かりです!」
興奮冷めやらぬという様子で、畜産のボスに駆け寄る。確か東野の苗字を持ち、畜産本部で食品関係全ての管理責任を負っている者だったはず。
どこでも食糧を扱うのは責任重大だ。しかし家畜を扱う畜産本部でのその役割は農園本部と同様、他本部よりも重要なはずだ。
「そうか。笑顔が見れて良かった。最近根を詰めていただろう?」
「あ…そうですね。お気遣いありがとうございます。では!久しぶりに、一緒に作りましょう。許可はいただいていますから」
「お客様にそのようなことは…」
「部下の士気を保つのも役割です。それに楽しいですから。それとも俺に厨房を見せられない理由があるんですか?」
こう言われれば、厨房に入れるという選択肢しかない。しかしある程度は平等な取引をしよう、という姿勢の北だ。食事に毒を入れはしないだろう。
これまでの態度を見る限りでは、そのつもりがある様にも見えない。
だが用心に越したことはない。そのことを知らずに接している、という可能性も十分にある。
「いいえ。分からないことがあれば、近くの者に聞いて下さい」
「はい、ありがとうございます。楽しみにしていて下さいね。ボス、とても良い状態の鹿の肉があったんです。それを使おうと思うのですが、どうですか?」
北銀司とその護衛の案内で、畜産のボスたちは厨房へ向かった。
楽しそうに話しながら歩いて行く、その背中を残った者で見送る。私を含めた東の3人に、福北真修とその護衛だ。
廊下を曲がって姿が見えなくなると、福北真修が視線を私に向けた。
一緒に行かないのか、と聞いているのだろうか。もしそうなら愚問だ。その様な雰囲気ではない。それに確認したいこともある。
「歴史書を見せてもらえませんか」
「図書館の利用であれば、話を通すことは出来ると思います。ですが東のものと大差ないと思いますよ」
「分かりました。先ずは図書館の本を読みます」
福北真修は小さく、首を横に振った。図書館が最大の譲歩らしい。この様子ではそれもかなり無理をするのかもしれない。
そこまでする理由があるのだろうか。手紙の件なら、秘密にすることが条件だ。誰かに言うという脅しは通用しないはずだ。他には思い当たらない。
「図書館の利用も、無理をしてもらう必要はありません」
「でしたらお茶に付き合って下さい。僕の護衛なら必要ないから、お2人を部屋までご案内して」
反対の言葉を口にしようとしたのだろう。口を開きかける。だが福北真修の鋭い視線を受けて、なにも言わなかった。
恐れられている様子ではない。それでこの反応ということは、家柄も想像以上に良い様だ。
案内された部屋は、まるで見たことのない物で溢れていた。機械いじりが得意と言っていたが、その作業をする部屋だろうか。
だがお茶と言って案内するだろうか。それなら、個人の部屋か。
勧められた椅子に座り、福北真修と向かい合う。
「あの手紙を預けた人物に見当が付いていますね?教えてもらえませんか?もし言葉を交わす機会があれば、聞きたいことがあるんです」
「無理をして図書館の利用を許可させる程、それは重要なことなのですか」
福北真修は、ただ頷いただけだった。言葉を尽くさないということが、本気さを表している様に思えた。
手紙の内容からして、危害を加えるつもりはないだろう。
「分かりました。ですが私の考えですので、正しいとは限りません」
「それで構いません。教えて下さい」
真剣な表情の中でも、とりわけ目が印象的だ。真剣そのもの。それを見て何故か彼を思い出した。
戻ったら、妹さんのことを確かめよう。そしてありのままを伝える。六花さんが傍にいるのだから、きっと大丈夫だ。
死んだ人間になど頼らなくとも、彼なら大丈夫だ。




