第147.5話 その声は③-1
不肖私、西留美は今、東の本部へ向かうため車に揺られています。東の方は大変野蛮と聞きます。とても不安です。
西の苗字を持つ者たちにいじめられ、中流といわれる家柄の者たちからは相手にされず。孤独と言える幼少期を過ごしました。
そんな私が選ばれた理由に、察しは付いてます。
1年前に東へ遣わされた、霞城くんが関係しているのでしょう。
異能戦争のルールを伝えるため、という名目はありました。しかし追い出したも同然です。
霞城くんに対して、悪い感情を抱く者は沢山いました。力なき少年を追い出し、優越感に浸り喜んでいれば良いものを。
味を占めたのか、飽きなかったのか。霞城くんと良好な仲を築いていた者たちは異能戦場へ赴き、戻りません。
必ず戻るはずの、戦略パートの真白くんですら。
私は霞城くんとの直接的な関わりがなく、戦闘にあまりにも向かない。そのため異能戦場へ赴くことには、ならなかったのでしょう。
しかし他に赴いた人物と関わりがありました。恐らく雄剛くんが選ばれたのは、戦闘力の補強のためでしょう。
私に良くしてくれたのは、雄剛くんだけでした。そのことを組織が知らないはずはありません。その雄剛くんを殺したのは東だと聞かされました。
組織の言うことなので、あまり信じてはいません。そしてその東へ挨拶に行けと言うのですから、なにか算段があることは明白です。
それがどういった算段なのか、不肖私には分かりません。しかし、ひとつ確かなことがあります。
私も雄剛くんも、霞城くんを悪く思っていないことは明らかでした。
存在を認識しているだけの、顔を合わせたことのない相手です。私たちには当然でした。しかしそれでは、いけなかったのです。
西で生きてゆくつもりだったのなら、それではいけなかったのです。
過ぎたことはそれとして、東がどういう算段なのか分かりかねます。反逆者たちの鎮圧に成功したという吉報は、誰もが知っていることです。
余程のことがない限り、内に潜む反逆者の名前が判明しているはず。しかしその知らせが、一向にないようです。
今日までに魔女狩りが始まらなかったことが、不思議でたまりません。
もし勧誘されたと知られれば、誤解を解く前に殺されるでしょう。その前に西を出られたことは、幸いなことです。
しかし東がこの事実を知っていれば、どうなるか不明です。先程までのように、他人を憂いる立場も終わるのですね。
何故ならそれが出来るのは、自身に余裕がある者だけだからです。もしも改革が成功していれば、私は自らを憂いる余裕すらなくしてしまうでしょう。
私が組織の権力にあやかるだけの者だからです。
いじめられていることは、不幸だと感じています。しかし私はそれ以上の幸福を感じているのです。
屋根がある場所で寝起きをし、毎日お腹いっぱいのご飯を食べる。十分な教育も受けられています。この生活を手放すことなど出来ません。
私の悩みは、持つ者故の悩み。それを理解しています。
「西留美さま、こんにちは。お部屋にご案内いたします」
ここは…どこでしょう。東の本部ではなかったのでしょうか。皆が笑顔で迎えてくれます。変です。
お茶まで用意してもらえました。こんなこと、西ではあり得ません。
呼び付けておいて長い時間待たされるなんてことは、ザラです。酷いときには、半日待たされました。
ひとり待つ部屋には、美味しそうな食事の匂いと談笑が届きました。しかし私の前には、お茶の一杯もありませんでした。
「お待たせしてすみません。はじめまして、東凛太郎と申します」
まだ20分しか経っていません。東の方は短気なのでしょうか。私はのろまとよく言われるので、怒らせてしまわないか心配です。
この方が、反逆者たちを鎮圧する指揮を取った方。年齢は30歳手前でしょうか。私とそう違わない年齢なのに、すごいです。
「西留美と申します。お昼時に申し訳ございません。道に迷い、予定の時間より遅くなってしまいました」
「そうでしたか。無事に着けて良かったです。長時間の移動でお疲れでしょう。楽にして下さって構いませんよ」
本当は迷っていません。そう言えと言われたから、言っただけです。嘘です。
ですが、そのこともその目的も、分かってみえることでしょう。それでも笑顔を崩さず接して下さるのは、何故なのでしょう。
困りました。こんな親切な対応には、慣れていません。
「実は直接お伺いしたいことがありまして、無理を言って――どうされました?体調が悪いんですか?目が潤んでいるときは熱があるとか…」
心配そうな顔で、顔を覗き込んでいるのは何故なのでしょう。西では倒れても、面倒そうに医者を呼びに向かっただけでした。
医者に診てもらえない者もいます。贅沢な悩みです。でも私は、嘘でも心配してほしいだけです。両方を持つ兄が羨ましい。
「あ、すみません。知らない男に急に触れられるのは嫌ですよね。女性の医師を呼んで来ますので、少々お待ちください」
「違うんです。ごめんなさい…ごめんなさい…」
「えっと、じゃあ…そうだ。東で人気の菓子があるんです。えっと、これです。どうぞ、食べて下さい」
私の機嫌を取ろうとしているのは、何故なのでしょう。そのような者は、西ではどんなに懸命に探しても見つからないでしょう。
泣こうものなら、叩かれるのが常です。それを心配する者もいません。
あ…出て行ってしまいました。そうですよね。
今日は一応の約束を取り付けたようですが、押しかけたようなものです。それにお忙しいでしょうし、泣いている者の相手なんてしている暇はないでしょう。
ですが勝手に去るわけにもいきません。夕方になれば、部屋の管理のために誰かが訪れるはずです。それまで待ちましょう。
「何度もお待たせしてしまって、すみません」
「とんでもないです。私の方こそ急に泣き出すなんて、申し訳ございません」
お戻りになったのは、何故なのでしょう。まさか、私が泣き止むのを待っていて下さったのでしょうか。
こんな紳士な対応をされるとは、考えもしませんでした。野蛮なのは一体どちらなのでしょう。
「本題に入ります」
何事もなかったかのように接して下さいます。それだけではありません。笑顔を崩さず、小言のひとつも言われません。
そのような方は、西ではどんなに懸命に探しても見つからないでしょう。東の方が野蛮だなんて、とんでもありません。