第144.5話 いつかこの問題に②
話が聞きたいと、自分が呼び寄せたクセになんなんだ。まさか話すなという合図をされるとは思わなかった。
嬢ちゃんに話しを聞かせたくないなら、連れて来なければ良いだろうに。
結局、是忠さまがなにを抱えていたのか分からないままか。亡くなった原因も、どこにいたのかも、知らされないままだ。
首を突っ込まず大人しく待っていれば、近い内に解決するんだろう。だがそれで良いのか?
しかし今は、どうしても金を優先させなければならない。死人になにをしようと死人以外にはなれない。だが父親は医者に頼ればなんとかなる。
しかしそれには大金が必要不可欠。情報提供の代わりに、と医者を頼もうかとも考えた。だが無理だ。
例え色を付けてもらったとしても、そんな高額な情報は持っていない。
「亜樹、起きているか?」
時計を見ると、去ってから30分ほどしか経っていなかった。また来るだろうとは思っていたが、まさかこんなに早く来るとは。
なにか思い出せないかと考えていたが、全く思い出せそうにない。これでは交渉も出来ない。
「はい、起きてます。どうぞ」
「何度も悪いな。また話しを聞かせてくれ」
聞きたいことは分かっている。さっき自分で話しを止めた、緑の瞳を持つ女性について。これで間違いないだろう。
聞かせたくない理由は考えても分からん。そして少しの金にもならん。
「緑の瞳を持つ女性についてですね。しかし先に申したことしか本当に、記憶にございません」
「他に心当たりのあることはないか?」
これは言うか悩ましい。奇怪なことだと自分でも思う。言って、なにが起こるか予想出来ない。そしてなにより…
「ありません。ご期待に沿えず、申し訳ございません」
「そうか。なにかありそうだと思って来たんだが。…そういえば、父親の体調が良くないそうだな。なにか力になれると良いんだが」
言わないでいることがあると、確信しているのか?違う。自分が知っていることだけで考えるな。
こう言えば、なにか出て来るかもしれない。それだけだ。
「言わない…か。では単刀直入に聞こう。お前の瞳の色は緑か?」
「いいえ。どこにでもいるような茶色の瞳をしています。もう少し近くでご覧になりますか?」
いきなり核心を突いて来るとは思わなかった。何故そんな考えになった。上手く誤魔化せただろうか。…大丈夫だろう。
なにも近くで見なくとも、瞳の色が緑でないことは一目瞭然。もし近くで見て、コンタクトだと気付かれたとしても、視力を矯正していると言えば良い。
「いや、いい。そういうことにしておく。しかし嘘を吐くような者を異能戦場に送ることは出来ない。父親を診せる金は、地道に貯めるんだな」
権力を振りかざすな、と言いたいのは山々だ。人を見下した苗字持ちのこういうやり方に、嫌な思いをしたことがある者は多いだろう。
畜産のボスは基本的に“こちら側”へ良好的だ。だが同時に、根っからの本家の方でもある。地でこれに近いことをし、そのことに気付いていないのだから。
他に会ったことのある者や、話を聞いたことがある者は酷い。わざわざこちらを不快にさせる者や、横柄な態度を取る者が多い。
それを見ていれば分かる。貿易のボスは冷静に、俺が怒り出すのを待っている。冷静さを欠いた者が、口を滑らせやすいからだろう。
嬢ちゃんと来たときの態度と、明らかに違う。恐らく本来、こういう横柄と表現されるような性格ではない。
しかしこのままでは、部屋を出て行かれるだけだ。それは困る。地道に貯めればどうにかなるなら、危険なことはしていない。
「それでなんでも思い通りに出来るとでも思ってるんですか?」
「可能な限り不備がないよう進めるだけだ。計算外のことは起こる。思い通りになることなど、決してないだろう」
怒ってはいるが、冷静さを忘れない。そういう風を装い、怒らせる機会があると思わせる。それで一先ず引き留め、考える時間を稼ぐ。
瞳のことを知られず異能戦場へ行く方法はないか?最悪知られても、医者を頼むことが出来ればそれでも良い。
「その理論で言うなら、望む情報を俺が持ってないのは計算外、というだけではありませんか?金を稼ぐ機会まで奪わないで下さい」
「至極真っ当な意見だ。亜樹はこうして、権力や金でどうにかしようという者が嫌いだろう」
怒らせることを楽しんでいるだけか?それなら尚のこと質が悪い。目的のために手段を選ばない、選べない。それは誰にでもあること。
それが偶然金と権力だっただけだ。誰かにとってそれは、他の誰かにとって最も尊い命かもしれない。
元からの好感度を除けば、違いはたったひとつだけだ。目的のための言動を大勢の者が知っているか、知らないか。
だが目的が相手を怒らせることそのものなら、違ってくる。
「だが俺に医者を呼ぶという選択肢があることを知ったはずだ。知っていることを教えてくれ。亜樹」
「そう聞こえることを言っただけ。そう、誰かは仰いました」
「父親の元へ医者を向かわせ、治療させることを誓う。これで良いか?」
これなら問題な…ない。ないが、俺は何故、話そうとしている?しかもこれでは言わなかったことがあると言っているようなものだ。
どこからだ。どこから何故こうなった。
「最後の一言は不愉快にさせたな。悪い。聞かせてはくれないか?」
「え、いいえ…」
つい反射的に返事をしてしまった。一体どこまで計算して話しているんだ?底の知れない方だ。
聞く限り、元から組織内での立場は良い方だ。今回の反逆者たちの件で、評価も上がったことだろう。関係を持って損のある人物ではない。
「瞳の色ですが、質問の通り緑です。さっきお話しした緑の瞳の女性と出会って家に帰ると、色が変わってました」
「…あ、ああ、奇妙だな。それで?」
言うことはそれだけか?瞳の色が変わるなど、ないことだ。そして出会った女性と同じ、緑に変わっている。これを関連付けないとする。
しかし奇怪な事実はここにある。新たな病に侵されている、という流れになると考えていた。
「…それだけです」
「やられたな。交渉が上手いようだ。刀鍛冶のときもそうして稼いでいたのか?それとも重大なことだと思っていたのか?」
圧倒的に後者だ。どうしたら奇怪な事実を、それで済ませられる。もしや信じていないのか?だが追求するのは止そう。
何事もなく終わるならそれで良い。言うべきことは言ったという、事実があれば十分だ。信じてもらう必要のある場面ではない。
よくよく考えれば女性のあの不気味さは、会っていない者には分からない。
「交渉上手と言ってもらえるのも、もちろん嬉しいです。だけど質でやってたと言わせて下さい」
「そうだな。また不愉快なことを言ってしまった」
「大丈夫です」
技術が良くとも交渉が下手では、店が立ち行かなくなることは事実。それに嫌味で言ったのではないことは十分伝わっている。
軽く首を振りながら答え、再び貿易のボスを見る。目をじっと見返された。
「分かっていることを言ってまた不愉快にさせてしまうかもしれない。だが一応言っておく。この会話は他言するな」
「はい」
「それなら良い。邪魔をしたな」
嵐が去った。そんな気分だ。なにを思えば良いのか、よく分からない。無意識の内に、大きなため息を吐いていた。
そのままソファに身体を預け、もう一度ため息を吐く。その声をぼんやりとした頭で聞いた。




