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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第4章 その天使に尻尾はあるか?
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第142話 その思いを④

 微笑を湛える西真白が私をじっと見た。その視線につられたのか、北銀司も私に視線を向けて来る。

 なにか不自然な行動をしただろうか。それとも南の者の行動に反応しないことが不自然なことなのだろうか。


 「内乱など例え禁止しても起こる。今すぐ、というのもひとつの手だ」


 花をワインの入ったコップに入れる。その様な行為が宣戦布告の合図というわけではないだろう。しかし一瞬で、内乱を起こすと分かる。

 分からない。一体なにが起きている。


 「絢子さんには、この花がどう見えますか」


 問題は花を入れるという行為ではなく、花自体にあるらしい。

 南の者が持参したワインが注がれたコップ。そこに花は入れられた。ではワインに問題があるのだろう。それも、一目見れば分かる様な。


 「…どう、と聞かれましても、どの様に答えて良いものか分かりかねます」

 「花を見た感想でも、見たままでも構いません」


 どう答えるのが良い。それともこのまま白を切るか、話題を逸らすか。どちらも得策とは言えない。

 なにが問題とされているのかが分からないからだ。その問題に触れる様なことを言ってしまうかもしれない。触れないことが不自然かもしれない。


 「どうしました」

 「西真白。いい加減にしろ。毒で枯れてしまった花に感想を求めてなにになる。話を逸らして、今度は南に恩を売ろうという魂胆か?」


 あわよくば殺そうとしていた。内乱とはそういうことか。

 花が枯れたことに、私は反応しなかった。そのことに違和感を抱いたのだろう。毒という知識がなかったとしても、目に見えて分かる事象の様子だ。

 手間をかけさせてしまった。

 しかしそうまでして色彩感覚のことを隠す必要があるだろうか。異能は使えた方が便利だが、なくとも戦える。


 「とんでもありません。あまりにも反応が薄かったので、見慣れているのか気になってしまいました。失礼しました」

 「もう良い。話を戻す」


 貿易のボスが向けた、鋭い視線に大きく身体を震わせた。下品に笑っていた姿は見る影もない。


 「なにも告げず去り、いつか飲むことを虎視眈々と待つという選択肢もあった。というより、それが狙いではなかったのか?何故告げた」

 「本当はこんなことしたくないからだよ!なにも分かってない馬鹿の芝居をして置いて帰れば、僕はまだ平和でいられる。そうしようと思った。でも…!」


 その瞳から大粒の涙を溢す。これまでの態度と大きく異なるためだろう。一様に驚いた表情を浮かべている。


 「代わって私からお伝えさせていただきます。御覧の通りこの方は、とても気の小さいお方です。ただそれだけです」

 「そんな言い方しなくても…」

 「鼻水が出ていますよ、可愛い私の主」


 慣れた様子で鼻水を拭った。珍しくないことなのだろう。微笑んでお礼を言い、軽く咳払いをして向き直る。

 表情や姿勢は戻っているが、それで誤魔化そうというのは無理がある。


 「良心の呵責というやつです。それに狙った人物を、との命令のならまだ理解は出来ます。しかしこれではいつ誰が死ぬのか分かりません。一体どんな意味や価値があるのでしょう」


 この食事会でワインを開けていれば、ひとり以上が死ぬことになる。そのことに価値があると思っているために出る言葉だ。

 だがそんなものはない。誰かがいなくとも、組織自体はどうにでもなる。


 「これからも駒として使えるか、あなたを試したのかもしれません。打ち明けて殺されても、知らずにワインを飲んでも、構わない」


 殺すという単語に、小南朝陽の目付きが変わる。見たことのない構えだ。どの様に攻撃して来るのだろう。

 主の方は本当に気が小さいのだろう。目に見えて怯えている。


 「殺しはしない。貸しがひとつあることを、よく覚えておくように」

 「…はい。寛大なお心、感謝いたします。あの…無礼ついでに、ひとつお願いがございます」

 「ふぅん、そんなに震えながら。面白いね。可能な限り叶てあげたいな。ねぇ、凛太郎くん?そう思わない?」


 軽くため息を吐くと、ボスから視線を移す。その鋭い視線にはやはり身を大きく震わせたが、視線を逸らそうとはしない。


 「どうせ暇だ。言ってみろ」

 「先程、朝陽の弟と同じ名前の者がいると仰いました。これもなにかの縁です。遺品をひとつ、いただけませんか?」


 なにも分かっていない馬鹿の芝居…本当に言葉の通りだったのか。

 それなら、私に色彩感覚がないことにも気付いている可能性がある。黙っていることを貸しにされかねない。

 明かしたところでどうということはない。そんなことのために。


 「お気遣い感謝いたします。しかし必要ありません。これで、これからは貴方のことだけを見ていられます。それが私の幸福です」

 「…どこかで見たことのある関係だな」


 呟いた貿易のボスの声は、少し嫌そうに聞こえた。こちらを見ているが、同意を求めているという風ではない。

 独り言に思われない様、こちらを見ただけだろう。ボスも私と同じ考えなのか、反応を示さなかった。


 「僕は別に賢いわけではないから、演じてた方が楽なんだよ。でもそれだと朝陽が肩身の狭い思いをする。もう僕から離れて――」

 「お断りします。私のことは気にしなくとも良いのです」


 主の、本家の者の、言葉を遮った。皆が少なからず驚いているが、その中で最も驚いているのは貿易のボスだ。どうしたのだろう。

 兎も角、南の者が言うことは当然と言える。

 ワインに毒が入っていることを明かせば、殺される可能性は高い。そうなれば、小南朝陽も共に殺される。それは分かっていたはずだ。


 「真に頭の悪い者は、自身をそうだとは思わないのではないでしょうか。いつの世も他者から頭が悪く見える者は、その芝居をしているに過ぎません」

 「いや…初めから似て非なるものだったか。…恭一、絢子、聞いているのか」


 返事をするべきだったらしい。だが独り言の様なこれらの言葉に、なんと返せば良いものか。

 ボスは少し俯いたまま、小さく嘲笑を浮かべた。視線は動かない。


 「そうだね。とても似てるよ。だからこそ、たったひとつの違いが色濃く見えてしまう。己の弱さを認めることで救われるなんて、考えたこともなかったよ」

 「それが恭一、お前の弱さだ。だが絢子にそれは理解出来ないだろうな。お前がなにも教えなかったからだ」


 小声での会話のため、向かいの5人に聞き取ることは出来ないだろう。それでもどうにか会話を聞こうとしているのが、なんとなく分かる。

 あまり重要な会話ではないが、そう思えるのも場面としては必然か。しかしこの食事会は、もう終わる。農園のボスの足音が近づいて来ている。


 「お待たせしました」


 部屋に入ってすぐ、農園のボスは驚いた表情を見せた。その視線の先にはワインの入ったコップ。枯れている花に驚いたのだろう。

 それ程一目瞭然にも関わらず、私は無反応だった。


 「自ら告白した。貸しにしてある」

 「…確認しておいて」

 「今更どうするつもりだ。とっくに息を引き取ったはずだろ。つい最近まで敵対していた組織の使者が持って来た物。なにも確認せず、よく口にさせられたな」


 貿易のボスは初めから、毒が入っている可能性を疑っていたのか。そして実際に南は入れていた。それも恐らく、持たせた全ての物に。

 数名のボスが死のうとも、下の者が多少死のうとも、組織に大きな影響はない。だがそれが一度に起こればどうなる。一体何人の南の者が訪れた。


 「凛ちゃんだって人のこと言えないはずだよ。なにをしたって、死んだ人は生き返らない。弓弦くんは戻って来ない」


 北銀司がハッとした表情を浮かべる。聞いた名の者が、かつて北園満弦という名だった英雄を殺したと悟ったのだろう。

 なにをした者か知れば、注視する者が偏ってしまう。少なからず偏見の目で見てしまう。それを避けるためだっただろうが、言われてしまった。


 「言うなよ。しかしその言い方はなんだ?まさか俺が弓弦のためだとなにかを…いや、その者を殺そうとしている、とでも思ったのか?」

 「殺す命令をした者を見つけろなんて、それ以外になにかある?」

 「ある。教えてやるんだよ。方法は他にいくらでもあると。短絡的で愚かしく、浅はかな選択であると。命のみならず、心を弄ぶ非情な行動であると」


 その殺意のこもった笑みに、農園のボスはたじろいた。

 ボスと西真白はわざとらしく肩を小さく揺らし、声を出さずに笑う。南の2人は小さく口の端を歪めた。


 「ところで銀司さん。なんでも北園満弦は、大勢の者に命を狙われていた可能性が高いとか。それなら必ず、ひとりは見つかるでしょう」


 視線を向けられた北銀司は、ただ同意の返事をしただけだった。汲み取った意味をどう感じたのか、その声は少し震えている様に思った。

 仮に誰一人として見つけられなかったとしても、殺されなどしない。

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