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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第4章 その天使に尻尾はあるか?
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第141話 その思いを③

 自らのお願いをとても簡単なものだと言い、大きく口を歪めて笑う。

 そんな貿易のボスを見て、北銀司は生唾を飲んだ。なにが関係しているのかは、すぐに分かった。だが具体的になにをするか、というのかは分からない。

 ボスたちも同じなのだろう。止めようという気配はないが、いつでも止められる様に固唾を飲んで見守っている。


 「残された1名の名前を伝えて、戻れなかった理由に心当たりのありそうな者を教えて下さい」

 「それは…言葉のままの意味ですか?」

 「はい」


 弓弦さんを殺すよう命令した者を見つけて連れて来い。

 そう言い出すかとも思ったが、これなら無理難題というわけではない。北銀司も安堵したのか、小さくため息を吐く。

 だがすぐに表情を引き締め、背筋を伸ばした。


 「確認と、お願いが2つあります」

 「なんでしょう?」

 「ではまず確認から。全ての者の反応を確認することは不可能です。そして判断はわたしの主観となってしまいます。それをご承知いただけますか?」

 「もちろんです。難しいことだと思いますが、お願いします」


 北銀司が驚いているのは、貿易のボスの姿勢だろう。この交渉は東に有利なものとなっている。だが少々脅すだけで、表向きの姿勢は変えない。

 しかし不思議なことではない。見捨てるという選択もあるからだ。


 交渉を持ちかけた側からしてみれば、それは面倒になる選択だ。

 殺すと言って殺さなければ、今後その脅しは使えない。しかし武器を取り上げた無抵抗の者を殺せば、反乱の火種となりかねない。

 この依頼は、引き受けさせなければならない。


 「お願いの方ですが、ひとり残す者と会わせていただきたいです。もちろん既に殺していた、などということはないと信じております。けれど保険は何事にも必要なものですので」


 これは頼みに含まなくとも良いくらい、当然の申し出だ。

 しかし交渉の時点で願い出なかったとなれば、そう言って突っぱねられる可能性もあるか。それを考えれば、今言っておくのが無難だろう。


 「仰ることは分かります。しかし双方、建物の中を無暗に歩いてもらうというのは出来ません。なにか考えますので、先に2つ目のお願いを聞いても?」

 「…はい。先に訪ねた者が写真機を持ち込もうとした、と聞きました。重ねての無礼と存じますが、その写真機の返却をお願い申し上げます」


 なるほど。尻込みしつつも、初めから交渉を受ける姿勢だったのはこのためか。回収する様に命じられたのだろう。

 最初に簡単な頼みをして、次に難しい頼みをする。一度頼みを聞いたことで頼みを聞かせやすくしている。反逆者集団とは逆のやり方だ。


 「…あぁ、しかし何故わざわざ写真機などを?北では珍しい物ではなく、こちらに技術がないわけでもありません」

 「詳しいことはわたしも知らされていません。とある出来事の証拠となる可能性が高いとのことです」


 それを言うのは早い。


 「なるほど。それは()()しなくてはいけませんね。是非そうさせてもらいます。弘美、持って来てくれるか」

 「分かった」

 「…、痛み入ります」

 「僕からひとつ提案があります」


 立ち上がろうとした農園のボスが動きを止める。

 話しを振られない限りは黙っていた人物が、急になんだ。組織へ戻ることに問題ない状況になると分かってから今まで、考える時間は十分あっただろう。

 なにか心境の変化があったのか。なにか企んでいるのか。


 「その写真機で、残る者を撮って返すのはどうですか。今この瞬間という証拠はありませんが、持ち込まれたのが今日だということは確実です」

 「それは良い考えです。そうさせてもらえますか?」


 思案している。悩ましいのは当然だ。

 保存可能な枚数を超えると、古いものから消される。そういった仕組みのものが一般的だと、本に書いてあった。

 一枚撮れば消えてしまう。そんな写真が必要である可能性もある。西真白もそれは分かっているはずだ。北銀司の、なにを試している。


 「それは…、しかしやはり、今生きているという確証が欲しいです」

 「仕方がないですね。今いる他の者に――」

 「っ分かりました。西の御仁の提案通りでお願いします。ですので、他の者には渡さないで下さい」


 今いる者が、仲の悪い党派の者なのだろうか。不正などを暴こうという党派の者の可能性もある。

 写真が消えてしまうのは僅かな可能性。しかしその者に写真機を持って行かれては証拠が確実になくなってしまうのだろう。


 「ではそのように。弘美、頼む」

 「分かった」


 今度こそ立ち上がった農園のボスが、部屋を出て行く。

 完全に思惑通りに動かされた、と北銀司は思っているのだろう。目に見えて委縮してしまっている。

 西真白はわざとらしく、ほんの少し口角を上げて見せた。視線は真っ直ぐ向けられている。先には北銀司ではなく、貿易のボスがいる。


 「宿泊の礼として受け取っておきます。少々安い気もしますが、これで一旦貸し借りはなしにしましょう」

 「それは良かったです」


 私が想像した目的とは、根本から違ったのか。北銀司を試していたのではなく、貿易のボスに恩を売った。

 しかし貿易のボスからしてみれば、交渉相手は誰でも良いはずだ。写真機を渡す代わりに、と弓弦さんを殺す様に命令した者を探させることは出来る。

 写真機について北銀司との交渉が上手く行かないのであれば、交渉は決裂ということになる。人質については考慮しなくても良い。


 「もういい加減、本当の世間話でもしましょう。そうですね…小南朝陽さんは、兄弟がいますか?」

 「私ですか」


 弟が正雄さんの護衛をしていた、という仮説が間違いだったとする。しかしこの質問に全く意味がないとは思わないだろう。

 視線が護衛対象に向けられる。完全に機嫌を悪くしているが、気にしないことにしたらしい。視線を貿易のボスへと向ける。


 「弟が、ひとり。幼い頃に行方知れずとなっています。周りの者は亡くなったと言うのですが、私は今もどこかで生きていると信じています」

 「そうか。悪いことを聞いたな。しかしこれもなにかの縁。名前や特徴を聞かせてくれないか。どこかで拾われているかもしれない」

 「新という名です。新しいと書きます」


 一瞬、心臓が大きく跳ねた。


 「意味のない言葉を発するくらいの年齢でしたので、そう名乗っているかは分かりません。外見は黒髪の茶色い瞳ですので、どこにでもいます」

 「新という名の者は知っている。とあるボスの護衛をしていたのだが、優秀な者だった。だがきっと、その者ではないだろうな。生きているのだろう?」


 あまり具体的に告げると怪しまれる。それでこんな言い方になった。

 西真白と北銀司は気付いているだろうが、指摘する利点がない。その指摘が南に有益とは言い難く、さらにそれをしても意味がないからだ。

 小南朝陽はそれらを理解したのだろう。悲しそうに微笑んだ。


 「はい。…重い空気にしてしまい、申し訳ございません」

 「故人を悼むことも、その心も、大切なものだ。東の者のために、ありがとう」


 小南朝陽が深々とお辞儀をした理由を、この南の者は分かるまい。

 こんな者が護衛の対象では、さぞ大変だろう。隠れる様に言ったとして、想定の場所には隠れてくれないに違いない。

 そしてそんな者を使者として送るなど、南はどうかしている。


 「ところで南の御仁は食事をするためだけに、こちらへ伺ったのですか?」

 「どういう意味ですかな?」

 「そのままです。東のお願いから始まった取引で、それぞれ東への姿勢が明確になりました。南は黙っていて良いのですか?」


 西は西真白の個人的な言動だが、北銀司がそれを知るはずもない。協力的であることを示したと考えるだろう。

 北はある程度平等に取引しようとした。つまりこれまで通り、最終決定には合意を求める、という姿勢なのだろう。


 南は自慢をして下品に笑い、拗ねているだけだ。組織として今後どの様な姿勢で東と接するのか、分かる言動はない。

 敵に塩を送る様な行為ではあるが、それでも姿勢を確認したいのだろう。

 俯いたのは、質問の意図は理解しているからか。なにを目的にして訪れるのか、言われるまで考えなかったのだろうか。


 「…後ろの、緑のラベルが付いたボトルをいただけませんか」

 「手に入れるのが困難という、非常に珍しいワインでしたね。自慢なら食事中に聞きました。もうお腹いっぱいです」

 「これは自慢話ではありません。お願いします」


 これまでとは違う、真剣な声だ。貿易のボスが私に軽く頷いて見せる。

 写真機なら自らが責任を持つ、という意味でボス職が動いても不自然ではない。しかし給仕に私が動かないのは不自然だ。

 だが…目的の瓶が分からない。


 「うぅん、戦闘以外はとことん不器用で、給仕に慣れない未成年。とても不安な気持ちだよ。私が注ごう」

 「確かにな。割られてしまっては困る。そうしてくれ」


 小さく微笑み立ち上がると、迷うことなく一本の瓶を手に取る。コップに注いでいくその様子は、少しぎこちない。

 二杯目を注ごうとする手を、南の者が止める。そして机の上に飾られている生花を一本抜き、コップにそれを入れた。


 「これが…南の姿勢です」


 その行動が意味する正確なことは分からない。辞書には載っておらず、礼儀作法の本にもなかった。しかし良い意味でないことは確かだろう。

 どの様な隠語なのか、後で調べなくては。

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