第140話 その思いを②
料理人が数名、若干緊張した手付きで調理の仕上げをしている。
机の周辺には9名。奥から貿易のボスと西真白、農園のボスと北銀司、ボスと南を苗字に持つ者が、それぞれ向かい合って座っている。
私の向かいには誰もいない。護衛である2人にも勧めたが、傍で立っている。
「いやはや、まさか食事にご招待いただけるとは」
西真白と北銀司は、互いが戦略パートの者であったことを知っている。こちらの目論見を勘違いしているのか、俯き気味だ。
その空気に気付いていないのだろう。南の者だけは笑っている。
「喜んでいただけて、こちらも嬉しいです。ところで護衛の方は本当にお食べになりませんか?東では慣れない光景であることもそうですが、折角でしたら大勢の方に味わっていただきたいので」
食事会への招待が狙いで、この時間に訪れている者は他にもいるだろう。北だけ招待すれば手を組んだと噂が流れ、大変なことになる。
貿易のボスの、その主張は正しい。それは私も分かっている。
そこで私は、他組織の者も招待しようと提案した。西留美と小南朝陽がいれば、より良いと考えた。
この2名は浅からず反逆者集団と関わりがある。しかし西留美は楠巌谷の勧誘を突っぱねており、反逆者ではない。
北銀司と一緒に招待されても、北銀司に問題が起こることはないだろう。
しかし西留美は訪れてすらいなかった。
小南朝陽は護衛として訪れており、本人を招待することは出来ない。そこで護衛として連れて訪れた者を招待した。
この南の者が招待された理由はそれだけだった。しかし護衛になど食事の用意は必要ないと、下品に笑う。
とても不愉快だが、おかげで分かったことがある。
小南朝陽が休戦協定の会合を訪れた。海人さんはそう言っていたが、家柄を聞き疑問に思った。そのことについてだ。
こうして護衛として訪れたのだろう。私の疑問はひとつ解消した。
「そうですか。銀司さんはどうされますか?」
「北では明確に分けることが暗黙の了解となっています。出来ればそれを崩したくないのですが、招待していただいた身。習わしであれば従います」
主張はしつつ、顔も立てている。
しかし相手の一言でどうにでもされてしまう。この程度のことはどうでも良いのだろうか。それとも、この様な無難な言い方しか出来ないのか。
分からないが、せめてこの程度が出来ない者が使者とは。
「そうなのですね。では護衛の方には後で少し軽いものを振る舞います」
「お気遣いありがとうございます」
「そんなことをしていては、つけ上がるだけですぞ。それはそれとして、護衛がひとり足りないようですな?」
西真白は異能戦争が終わって早々に、単身でやって来た。そのため護衛がいないのは当然のこと。
東の者を偽の護衛とするのだろうと考えたが、用意はされなかった。
その理由は、よく考えれば分かる。ここにいることが不自然である人物だ。庇う様なことをしたと判明すれば、問題になる。
「真白さんは組織の反対を押し切り、異能戦争が終わった直後に挨拶にいらして下さったんです。他の者を巻き込まぬよう単身で。恥ずかしながら治安の悪い場所もあるため、迎えの手配をしていたところです」
この言い分であれば、西が2つの組織を出し抜いたことになる。戻っても大したお咎めはないだろう。
組織の反対を押し切って来た。この部分は先に聞いたことが本当なら、嘘ということになる。しかし事前に打ち合わせはしているはず。どうにかなるのだろう。
「それは素晴らしい行動力ですね」
食事会は終始こんな調子で進んでいった。適当に見栄を張り、適当に褒め合う。それだけの、上辺も掬えない様な会話。
南の者が席を立とうとする雰囲気の中、小南朝陽が小さく息を吸った。
「ひとつだけ、質問をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「発言を許した覚えはないぞっ」
「許可が必要なのであれば、俺が許す」
この場での絶対権力者が言えば、逆らうことなど不可能。南の者が黙ると、礼をして貿易のボスへと視線を移す。
「南海人さまは、いかがお過ごしでしょうか」
「何故そのようなことを聞く」
少し強く発言した貿易のボスを、農園のボスが小突く。
恋について話していた、あの会話は報告していないのだろう。報告されてもどういった心持ちで聞けば良いのか分からないことも事実だ。
「護衛にも礼儀を持って接してくださる東の方々が、乱暴な扱いをするとは考えておりません。しかし東にみえる経緯を、私は知らされておりません。はっきりとお聞かせ願いたいのです。とても…繊細な方ですので」
小南朝陽は発言を臆しなかった。それを気に入ったのだろう。ボスたちは笑みを浮かべている。
農園のボスに関してだけ言えば、2人の関係を想像してニヤついているところもあるだろう。こいばなをしたい、などと言い出しやしないだろうか。
「元気にしている。今戻ってもらうことは出来ないが、一目会うことは出来る。会って行くか?」
「お気遣い感謝いたします。しかし結構です」
「海人くんには、振られちゃったって言っておくね」
「お前まさか…!」
本家の者と、分家の分家の者、という理由からだろうか。それとも権力で決めた相手がいるからだろうか。
仮に2人が互いに恋をしていたとして、それは許されないらしい。
「南の御仁、冗談にそこまで怒らなくても良いのでは?怒るか自慢かのどちらかばかりのように思います。少々見苦しいですよ」
「な…!」
「煽るな。名は小南朝陽だったな。君が尋ねたことは、伝えても良いか?きっと喜ぶだろう」
さっきは堂々としていたが、流石に戸惑っている。憤慨する本家の者を見れば、仕方がないだろう。
なんにせよ問われているのは自分であり、自分以外は答えられない。いつまでも黙っていては無礼だと思ったのだろう。小さく深呼吸をする。
「黙っていていただけますと、幸いです」
「間違いなく自分の意志なんだな」
「はい」
今度こそ南の者が席を立とうとする。これで本当に終わりなのか。北銀司からはなにもないのか。
どうしても私に会いたい。そう言って、私を呼んだのは何故だ。
「南の方からは以上でしょうね。それでは北からも、ひとつ良いでしょうか」
やっと切り出して来たか。私を指名した理由は、一体どの様なものだろう。
落ち着いていて、いきなり襲って来る様子はない。だがそもそも、そんなつもりであれば早々に行動しているはずだ。
「引き取って良い者があれば、可能な限り引き取りたいです」
「反逆者集団への内通者でしたら、2つの条件を守っていただければ可能です。居場所をはっきりさせること。すぐ連絡が取れるようにすること」
この内容なら、私は必要ない。何故私を呼んだのか。理由は必ずある。
東に話しが通じる者がいるかは不明。教え込まれたことを信じているとすれば、その数は少ないと考えているだろう。
晴臣さんとは話しは通じたものの、考え方が真逆だった。話しがもつれる可能性が高く、それを嫌がるのはおかしなことではない。
話しが通じ、もつれない者を高確率で呼ぶ方法。それが私か。
晴臣さんは、徽章の色や苗字で無暗に差別することがない。それは最後の食事会でのやり取りで分かったはずだ。
そしてそれは、戦闘パートの者を選出した者も同じだと予想出来る。
私がひとりで現れることはまずない。私を連れて来る様な者とであれば、話しが通じる可能性は高い。考え方は話してみないことには分からない。
「相談されなくとも良いのですか?」
「その程度の申し出も予測していない、とでも思ったのですか?大勢の者の対応をしましたが、誰もそんな様子を見せもしなかったことが驚きです」
「そうですね。失礼を申しました」
貿易のボスに軽く頭を下げると、私に視線を向ける。頷く程度の動きだったが、頭を下げたのだろう。
この状況で私にそうするのは、おかしい。しかし出しに使ったことを謝罪しないことは、北銀司にとって出来ないこと。おそらく、そういうことなのだろう。
「乗車人数を守れば、わたしが乗って来た車に乗せられるのは4名です。迎えが必要な人数でしょうか?」
会話の主導権を握るには、質問が手っ取り早い。同じ調子で質問を繰り返すと、自然と質問者に調子を合わせる様になる。
しかしこれは誰でも知っている様な知識だ。出来れば質問は避けたい。
だがこの場合は、北から質問するべきだ。東側があれこれ話すと、知らないことまで言ってしまう可能性がある。
そこでこの問い方だ。
定員が4名と言っても、6名程度なら無理をしてでも乗って行ける。一度で連れて戻れる人数なのか、それよりも多いのか。
具体的な人数を聞かなくとも、ある程度の人数が把握出来る。
「お願いを聞いていただければ、5名中4名を五体満足でお返しします」
「…すぐに判断しかねる場合もあります。内容をお伺いしてから判断、としてもよろしいでしょうか」
「はい。しかしとても簡単ですよ」
北銀司が弱気なことを言ったのは、貿易のボスの表情のせいだろう。大きく口を歪め、笑っている。