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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第4章 その天使に尻尾はあるか?
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第138話 浮き彫りになった問題に②

 急に荒々しくなった足音は、聞き慣れないものだった。だがたった今まで近くで聞いた足音だ。聞き間違えるはずはない。

 あの南の者の足音だ。やはりなにか企てていたのか。

 今は乱暴に足踏みをする様な音が聞こえている。その音が聞こえる度に、水が波打つ様な感覚がする。

 様子を確認するため、感覚の正体を知るため、扉を少し開けた。


 佐治さんがこちらに身体を向け、尻もちをついている。スミレさんが誰かに覆いかぶさって、倒れている。下にいるのは、あの南の者だろう。

 3人とも息が荒いが、その種類は違う様に感じた。


 「どうして…スミレさ…」

 「どけ!殺す!」

 「っはぁ、早く、逃げて…」


 狼狽している。興奮している。恐らく外傷を負っている。

 なにが起こった。どう行動すれば良い。

 あの南の者は武器を所持していなかったはずだ。何者かの手助けで武器を得て、佐治さんを殺そうとした。そう見るべきだろう。何故。


 「絢子くん?」

 「…場合によっては、あの南の者を殺す他ありません」

 「んふふ、殺さないという選択肢があるんだね。出来ればその選択をするところを見たいところだけど、好きにしなさい」


 気取られないため静かに近付くより、早く動いた方が良いだろう。押さえているスミレさんの体力がいつまで持つか分からない。

 身体が重なっている部分に刃物が刺さっているなら、危険な状態だ。暴れられているせいで、刃物が激しく動いていると思われる。


 近付く私に気付いたのだろう。スミレさんが押さえていた力を緩める。仰向けにされた腹部には、刃物があった。

 それを抜こうとする南の者の喉元に、刃物を突き付ける。


 「スミレさんから離れろ」

 「やっぱりお前、西間スミレか。こんなヤツ死んで当然だ!だがそれよりもあの晴という者だ!父さんはお前に殺された!」

 「くだらない。殺し殺されるのが今のこの大陸だ。しかも戦場に出向いておいて殺されるのは嫌だと言うのか」


 争いは領地の堺辺りでしか行われなかった。東が攻め入らなかっただけという可能性もあるが、違うだろう。

 仮に攻め入らなかったとしても、攻め入られることはある。しかし領地の堺近くの町や村でも、偽りの平和が闊歩している。

 畜産のボスの報告書が、それを語っていた。


 異能に関する剣について調査した、あの報告書だ。無意識だったが、認めたくないため読んでいなかったことにしていたのだろう。

 畜産組織の管轄内だけが特別であるはずがない。


 「そんな道理も分からないような子供じゃない!父さんはただの商人。領地の堺近くの町に行ってたから多少危険ではあった。でもそんなの関係ない!どんな理由があったか知らないけど死んだ後までめった刺しにすることないでしょ!」


 数名の慌ただしい足音が近付いて来る。医者だろう。私が部屋を出てすぐ、貿易のボスが部屋を出て行った。

 この者がいては医者が近付けない。早急に退けなければならない。


 「それが本当か、私は疑わしく思います。あなたも本当はそう思っているのではありませんか。一先ずここを離れて落ち着きましょう」

 「そうやって適当なことを言って私を殺すつもりなんだろ!」


 感情的になると聞く耳を持たないのか。その様な者を抱えておくのは不利益だ。殺そう。それしかない。ボスにも許可はもらっている。

 しかし、なんて簡単なことも分からない者なのだろう。


 「殺すつもりなら、最初から説得などしない」


 突き付けていた刃物を動かす。南の元内通者は己を支える力をなくし、倒れた。そして二度と動かない。

 殺す者は、殺される可能性のある者でもある。

 それを本当の意味では理解しようとせず、口にだけしていた。そして折角あった生き延びる機会を無駄にした。愚かな者だ。


 「この状態ではもう…」


 やって来た医者が戸惑いを見せながら、貿易のボスと私を見る。

 良くない状態なのは分かる。だが一瞬見ただけで諦めるとは、医者というものは役に立たないな。貿易のボスが不信感を口にするのも頷ける。


 「佐治…くん…」


 スミレさんに呼ばれたその声で、佐治さんはやっと我に返った。護衛という立場にありながら、有事の際に咄嗟の判断が出来ない。これでは名折れだ。

 慌てて駆け寄ったその目には、涙がある。


 「どうしてこんな無茶を…」

 「守れて…良かった。晴だったら、絶対に出来なくて、後悔したと思う。案山子(かかし)にしか…なれなかった、私が、悪いの。だから、泣かないで」


 佐治さんが溢す涙を拭おうとしたのだろう。スミレさんの手が伸ばされる。

 その震える手を、佐治さんは力強く握って()()()()。スミレさんの些細な願いを叶えたいのなら、握ってはいけなかった。


 「そんな遺言みたいなこと言わないで下さい」

 「はは…全財産譲る、とか…カッコいいこと…ちょっと、言ってみたかったな。ごめんね。あげられるものが…なくて」

 「そんなことはありません」


 スミレさんは、力なく笑った。

 佐治さんが強く握っていたはずの手が、零れる様に落ちてゆく。そして固いもの同士が勢い良くぶつかった音が、はっきりと聞こえた。

 この時間は一瞬だったが、長かった様な気もした。


 「いつまで突っ立っているつもりだ。見世物にするために呼んだとでも思っているのか。その部屋で処置をしろ。終わったら遺体を見張っておけ。その死体も人目に触れないよう、部屋に入れておけ」


 肩を震わせ返事をすると、慌てて命令通りに動き出す。

 全員と全部が部屋に入ったことを確認すると、その場でうな垂れている佐治さんに蹴りを入れた。

 転がり、驚いた様子で貿易のボスを見上げる。


 「護衛ともあろう者が守られてどうする。さっさと来い。事情を説明しろ」

 「凛太郎くん。少し落ち着いてからにしてあげよう」

 「先延ばしにして得られるものは少ない。こうしている間にもなにか起こるかもしれない。変な噂が広まった際に否定してやれるよう、事実を確認するべきだ」


 否定すればする程、噂が変な方へ向かう場合もある。だが所属することになった貿易組織のボスが否定すことと、無暗に誰かが否定することは違う。

 素早く火消しをすれば大事にならないこともあるだろう。それはスミレさんのためだけではなく、新たな問題が起こることを未然に防ぐことでもある。


 「ふぅん、“貿易の”の判断に任せるよ」

 「佐治、立て」


 ふらつきながら立ち上がり、貿易のボスの後ろを歩いて行く。この場にいる全員が無関係ではない。同じ部屋に入り、腰掛けた。

 貿易のボスに言われ、半ば放心状態のまま語り出す。


 「廊下の向こうからスミレさんが駆け寄って来たときには、態度の変化はありませんでした。しかしスミレさんが晴と呼んだ瞬間、雰囲気が変わりました」


 あの者にとって佐治さんとスミレさんは、父親を殺した者とそれを指示した者。事実がどうであれ、そう聞かされているのだろう。

 敵討ちなど、非常にくだらない行為だ。そう思うが、重きを置く者がいることは分かった。


 「背後に回り込んで刃物を取られました。振り振り向いたときに、スミレさんに勢い良く腕を引っ張られ――」


 あとは私が見聞きしたことと同じだ。顔を上げたらあの状態だった。私の報告もほぼ同様。それを聞くと、貿易のボスは大きくため息を吐いた。

 今回の佐治さんは、あまりにも腑抜けだ。それを嘆いているのだろう。


 「それで、商人をめった刺しにした記憶はあるのか?」

 「記憶はありません。しかし本当になかったのかと聞かれると…分かりません」


 人の記憶は曖昧だ。無暗に否定すると、信憑性が落ちる。それを分かって言っているのだろうか。

 いや、今はそこまで頭が回っていないだろう。


 「佐治さんは西でどの様な業務を担当していたのですか」


 あの南の者の言葉は、少なくとも本人にとって真実だろう。

 佐治さんを殺す理由があるのなら、もっと早くに動いていたはずだ。それに芝居だったとも思えない。

 しかし、そもそも南との領地の堺に行く機会があったのだろうか。


 「スミレさんの護衛として行動を共にしていました。スミレさんは中流階級の者が多く暮らす街で内政の取りまとめの補佐に就いていました。領地内の中心に近い場所ということもあり、領地の堺に行く機会はなかったと記憶しています」


 調子を取り戻したのだろう。普段通りに受け答え出来る様になってきた。報告をしているのだから、それ自体は結構なことだ。

 しかし他人に与える影響はこの程度なのか、とも思ってしまう。


 「妄想に近いひとつの可能性なのですが、よろしいでしょうか」

 「言ってみろ」


 まず前提として、矛盾のある主張だがどちらの主張も正しい。

 あの者の父親は事故で亡くなり、その責任が上流階級の者にある。この場合それを告げることはしたくない。

 他組織の者に残酷な方法で殺されたと言い、無残な遺体を見せる。そうして死の原因を誤魔化し、恨みの対象を選んだ者にした。

 それでも良心はあったのか、突っ走ることを恐れたのか、偶然にでも出くわさない者をその対象に選んだ。


 「名前をどう知ったのかは不明ですが、これなら一応の辻褄は合います」


 これが事実ではないにしろ、考慮に入れる必要がある。

 これからはどの様な出会いがあるか、これまで以上に未知数。そしてどんな嘘を吹き込まれているか分からない。

 ここ最近出会った他組織の者が協力的で、忘れていたのだ。

 この大陸が4つの組織に別れていることを。大勢の者が、己の利益を最大にしようと目論んでいることを。

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