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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第4章 その天使に尻尾はあるか?
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第136話 その心の中には③

 扉が軽く叩かれる。驚いた表情をして固まっていた貿易のボスが、その音で我に返って返事をした。

 私もボスの発言に気を取られて、随分近くに来るまで気付かなかった。


 「部屋にいないから少し探したよ。…あれ?反逆者の容疑は晴れたはずだよね?でもその座り方なんだ」

 「ああ、探させて悪い」


 適当な返事をしながらボスの隣に腰掛ける。共に来た佐治さんは、貿易のボスの空いている方の隣に座った。

 それを合図に、報告が始まる。


 楠巌谷の詳しい顛末。弓弦さんと鹿目さん、2人の死の状況。聴取の詳しい内容や反逆者集団への最終的な対応。発つ前に確認した、異能戦場の状況。

 淡々と異能戦場での出来事は語られた。


 「佐治、加えることはあるか?」

 「ひとつ違和感があります。あまりに触れないので、当然と思われているのかもしれません。しかしわたしには、ひどい違和感です」


 貿易のボスが手で続きを促す。ボスたち3人は、視線を一点に合わせた。それぞれが真っ直ぐの場所を、意味もなく見ている。

 佐治さんは、小さく頷いて一度息を吐いた。


 「組織からの内通者が多過ぎます。なんせ車3台に窮屈に乗るのがやっとの人数ですから。その数の割に、明確な役割を担った者は少ないです。何故危険な場所に大勢の者を送ったのでしょう」


 ボスたち3人が、気の抜けたため息を吐いた。

 私でもその質問の答えが分かる。重い雰囲気でなにを言うかと身構えていればそんなことで、拍子抜けしたのだろう。


 「どの組織も、組織の全てがまとまっているわけではない。党派はある」

 「あ…当然のことを、失礼いたしました」

 「ぅうん、そういえば党派なんてものもあるよね。当然のこととして染み付いた物事を再確認する、良い機会だった。萎縮する必要はないよ」


 微笑んだボスを、2人のボスが驚いた表情で見る。こうして明らかな擁護をすることが珍しいのだろう。顔を見合わせて微笑んだ。

 それを見て、ボスは鼻で笑った。


 「…と言える私であれば、色々なことが違っただろうね。けれどもう遅いんだ。全てが今更なんだよ」

 「どういう意味だ。まだなにか隠しているのか」

 「なにも隠してない。そのままの意味だよ。脅しに屈し、指を失った。それで守れたものは、なにもなかったんだ」


 ボスの視線が私を捉える。捕らえる。


 私は戻って早々、貿易のボスと話すことを選んだ。そのため私が主に選んだのは貿易のボスだ、と思わせてしまったのだろうか。

 私を手放したくない。その想いは言動に大きな変化を生じさせている。そのため本心だということは疑いようもないが、私のためでもあっただろう。

 そうして動いた結果がそれでは、納得出来ないのも無理はない。


 「分かってるよ。まずは指揮を取る者にのみ報告すべきと判断したことがあったんだろうね。でも今は?どうして絢子くんは今、私の隣にいないのかな?」

 「…分かりません。しかし私の目的地はボスの行くところ、命ずるところです。ボスから離れる気はありません」

 「ふふ、そう。じゃあ今度こそ、おいで」


 本当に嬉しそうに微笑んだボスが、自分の隣を軽く叩く。

 ボスの隣に座ることは、やはり簡単だ。だが先程にも増して、本当にそれで良いのだろうか、という疑問が頭を巡る。

 鹿目さんが言う様な“普通の少女”へ近づくことを考える。私は彼にそう言った。

 どこへ行けるのかではなく、どこへ行きたいのか。なにが出来るのかではなく、なにがしたいのか。


 「今は出来ません。少しの間で構いませんので、ボスと護衛という適切な距離を保ちたいです。考えるべきことがあります」

 「…あぁ……分かったよ。分かった。そうしよう。必ず私の元へ戻って来てくれるんだね?私を置いて行ったりしないね?」

 「はい。必ず戻り、どこへでもお供いたします」


 何度か小さく頷いて、そのまま俯いて動かない。

 なにか声をかけるべきなのか。そうだとして、なにを言えば良いのか。そう考えていることを蹴散らす様に、慌てた様な足音がこちらへ向かって来る。

 この部屋の前で止まり、少し乱暴に扉が叩かれる。貿易のボスの返事の後入って来た者が、慌てている理由を問われる。


 「貿易本部より連れてみえた伝書鳩が暴れています。弓弦という護衛によく懐いていたと聞いて、探しに参りました」

 「あの鳩か。あれは何故かもう弓弦にしか使えん。逃がせ」


 飛ばすことや世話に特別慣れている様子は見受けられなかったが、何故。多くの者が使える様に調教すべきところを、何故。


 「決して窓には近寄らず、籠の周辺を飛び回っているのです。手が付けられる状態ではありません」

 「籠を放り出せば良い。弓弦からなにも聞いていないのか」


 その声は怒鳴り声に近かった。恐怖から大きく身を震わせ謝罪し、慌てて去ろうとするその者を、私は呼び止めた。考えがあった。

 貿易のボスが仰った“もう”が言葉のままだとしたら。最近までその鳩を、誰もが問題なく使えていたとしたら。


 「連れて行ってもらえませんか」

 「え…しかし…」

 「では私も行こう。絢子くんの考えをこの目で見ておかないとね。“貿易の”も行くだろう?弓弦くんにしか使えない鳩だからね。気になるはずだよ」

 「…ああ、行く」


 大勢で行っても仕方がないため部屋で待つ。そう言って、農園のボスは残った。大して興味もないだろう。

 佐治さんは気になる様子だったが、休む様に言われていた。


 残る報告は異能の無効化が出来る剣についてのみ。

 異能の酷使についても先に報告したが、どうするのかは分からない。共有するとしても、先ずはボス職間でするだろう。

 どちらも佐治さんが聞くような内容ではない。


 「貿易のボスに武闘のボス!このような場所にどうされたのですか?!」

 「貿易組織の鳩が暴れて迷惑をかけていると聞いた。しかし籠にこそ入っていないものの、大人しくしているように見える」


 飛び回っている鳩はいない。鳩の見分けはつかないが、貿易のボスの視線の向きからして空の籠の脇でじっとしているあの鳩だろう。

 こちらを向いていて、誰かをじっと見ている様にも見える。籠に近付きたいが、安易に近付いて良いものか。


 「貿易のボスもあの鳩に懐かれているのですか」

 「分からない。他の者の話しによれば、大人しいらしい。本部に連れて来たのはいい加減、籠の中を掃除してやらなくてはと思ったからだ」


 異能戦争の報告で、いつ貿易本部に戻れるか分からないからだろう。長く戻れなければどうするつもりだったのか。

 しかし戻れるのなら弓弦さんに、と思うのは不自然ではないだろう。


 「こうして運べている以上、事実なのでしょう。では籠の中に手紙が入っていないか確かめてもらえませんか」

 「自分以外が籠に触れないよう、調教したとでも言うのか」


 確実性の低いやり方ではある。貿易のボスの命令通り、籠ごと捨てられていたかもしれない。意図しない誰かが発見したかもしれない。

 自分が死んだ後のことを想定していたと仮定する。鳩が暴れ出す合図をいつ誰が出すのか不確かだ。これも意図せず起こる場合がある。

 それでも可能性があると考えたのだろう。鳩に近付いて行く。


 「中を改めさせてもらう」


 鳩はじっと貿易のボスを見ていたが、やがて顔を逸らした。籠に手を伸ばしても無反応だが、籠の傍は離れない。

 どこまで調教出来るのか知らないが、ここまで織り込み済みだったのだろうか。


 「元は普通に使えていた鳩だ。恐らくもう同じように使える」


 出て行った貿易のボスに続いて、私たちも出る。しばらく歩いてから振り返り、私に一枚の紙を差し出した。これが籠に入っていたのだろう。

 一文の外国語…If you do this,you will be a hero this time.と、2つの絵が描かれている。

 上着の左胸辺りに矢印があり、その矢印の部分が拡大して描かれている。その部分は内側で、裏地の縫い目にも矢印がある。絵はそれだけだ。


 「ここに…なにかがあったのでしょうか」

 「だろうな。だが確かめる術はない」


 私が確認もせず焼いてしまったせいだ。

 心は人を惑わす。ない判断力が、鹿目さんのことがあって更に鈍っていた。取り返しのつかないことをしてしまった。


 「責めるために見せたわけではない。なにがあったか分からなくとも、分かることがある。弓弦の気持ちに気付いてくれて、ありがとう」

 「気持ち…ですか?」

 「もしこれをしたら、今度こそ英雄になるだろう。…この文の意味だ。あくまで直訳だがな」


 英雄…本物の英雄になれるのなら、なりたかったのだろうか。その結末が理由のよく分からない殺され方だろうと。

 違う。それは結末を知っている者が言えること。

 これを書き、鳩を調教し、服に仕掛けをする。そんな面倒なことをした、そのときの弓弦さんはなにを思っていたのだろう。


 …そうか。それが“気持ち”なのか。


 今までに言葉として使ったことはあった。だが、本当の意味ではなにも分かっていなかった。全く、なにも。

 私はやっとその概念を知っただけで、弓弦さんの気持ちを全く分かっていない。なにも気付いていない。なにも汲み取っていない。


 「よく分かりません。……、…」


 言おうとして止めた言葉があった。それがどんな言葉だったのか。確かに言おうとしたはずの、その言葉がなんだったのか分からない。

 ただの事実も分からなくなってしまった。その事実が私自身への認識を、更に不明瞭にさせた。

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