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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第1章 血みどろな童話の世界へ
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第14話 姫の呪縛⑦

 会合が始まってしばらくの間は、よく分からない話題が続いた。内容が難しいというわけではない。その話題の基礎知識がないのだ。


 「では最後に、異能戦争についてです」


 ボスはこのために私を連れて来たのか。しかし南のみが使えるはずの異能で戦争とは、どういうことだろうか。


 「我々は乗り遅れています。このままでは“基地”が全て奪われかねないことはご存じですね」

 「そこでだ。我々は武装のみで異能戦争へ赴こうと思う」


 大きなざわめきが起きると思ったが、皆落ち着いている。どれほど危険な行為か分かっていないらしい。

 しかし、妙な言い方をするものだ。


 「私からいくつか良いかな」


 これまで殆ど動かなかったボスが、少し億劫そうにため息を吐く。


 「先日うちの霞城が異能のトラブルに巻き込まれてしまってね。解決したのがこの絢子くんだよ。概要だけ説明してくれるかな」

 「はい」


 霞城さんが糸に触れた経緯や、それ以前のことは知らない。ただ“触れた”とだけ言えば良いのなら、私に任せる必要はない。

 異能について粗方説明しろということか。


 「その異能は、糸に触れた者が後に眠ると起床した際自殺の様な行動をとる、というものでした」


 霞城さんに視線が集まり、護衛の者たちは少し構える。


 「解除方法は、危機に陥っている“自分にとってのお姫様”を救うこと。解除には成功していますので、ご心配には及びません」

 「解除には、ということは使う者は見つかっていないのだな」

 「はい。ですが既にここに来ています。この建物の中を少々見せていただきましたが、糸の仕掛けがありました」


 空気の流れが変わっているところに近付いて分かった。ボスはここに来ると睨んでいたのだろうか。


 「触れた方も多いのではないでしょうか。“命を賭けて自分を助けてくれる者”に心当たりのない方は、死んで下さい」

 「過激な言い方で不安を煽ろうと言うわけか」

 「事実です。そもそも、異能をどの様なものだとお考えですか」


 威勢良く話していた者も、隣の者と小声で話していた者も、黙ってしまう。つまり、なにも分かっていないのだ。

 それでよく異能戦争などという異能者が沢山いそうな場所へ異能を持たずに行こうと思ったものだ。


 「異能は超常現象などではありません。神や悪魔などの仕業でもありません。ただの事象に過ぎないのです。昼と夜が同時に訪れない。上から下にものが落ちる。それと同じです」


 言葉にしてしまえば、これだけの簡単なものだ。

 呪術の南と恐れられている様子だが、出来ることには限りがある。理屈さえ分かってしまえば、なんてことはない。


 「ここへ来る護衛たちが交戦を拒否し、異能についてなにか知っている様子のあなたは何者なのかな」


 ボスをちらりと見ると、小さく頷いた。では正しく名乗ろう。もっとも、私の名など誰も問いはしなかったが。


 「申し遅れました。南絢子と申します。幼少より地下に幽閉されていたのですが、命辛々逃げ出して彷徨っていたところを拾っていただきました」


 大分省略したが、こんなものだろう。まだボスに話していないことをボスの指示なしに話すつもりはない。


 「知っていたのかい」

 「いいえ、総代。知っていたのなら報告致します。知ったのは数日前のことですので、今ご報告を」

 「経緯は」

 「霞城くんが異能のトラブルに巻き込まれた際、別件で私が呼んでいたんです」


 ボスは嘘吐きらしい。


 「2人は出会ったときから妙に馬が合う様子でした。いずれ言わなくてはいけないと思っていた。霞城くんを救った後、そう語ったんです」

 「ただ馬が合う、程度の者のために正体を明かしたの?」

 「私がどの様な基準で命を賭けるのか。それは理解いただかくなくて結構です」


 実際、興味などないだろう。


 「異能がどの様なものか分かっていないことは明らかです。私からの情報は有益になることでしょう。恭一に誓い、正直に話します」

 「信じられるはずがあるか!“武闘の”何故南の者だと分かった上で連れて来た」

 「“貿易の”落ち着いて。言ったところで、異能の解除に必要な者がいない者には分からないよ」


 勢い良く振り返ると、見られた男性は小さく首を振る。ここへ来る者の中で一番強いらしい男性だ。


 「わたしにはその覚悟があります。しかしあなた様からの信頼がなくては、恐らく成立しないのでしょう。違いますか、南絢子さん」

 「詳細は私にも分かりかねますが、その可能性が高いです」


 覚悟と言う辺り、この男性も心から慕っているわけではなさそうだ。


 「実は私も糸に触れてしまったかもしれないんだよ」

 「そうでしたか。ではこの会合の後、高い建物へ移動しましょう」

 「分かっていたのに言わなかったのか!どういう了見をしている!」

 「触れぬ様気を付けていただくより、解除する方が圧倒的に手間が少ないのです。眠らなければ異能は発動しませんし、問題ありません」


 椅子に座る者たちの多くが、連れて来ている護衛や部下を見ている。


 「今他者を見ている方々は、不安なのですね。異能の解除が出来ない可能性が高い。そう思いませんか」


 他者を見ていないのは総代とボスのお姉さん、ボスと霞城さんの他には男性が1名のみ。この部屋で椅子に座っている者は20名程度だ。


 「生かすも殺すも好きにして下さい。それに恭一が賛成すれば、受け入れます。これで良いですか。ところで恭一、糸に触れたというのは本当ですか」

 「まさか。嘘だよ」

 「そうだと思いました」


 『眠れる森の美女』の異能者が来ると思っていなくとも、多少気を付けるだろう。ましてや私は違和感を訴えていた。

 しかし、これは流石に嘘だと確認しないと不安だ。


 「総代、続けて良いでしょうか」


 なにかを言おうとしたが止め、小さく頷く。


 「なにせ数日前のこと。私も聞けていないことが多い。しかし彼女が持っている情報が有益であることは明らか。さらに彼女は、異能使いなんだよ」


 室内がざわめく。騒ぐしか脳のない奴らだな。


 「先に申し上げますが、異能の詳細を知らせる気はありません。信頼していない者に教えるなど、青空の下全裸で寝そべっている様なものです」

 「知ってるのは誰」


 先程他者を見なかった男性だ。小さな声のうえに俯き加減で聞き取り辛い。


 「恭一と霞城さんのみです」

 「その呼び方、なに」

 「普段はボスと呼んでいます。しかしここではボスと呼ばない様に言われたので、こう呼んでいます」


 ボスのお姉さんは良いと言ったが、やはり変なのだろうか。


 「街に出たときにボスと呼ばないよう言ったら、こう呼ばれてね。私は良いと思っているよ」

 「へぇ」


 興味がないなら聞かなくても良いだろうに。


 「ちなみにこの服は私が選んだんだよ。可愛いだろう?」

 「恭一、その様なことは皆興味がないと思います」

 「残念だよ。じゃあなにを話そうか」

 「異能について以外になにがあるのですか」


 一体なんの為に連れて来たのか。


 「なにが言いたいかと言うとね、私は異能戦争へ彼女の指揮の下赴くべきだと思うんだよ」

 「つまらないことを言ったと思えば…!」

 「しかしね、東で異能が使えるのは彼女だけなんだよ」


 そういえば、まだあの話をしていない。私が持っている異能の本がもう一冊あることを知らないのか。知らせるべきだろうか。

 いや、異能戦争の詳細も分からないのに安易なことは言えない。


 「長い?帰りたいから先にいくつか質問したい」

 「彼女が答えたくないことを無理に聞かないのなら、私は構わないよ」

 「質問の内容はお聞きします」


 異能や南、もっと言えば東についてすらも、あまり興味がない様に思える。なにを聞かれるのか全く分からない。


 「地下に幽閉されてたって言ってたけど、他には誰かいた?」

 「…はい、同じ年頃の男がひとり」

 「この人、知ってる?」


 懐からなにか出すが、こちらへ来る様子はない。見えるところまで行くと、それは一枚の絵だった。

 そのときの風景を切り取ったかの様な、奇妙な絵だ。若い男女が微笑んでいる。男性の方はこの方だろう。女性は…


 「…貴方の大切な方ですか」

 「まずは俺の質問に答えて。知ってるの?知らないの?」


 ボスを振り返る。


 「それでは知っていると言っている様なものだよ。けれど、どこでどうして知り合ったか。それは言いたくなければ言わなくても良いんだよ」


 そうか。もう少し上手く嘘や誤魔化しを使えるようになりたいものだ。


 「知っています。詳細は後ほどで良いでしょうか」

 「嘘を考える時間が欲しいの?だったら話したくない、で良い」

 「…きっと泣いてしまうだろう貴方を、この者たちに見せたくないのです」

 「そう、分かった。ありがとう」


 あの絵の男性は笑っていた。きっと連絡が取れなくなって以降、もしくは東へ潜入することが決まった頃、塞ぎ込むようになったのだろう。

 であればきっと、怒って泣くだろう。何故、せめて、自分を頼らなかったのか。連絡のひとつも寄越さないのか――と。


 だって、仕方がないじゃないか。

 私は知らなかったのだ。今も分からないままなのだ。


 世界は案外優しいらしい。命の危険など考えなくても良いらしい。それが“正しい世界”らしい。

 けれど、いきなりそう言われたとて信じられるはずもない。ましてや言葉としてそれを知ったのが、ここへの道中だ。


 だから仕方がないのだ。

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