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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第4章 その天使に尻尾はあるか?
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第134話 その心の中には①

 本部の門が開き、私たちが乗る自動車が中へと進んで行く。降りてすぐ通された部屋では、ボスと貿易のボスが待っていた。

 入って来たことに気付き立ち上がると、作った穏やかな笑顔を向ける。そして危険な場所への長期間の潜入と自動車の長旅を労うと、椅子を勧めた。

 その好意的な態度に戸惑いを見せたが、選択肢などない。命令とはいえ、反逆行為をしていたのだから。勧められるまま椅子に座った。


 2人は名乗ると、危害を加えるつもりがないと伝えた。そして、これからのことを簡潔に述べた。

 身元の確認が取れるまでは監視の元で生活してもらう。以降は組織へ戻るなり、ここに残るなり、好きにして良い。

 東本部にいる間の行動範囲は、この部屋とこの部屋から出られる中庭のみ。


 「自由に動いて良い、と仰るのですか…?」

 「そうだ。東の者を殺していない者などいないのだろう。だがそれは組織にいたとしても同じこと。自分の身を自分で守れなかった者の責任だ」


 霞城さんから聞いた限りでは、想像した東の人柄とは随分と違うだろう。組織から教えられた東の者は、気性が荒いはずだ。

 戸惑い、他組織の者とまで目配せをしている。


 「それから杏だったか。しばらくはこの者たちと同じように生活しろ」


 報告は1日に1回、伝書鳩で行っていた。そのため戻ったすぐの今だが、異能戦場で起こったことはある程度把握している。

 鹿目さんを殺し、その理由も言わない。そんな杏さんは、次になにをしでかすか分からない。監視下に置くのは当然の措置だ。

 杏さんも分かっているのだろう。返事をしただけだった。


 監視の者を残して部屋を出ると、貿易のボスは俯いてしまう。

 口ではああ言っていたが、よく知る部下の死は堪えるのだろう。戻って来た者の中にその姿がなかったことで、現実感が増してしまった。


 「仁彦、お前はもう休んで朝一番で戻れ。教養本部の業務が滞っている。蘭道六花が担当する業務の周辺だ。早く戻れ」

 「ご存知なのですね。ご迷惑をおかけして、申し訳ございません」

 「知ってたのは“貿易の”じゃない。2人がいつでも結婚出来るのは、双葉くんが私を説得したからなんだよ。業務が落ち着いたら、墓参りにでも行きなさい」


 彼は知らなかったのだろう。なにか問いたそうな顔をした。けれど、ボスは手で追い払う様な仕草をするだけ。

 なにも聞けないと判断して諦めたのか、深々と頭を下げて去って行った。


 「1時間ほど休め。その後で詳細に聞かせてもらう」


 伝書鳩は盗み見られる可能性や、稀ではあるが着かない可能性がある。そのため記したのは概要のみ。その存在すら記していないものもある。

 異能の制御についてと、鹿目さんが持っていた『ハーメルンの笛吹き男』が異能の本である可能性。この2つだ。

 これは農園のボスにも報告していない。貿易のボスに直接報告すべき。そう判断したためだ。


 だが後者は特に、報告すべきか今も迷っている。

 鹿目さんが使用者である場合、異能は解けている。だが持っていただけの場合、異能者がいて、まだ生きている可能性が高い。

 そもそも異能の本かどうかも分からない。どちらにしても、自分の言動ですら疑わしくなってしまう。混乱することは間違いない。


 「絢子くん」


 自動車を降りてすぐ、海人さん、亜樹さん、東野悠の3人はどこかへ案内されていった。あまり本部の中をうろつかせる者ではない。

 残っていた農園のボスと佐治さんは歩き出している。だが、決めかねている私は歩き出せないでいた。


 「どうした?」


 貿易のボスが顔を覗き込む。心配そうな表情を浮かべるその顔は、少しやつれた気がする。


 「私はなんでもありません。貿易のボスはお休みにならないのですか」

 「…ああ、そうだな。一緒に茶でも飲むか?」

 「行っておいで」


 確認を取るためにボスを見る前に、そう言われた。

 見ると、ボスはよく見せる小さな微笑みを浮かべていた。だが声はよく聞くものと違う様に感じた。どう違うのかは、分からない。


 「…はい」


 貿易のボスの部屋は、散らかっていた。以前入った際は、使われてないのではないかと思う程片付いていた部屋だ。それが、見る影もない。

 あちこちに書類があり、多くの本が床に平積みにされている。


 「そうだった。別の部屋にしよう」

 「片付けも出来ない程忙しいのですか」

 「元々片付けは得意じゃない。長期間本部にいることが分かっていれば、いつも片付けてくれる者を連れて来たんだが」


 否定しないということは、そうなのだろう。反逆者集団は大きな問題だ。指揮を取るのは大変だろう。しかし目に見えてやつれる程とは。

 まさか人に散々文句を言っておいて、自分がずっと休んでいなかったのでは。

 それでも私が文句を言うのもおかしなことか。小休憩となるだろうが、一先ず休む気になったのだから、それで良い。


 「そうなのですね。それでは貿易のボスの落ち着く部屋を探しながら、紅茶を淹れに行きましょう」

 「茶葉が可哀想だ。止めろ」


 初めて紅茶を飲んだ感想同様に、酷い言い草だ。

 私の腕前がどの程度のものかは分からない。だが私はあれから、皆に甘えてなにもしなかった。だからその感想は変わらないだろう。


 「合うものを選びます。それを淹れてもらえば良いのです」


 ――カップを投げたいほど不味い


 かつて静かにそう感想を口にした人物が、安堵した様なため息を吐いた。

 きっと美味しかったからだ。弓弦さんが淹れる紅茶は、美味しかった。その味に慣れているせいだ。

 だが弓弦さんは、もういない。私が見す見す殺させてしまった。


 「いや…それもどうだろうな」


 紅茶の茶葉は片仮名が多い。苦手ではあるが、読めないわけでも使えないわけでもない。そして効能は図鑑で覚えた。貿易のボスに合った茶葉を選ぶ。

 調理場に着き、担当者に声をかける。紅茶の茶葉が入っていると教えてもらった引き出しを開けた。……が、読めない。


 「だから言っただろ。autumnも読めない者にこれが読めるのか?」


 担当者に茶葉の名前を言っても、ないと言う。


 「仰る茶葉と同じような効能でしたら、ダージリンティーをお勧めいたします」

 「それは駄目です」

 「いや、それを淹れてくれ。いつもと同じだって良いだろ。弓弦もそう思って、俺を気遣って、淹れていたんだろうか」


 担当者に軽く礼を言うと、紅茶を持って適当な部屋に入る。

 貿易のボスは、効能を問うことはしなかった。

 弓弦さんにはそのつもりがなかったかもしれない。効能を知って、弓弦さんの思いを知った気になりたくないのではないだろうか。


 「…それで?」


 なにを問われているのか全く見当が付かず、首を傾げるしかなかった。ため息を吐かれるかと思ったが、静かに紅茶を飲んだだけだった。


 「なにか話しがあるんだろ?“農園の”にも報告していないことが。長い間会えていなかった“武闘の”と言葉も交わさず、俺のところに来たんだからな」


 ある。あって、どうすべきか分からずにいる。だがそのためではない。それに、それでは休めない。休むと言ったはずだ。

 私もこんな風に映っていたのだろうか。


 「今俺にだけ言うか、後で皆に言うか、選べ」


 どうしても、その2つのどちらかしか選べないのだろうか。

 報告するなら貿易のボスにのみ。そう考えていたことは事実。だが報告すべきなのだろうか。命令されたどちらかからしか…いや、そんなことはない。

 提示された選択肢からしか選べないわけではない。弓弦さんの話を聞いたとき、そう思った。だから違う。


 「私は本当に、ただ貿易のボスと紅茶を――」

 「選べないのなら、皆の前で問う」


 私がこれまでに見た貿易のボスは、どこか余裕があったように思う。ではその余裕がなくなってしまったのは何故なのか。その答えは明白。

 やつれてしまう程の大量の業務だ。であれば、余計に言うことは出来ない。負担を増やす様なことは言えない。


 「今は申し上げられません。しかし大勢の耳に入れることは避けるべき、というのが私の意見です。考え直していただけませんか」

 「言える目処はあるのか?」

 「貿易のボスがしっかりとお休みになれば、いつでも」


 俯いて大きく首を振ると、額に手を当てる。

 私に言われることになるとは思わなかったのだろう。私も誰かに言うことになるとは思わなかった。


 「…5年前、悠を迎えに行ったときのことを夢に見る。何度思い出そうとしても顔も名前も思い出せなかったあいつらが()()()()()()()姿を、鮮明に。業務に多少の無理があることは事実だ。だが眠ることが出来れば、問題ない」


 夢を見るため眠ることが出来ない。そのため集中力が低くなり、業務が思う様に進まなくなる。すると眠る時間を削る必要がある。

 そして眠らなくなると、眠ることに疑問を抱く。本当に必要な行為なのか、と。見たくもない夢を見るとなれば尚更だ。

 原因を知れば、いくらか心は晴れるのだろうか。


 「その方々を思い出せなかったのは、貴方が薄情だからではありません。恐らく異能のせいです」


 鹿目さんから譲り受けた『ハーメルンの笛吹き男』を取り出し、見せる。そして推測出来る異能を告げた。

 聞き終えた貿易のボスは、小さく笑った。

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