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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章2部 真意の想像
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第131話 物語と真意②

 言葉に詰まる私の頭を、彼は乱雑に撫でた。そして小さくため息を吐く。その表情はとても優しいものだった。

 妹さんにもそうしているのだろうか。それとももう出来ないと、本当は分かっているためだろうか。


 「悪い。困らせるつもりじゃなかった」

 「どういう意味ですか」


 悪い意味で言ったのだと思った。

 どこへ行こうとも、苗字持ちが丁重な扱いをされることを知っている。ましてや本家だ。だから本名を名乗った。

 そう責められているのだと思った。

 それで気付いた。私にも偏見というべき、そういった思いがあったのだと。思えば徽章もそうだった。大陸の秩序に染まっていた。


 「時々考える。生まれた環境のままで幸せになれるなら、それがどんな幸せでも一番幸せなんじゃねぇかって。名前は初めて貰うものだからな。大切に出来る環境があるなら、そうした方が良い。その家に生まれたことに意味がなくても、その名前にはきっと意味がある」


 南絢子という、3年半前に捨てなければならなかったはずの名前。それを持ち続けることを肯定されている。

 弓弦さんが名前を捨てたことを否定するのだろうか。いや、彼はそのことを知らない。そして“一番”幸せだと言っているだけだ。


 「俺の意見だ。それに、なにが正しいってことはねぇんだ」

 「はい」


 私の手に触れた彼の手が、そっと同じ調子で叩かれる。そして歌を歌う。音は少し低いが、沙也加さんが歌ってくれたものと同じだ。

 あのときはあまり分からなかったが、やはり優しい歌だったようだ。


 しばらくすると、意識が少し薄くなっていた。これが子守唄というものなのか。ぼんやりとした頭でそう思った。

 だが足音が近付いて来て、頭は冴えた。彼が小さく舌打ちをして、扉が叩かれる前に開けた。佐治さんから紙を受け取って、持って来てくれる。


 「軽く確認したら本当に寝ます。ありがとうございました」


 少し疑う様な視線を向けられる。だがすぐに微笑んで軽く頭を撫でると、なにも言わずに部屋を出て行った。

 扉が閉まったことを確認して、受け取った紙に目を通す。

 いくつか気になる組はある。だが大きく変える必要はなさそうだ。二度手間になるかと思ったが、杞憂だった。




                  ***




 朝食を済ませると、聴取へと向かう。

 今日行う聴取は、昨日時間で終わり残した者たち。それから元々今日の午前中に行う予定だった者たち。

 そして東野悠だ。その際は農園のボスと合流し、佐治さんと別れて行う。これで聴取は終了となる。順調に終わると良いが、まだなにかありそうだな。


 …というのも杞憂だった。報告するようなことはなにも起こらなかった。数名組織からの内通者がいたが、他の者から聞いた内容と変わらず。

 立て直した計画通りの時間に農園のボスと合流することが出来た。そして東野悠を入れた部屋の扉を開けた。


 「こんにちは。北園満弦さんはご無事ですか?」


 扉が開いたことに気付いた東野悠が、申し訳なさそうな表情を作った。

 誓ったのは協力だ。そう屁理屈を言って詳細を教えなかった。それをなかったことに出来るとでも思っているのだろうか。


 「どうしてそんなことを聞くのかな?」

 「北園満弦さんの殺害を組織から命じられた者がいます。その者も含めて、どうなったのか知りたいです」


 あれから2日と半日が経過している。事態が動いていると考えて、正直に言っているのだろうか。それとも別の狙いがあるのか。

 態度は屁理屈を言った、あのとき以外と同じに見える。いや、あのときも大きな変化はなかっただろうか。…分からない。


 「先ずは理由からお話しします。その者には、直接相談をされたのです。武闘のボスを迎えにいらした後のことでした。言い方と態度から想像するに、戦闘技術が想像を上回っていたことで実行も出来なかったのでしょう」


 やれやれという様子で小さく首を振る。弓弦さんの戦闘能力の高さは、異能戦場で生き残ったことからある程度証明されている。

 にも関わらず、無策で挑もうとしたことに呆れているのだろう。

 しかも正体を知られているからと、組織からの命令について相談をしてしまう。その愚行には、呆れたくもなる。


 「失敗するなら自身の責任です。しかし協力を誓っただけの相手に、全てを伝えてしまったことで失敗するのは、僕としては違うと思いました」

 「警告はした。だから協力の義務は果たした。そういう意味ですか」

 「はい。反旗を翻し続ける意志はありません。しかし約束は守ります。それが、僕がもうひとつ知っている巌谷くんを救う方法なのです」


 楠巌谷を救ってほしい。私にそう言ったことは本心だった。そう示したいのだろうか。それなら死ぬと言っておきながら死ななかったことは一体なんだ。

 元から協力するつもりだったと言っていたが。その“元”とはいつなのか。

 あのとき先送りにした問題が、再び襲って来る。


 「約束というのは、巌谷さんが作ったあの名もなき集団を裏切らないことです。相談を受けたときあの集団はまだありましたので、先のものを優先させていただきました。ご納得いただけましたか?」


 海人さんから嘘の合図はない。

 楠巌谷を殺すという行為は、あのときの楠巌谷を救う行為だった。そのため裏切りではない。そういうことなのだろう。

 だとすると東野悠が指す裏切りの範囲は、かなり限定的なものになる。約束を反故にしたときのみ。そうなるのではないだろうか。


 「そうだ海人くん。良かったね。こうして巌谷くんの近くにいた僕のところに連れて来られているということは、大したお咎めはなかったわけだよね?そして東に受け入れられた」


 ただ運が良かっただけだ。北虎太郎や、弓弦さんや新さんと対戦した者の様に、適当に殺されていた可能性も、拷問を受ける可能性もある。

 だがどちらも可能性は低いか。情報を持っている可能性があることもそうだが、南とやり取りする際に使える可能性がある。

 こちらの不利に動かれない様、ある程度は手厚い扱いをするはずだ。

 その価値はなかったが、異能には利用価値があった。そして最初から協力的であることもあり、どちらもされることはなかった。


 「東が鎮圧に本腰を入れたことで、もうじき消えることは分かっていた。だから受け入れられやすい者との関係を分かるように切ったんだろうね」

 「それは――」

 「と俺は良い方に解釈している。悠くんがどう思うかは、悠くんの勝手だよ」


 東野悠は、力なくただ笑った。


 「そうだね。真意はどうしたって分からない。それなら、その方が素敵だ」


 楠巌谷が東野悠を手放さなかった理由は、なんだったのか。

 以前私が考えた通り、自分の意見を肯定してくれる人がほしかったのか。もっと単純で、寄り添ってほしかったのか。

 受け入れられにくいと判断したのか。それとも他に理由があったのか。

 それは手紙でも見つからない限り分かることはない。そしてそんなものが見つかることは、決してないだろう。


 楠巌谷は彼が抱く違和感と同じものを持っていた。周囲に合わせたか、合わせなかったか。その違いだ。

 反逆者になると決めたとき、楠巌谷の時間は動き出した。違和感を抱いたときに止まってしまった時間が、動き出したのだ。そして今も動き続けている。

 だから時計の針を戻す様なことは、しない。


 「さて、それじゃあ洗いざらい話してもらろうか?」

 「急かさずとも語ります。もう義理立てするような者はいませんので。約束も絢子さんとしたものしか、もうありません」


 小さく息を吐くと、語り出す。その表情は、穏やかなものだった。


 本拠地の様なものはあり、そこには必ず誰かがいる。その場所以外には一定期間以上、一ヶ所に留まることはない。

 戦闘も基本的にはせず、無所属の流浪民族を装っていた。

 楠巌谷らを御用人としつつも、積極的に探して殺せない理由がこれだという。

 あくまでも徽章を持っていた者を筆頭に、大勢の同志を集めただけ。目立った悪事を働かなかった。


 ではなにをしていたのか。

 ひたすらに情報収集をし、内通者を徐々に増やした。どの組織の者も徽章を持つ者は特に、大なり小なり一度は協力している。

 東は個人の利益より人質が効果的だ。しかし用意することが難しく、あまり協力者がいない。

 そう楠巌谷は言っていたという。


 反逆者集団を作ったと組織にわざと知らしめ、警戒させる。

 それが協力させるための仕掛けらしい。自分に利益があり、相手の目的がはっきりしている。すると多少のことなら協力しやすい。

 例えば、毒を飲ませることは躊躇われる。だがそれを提案された後、睡眠薬を飲ませることを提案されると受け入れてしまうのだという。


 3年半前、他組織に紛れて奪取した異能の本は3冊。

 内1冊は自身が持つ『マッチ売りの少女』。1冊は楠巌谷が開くところを見たが、題名は不明。もう1冊は題名も誰が持つかも知らないという。

 疑わしいと思ったが、海人さんは嘘の合図を出さない。それならもう1冊はスミレさんの持つ『ラプンツェル』だと考えて差し支えないだろう。

 スミレさんは西の者であり、異能の本が奪われたのは3年半前。スミレさんが異能の本を得るには、これしか機会がないはずだ。


 「随分と海人くんを信頼していますね?」


 その表情は、楠巌谷を刺したときと同じものだった。さっきまでの穏やかな表情はどこかへ行ってしまっている。

 そしてあの、にたりとした笑顔がへばり付いていた。

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