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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章2部 真意の想像
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第128話 異能者の苦しみ④

 最初に聴取した北の内通者以外にも数名、組織からの内通者はいた。だが近状を報告していたのみで、潜入後の命令は特別なかったらしい。

 連絡手段はみな伝書鳩。(から)で飛んで来た鳩に報告書を入れて帰していた。


 予定通りに終わりそうもなかったため時間で引き上げ、そう報告をする。


 「分かった。お疲れ様」


 部屋を出ると、不意に海人さんが振り返った。心配そうな表情が、眉を寄せることで際立っている。地下で見た表情とは、これまでで最も離れている。

 それを見ていることが出来ず、視線を逸らした。


 「おい、なにをしてい…るのですか」


 私を庇う様に、私と海人さんの間に彼が立った。

 彼は私と海人さんの間で起こったことを大よそ分かっている。今のこの状況だけを見れば、それに近いことが起こっているように見えるのだろう。


 「なんでもありません」

 「本当か?じゃあどうして顔色が悪いんだ」


 顔を覗き込んでくる。だが完全には海人さんに背中を向けない。海人さんも警戒されること自体は仕方がないと思っているのだろう。

 だがその警戒ぶりを多少は残念に思っている様子だ。一瞬視線が逸らされた。


 「嫌だなぁ。少女に欲情なんてしませんよ。特に俺、年上派なんで。同じ趣味を持つ者同士、仲良くしましょうよ。仁彦さんの彼女さんも年上ですもんね」


 半笑いを作り、小首を傾げる。

 異能戦場で最初に会ったときと、同じ様な仕草と表情だ。あのときの言葉が本心でないと言うのだから、恐らくこれは嘘を吐く際の癖なのだろう。


 「……悲しい方ですね。自分も心配なんだって言えば良いだけのはずです」

 「え…?」


 戸惑う様な表情を見せる海人さんに、哀れみの視線を向ける。口調は呆れた様なもので、諭す様な雰囲気も含まれていると感じた。

 彼は海人さんのことを、そこまで悪く感じていないのだろうか。


 「なんで自分がこんなことになったのか、まだ分かりませんか」


 彼の真っ直ぐな視線から逃げる様に、視線が逸らされる。


 「…分かってますよ。本当の意味では、誰にも頼りにされてない。必要とされてない。それどころか心配もされてない。だから居場所が分かってても、手紙の一通も来ないんです」


 苦し気にそう言った海人さんは、彼から視線を逸らしたままだった。絞り出す様な言い方で、本当に思っているのだと感じた。

 彼はそんな海人さんに笑いかけると、軽く肩を叩いた。


 「もう必要ないと分かっているはずです。だからと言ってすぐには捨てられないでしょう。しかし新しく手に入れたものも見ていなければ、なくしてしまいます」

 「…この人、気持ち悪いくらい善い人ですね」


 警戒していたかと思えば、次の瞬間には寄り添って温かい言葉をかける。戸惑いもするだろう。そうするなと言う方が無理なのだろう。

 だが、双方笑顔だ。だからこれで良いのではないだろうか。


 「で?なんで顔色が悪いんだ?」

 「寝不足以外になにかあると思うんですか?今朝自分で言ったはずですよ。昨日遅くまで起きていたと」


 今度は彼が視線を逸らす。それを見て、海人さんの顔が悪だくみをする様な笑顔に変わった。

 2人はなにを思ってそうしているのだろう。全く分からない。

 自身の唇に人差し指を当てる海人さんと、視線が合う。


 「絢子さんの周りには過保護が多いんですね。心配しなくても、絢子さんは異能を使っていませんよ」

 「…俺がなにを知っているのか、引っかけて聞くつもりですか?」

 「とんでもない」


 彼の鋭い視線をニヤついた笑顔で躱す。負けたのは彼で、軽く舌打ちをして視線を私に移す。そして手を掴んだ。


 「なんにしろ、早く休め。沢山寝ろ。本当に身体を壊すぞ。その紙束は没収だ。農園のボスに預けておく」

 「今日中にやらなく――」

 「他の誰にも出来ないのか?」


 そうではない。海人さんには立場上任せられない。それは確かだが、佐治さんに任せないのは私が不安に思うからだ。

 次に視線を逸らすのは、私だった。


 「武闘のボスのこともそうだ。異能戦争から戻って来たときにいなくても、なにも言わなかったってことだろ?それに仮の主もいる」

 「それは――」

 「黙って聞け。武闘のボスの傍にいるのは、他の誰にも出来ねぇのかもな。でもそれは、他の誰ともいられない理由にはならねぇよ。どうしたいんだよ」


 今にも泣き出しそうな顔で言われた、最後の一言。それを聞いた海人さんの息を呑む音が、妙に大きく聞こえた。

 何故だろう。

 分からない。


 分からない。

 だが、いつかではなく今、考えなくてはいけないと思った。せめて、そう言わなければならないと思った。

 何故だろう。


 「私は……、今はまだ、分かりません。鹿目さんが言っていた普通の少女というものに、なれることはあるのでしょうか」


 ゆっくりと、光りが頬を伝う。潤み切ったその瞳が、輝いている。次々と溢れる輝きが速さを増して、頬の上を滑り落ちてゆく。

 とても綺麗だと思った。


 「なんで直接言ってやらねぇんだよ…」

 「なるつもりがないからだと思います。私の目的地はボスの行くところ、命ずるところです。それに変わりはありません。ですが…」


 掴む可能性のある未来の想像を、私はしなかった。そもそも、違った未来があることも分かっていなかった。ボスの手を離すまいと必死だった。

 掴めているかどうか不確かな、あの手を。


 「両立することが出来るのなら、少し、少し、考えてみようと思ったのです」


 鹿目さんにどこへ行きたいのかと問われ、彼にどうしたいのかと問われた。弓弦さんにはその行動で間違いがないのか、と問われたこともあった。

 私はそれに“自分の答え”として答えることが出来なかった。理由は、分かってみれば簡単だ。


 どこへ行けるのか、なにが出来るのか、それを中心に考えていたからだ。


 振り返るに、自身には選択する権利がないと思い込むことで逃げていた。そんな節もあるかもしれない。

 自ら選ぶ権利がないために、ほとんど全てをボスの命令通りにしていた。

 命令を免罪符にするのは止めたはずだったが、忘れていた。癖というものは簡単には治らないものだな。

 この考えも、またすぐに忘れてしまうのだろう。


 「いや…それは無理だ。武闘のボスと一緒にいるなら、普通の少女には絶対なれねぇだろ。これからこの島を治めていくような方だぞ」

 「そうですか。分かりました。他の者にも聞いてみます」

 「武闘のボスから離れる気はねぇんだな」


 彼の目をしっかりと見て、頷く。その瞳には私がはっきりと映っている。これが“自分の答え”だからなのだろう。

 私はどうしても、ボスから離れたくない。傍にいたい。傍にいてほしい。理由は分からないが、それが“自分の答え”だ。


 「仮に東恭一…武闘のボス、ですか。あの方の傍にいないという決断をしても、少し難しいと思います。絢子さんは異能者ですので」


 そういえば鹿目さんは、私が異能者であることを知らないはずだ。彼は異能者であることを知ってはいるが、具体的なことは知らないはず。

 それでも弓弦さんと似たことを問う。つまり私の問題は、異能者であるということではない。考え方、言動、性格。そういったことが問題なのか。


 「水を差すようなこと言うんじゃねぇよ」

 「異能者の苦しみや悩みは、異能者にしか分かりませんよ。異質なそれを使える自分は異質である。この認識は異能者なら少なからず持っていると思います」

 「……そうでしたか。それは考え付きもしませんでした」


 そこまでは考えていなかった。だが考えてみればそうだ。

 異能は異質なものだ。その異能が強力である程、異能を長く持っている程、その認識は大きくなってゆくのだろう。

 私は色が見えないこともあって、あれば便利という程度の認識だった。


 だが海人さんは違うだろう。半ば東に来たと言っても良い今も、異能を使って人間の汚い部分を見ている。


 人は考えるということを知っている。そしていつも、より良いものを手に入れようとしている。そのために嘘を吐くことは多いだろう。

 海人さんは、それを見て来た。

 …そういえば。


 「その紙は佐治さんにお願いします。出来上がったらまず私に持って来るように言って下さい。少し2人で話します」

 「…大丈夫なんだな?」

 「はい」


 手を掴むと適当な部屋に押し込んで、私も入る。そのまま壁に背中を押し付け、じっと目を覗き込む。

 そこには、私がいる。


 「どうしたんですか?」


 ふざけた様な、困った様な、そんな笑みを浮かべている。

 なにかを言いかけて止めた。口から出そうだったのが、さっき彼に言った様な軽口だからだろう。私が相手では、冗談にはならない。


 「南海人。貴様、異能の制御が出来ていないな」


 私の言葉を聞いた瞬間。その一瞬だけ、表情が驚いた様なものに変わった。だがすぐに、真面目な表情を作ってみせる。

 なおも見続ける私の視線を受け、その表情は歪んだ笑みに変わっていく。


 「よく気付きましたね」

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