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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章2部 真意の想像
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第127話 英雄の望み

 北から送られた反逆者集団への内通者は、仙北谷の姓を名乗った。異能戦場に戦闘要員として赴いていた、仙北谷螢の義兄らしい。


 組織の命令で北浦の者と共に潜入。海人さんに言った、反逆者集団に入りたい理由も命令にあったと言う。

 潜入して以降一度も命令らしい命令はなく、反逆者集団の現状などを報告していただけだった。しかし、最近になってひとつ命令をされる。


 「北園満弦の殺害」


 北園という家は、北の中ですぐに名前の挙がる様なかなりの名家らしい。

 そしてその北園の次男である父親と、北浦の長女である母親。その間に次男として産まれたのが、北園満弦という人物。


 幼少期は変わり者だったという。

 勉学面では、一対一の教育を嫌がり学校に通いたがる。芸術品や装飾品に学術以上の興味を示さない。

 生活面では、料理や掃除などの家事を継続してやりたがる。苗字持ちとの交流を避けているのか、使用人の子供と好んで遊ぶ。

 そして武器。幼い子供が選びがちな恰好の良い長剣ではなく、一見地味なライフルを選んだ。


 成長するにつれそういった面は減っていく。周囲に合わせることを覚え、目立つ様な行動をしなくなった。そういう見解らしい。

 しかし家を出る際、どうしても譲らないことがあった。

 それは、あまり裕福でない暮らしをする下町という地域で暮らすこと。その際には徽章を外して生活すること。


 結局家側が折れ、北園満弦は徽章を外して下町で生活を始める。

 満弦というただの青年となった北園満弦は、楽しんで暮らしていたという。そこに住まう者たちとの仲も良好だった。

 しかしその生活は2年半ほどで幕を閉じた。


 英雄として名が広く知れたためだ。


 自ら告白したとしても、下町の者を騙していたことに変わりはない。だが告白前に知られてしまったことで、非難の対象になるかと思われた。

 しかし予想に反して、北園満弦は受け入れられた。


 一部の過激派を除く、多くの住民が。暮らした下町や、その下町と関わりのある周辺の下町や中町の者みなが。北園満弦を受け入れた。

 その過激派とて、派手な運動は行わなかった。過激派という体裁からそっぽを向いていただけだという。

 みながみな、北園満弦に骨抜きにされていた。


 そうして、その英雄の名はより北に知れ渡ることとなった。


 力が弱くなっていた北園は以降、下町の者からの支持を中心に持ち直し始める。それから10ヶ月が経つ頃。今から4年前。

 その英雄は、突然死んだ。


 中町や下町の者はそのとき初めて、最前線に送られていたことを知った。英雄を慕う者らは、大規模な運動を始めようとしていた。

 それを止めたのは、その英雄直筆の日記とも手紙ともとれる文章だった。


 北では、苗字持ちの者は成人する際に徽章を与えられることが多いらしい。その当時北園の力が弱まっていたこと。幼少より変わり者として知られていたこと。

 この2点を主な理由に、北園満弦が与えられたのは銀の徽章だった。

 北園再建の立役者ということで、金の徽章が与えられることになった。だが自身が偽の英雄だと知っている北園満弦は、それを辞退。

 しかしそれで引き下がれないのが組織というもの。


 最前線で指揮を取り、金の徽章を持つ北辰巳の元で経験を積む。そして自身の実績によるものという形にして、金の徽章を与える予定だった。

 それをなにかで知り、逃亡。暴動が起きることを懸念して、手紙を書き残した。現在はそう考えられているらしい。

 処遇や徽章について北に抗議しないよう、諭す様な内容だったためだという。


 北園満弦が幼少より仲の良かった苗字持ちは、仙北谷螢。その義兄であるため、2人を間近で見ていて詳しく知っているという。

 生きていた。そのことを踏まえると、反逆者集団への潜入に自身が選ばれたのはそういった理由も含まれるかもしれないのだとか。


 4年前というのは、北で反逆者集団が大きく知れ渡った時期。そのため偽装である可能性も考えられていたのでは、と。

 というのも、死体は一応確認されたが本人という確証が弱かったらしい。


 異能戦場で姿が確認されたことから、死が偽装だったことが分かる。だが北が問題にしているのは、そこではない。参加したこと自体だ。

 仮に捨て駒だったとする。それでも、ある程度は東の一員として認められていることの証明に他ならない。

 勝利に貢献したことで、より広く受け入れられるであろうことは想像に容易い。


 北では未だに支持がある。

 当時の若者は年を重ね、働き盛りになった。中町自体が少し力を強めた。長が束になれば、その意見を突っぱねることは出来ない。

 現在の若者には半ば伝説の様に語られている。

 そんな北園満弦に生きていてもらっては困る者が、大勢いる。


 真っ向から戦闘して勝てる相手でない。それは分かっていたが、前回赴いた際に仕掛けはしなかった。

 弓弦さんの戦闘を間近で見て、どうすれば殺せるのかと頭を抱える。

 そんなとき偶然、東野悠と話す機会があったため相談をする。非常に危険な行為で愚行とも言えるが、東野悠は既に知っていたため問題ではないらしい。


 その際東野悠に進言され、今回の方法を取ったという。

 東野悠は前回赴いた際にもいた。弓弦さんがあの建物に行くことは、他の者より容易に想像出来るだろう。その作戦自体におかしな点はない。

 おかしいのは、行動が矛盾していることだ。


 この者に弓弦さんを、北園満弦を、殺させたいのであれば。

 私に忠告をしない方が良かったはずだ。だが詳しい場所まで言っている。その際の態度から妙だった。一体なんの意味があって、そんなことをしたのか。


 佐治さんに尋ねられている声の主は、小さく震えている。話の運びから、弓弦さんが亡くなったことを察したためだろう。

 それなら命令を無視すれば良いものを。


 過去に北園満弦を名乗っていた人物が生きていて困るのは北。

 異能戦争に勝利したのは東。

 北がいくら言ったところでひっくり返すことの出来ないことなど、いくらでもあるはずだ。状況が分からないためか、その判断も出来なかったのだろう。


 しかし理由が“支持がある”という曖昧なものだとは思わなかった。弓弦さんがなにをするのか、不安なのだろう。分からないでもない。

 だが私が思うに、弓弦さんはなにもしないだろうと思う。


 捨てたものに割く時間や興味など、ない。


 必要以上に聞かれず、語る必要がなかったというのもあるだろう。だが弓弦さんが語るのなら、聞いたはずだ。しかし弓弦さんが語ったことは、多くない。

 自ら語ったのは、たったひとつ。恋をしていたという方についてだ。それも北を悪く言ってはいなかった。


 異能戦場で本名が知られた後も、反逆者集団の者にも、北の状況を聞こうという気配は全く感じられなかった。もう北には全く興味がないのだろう。

 そんな弓弦さんが、北に対してなにかするとは思えない。

 自身の一時の安心のために殺したのだ。しかも自らの手を汚すことなく。


 命令した者を尋ねたが、分からないという。海人さんから合図はない。庇っているわけではなさそうだ。


 北園満弦が生きていることで、北での権力を弱める家の者だろうか。直接的にではなく、間接的に弱まるという可能性もある。

 それを聞いても、回答は変わらなかった。数が多く分からない。

 今でもそれほどまでに、北園満弦は英雄として祭り上げられているのか。当時がどれほどだったのか、想像も出来ないな。


 ――大抵の者はなにも知らない。だから仕方がないと思ってる


 このときの、北園義満の口調は投げやりだった。そうでなければ、自身への慰めの様なものだと思っただろうと振り返る。

 英雄誕生の物語は作られたものである。そう薄々勘付いていながら、同調しなければならなかった。そのことに罪悪感に似たものを抱いていたからだと語る。


 ――けれど俺を英雄にしてしまった者が俺を英雄だと言うのは…

 ――あまり気分が良いものではない?


 言葉を切った北園満弦に、続くであろう言葉を投げかけた。だがその反応は予想と異なるものだった。

 小さく首を振ったのだ。


 ――悲しい。誰ももう、アイツのことを覚えてないんだ


 微笑んでは見せたものの、その瞳は涙で潤んでいたという。かける言葉を見つけられずにいると、小さく謝罪の言葉を口にして去って行った。

 それが最期の会話になったらしい。


 自身が英雄と言われることを、自分の中で消化していた。だが無理に功績を作ろうとしている上の者たちに嫌悪感を抱いたのだろう。

 北園という家に生まれた者の宿命を放棄したわけでもない。だから本来軽いはずの徽章ですら重くてもう、持っていられなかったのだ。


 飽きたなどというのは、全くの嘘だった。


 最後に、他に命令されていることがないことを確認。部屋を出た。

 組織からの内通者がいることは、予定を組んだ時点で分かっていた。詳しく話を聞くため、時間は多くとってあった。だがそれを考えても時間が押している。

 それでも私の口から、零れた言葉があった。


 「弓弦さんは、嘘吐きですね」


 殺されても構わないなど、全くの嘘だった。本当は、北の誰も知らない場所でその生涯を終えたかった。

 つまり、殺されるために東へ行ったのだ。

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