第126話 異能者の苦しみ③
ぎこちない手つきで懸命に鹿目さんの処置をしていく。そんな南海人を、私はただ茫然と見ていた。
――個人的な過去のことだから、言いたくない。反逆者とか内通者ではない
以降、杏さんはなにを問いかけても一切反応を示さなかった。
埒が明かないという理由で解散。鹿目さんと杏さんの間にあったこと。鹿目さんの発言の意味。それらは分からず仕舞いとなった。
解散の原因はもうひとつある。
――嘘は吐いていません
杏さんに明らかな敵意を示した南海人が、そう明言した。
庇う様な間柄ではない。そして心底嫌そうな表情をしていたことからも、南海人が嘘を吐いているとは思えなかった。
「一応傷は塞ぎましたが、とても不出来です。先の者も含めて、早く判断しなければなりません」
遺体を傷付ける行為である様に感じて、気が進まない。だが腐らせてしまうのはもっと駄目だ。それならどうするべきなのか。
答えはひとつしかない。
「火葬する」
「はい。すぐに準備致します」
言葉の通り、南海人はすぐに準備を済ませた。私が火葬すると言ったときのために粗方用意してあったのだろう。
夜の空に2本の煙が昇り始める。天国は空にあると、本で読んだ。この煙が2人を導くのだろうか。
それなら、火葬も悪くはないのかもしれない。
「海人さん、ありがとうございました」
「…――はい、絢子さん」
その火が燃え尽きるまで、黙って見続けた。
そして骨を拾い、掌ほどの大きさの箱に入れてゆく。随分小さくなった。そう思うのは、恐らく陳腐なのだろう。
「寝ましょう。明日…もう今日ですね。一日中働きっぱなしになります」
小さく頷き、隣り合って歩く。こうして隣にいてくれたのは、いつも霞城さんや弓弦さんだった。
隣にいるどちらでもない人物を見て、思った。
弓弦さんは何故、死ななければならなかったのだろう。
建物までの短い距離を歩く間に、その答えが出るはずはなかった。骨の入った箱をそっと置き、部屋を出て行く。
その際私へ向けたその視線は、心配そうなものだった。
心配されなくとも、やるべきことはやる。すぐに聴取の際に持っていた紙を机の上に広げた。まず反逆者たちについてだ。
3人1組を作り、それに付ける者を決める。予め選定しておいた者の中から選ぶだけだが、あまり適当には選べない。そして作業場所を割り振る。
それを終えると、本を2冊並べた。それぞれ表紙には『浦島太郎』と『ハーメルンの笛吹き男』と書かれている。
私にはこれらがどの様な物語なのか分からない。つまりどの様な異能なのかを、推察することすらも出来ない。
そもそも鹿目さんの持っていた本が異能の本なのか。それもはっきりしない。
持ち歩いていた理由も不明。考えられる可能性は、おじいさんから受け取った際にそう言われた。お守りとしている。それくらいだろうか。
当然開けば確かめることは出来る。だが異能はひとりひとつしか持てない。
これは異能の詳細が記されていた本に記されていたことだ。だが恐らくこれは、異能者全員が分かっていることだ。
異能の使い方は、異能を得た瞬間から呼吸をする様に分かる。これまで出来ていなかったことが不自然だ、とでも言われているかの様だ。
それと同じで…いや、違う。知らないなにかが、執拗に訴えて来る。
2冊目を読んではいけない。
実際なにが起きるのか、具体的には分からない。知らない。だがその瞬間悲惨な死を遂げたとは記されていた。
安易に開くことは出来ない。
どの様な異能か不明な以上、異能者でない者にも不用意には読ませられない。
***
部屋の前を通った彼の足音で目を覚まし、気付いた。考え込んでいる間に眠ってしまっていたらしい。
物音がしている調理場へ行くと、彼が振り向いて微笑んだ。
「おはよう」
「おはようございます」
私の顔を、怪訝そうな顔で覗き込む。
「ちゃんと寝てねぇだろ。まだ早い。少しでも寝てこい。それとも人がいないと怖くて眠れねぇのか?」
…こんなやり取りを、霞城さんともしたな。
そのときは近くの机で寝ることを提案された。それで弓弦さんが急に触るものだから、驚いて刃物を向けた。
全てが遠い昔のことの様に思える。
「そうなのかもしれません」
「…そういうところは、ちゃんと子供なんだな。それとも職業病か?いや、聞いたって分かんねぇか。取り敢えず、俺はここにいる。ここで寝ろ」
机に突っ伏せようとすると、彼は大袈裟に呆れた様なため息を吐いた。手元を見ると、私はやはり極々自然に刃物を持っていた。
「職業病の方だったか。ったく、可愛さの欠片もねぇな。昨日も遅くまでなんかしてただろ。少しくらい気楽になれよ」
「鎮圧出来ているとはいえ、ここは戦場です」
「休めるときに休んでおけ。そう教養本部で言っただろ。身体だけじゃなくて、心も同じだ。今日も聴取なんだろ」
頷いた私の頭を撫でると、小さく笑う。浅い眠りに落ちてゆく私に背を向けて調理を再開した。
その背中を、見てはいけない気がした。
やがて3人がやって来た。私を起こさない様に、気を遣ってくれている。その雰囲気を、うつらうつらとした頭で感じた。
耳の近くで手を叩く音が聞こえ、目を開ける。
「朝メシだ。起きろ」
机の上置かれている茶碗は5つ。気付かない間に昨晩の出来事を知らせていたのだろうか。そう思い農園のボスを見ると、彼に軽く頭を叩かれた。
見ると、不機嫌そうな顔をしている。
「あまりなめるなよ。詳しいことは知らないが、なんとなく分かる。それより早く食べろ。冷めるだろ」
これが世間話というものなのだろう。話題は彼の作ってくれた料理から、妹さんについてになった。年の離れた、ぬいぐるみを好きな妹さん。
ただの世間話。だが私は、拭えない違和感を覚えた。
六花さんの部屋にあった沢山のぬいぐるみ。
彼自身がぬいぐるみを好きなのだと取れる六花さんの発言。
恐らく妹さんが映っているであろう写真に向かって“買ってやれば”と言ったのが玩具だったこと。
「今回の様に、長期間急に家を空ける際はどうしているのですか」
「出張託児所みたいなところに連絡して、来てもらっている。病気がちだから外にあまり出られねぇんだよ」
農園のボスが質問をし、再び世間話が始まる。いや、私の質問も世間話のひとつだったのだろう。もし違和感を覚えたうえでの質問でなければ、だが。
時折眩しそうに目を瞑る者がいなければ、もっとそうだっただろう。
「あの者の私生活には足を踏み入れない方が懸命です」
案の定聴取に向かう際、耳打ちをされた。
佐治さんには聞こえていないだろうが、耳打ち自体には気付いているはず。だが気付いていないかの様に、私たちとは反対側の景色を見ながら歩いた。
「妹さんと年が離れているのは嘘です。しかし年齢が11歳であることは嘘ではありません。あの者は若くとも20半ば。一回り以上離れています」
「変ですね」
妹さんの年齢が事実ならば、年は離れている。数という概念がある以上、この事実はどうやっても覆すことが出来ない。
だが彼は、本来同時には存在しないはずの事柄を事実だと思っている。
妹さんの年齢を嘘だと自覚していない。しかし自身と年が離れていることは嘘だと自覚している。
これは大きな矛盾だ。深入りしない方が良いだろう。覚えてしまった違和感には蓋をするべきだろう。
だが…いや、もし指摘するとしても、無事戻ってからだ。ここには、なにかを確かめる術がない。調子を崩されても困る。
「今日は時間通り済ませられるように務めましょう」
こちらに視線を向けた佐治さんが頷いて返事をする。
良く考えれば、昨日は慣れていない間にした聴取や言い争いの時間も含めてあの時間だ。差し引けば、概ね時間通りに終えることが出来ていたはず。
今日のひとつ目の扉が開けられる。相手の姿が見えた途端、海人さんが小さく声を漏らした。相手も驚いた表情をしている。
昨日言っていた北の者か。顔を見て思い出したのだろう。
「何故あなたが東側に…!」
「少し考えれば分かる簡単なことだよ。和平の証。これでも俺は第四妃の長男だからね。さぁ今度はきみの番だよ。落ち着いて、正直に話すんだ。出来るね?」
海人さんが視線を向けた先にいる佐治さんへと、自然に視線を向けている。
これが人心掌握というものなのだろうか。今したことは、どの程度のものなのだろう。感情をあまり理解していない私にも習得出来るのだろうか。
「あなたが反逆者になったのは何故。楠巌谷の言う世界を目指しているからか、楠巌谷に脅されていたからか、組織に命令されたからか。それとも、この3つには当てはまらないか」
昨日散々聞いて、今日も沢山聞くことになるこの言葉。それはこれまでの3つの質問も変わらない。
だがこれを聞いて私は、今日の聴取が始まったのだとひしひしと感じた。




