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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第1章 血みどろな童話の世界へ
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第13話 姫の呪縛⑥

 大きな建物の前で自動車が止まる。ここが本部らしい。ボスが言った通り、道中荒廃した土地はなかった。


 「ボス、着きました」

 「困ったものだ。ボスは寝起きが良くないのさ」


 知っているのなら、先に言っておいてくれれば早めに起こしたのに。意地悪をして楽しんでいるのだろうか。


 「恭一、着きました」


 ボスは大きな欠伸をすると、伸びをして外を見る。


 「本当だね。そういえば言っていなかったけど、異能の存在自体はここに来る者は知っているよ。だから“そのとき”が来るまで言ってはいけないよ」

 「分かりました」

 「さぁ、行こうか」


 霞城さんは少し驚いた顔をしていたが、ボスが自動車を降りたのを見て慌てて降りる。ボスと霞城さんが並んで歩く、その後ろを歩いた。

 西へ大きく傾いている太陽が視界に入って眩しい。


 あの男性はあんな端でなにをしているのだろう。服装からして付き添いの者だろうが、近くに人はいない。


 「少年を連れて来たと思ったら、今度は少女か。いつから託児所になったんだ」

 「人が足りないんじゃないか。今日も護衛がいない」

 「自分で対応出来るからね。けれど彼女はこう見えても優秀な護衛となるよ」


 声をかけてきた2人が大きな口を開けて、大袈裟に笑う。無礼で下品な男だ。


 「可愛らしいお嬢さんですね。彼の妹さんですか?」

 「いいや、私と霞城くん双方の付き人として連れて来たんだよ」

 「ロリータ趣味があったんですか」


 意味は分からないが悪口だな。


 「絢子くん、注目の的だね」

 「気分が悪いです。ここには無礼な者しか来ないのですか」

 「そうなんだよ。悪いね」


 言葉の割には笑顔だ。自動車に乗る前よりも表情は暗いが、この様な者たちを相手にしなくてはいけないのだ。仕方のないことだろう。


 「なにが優秀な護衛だ。近くで隠れているヤツの気配にも気付かない癖に」


 近くに隠れている者などいただろうか。


 「力不足で申し訳ございません。その者がどこにいたのか、お教えいただけますでしょうか」

 「仕方がないな。コイツが、ずっとあの柱の影にいた」

 「あなた…隠れていたのですか」


 着いたときから端にいた男性だ。ただ立っているだけで、とても隠れているという様な雰囲気ではなかったが。


 「見破れなかったから悔しいのか」


 嫌な笑みを浮かべて見下ろしてくる。この者はなにを言っているのか。


 「横から申し訳ございません。この女性とは目が合っています。無害であると判断したのかと思われます」

 「はぁ?」

 「近くに人がいませんでしたので付き添いの者か怪しいとは思いましたが、大した武器は持っていなさそうでしたので」

 「大した武器を持ってない、だと…?」


 小さな銃を二丁。それと小型の刃物を二本。大した武器ではない。


 「この小娘を黙らせろ」


 他のボスは強くても自分で戦わないものなのか。


 「申し訳ございません。今のわたしには不可能です」

 「ご自慢の護衛がなにもせず白旗を揚げた。この意味が分からないはずはないね?分からないのなら困ったものだよ」


 難癖をつけてきている男たちが強く拳を握る。


 「では行こうか」

 「はい、ボス」


 小さく笑ったボスの機嫌は、多少良くなっていた。


 「それにしても、絢子くんはすごいね。彼は皆が連れて来る護衛の中でも一番強いと言われているんだよ」

 「あれが、ですか」

 「辛口だね」

 「申し訳ございません」


 怒っているわけではないと分かってはいても、他に言葉が見つからない。


 「まだ時間があるからこの部屋で休もう。ずっと同じ体勢で座って、疲れたんじゃないかな」

 「大丈夫です。それより、有事の際に備えて建物を見て回りたいのですが」

 「なにか気になることがあるのかな」

 「空気の流れがおかしな箇所がありました」


 見えない網が張ってあるかの様な場所が一ヶ所あった。それ以外にもほんの少しの乱れがある場所が数ヶ所。


 「私は行くところがあるんだよ。しかし君ひとりで行かせるわけにもいかない」

 「じゃあウチが案内しようか?」

 「ああ、それは良い。絢子くん、彼女は私の姉だよ」


 姉?確かに見た目は女性だが、男性だ。鎌をかけるか。ボスが一緒ならすぐに殺されることもないだろう。

 死んでも構わないが、今ここで死ぬのは少々問題だ。


 「歴史書で読みました。現在はその様な考えは再び廃れている様子でしたが、寛大な家柄で良かったですね」

 「…変わった子だね」

 「そうだね、少し。絢子くん、君は変装を疑ったのかもしれないけれど、デリケートなことを簡単に口にしてはいけないよ」


 片仮名語は基本的に分からない。文脈から考えるに、そういった思想のことを指すのだろう。


 「よく分かりませんが、本物であることは分かりました。失礼なことを申し上げたようです。申し訳ございません」

 「良いよ、良いよ。早く用事を済ませて来なよ。そっちの少年、霞城くんだっけ?一緒に行く?」

 「いいえ、僕は部屋で待たせてもらいます」


 ボスと霞城さんと別れ、ボスのお姉さんと並んで歩く。随分と絢爛な建物だ。

 南の家で地上へ行っても、そうは思わなかった。上の者は思想が大きく異なるのだろうか。


 「最近の女の子の間ではそういう服が流行ってるの?」

 「この服は恭一の趣味です」

 「え…?」

 「この服は恭一の趣味です」


 ゆっくり微笑むと小さく頷く。


 「聞こえなかったわけじゃないよ。普段からそう呼んでるの?」

 「普段はボスと呼んでいます。ここではボスと呼ばない様にと言われました。なので、こう呼びます。変ですか」

 「当人たちが良いなら良いんじゃないかな」

 「はい」


 明るいため息を吐いて小さく首を振る。


 「我が弟ながら、変人だね」

 「他者にどう思われようとも、私にとっては善き人物です。ところで、気付いていますか」

 「“貿易の”の護衛が身を潜めていたことに気付いたのは本当みたいだね」


 門の近くで難癖をつけてきた男のことか。貿易組織のボスという意味だろう。

 しかし姉弟だというのに、足の引っ張り合いをしているのか。私が知らないだけで、南の者たちもそうなのだろうか。


 「次は対峙しますか?」

 「嫌だよ。大事な部下を殺されたくない」

 「指示がない場合、基本的に殺しません」

 「その発言が大分おかしいんだよね」


 なにが変なのだろうか。殺さなければ退けられない場合や、楠英昭の様に危険だと判断した場合以外で積極的に殺さなくてはいけない理由が分からない。


 「あの子は昔から、壊れたものが好きだったんだよ」

 「では2人とも頑固者なのですね。不変であるというのは大変なことです」

 「ウチが変わらないって言うの?」

 「性格的なことは当然知りません。しかし一朝一夕の思いではないでしょう」


 ふわりと笑う。纏っている空気が、途端に重くなった。


 「うん。ありがとう」


 本当に嬉しいと思っていそうな言い方。可愛らしい笑顔。隠せていない殺気。矛盾している、この周囲の空気はなんだ。気持ち悪い。

 思わず握られた手を振り払いそうになったが、堪える。


 「初めて来た場所で不安だと思うけど、やっぱり休んだ方が良いかもね。それと、急に触ってごめんね。そういうの苦手だったかな」

 「不愉快な思いをさせてしまったのなら、申し訳ございません」

 「案外簡単に謝る子なんだね」


 下手に出て質問する。これが一番やりやすい方法だ。苦手な嘘も必要ない。

 これを馬鹿正直に言うのが間違っているのは分かる。だが、一体どうすれば良いのだろう。


 「困らせちゃったかな。戻ろうか」

 「はい」


 霞城さんが休んでいるはずの部屋まで戻って来はしたが、中に人の気配がない。何者かに攫われたのだろうか。探しに行かなくては。いや、まずはボスに報告か。


 「早かったじゃないかい」

 「霞城さん…、部屋の中に気配がないので心配しました」

 「少し部屋を出ただけで、心配のし過ぎではないかい」


 命の危険などないと、ボスはそう言った。昨日ボスと行った街には確かになかった。他は一先ず信じる。だが、ここは無理だ。

 ここにはある。他者を蹴落とすために、どんなことでもする輩がいる。


 「しかしそんなに心配するのなら、一緒に行けば良かった。女性同士の話もしたいかと思ったのだが、余計な気遣いだったようだ」

 「君もなんの躊躇いもなくウチを女性と言うんだね」

 「出会ったときに男性であれば多少戸惑いはしたのでしょう。しかし出会ったときから女性でしたから。僕はすぐに気付きませんでしたし」


 私の手をそっと取ると、扉を開ける。


 「ずっとボスの枕にされて、本当は疲れたんじゃないかい。紅茶でも淹れよう」

 「そんな顔するんだ。いつも暗い顔をして必要最低限しか喋らないのに」

 「ここの空気が苦手なんです。彼女を案内していただいて、ありがとうございました。失礼します」


 扉を閉めると正面に回って顔を覗き込む。


 「君はいつも表情を変えないが、今は少し分かる。座ってゆっくりしよう」

 「はい」


 数名が一緒に座れる仕様になっている椅子に座る。布団の様に柔らかい感触だ。


 「霞城さん。私は霞城さんの方が年下だと思っていました。しかし妹と言われました。少女、とも。霞城さんは何歳ですか」

 「16だよ。君は」

 「分かりません。けれど、数を覚えてからは季節を数えました。14回です」

 「17から19といったところだろう」


 やはりそれ以上は特定出来ないか。いや、当然だ。なにを期待していたのか。


 「何歳かは兎も角、君は僕より年上のようだ。しかし実力至上主義なのだから、これまで通りだ」

 「もちろんです」


 霞城さんが淹れてくれた紅茶を飲む。

 初めて口にしたそれは、とても美味しかった。

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