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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章2部 真意の想像
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第122話 視線①

 異能戦場の東から空気が流れてきた。彼らが到着し、門が開けられたのだろう。少し前に佐治さんが出て行っている。


 それから少し経ち、6人分の足音が建物に入って来た。

 出迎えるため部屋へ行くと、時間は時計の長針と短針が90度になってから少しした頃だった。概ね時間通りに到着している。


 美味しくない紅茶が出され、落ち着いた頃。


 「絢子さま、火葬というものはご存知ですか」


 それは突然言われた。


 「化け物を追い払うという服のことか。それがどうした」

 「埋葬の方法です。この大陸では土葬が一般的ですが、そういった方法もあるそうです。仮に今出立するとしても、そのまま連れ帰ることは出来ません」


 かと言って、異能戦場に埋めることはしない。

 詳しいことは分からないが、腐敗の心配もある。いくら冬といえど、あと数日もすれば腐敗が目に見えて分かるだろう。


 「燃やすのか」

 「はい。骨だけになるそうです。そうなれば連れ帰ることは可能です。選択肢のひとつとして、お考え下さい」

 「分かった。ありがとう」


 驚いた顔を笑みに変えると、小さく礼をした。


 不愉快ななにかが伝染していた。そんな場の雰囲気が、少しだけ和やかになった気がした。それでもひとり暗い顔をする杏さんに視線を向ける。

 杏さんは小さく微笑んだが、その笑みには見覚えがあった。


 農園のボスと同じ、殺気のある笑み。


 何故かそれに触れてはいけない気がして、手元のコップに視線を落とした。紅茶にぼんやりと、私の様ななにかが映っている。

 美味しくない紅茶には、それだけしか映らなかった。


 「5人は暗くなる前に地形の把握を済ませて。そしたら今日はもう休もう。作業は明日からにしよう。長時間の移動で疲れただろうからね」


 返事が響き、5人と案内役の佐治さんが部屋から出て行く。すぐに2人も部屋を出て行き、私だけが残った。

 部屋の隅に置かれた箱に視線を向ける。


 「うん、そうだね。まずは一度中身の確認をしようか。西の方に開けてる場所があったから、そこへ行こう」


 どんな剣か分からない。周囲に影響が出ない様に、という配慮だろう。だがボスはこれを持っていた。開けただけでなにか起こるとは思えない。

 それとも、早々に手紙にあった“やってほしいこと”をやるつもりだろうか。


 その場所が緑に溢れていることは、色が見えなくとも分かった。自然の匂いに包まれている。初めてのことだった。

 普段より、大きく息を吸ってみる。


 なんと表現して良いのか分からないが、確かなことはある。


 「良い場所ですね」


 農園のボスがそう思っているのであろう、ということだ。

 恐らく農園のボスはこの空気を、全く感じ取っていない。なんと表現して良いのか分からない、戦場のこの空気を。


 「そうだね」


 農園のボスも息を大きく吸い、そして吐いた。とても大きな仕草だった。何度か繰り返すと、私を見て微笑む。

 やってみろ、ということだろうか。


 素直に従い、農園のボスの真似をした。

 大きく息を吸う。そして吐く。普段の呼吸よりも大きく、多く、周囲の空気を取り入れる。何度かそうしてみると、改めて認識することが出来た。


 私はやはり、戦場にいるのだ。


 ここはやはり、戦場なのだ。


 「少しは気分が晴れたかな?」


 ここで死んだ者の、沢山の血の臭いがする。沢山の死の臭いがする。停滞していた死の空気が、私に入って来る。


 「はい」


 私はやはり、戦場にいるのだ!


 あとどれだけ殺せば、ボスは私に本当の笑みを向けてくれるのだろう。

 反逆者集団にいる各組織の内通者を殺せば良いのだろうか。それとも、反逆者集団を全員殺そうか。いいや、ここにいる全員を―――


 突然近くから聞こえた足音に振り返ると、そこには鹿目さんがいた。


 「南、お前は戻れ」

 「それは出来ません。今から野暮用があります。去るべきは鹿目さんです。安易に首を突っ込んで死期を早めたいのであれば、止めはしません」


 視線を勢い良く農園のボスに移し、睨み付ける様に見る。

 鹿目さんの心が凪いでいない。そんな姿を見るのは初めてだ。一体どうしたのだろう。この場所でなにか見つけたのだろうか。


 「いい加減にして下さい。南を壊すおつもりですか」

 「どういう意味かな?」

 「この場所にある、ひりついた空気が分からないのですか。ここは恐らく、本当の意味で異能戦争が行われた場所です」


 鹿目さんは詳しいルールを知らないだろう。それでも、入って見れば分かる。

 市場や町といったものが再現された様な場所で、殺し合いが行われるとは考えないだろう。すると自然と、どこか離れた場所で行うということになる。


 ここだったのか。


 きちんと見ればそうだ。3km四方の、ただの空間だ。狭い空間だ。何故気付かなかったのだろう。

 血の臭いを、ただ呼吸をするだけで感じた。

 大きく息を吸わなければ感じられなかった。それを呆れて叱咤しなくてはならないと思う程に、ひしひしと。


 「少しでも普通の少女へ近づく手伝いをしてやるべきだと、そう思います。そうでなくとも、こんなところへ連れて来るなど一体どういうおつもりですか」

 「絢子さんが言った通り、野暮用だよ」


 何故か心を乱している。そんな鹿目さんとは対照的に、農園のボスはいつになく落ち着き払っている。

 鹿目さんが自身を非難していることは、なんとも思っていない様子だ。


 「だか――」

 「鹿目さん、それくらいにして下さい。配慮は有難く思いますが、これ以上口にしてはいけません」


 農園のボスが機嫌を損ねたとする。仮の仮だ。もしそうなら、とっくに怒りだしていることだろう。

 それは兎も角として、それくらいで理不尽な命令をする様な方ではない。だが後でなにが起きるかは誰にも分からない。不安要素を増やす必要はない。


 「…なぁ、南は一体どこへ行きたいんだ。戦う姿を見て、もう絶対に普通の少女にはなれないと思っていた。だが弓弦くんの死を悼むあの姿を見て、まだ間に合うと思った。俺の勘違いなのか?」


 まやかしの平和が闊歩する世界で生きる。それが普通の少女というものを指すのであれば、私にはそれになる必要がない。

 私はボスの元で、人を殺して生きてゆくのだから。


 「ボスの行くところ、命ずるところであれば、どこへでも行きます。ですので、質問の答えは“はい”です。鹿目さんは一度付いた血が、落ちると思いますか」


 感情的に開きかけた口を閉じ、大きく呼吸する。

 その度に、心の波は穏やかなものになっていった。普段こうして落ち着けているだけで、今の鹿目さんが本来の鹿目さんなのかもしれない。


 「それは…難しいだろうな。だがそれなら、この大陸に住むほとんどの者が普通の生き方を選べないんじゃないか?」

 「当然です。この大陸には死と暴力が闊歩しているのですから」


 突然世界が変わることはない。血の色や臭いが薄い者から足を洗っていき、足を洗えなかった者は年を取って死ぬ。

 仮にまやかしの平和が闊歩する世界になると言うのなら、それからだ。


 「どうしても普通の少女として生きる気はないんだな」

 「はい。それに“暗褐色の少女歩兵”が近くにいては、安心して暮らすことなど出来はしないでしょう」

 「無暗に人を殺しているような言い方をするな」


 寂しそうな笑みを浮かべたその瞳には、私が映っている。確かに、私が。

 私の方へと、手が伸びて来る。晴臣さんのときに感じた様なものを感じることはない。その手が、私の頭を優しく撫でた。


 「もう俺からはこの話はしない。けど気になることがあったり気が変わったりしたら、いつでも言ってくれ。必ず力になる」

 「ありがとうございます」

 「農園のボス、邪魔をして申し訳ございません。失礼致します」


 発言を謝罪しないことについて、農園のボスはなにも言わなかった。ただ黙って手を振って鹿目さんを見送る。

 その表情は笑み。あの、殺気のある笑みだ。


 「少し青臭いけど、善い人だね?」

 「青臭いことは今知りましたが、ずっと善い人です」


 隊が異動になってからも時折私を訪ねて来ては、世話を焼いてくれていた。

 そういえば、勤務のない日でも苦労せず私を見つけていた様に思う。東に入ってから3年という月日が経つが、私は一度も定住したことがない。

 やはり私がいたところは散らかっていたのだろうか。


 「さて、開けようか」


 そう言いつつ、既に開けにかかっている。

 箱の中にあった剣は、私が是忠さんに見せられた剣だった。すぐ近くにあったにも関わらず、気付かず遠くへ行っていたのか。

 他には3通の手紙。封蝋がしてあるものが1通。していないものが2通。


 封蝋がしてある手紙の字は、是忠さんのものだった。

 この剣が“異能の効果を無効にするもの”だと書かれている。南と交戦した際に気付き、相手も無効化されたことに気付いたと思われる。

 その相手というのが、楠巌谷。


 どこからか噂が広がっていたため、偽の噂を流し混乱させた。

 噂に不自然さを残した主な理由は2つ。剣の存在自体に懐疑的な目を向けさせるため。調査が打ち切られて記憶の片隅に追いやられることを防ぐため。


 この一見矛盾している様に思える2つの理由は、実は矛盾していない。

 剣を積極的に探せば、剣を狙う者と交戦することになりかねない。しかし誰も剣の存在を知らないとなると、いざというときに対応が遅れる。


 他には数名へ向けて、名指しで一言ずつ書かれている。


 それらの言葉を、私は是忠さんらしくないと思った。だがどれも的確な言葉だ。私は思わず、ひとつ息を吐いた。

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