番外編 杏と暗褐色の少女歩兵
私には、少し前から気になっている人がいる。
5-A隊に異動してすぐ、私は目を奪われた。
聞くところによると、5-Dで活躍したらしい。
4-Dは隊長が変わってからの活躍が目覚ましい。両隊長は今回の編制組替で上隊こそしなかったけど、その実力はボスの知るところだって聞く。
噂を聞いた者たちは、みんな本当かどうか疑ってる。だけど、私は信じる。
消え入りそうにも関わらず、近づくと鋭い殺気を向けて来る。
あれが本物じゃないって言うなら、なにが本物なの?
「お疲れ、南」
「お疲れ様です、………」
「杏だよ。いつになったら覚えてくれるの?ま、覚えようとしてるんだから進歩したって思っておくよ」
私の言葉に適当な返事をして、パンを千切る。
いつもの硬いパンで、それ以外を食べてるところは見たことがない。ジャムもいつも林檎。好きなのかな。
「出動命令だ!3分以内に整列!」
慌ててパンを口に入れて整列。簡単な作戦が告げられ、戦地へと向かう。
今回もやることは反勢力の鎮圧。
武力のある反勢力がひとつの町を占拠してるらしい。ここからは少し距離があるけど、そんな小隊が出向くくらい武力があるってことになるのかな。
南と配置が近い。その実力をこの目で見る良い機会。
……だったはずだった。
それがどうして、こんなことに。だって、今までは簡単に片づいてたのに。念のためってくらいだと、そう思ってた。
それなのに、周囲にあるのは崩れた建物と死体ばかり。
町が壊滅している。
そんな中でも南は全く戸惑いを見せず戦った。
瓦礫を次々と赤黒い色に変えていく。そしてまた鮮血が舞う。
「ち、違う…こんなはずじゃ…」
そもそも武闘組織なんて志望してなかった。早く片付けて、早く上隊して、早く他の組織へ。こんなところにいたら、いくつ命があっても足りない。
生き残ったのは、いつだって運だけ。それなのに、配属なんてところで二度も運が悪いなんて。
この間一緒に試験受けた中に、若くて綺麗なうちに死にたいとか言ってた人いたよね。ほら、今なら死にたい放題だよ。
だから代わってよ、ねぇ。
でもお前ら、若くても綺麗じゃないから駄目だね。
私になら出来るよ。だって、綺麗だって言われてきたんだから。自分でも周囲と比べて綺麗だと思う。
自信過剰でも良いでしょ。それを言いふらしたり、態度に出したりして、他人に迷惑かけてるわけじゃない。
でも私は長寿を願ってるからさ。だから本気で戦わなくちゃ。
だから。さぁ、ここからが本気。本番。
綺麗に血しぶきを舞わせて。
血で瓦礫を綺麗に染めて。
醜い作戦を立てる小隊長が死んだから、綺麗な作戦を私が立てて。
全てが綺麗になっていく。
***
南は異能戦場へ行って戻って来ると、東の本部にいる者を襲った。
ずっと眠ってたっていうのが心配だったのは嘘じゃない。でも単純に、以前より綺麗になってた南に会いたかった。それが一番だった。
それなのに、雰囲気が随分丸くなってた。
純粋に、驚いた。
あの綺麗な南はどこへ行ったの。
なにが南を変えてしまったの。
本部の者に刃物を振る南は、確かに綺麗だったのに。
そう思ってた。でも違ったのかもしれない。確かに、少し変わってしまったのかもしれない。でも根本は変わってなかった。
だって、教養本部で刃物を振った南はとても綺麗だったから。以前よりも綺麗になってたから。完璧に近い綺麗さがあったから。
周囲の空気が、周囲の物が、綺麗になっていく。赤く、赤く。
――だからあなたたちは戦闘自体の力が高くても3なのです
それはそうだよ。スイッチが入ってないときは、その辺のへっぽこより少し強いくらいだからね。
南は私を強いと思ってくれてるみたいだけど、私は強くなんてないよ。
――発揮する力が一定ではないのです
大抵はすぐ、そのスイッチを入れることが出来る。でも出来ないときもあるし、切れることもある。それだって、いつ起こるか自分でも分からない。
だけど良いの。私の目的は強くなることじゃない。だからそれで良い。
――悔しい
男の言葉が、気を抜くと浮かぶ。
そして同時に、怒りが湧いてくる。
綺麗でもなく、綺麗に出来ない者が、なにが悔しいって?
あんな男どもと比べられるなんて、気分が悪い。無駄な動きが多い男と、有能なつもりの男と、昨日来た教養本部の者。
そしてなにより―――
南が死を悼んだ男。
あの男は最初から気に入らなかった。
特に理由はないけど、南の変化があの男のせいな気がしたから。現に、あの男といる南は少し穏やかな気がした。
そんなのダメだよ。南には馴れ合いなんて必要ないんだからさ。
元の南に戻って。
でもその様子を私には見せないでほしい。
だって、一応は変化するってことになってしまう。そんな南を、私は絶対に見たくないの。孤高で綺麗な南でいてほしい。
叩かれた扉に返事をすると、本部の男が部屋に入って来た。
「今良いか?」
面倒だけど、人付き合いはどうしても必要。生き残るかは分からないけど、一応本部の者だから適当に良い顔はしておかないと。
にこりと笑って見せる。
「うん。どうしたの?」
「南のことだ。良かったよな。幾分かは少女らしくなった」
はぁ?なに言ってんの。頭沸いてる?
「…やっぱりそうか。茶色い瞳に黒い髪という、外見の特徴も合う。君が暗褐色の少女歩兵だな」
「えっと…?その人って随分昔から有名なんだよね?私は3年前に入っただけだからさ。それに茶色い瞳に黒い髪なんて人、沢山いるよ。違うって」
「死んだんでしょ?とは言わないんだな」
追い返せば良かった。それに、もしそうだったらなに。本気で戦闘してないとでも言いたいの。
暗褐色に染まる少女歩兵が強いなんて、誰が言ったの?
「南をその名前で縛るのは止めてくれ。あの子はきっと、普通の少女として生きて行けるんだよ。俺はそう信じたいんだよ」
やっぱり頭沸いてたか。無理だよ。縛ってるのは私じゃない。それに南が普通に生きて行けるはずがないんだから。
「きゃー!止めて!来ないで!」
「は?おい、なに言って――」
詰めた距離を今度は少し取ると、膝から崩れ落ちた。
でもすぐに鋭い視線と共に顔を上げる。おかしいな。結構深く刺したのに、どこからそんな気力が湧いて来るんだろう。