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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章2部 真意の想像
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第119話 最期の言葉①

 農園のボスの、大きなため息が部屋に響いた。


 自身の前には、暖かい紅茶の入ったコップがある。落ち着くだろうと、弓弦さんが淹れてくれたものだ。それを口へ運ぶ。

 両手で包む様に大切そうに持って、再度ため息を吐いた。


 初めての実戦だったのだろう。

 沙也加さんとは違い、必要以上の鍛錬を積んではいないらしい。ひとり一緒にいたとはいえ、よく生き残ったものだと思う。


 「5人はこういう危険な場所で生きて来たんだね。ウチじゃいくつ命があっても足りないよ。疲れた…」


 机に突っ伏せると、三度(みたび)ため息を吐いた。

 戦闘を終えただけでこれか。これからやるべきことが沢山あるというのに。


 奪われた武器を取り戻す。その武器を元の持ち主に渡る様にする。いや、その前に使える武器と使えない武器を別ける必要があるか。

 その武器を所有していた者に、代わりの武器を充てがう必要がある。


 そして、異能戦場で生き残っている者全ての者への聴取。

 体力を消耗している者も多い。希望者を戻すことも考えた方が良いだろう。だがその場合、補充要員が必要になる。

 すぐには不可能だ。その場合、不満が出る可能性がある。それへの対応。


 聴取に関しては、南海人の異能があれば便利だ。

 反逆者集団の鎮圧に成功すれば、こういった状況になる。それは進言した。そして貿易のボスはそれを分かっていた。

 だが今回出来る保証がなかったため、共には来なかった。


 「一先ず鎮圧に成功したことを報告しないとね。それから南海人と武器、食料を寄越してほしいってお願いしないと」


 筆記具を用意するが、手に力が入らず書けない様子だ。だからコップも両手で包む様に持っていたのか。

 慣れないことをした後で、気が抜けてしまっているのだろう。


 「私が書きます」

 「そうだね。お願い」


 農園のボスが仰った2点と、全員に大きな怪我がないことを記す。その手紙を伝書鳩に託した。


 「今出来ることから始めましょう」

 「そうですね。まず、武器を集めることですかね?」


 反撃や襲撃があった場合のことを考え、一ヶ所に集めて管理するべきだろう。

 点在している武器を拾って使われるのは面倒だ。もし武器の場所を知っている者がいれば、更に厄介な事態となる。


 「少しは休むよう言いたいところだけど、持って来た食料は限られてる。補給物資が来ない可能性もあるからね。出来るだけ急いだ方が良い。でも絶対に無理をしないこと。先ずは使えそうな武器をかき集めて来て。その後食糧を確保しよう」


 それでは駄目だ。

 使えそうな武器の判断は、普段使わない者には出来ない。使えた場合、面倒なことになるのは目に見えている。

 時間と物があるかは分からないが、修理が出来る可能性もある。


 すぐにそう進言したのは、鹿目さんと杏さんだった。


 5隊はお掃除部隊も兼ねている。そして5隊は基本的に4隊の分隊の様な扱い。

 鹿目さんが5隊に所属していたことがあるかは知らない。だが4隊の隊長だったのだから、指示を出していたはずだ。であれば、当然分かること。


 「ですので、全ての武器を集めるべきです」

 「ウチの考えが甘いことは分かった。そうしよう。今いる位置も分からないし、割り当ては任せるよ」


 部屋に返事が響き、動き出す。


 今いる建物は中央に近い。東西南北にひとりずつと中央辺り、という様に散らばれば良いだろう。

 食糧のある場所の目星を付けながら武器を回収すれば、二度手間というほどでもない。それほど時間はかからないだろう。


 「絢子さんは少し残って」

 「はい」


 私が中央辺りの担当になりそうだ。農園のボスの周辺に人がいないか、注意する必要もある。元々妥当か。


 4人が出て行って扉が完全に閉まったことまで確認した。

 真剣な表情で私を見たまま、なにも言わない。やがて呆れた様にため息を吐き、小さく首を振った。そして不服そうな顔に表情を変える。


 「東野悠に、聞きたいことは聞けたのかな?」


 ああ…、それか。


 「詳細はなにも聞けませんでした。分かったことは2つです。是忠さんが住んでいた町と教養本部の襲撃が、どちらも楠巌谷の指示であること。東野悠が脅されていたということです」


 脅されている者がいることは、南海人の証言の時点で分かっていた。今更そんなことを確認したのか。

 そう叱咤されるだろうか。


 「そう。殺すことを躊躇してしまうかもしれないからね。脅されてたかどうか確認したかったのなら、正しい判断だと思うよ」

 「知れたことだと仰らないのですか」


 悲しそうな、それでいて優し気。そんな笑みを浮かべる。殺気はない。

 不思議だ。私はこの人物を苦手に思っていたはずだ。それが何故、命令以外の言葉をこうして待っているのだろう。


 「自分により身近な人の方が感情移入しやすいのは分かるね?」


 分からない。

 感情移入というものをしたことがない。自身の感情を読み取ることもままならない私には難しいことだ。


 「はい」

 「事情があったとしても、絢子さんへの仕打ちは許されることじゃない。みんな絢子さんが好きなんだよ」


 はぁ、と気の抜けた声が出た。

 続きの言葉を紡ごうとしていた農園のボスの口から、呆れた様なため息が再び漏れる。だが結局はなにも言わず、続きの言葉を紡いだ。


 「でも全く知らない人なら、同情してしまうかもしれない。それに鹿目くんと杏さんは南海人のことを知らないからね」


 私の髪を軽く撫でる。

 直そうとしたところ止められたため、六花さんに結ってもらったままだ。汚れは粗方取ったはずだが、血の臭いがする。


 「なんでもないフリなんて、しなくても良いんだよ」

 「…よく分かりません」


 なにを指しているのかも、何故優しい笑みを浮かべているのかも、何故急にそんなことを仰るのかも、よく分からない。

 私に分かることなど、きっとなにもないのだ。


 「もし東恭一が絢子さんに、ただ傍にいてほしいって言ったら絢子さんはどうする?」


 そんなことは有り得ない。ボスは私が人を殺すことを望んでいる。そして私も、人を殺す以外に出来ることなどない。

 仮に悠さんが言った通りだとして、どうして行けば良いと言うのだろう。


 「ゆっくり考えれば良いよ。武器の回収、お願いね。ウチは適当に休んでから東野悠に話しを聞きに行くね」

 「はい」


 考える…一体なにを。


 閉じた扉に背を向け、軽く頭を振る。今はそれよりもすべきことがある。

 ボスがなにを望み、それを私が叶えられるか。それはボスの元に戻ることが出来なければ、考える意味などない。

 成果を上げ戻ることが最優先だ。


 闇雲に探すより、悠さんに聞いた方が早いだろう。武器の隠し場所を知っている可能性がある。

 だが、正直に話すだろうか。


 悠さんは嘘を吐いた。

 楠巌谷が死に、大勢の反逆者たちが自らの命を置いたとき。止めずとも、悠さんは死ななかった。


 他の反逆者たちも一度武器を置いたとはいえ、いつ反乱を起こすか分からない。当然拘束が優先され、話を聞いた者はいない。

 悠さんを含めた反逆者たちが、素直に聴取に応じるかは不明だ。


 「おひとりですか?」

 「はい。武器がある場所を聞きに来ただけです。人数は必要ありません。素直に答えてもらえれば、すぐに立ち去ります」


 なにが可笑しいのか、小さく笑う。そして自身のいる部屋を見回した。

 仕掛けや武器がないかは確認している。部屋の様子も、変わったところはない。今更見回して、一体どうする。


 闘技場にある部屋の壁は厚い。窓はない。大きく移動する必要がなかったということも理由のひとつだが、先の2点からも闘技場が選ばれた。

 隣の部屋に人はいるが、意思疎通の手段はない。


 「それを正直に答える必要が、僕にあるのですか?答えなかったら殺す…などという嘘は、通じませんよ。あなたたちには、それが出来ない」


 脅しではなく、嘘。そして、あなたたち。

 そういった命令がされないと、本気で思っているのだろう。


 「何故そう思うのですか」

 「東で多くの時間を過ごしたからです。これはとても単純で、でもとても難しい問題ですよ。分かりますか?」


 自分たちは簡単に人を殺して来た。そう自慢したいわけではないだろう。では、この発言の意図はなんだ。

 分からない。やはり私に分かることなど、ないのだ。


 「分かりませんか。そうですよね。僕が嘘を吐いたと思っているなら尚更、分からないはずです」


 嘘ではないと言いたいのか。

 死ぬと言って死なないことの、どこが嘘ではない。もちろん、悠さんが死ぬことを望んでいるわけではない。

 だが、それとこれとは話が違う。嘘か嘘でないかと言えば、嘘だ。


 「僕のお願い、ちゃんと覚えてくれていますか?」


 楠巌谷を止めて、自分と楠巌谷を救ってほしい。


 覚えている。それに、分かっているつもりだった。出来ることなら救うつもりでいた。そうしたいと思っていた。

 これまでに楠巌谷が原因で死んだ者が戻って来ると言うのなら。恨みがあり晴らせるのなら。何度でも殺そう。


 だがそうではない。


 だから私は、楠英昭と私を救おうとしてくれた楠巌谷を救おうと。救いたいと。それなのに。

 実際は、分かっていることなどなかったのだ。


 「分かりません…」


 私の小さな呟きに、小さな笑みを見せた。それが妙に印象的だった。

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