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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第1章 血みどろな童話の世界へ
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第12話 姫の呪縛⑤

 私の姿を見た霞城さんは、妙に驚いた顔をしている。


 「何故その服を選んだのか聞いても良いかい」

 「ボスの趣味です。変ですか」


 困った様な顔をして笑うと、首を振る。


 「いいや、良く似合っている。けれど今日は君も本部へ行くのだろう?その服で行くのかい」

 「他には買いませんでした。また行きたいので」

 「そうかい」


 背後で双葉さんがなにかを落とす音がして振り向く。案外そそっかしいらしい。


 「なんて格好を…!分かっていますの?今日はボスの付き人として本部へ行くのですわよ」

 「服装はボスの趣味です。それから、本部へ行くという事実は知っています」

 「これ以外は持っていないようです。今なにを言っても無駄ですよ」


 それは事実だ。しかしその言い方では、霞城さんもおかしいと思っている様に聞こえる。


 「霞城さんは似合うと言ってくれました。変ですか」

 「あなたには似合っていますわ。しかし本部へ行くのにゴスロリ調の服なんて、ボスはなにを考えて…」


 頭を抱えてしまった。一体どうしたものか。


 「双葉くん、体調が優れないのかな」

 「ボス!絢子さんのこの服はどういうことですの」


 名前…


 「良いじゃないか。どうせ誰をどんな格好で連れて行こうと文句を言われるんだよ。だったら可愛い格好をさせたいと思うのは当然だよ」

 「前半部分は同意しますわ」

 「武闘の東での武闘組織。良い立ち位置なのかと思っていましたが、吹き出物の集まりでしたか」


 双葉さんが大股で近づいてくる。目の前まで来て、肩を強く掴まれた。


 楠英昭が殴られる際にされていたことだ。小さなことで理由をつけては殴っていたが、基準が不明だった。多くが憂さ晴らしだったのだろう。

 私も殴られるらしい。


 「よく言ってくれましたわ。ボスはなにを言われても笑みを浮かべるばかりで、なにもしないのです。霞城はなにも言いませんし」


 …殴られない。というか褒められたのか?


 「それは何度か言ったはずです。機会を窺うべきだと」

 「そうだよ、双葉くん。それに、それも昨日で終わりなのだよ」


 時期としては、私で手札が揃ったという考えが妥当だろう。しかしそれならば言ってくれれば良いものを。

 …いや、偶然時期が重なっただけだ。


 「本部とやらがどこにあるのかは知りませんが、近くではないのでしょう。今から凄んでいては疲れてしまいます」

 「そうだね。では行こうか。君が言う通り、遠いのだよ」

 「はい、ボス」


 ふっと優しく微笑むと、手を差し出される。


 「長旅になるからね、昨日のように行こう」

 「それは出来ません。道中で話の続きを、と言っていたはずです」

 「絢子くんは真面目だね」


 寂しそうな顔をされると弱ってしまう。結局私は、歩く度に小さく揺れるボスの手を掴んだ。


 「ここから離れるまでは話も出来ませんし、それまでです」

 「うん、そうしよう」


 それからボスはご機嫌だった。私が自動車を初めて見たと言うと、あれやこれやと解説してくれた。


 「自動車に乗った辺りから、随分道が整備されているのですね」

 「君は南にいる間、屋敷にいたのではないのかい」

 「屋敷かは分かりませんが、皆が住む家にはいたと思います」


 家の空気が騒がしかった。大勢の者がいなければ、そうはならないだろう。


 「しかし私たちの部屋があったのは地下で、自由に行き来が出来ませんでした。なので建物の詳細は分かりません」


 兄弟、姉妹たちの部屋は地上にあった。私たちが少々特殊な環境にあったことは自覚している。


 「稀に地上へ入れてはもらえましたが、建物の外に出たのは二度と帰れなくなったときの一度きりです」

 「一緒にいたのは楠英昭かな」

 「はい。他には誰も。来るのは遊び相手という名目の監視と食事を運んでくれる調理係のみでした」


 ボスは、小さく頷くと足を組み替えた。


 「では“違うところ”のふたつ目から聞こうか」

 「はい。異能『長靴をはいた猫』と異能『マッチ売りの少女』との連携を、私は思い付いたのではないのです」


 これについての説明は長くなりそうだ。正直に言ってしまえば億劫だ。しかし、しないわけにもいかない。


 「様々な異能とその歴代の持ち主が記されたものを読み、知っていたのです。これが、私が異能について詳細を多く知っている理由でもあります」

 「自由に動くことが出来なかったのだろう?どうやってそれを読んだのかな」

 「異能の本を含め、その本は地下深くにありました。その部屋の場所を知っている者は極わずかの様です。目隠しをして連れて行かれましたが、無意味です」


 なにせ、出発地点を知っているのだから。

 抱えられて移動したとしても、振動の数は歩数。理由は、誰ともすれ違いなどしないからだ。

 ましてや私は自らの足で向かった。歩幅が調整出来るため距離が分かる。さらには左右どちらに曲がったのかも、はっきりと分かる。


 「まぁそうだね」

 「ある日異能の本が沢山ある部屋へ連れて行かれ、好きな本を一冊選んで読むように言われます」


 あのとき異能の本を読んでいれば、あの生活は終わっていたのかもしれない。今になってそう思う。

 ただし、どの様に終わっていたかは不明だ。


 「私が選んだ本は異能の本はありませんでした。異能の本に見せかけた、ただの本でもありません。隠されていたはずの、異能の詳細が書かれた本でした」


 異能の存在など知らない当時は、そういうことが出来る者がいるらしい。程度にしか思わなかった。

 無知故に調理係が持って来てくれた書物を素直に読むことが出来たのだ。


 辞書で文字と言葉を覚え、図鑑を読みそれがどの様なものか知り、歴史書を読み現在を含めた情勢を知った。物語はほとんど読んだことがない。


 「部屋では同じく目隠しをして連れて来られていた使用人と2人でした」

 「見張り役だね」

 「はい。その者は私が本を開いたところを見ていたはずですが、迎えが来た際妙なことを言いました」


 黙っていろという合図までしてきた。なんだったのか、よく分からない。


 「読みたい本が見つからないと言って本を開いていない。そう言ったのです」

 「君は今でもその意味が分からないのかい」


 前の椅子に座っている霞城さんの表情は見えない。しかし俯いて、自分の手をじっと見ているのは分かる。

 どうしたのだろうか。霞城さんには分かって、だからそうしているのだろうか。


 「…使用人は異能の詳細が書かれた本の存在を知らないでしょう。私がただの本を開いたと考えたのだろうと思います」

 「それで」


 続きを催促する霞城さんの声は、この数日の間で一番冷たいものだった。


 「しかし何故嘘を吐いたのかは分かりません」

 「そうかい。可哀想な使用人だ」


 どういう意味だ。やはりあの言葉の意味が分かっているのか。何故可哀想なんだ。聞いても良いのだろうか。


 「絢子くん、いくつか質問を良いかな」

 「…はい」


 ボスは私に、それを知らせたくないのだろうか。


 「君たちの部屋に来ていた使用人は特定の人物だったのかな」

 「監視役や調理係と使用人は同一ではありません。監視役は見ているだけですし、調理係は私からすれば配膳係となんら変わりがありません」


 小さく頷くと足を組み替えた。この仕草を見るのは二度目か。普段はどっしりと座っている印象だったが、落ち着かないのだろうか。


 「物心ついた頃から地下の部屋にいた。監視役や調理係と交流はなかった。そう聞こえたのだけれど、それは間違いないかな」

 「交流の範囲にもよります。調理係は様々な書物を持って来てくれました。その際言葉を交わすことはなかったので交流の有無と問われると、ないと思います」

 「言葉を交わさなかったということは、独学なのかい」

 「はい」


 最初文字を覚えるまでは多少苦労したが、覚えてしまえばなんてことはない。読めば分かる。


 「私からも質問をしても良いでしょうか」

 「うん、良いよ」

 「何故お2人は私に良くしてくれるのでしょう」


 理由のない親切が、優しさが、以前より気持ち悪い。東の者は皆親切で優しいのだと思っていた。思い込んで納得させていた。しかし違う。

 あの男の正体が楠英昭であったことは、私にそれを再認識させた。昨日は何故だか忘れていたが、語っている内に思い出したのだ。

 こうしてボスの顔になっても尚、良くしてくれることが妙に心地悪い。


 代償が必要のないものなど、この世にありはしない。


 ボスが趣味のために私と霞城さんを拾ったことと同じだ。そう、同じだ。ボスの優しさには裏があった。

 そうだ、ずっと見えるところにあったんじゃないか。


 …では、これまで世話になった方たちはどうだったのだろう。

 嘘を吐くという行為があまり身についていない私には、相手の嘘を見破る力もあまりない。

 あの方たちの優しさに応えるためには、どんな代償が必要だったのだろう。


 「君はまだ、優しさや幸福が怖いんだね。こういうことは言っても分からないのだろうけど、言葉として知っておいてほしいな」

 「…なんでしょう」

 「理由など、ましてや利益など、必要のない優しさがこの世界には存在するんだよ。無償の愛、というものだね」


 心がざわつく言葉だ。

 意味はよく分からないが、覚えておこう。いつか分かる日が来るだろうと思っているから教えてくれたのだ。


 「覚えておきます」

 「うん。さて、今日はこれくらいにしよう」

 「まだ幾ばくも経っていませんが。それにまだ話さなくてはいけないことが沢山あります」


 大きな欠伸をすると、私の肩に頭を乗せる。次の瞬間には、小さな寝息が聞こえていた。

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