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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章2部 真意の想像
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番外編 蘭道六花の憂い

 教養本部にある、私に充てがわれた部屋から外を覗いた。4年前から変わり映えのしない景色が、そこにはある。

 葉のない木。晴れていてもどこか暗い空。スノードロップかスノーフレークか、ここからは分からない白い花が咲いている。

 昔は寒くても外で読書したけれど、今はもう滅多に外には出ない。


 ただ息をしただけで窓の一部が白くなる。それがどうしよもなく、ここが暖かい部屋の中なのだと証明していた。

 仁彦くんは農園のボスの命令で、危険な場所へ行った。絢子さんたちは反勢力の元へ、戦闘をしに行った。


 「私だけが、こうして…」


 仁彦くんのために用意したソファへ視線を移す。沢山の、様々なお人形。

 どうしてこのテディベアがお気に入りなのか、聞いてもはぐらかされた。そもそも私は、仁彦くんがお人形が好きな理由を知らない。


 「どうしてかしら」


 お人形に聞いても、当然答えてはくれない。

 仁彦くんに買った大きなお人形は、まだプレゼント用の袋に入ったまま。猫のお人形だと知ってるせいか、息苦しそうに思える。


 この部屋にいても、自分の無力さを思い知るだけ。このお人形みたいに、息苦しさを感じるだけ。だからどこかへ行こうと思った。

 でも行くところなんてなくて、買い物に出かけた。


 一緒に暮らしてるらしい幼い妹さんに玩具を買った。

 贅沢を覚えるといけないから。前はそう言って受け取ってくれなかった。でも、今回はお兄ちゃんがいなくて寂しいのを我慢したご褒美なのよ。

 …なんていうのは建前で、本当は買う物がなかっただけ。


 今日は髪飾りを買った。絢子さんに似合いそうな、緑色のお花の髪飾り。

 綺麗な緑色をした瞳を隠してるから、緑色は嫌がるかとも思った。だけど、一番似合いそうだったから緑色にした。


 「今日はなにを買いに行こうかしら」


 玩具店も、化粧品店も、洋服店も、アクセサリ店も、行った。玩具店とアクセサリ店に関しては、この短期間で二度も行った。

 どこに行っても楽しくない。

 今までだって、長期間仁彦くんがいないことはあったのに。


 「車を出してくれるかしら」

 「今日もお出掛けになるのですか」

 「ええ、今日は絢子さんの服を見に行くわ。今回戻れば、きっと落ち着けるわ。だからお洒落を楽しんでほしいの」


 私が車庫の方へ向かっても、付いて来る気配がない。振り向くと、暗い顔で俯いていた。歩き出す気配はない。


 「いつも落ち着いてみえるのに、どうされたのですか」

 「…そうね。今更変よね」


 今までは、私にしか出来ないことがあるって信じてた。仁彦くんにも、仁彦くんにしか出来ないことがある。そう思ってた。

 だから見送ることに、待つことに、抵抗はなかった。でも違ったから。


 誰かひとりにしか出来ないことなんて、存在しない。


 仁彦くんが発ったのは急だった。でもここの日常は滞りなく回ってる。そんなこと、本当は分かってたはずだった。

 だって、晴臣さまが異能戦場へ行かれても、なんの変化もなかった。部下のことを良く見てくれる、聡明な方だったのに。


 「いいえ、決して変ではありません。恋人の心配をされるのは当然のことです。これまでと様子が違うので心配だったのです」

 「ありがとう。行きましょう」

 「お待ちください、六花さま!仁彦さんからお手紙です!」

 「あら、あなたコンタクトにしたのね」


 いつだったっけ。教養のボスになって間もない頃だったかな。仁彦くんがコンタクトをしてないことに気付いたのは、晴臣さまだけだった。

 そんなどうでも良いことを思いながら、手紙を受け取った。内容に期待してないからかしら。


 これから本部を出る。

 たったそれだけ。思った通りの、いつも通りの内容。私もいつも通り、その手紙をすぐに捨てた。私が欲しいのは、こんな淡泊な便りじゃないのよ。


 「行きましょう」


 だから待たない。帰って来るってことは無事なんでしょ、まったく。

 絢子さんはどんな服が似合うかしら。身長と座高は私の目線でなんとなく。それで良いわよね。もし合わないようなら、手直しすれば良いわ。


 「いらっしゃいませ、六花さま」

 「こんにちは。今日は小柄な女の子の服を見に来たの」


 本人がいないことと、目測の身長と体形を伝える。嫌な顔のひとつもしないで対応してくれるのは、流石プロだわ。

 年齢は…あら、そういえば聞いてないわ。見た目は15歳くらいだけど、組織の者だから特例だとしてももう少し年上ね。17か8ってところかしら。


 「背伸びしてるように見えないけど、大人っぽい。そんな感じが良いわ。でも可愛らしいものも着てほしいわ。案外かっこいいものも似合うかしら。予算は気にしなくても良いから、適当に持って来てもらえるかしら」


 絢子さん、きっと驚くわ。

 折角なら好きなものをあげたいわね。どんなものが好きかしら。でも私が着てほしいものも着てほしいわ。

 そうだわ。1セットずつお試しで買って、また一緒に買いに来れば良いわ。


 そうしましょう。楽しみだわ。




                  ***




 扉を叩く音に返事をすると、仁彦くんが顔を覗かせた。鬼の形相で立って、どうしたのかしら。


 「…六花。これはなんだ」

 「あら、届いたのね。全部絢子さんへのプレゼントよ」

 「仕事を溜めるだけでは飽き足らず、散財したのか。これがなくとも十分過ぎる消費をしておいて、この量はなんだ」


 箱にはしっかり店名が書かれてる。服関連の物しか売ってないお店だということは、仁彦くんは知ってる。言い訳は出来ない。

 それにしても、こんなに怒るなんて思わなかったわ。


 「どれも絢子さんに似合うと思ったのよ」

 「ああ、なにを着ても大抵似合うだろうな。けど俺が言ってんのはそういうことじゃねぇ。仕事も片付けず、こんな散財をした理由はなんだ」


 机の上に置かれた、大量の書類に視線を移す。

 私だってこんなに溜まってるなんて思わなかったわ。誰でも出来るんだから、誰かやってくれないかしら。


 「自分の無力さを呪っただけよ」

 「それ、絶対他の誰にも言うなよ」


 真剣な顔ね。どうしたのかしら。


 「六花自身ははっきりと目に見える、目立った動きをしない。だから自分視点ではそう思うんだ。護衛とか戦闘要員なんてすぐ替えが利く。そんなことをやらなくて良いんだから、良いじゃねぇか。これは」


 滅多に見せない寂しそうな笑顔で、書類の山に手を乗せた。軽く叩くと、私の目をじっと見る。


 「今は六花にしか出来ねぇ。誇りを持って取り組め」

 「ごめんなさい。私、そんなつもりじゃ…」


 お父さんに紹介された仕事を蹴ったのは、意地だったのかしら。だったらよく話をするべきだったわ。

 でも、仁彦くんがそんな下らない理由で断るかしら。


 「俺はいい。好きでやってることだからな。だけど仕方なくやってる者もいる。贅沢な悩みだってことだけは、絶対に忘れるな」


 そうよね。仁彦くんがそんな、仕方のないことをするはずがないわ。意地なんて張ったって、意味がないもの。


 「分かったわ」

 「…好きでやってることではあるが、六花が辞めてほしいなら辞める。今回落ち着かなかったのは、なにか心境の変化があったからなんだろ?」

 「そうね。でも仁彦くんには好きなことをしてほしいわ」


 ホッとしたように息を吐く。

 ソファに腰掛けて、お気に入りのお人形を抱きしめた。折角抱きしめやすそうな大きなお人形を買ったのに、やっぱりそれなのね。


 「その代わり…かしら。2つ直してほしいことがあるの」

 「なんだ?」

 「ひとつ目は、帰りを知らせる手紙よ。とっても、とっても、淡泊だわ。愛のひとつでも囁けないのかしら」

 「なっ、ば、馬鹿。そんなこと出来るわけな…!聞かない静かな足音です」


 これがまさに2つ目。

 恋人を守ろうとすることは普通のことよね。敬語にさまだと、仕事をされてるみたいで嫌だわ。染み付いた元の関係は、そう簡単には変わらないのね。

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