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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章2部 真意の想像
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第117話 言動の責任⑤

 適当な部屋で、向かい合って座る。

 この周辺に窓がある部屋はない。扉に近い方が動きやすい。そう思い、扉に近い方に私が座り、奥に東野悠を座らせた。


 「単刀直入に伺います。東野悠さん、あなたは楠巌谷に脅されているのですか」


 驚いた様な表情が、今にも泣き出しそうな顔に変わってゆく。


 「そうです…!助けて下さい!」

 「次の質問です。他にもその様な者はいますか」


 悲しそうな顔で目を伏せるが、すぐに再び視線を合わせる。

 仮に脅されていたと判明したとしても、自分を助け出すことは目的ですらない。それを理解し、覚悟したのだろう。


 「いると思います。本人から聞いたのではなく、態度からなんとなくですが…。海人くんから聞いていないのですか。海人くんも脅されていたと感じていました」


 …そういえばそうだったな。すっかり忘れていた。

 知っているはずの弓弦さんと佐治さんは、なんの躊躇いもなく殺している。隠す必要はなかったか。それとも、私と同じく忘れているか。


 「どれくらいいるのか知りたいです」

 「少なくはないと思います。でも構成員自体が、全体の人数も把握出来ないほど多いのです。正確なところは分かりません」

 「そうですか。悠さんを連れ戻すには、脅されている原因を解消、解決しなくてはいけません。なにで脅されているのですか」


 苦い笑みを浮かべ、視線を落とす。

 脅されているわけではないのだろうか。それとも、解決出来ないと思っているのだろうか。


 「最初は異能で脅されていました。でも今は、なにも…。怖がりなんです。本当は自力でどうにか出来たのかもしれません。だけど、その勇気がないんです。傍を離れられたとして、手配されている身。どこへ行けば良いのか」


 その性格につけ込んだ、というわけか。だがそんな気の弱い者を近くに置いて、どうするつもりだったのか。

 接触してから行方知れずとなるまでには期間がある。その間、情報収集のために必要だった。それだけの可能性もある。

 しかしそれなら殺しそうなものだ。


 「だから誰かに助けてもらえる日を、ただ待っていました。あの…全員にこんな話をするとは思えません。誰からなにを聞いたのですか?」


 情報を聞き出すだけ聞き出して、殺される可能性もある。こちらの情報元を知りたいと思うのは当然か。


 「六花さんからです。姿を消す前日にした約束。楠巌谷と接触したと思われる日の出動要請。その日、経済本部の者は訪ねていないこと。そしてその日以来、会議への参加頻度が下がった。そう聞きました」


 目が潤んでいく。意図を理解して動いてくれたことが嬉しいのだろう。


 「色々調べてくれたんですね。六花さんはお元気ですか」

 「はい。そうとは聞いてはいませんが恐らく、悠さんとの約束のためでしょう。婚約もせず悠さんを待っています。恋人とは仲が良いです」

 「そうですか。良かったです」


 零れた涙は少し光って見えて、綺麗だった。数回深呼吸をして自身を落ち着け、私の目をしっかりと見る。


 「最近の巌谷さんは、いつにも増しておかしいです。きっと本人も自覚はしているはずです。早く止めてあげて下さい。お願いします」


 頼まれる様なことではない。元よりそのつもりだ。

 異能戦争が終わってからというもの、反逆者集団は派手に動き過ぎている。それを止めさせるには最早、反逆者集団を壊滅させる他ないだろう。

 そして、それが楠巌谷を止めることになる。


 「具体的に、どの様におかしいのですか」

 「武闘本部近くの町が襲われたのはご存知ですか?」

 「はい」

 「襲う指示をしたのが巌谷さんなのですが、その者たちに水だと偽って毒を渡していました。それから、戦い方の指示が細かくあったようです」


 あれも楠巌谷がやったことなのか。

 別の集団だという印象だった。そう感じたのは私だけではなかった。そうすることに意味があったのなら、いくつの理由が考えられるだろうか。


 剣を探しているのが反逆者集団だけではない。そう思わせることで、捜索を急がせるため。私や東全体に“恨みや憎しみという感情”を抱かせるため。

 攻撃の理由…にはならない。異能戦場を占拠しているという時点で、攻撃すべき対象となり得る。


 「なにかを探している様子なのですが、それがなんなのかは教えてくれなくて。それから東が異能戦争に参加する前に本部を襲ったことも聞きたいですよね。でもこれも分かりません。僕はいつも傍にいるだけで、なにも知らないのです」


 明らかにしょんぼりとした様子をするのは止めてほしい。

 そういった態度を取られると、なんだか私が申し訳なくなってくる。知らないものは知らないで仕方がない。

 だが理由が分からない。使わない駒を傍に置いておく必要があるのか。


 「教養本部を襲ったのも楠巌谷の指示ですか」

 「はい。制圧と南絢子さん、あなたの殺害が目的です」


 楠巌谷の探し物。その内ひとつは私が所有している。生け捕りが難しいために、殺して奪おうと考え直したのだろう。

 生け捕りにしようとしていた理由は、私を殺してしまえばボスの協力が得られなくなるため。だがそれよりも異能の本が早急に欲しいらしい。


 「冷静…というより無頓着、ですね。戦場にいるわけでもないにも関わらず、命が狙われているのですよ。これは普通ではないんです」

 「普通というのは“正しい世界”ではない、という意味ですか」


 楠巌谷の探し物。その内ひとつは私が所有している。

 生け捕りが難しいために、殺して奪おうと考え直したのだろう。そうしようとしていた理由は、私を殺してしまえばボスの協力が得られなくなるためか。

 だがそれよりも異能の本が早急に欲しいらしい。


 「冷静…というより無頓着、ですね。戦場にいるわけでもないにも関わらず、命が狙われているのですよ。これは普通ではないんです」

 「悠さんの言う“普通”というのは“正しい世界”という意味ですか」


 本部へ向かう車内で、ボスが仰っていた。

 ボスと訪れた街が“正しい世界”なのだと。私から見れば、まやかしの平和に侵食されてしまった様な場所だった。

 それが“普通”なら、私が見ている世界に“普通”などありはしない。


 「…普通も正負も人によって違います。ですが“今いる社会にとって概ね普通”であることは必ず存在します。この大陸が落ち着きを取り戻せば、きっと絢子さんも見ることになるでしょう」


 武器を持たず、武器に怯え、背後を気にせず生活をする。

 それが今の大陸の“概ね普通”であること。そしてそれは、いずれこの大陸を闊歩する。私もそれに飲み込まれてゆく。そういうことなのか。


 違う。嫌だ。


 武器を持たず、なにを持つ。人を殺さず、なにをする。

 そんな状況で、どうすればボスは喜んでくれる。


 「絢子さんはまだ若いです。なんでも出来ますよ」

 「無理です。私には人を殺すことしか出来ません」


 そっと目を閉じて、歌を歌い始める。沙也加さんが歌ってくれた歌と同じ歌だ。短い歌なのか、同じ部分が繰り返される。

 二度目の終わり際になると、私と目を合わせて優しく微笑んだ。


 「ほら、なにも出来ないなんてことはありません。歌が歌えます」


 三度目を終えると、再びそっと目を閉じた。そうして紡がれた言葉は穏やかで、たしなめられるかの様だった。


 「だから一体どうしたと言うのですか」

 「全てのことは、そんなものです。早く走れる人はただ早く走れるのではなく、早く走るために必要なことが全て出来るのですよ」


 開けられた目と、視線が絡み合う。

 行方を暗ましてから約5年。その間に、悠さんは変わったのだろう。こんな者が言う、あんな味のしない言い訳を、私は真に受けない。


 「…無駄話はこれくらいにしましょう。悠さんは、何故楠巌谷が私を殺そうとしたのか知っていますか」

 「異能の本の存在が危険であるため、回収している。そう聞きました。でもそれが本当かは分かりません」

 「そうですね。それなら悠さんも殺さなくてはなりません」


 そして私を直接殺す必要もない。

 異能の本を処分してしまえば良いだけのことだからだ。異能の本がなくなれば、異能者はいなくなる。


 全ての異能の本の処分。

 それが目的だとすれば、使用者もろとも処分する方が効率が良い。異能戦場から戻る自動車を襲わなかったことも不自然だ。


 「はい。それに僕を気に入っているというのも、本当かどうか怪しいです。隣で適当に話を合わせているだけのことが多くて、特になにもしていないのです」

 「沙也加さんのこともですか」

 「あれは…違います。絶対口にはしませんでしたが、不安そうで。いつもは感情なんて表に出さないから…なんでしょう。なんとなく、ですかね」


 私の視線から逃げる様に目を伏せた。

 沙也加さんを撃ったことについて、責められるとでも思っているのだろう。


 「もちろん義姉さんなら避けられると思ってのことです。でも明確な指示もなく人を殺そうと出来るなんて、思いもしませんでした」

 「5年も一緒にいて、情が移りましたか」

 「……はい。巌谷さんは巌谷さんなりに、なにかに苦しんでいるのです。だから止めて、出来るなら救ってあげて下さい」


 それは難しいだろう。

 何度も東を襲撃し、町をひとつ以上消した。ボスを誘拐し、傷付けた。叩けば埃などいくらでも出て来そうだ。

 楠巌谷が生きる道は残されていな……


 ――命を助ければ救える、なんて思ってる?


 ふと、佐治さんの言葉が過った。

 晴臣さんを殺す際、それを止めようとする者に言った言葉だ。最終的な結果ではなく“今”救われたかどうか、というようなことも言っていた。

 それで考えるのなら、楠巌谷を救うことは可能かもしれない。


 「では、情報を聞き出して下さい。悠さんも楠巌谷の目的が口にしているものではないことは分かっていますね」

 「今までも教えてくれなかったのに、無理です。それに絢子さんと接触した後ですよ。警戒されるに決まっています」


 そんなもの簡単だ。

 悠さんがなにも話せないことは、楠巌谷も分かっている。それを私は隠していると思った、と思わせれば良いだけだ。

 悠さんを突き返し、休戦を止める。それだけで良い。

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