第115話 言動の責任③
異能戦場への門の前に自動車が止まると、門が開く。
今度は門の近くに人はいない。来る場所は門のある4ヶ所。だが他の門は遠い。現実的に、東にあるこの門だけだ。どういうつもりだ。
「誰もいません」
「そう。じゃあ行こうか」
農園のボスが銃を持っている。
武器を持っている姿を初めて見たが、とても似合わない。戦闘している姿も想像出来ない。
今回指揮を取る東の方が、何故農園のボスなのかは聞かされていない。
強さをあまり求めなかった。畜産のボスがそう仰ったことを否定しなかった。
戦闘の経験があまりない。そうご自分で仰った。
危険だが決定したこと。意見するつもりも、守るつもりもなかった。しかしこうして見ると、本当に似合わない。
…どうでも良いか。
一番近い、多くの息遣いがある場所へ向かう。そこでは武装をしていない者が身を寄せ合っていた。13人いる。
「東の武闘組織から来ました、絢子と申します。山賊に占拠されていると聞いて助太刀に参りました」
「少女じゃないか…!武闘組織はなにをかん」
「止めろ」
先に発言した者の言い分の方が分かる。見た目というのは重要だ。戦闘能力が少々劣っても、屈強な男の方が強そうに見える。
「この嬢さんは異能戦争参加者だ」
会っているのか。晴臣さんと市場を歩いた日だろう。大勢の人を見ている。
しかも市場の者は、腕章をしていない。相手が東の者かも分からないのだ。そうでなくとも、覚えようなどと思って接していない。
「たい焼き、買ってくれましたよね?」
「ああ…、はい。美味しかったです」
そういえばボスに粒餡派か、漉し餡派か、聞いていない。どこから食べるのか。本当はみたらし団子よりもたい焼きが食べたかったのか。全部。聞いていない。
それに、たい焼きの語源も調べていない。
「報告します」
そうだ、今は目の前のことを。
「異能戦争が終了した翌々日のことです」
現在異能戦場を占拠している山賊が襲って来る。圧倒的な数の多さにより、占拠される。生き残った者は武器を奪われ、十数人に別れ散り散りにいる。
占拠された3日後。
何者かと大規模な交戦があったが、姿は見ていない。異能戦場の状態は変化がないため、敗れたと思われる。
報告は予想出来るものだった。目新しい情報はない。
大規模な交戦というのは、沙也加さんたちと5人で来たときのことだろう。このことは明かさないことになっている。
何故助けてくれなかったのか。そう不満を持たせることになるためだ。
「了解しました。相手の戦力は分かりますか」
「不明です。兎に角数が多いのですが、ひとりひとりの力もあります」
「了解しました。皆さんここから動かないということは、定期的に誰かが訪れるのでしょうか。それとも、どこかから見張られているのでしょうか」
ここは死角が多い。恐らく無理だろうが、可能性は潰しておく必要がある。伝え忘れていたことを思い出す可能性もある。
情報が少ないときは、ひとつひとつ質問していく方が早い。
「分かりません。一日に一度、食事と水が届けられるだけです。しかし移動しようとすると何故か、どこからともなく現れるのです」
誰かが東野悠の異能にかかっているのだろう。この中に反逆者集団の者が紛れている可能性もあるか。
武器を隠し持っていそうな者はいない。だが、いざとなれば攻撃して来る可能性がある。気を付けた方が良い。
「了解しました。では皆さん、今から言う者に該当しない者を指して下さい。異能戦場へ赴く以前の知り合いや、異能戦場で知り合った者でない者」
自分以外の全員。つまり12人に指された者はひとり。反逆者集団の者である可能性が高いだろう。予想出来たことだろうに、酷い慌てようだ。
捨て駒か。それでも念のため、聞いておくべきことは聞いておこう。
「占拠している山賊の一味だな。長の居場所を知っているのなら、案内しろ」
「ち、違います…!本当に知り合いがいないだけです!」
「どちらも証明することは出来ません。一先ず信じましょう。壁を向いて、耳を塞いでいて下さい。これが条件です」
弱々しく返事をすると、私の言われた通りにする。演技…だろうか。
異能戦場の市場では、大勢の人が行き交っていた。知り合いが12人の中にいなくとも、不自然ではないことも確かか。
だが今更取り消せるはずもない。それに容疑があるのは確かだ。
「みなさん、容疑があるからといって不平不満の矛先を向けないで下さい。具体的には乱暴、有事の際囮にする…などでしょうか。そういったことがない様にお願いします。では、私は次へ向かいます」
早く離れなくては、反逆者集団が来てしまうかもしれない。食糧を持って来るのだから、殺す気はないはず。私が傍にいる方が危険だ。
それを考えると、門から一番近い団体への接触は迂闊だっただろうか。状況を知るために、五感をあの者に集中させていた可能性もある。
「待って下さい。斧の一本で構いません。武器をもらえませんか。これでは自分の身も守れません」
「武器を持てば、戦う意思があるということになります」
当たり前だ、と言わんばかりに12人が頷く。
「あなたたちは斧一本で自分を含めた13人を守れるのですか。それとも斧を13本用意しろと言っているのですか」
「それは…」
「武装していない者は可能な限り守ります。多くの者を守るだけの力があるとも思います。大人しくしていて下さい」
散らばっている数によっては、ある程度は切り捨てる必要がある。
だが、ありのままを言う必要はない。初めからそのつもりがあると聞けば、不安にさせるだけだ。より強く武器を求めるだろう。
「分かったのですか、分からないのですか」
「理屈は十分理解出来ます。ですが、みな不安なのです」
「私も不安に感じます。ここにいる全員が山賊の一味ではないのか。今殺さなくても本当に良いのか」
たい焼きを売っていた男性と睨み合う様に見合う。少しすると、諦めた様にため息を吐いて小さく首を振った。
「…分かりました。ですが忘れないで下さい。我々はここを守るために残った、戦闘要員であることを。いざというときの覚悟は出来ています」
「覚えておきます。では、私は次へ行きます」
毎度このやり取りがあるのだろうか。面倒だ。不安な気持ちが分からないわけではない。だが時間は限られている。こんなことを繰り返してはいられない。
どの様にすれば、効率が良いだろう。…いや、逆だ。
しっかり納得させた方が後々楽かもしれない。中途半端に動かれる方が面倒だ。
本当に、考えることは苦手だ。
さっき考えていたこともそうだ。考えたところで意味などない。過去の出来事がなくなるわけでも、時間が巻き戻るわけでもないのだから。
次はどうする。
動きを悟られないために、あの集団は飛ばすか。少々時間はかかるが、無作為に接触しもっと大胆に動くか。
どちらにしろ接触した時点で居場所が知られる可能性が高い。それなら効率的に接触するべきだ。
***
…とは言っても、同じことの繰り返しで飽き飽きしてくる。
ため息を吐くと同時に、信号拳銃が撃たれた。集合の合図だ。真上なら撃たれた位置、それ以外は煙の方向へ向かいながら落ち合う。
真上ということは、中心人物が数名現れたのだろうか。
「もらった!」
「なにをですか」
飛び降りたときの勢いのせいだろうか。加減をしたつもりだったが、口が利けなくなってしまった。難しいな。
他に向かっている者たちも襲撃されているのだろうか。こちらの居場所は接触した者たちから、ある程度絞ることが出来る。おかしくはない。
「覚悟っ!」
これで何人目だ。なにか言わないと攻撃することが出来ないのだろうか。全く、鬱陶しい。しかも何故ひとりずつ来るのか。
信号拳銃が撃たれたのはこの辺りだったはず。周辺に人が多く来ていないのは、何故なのだろうか。
「遅いな。全員途中で殺られたか?」
その一言に笑う声が6つ。それ以外に2人。捕らえられている方が農園のボスということは、もうひとりは一緒に行動しているはずの鹿目さんか。
農園のボスを人質にされ、動けないでいるのか。…不自然だな。
この辺りでは高さのある建物の上に弓弦さん。残りの3人で、8人を囲む様にしている。この程度の者たちにこの配置なら、十分過ぎる。
あとはいつ仕掛けるか。一斉に出た方が確実だ。
「全員かかれ!」
農園のボスの言葉が響き、一斉に影から飛び出す。
「いつの間に…!」
遅い。一瞬で、農園のボスを掴んでいる者だけになった。
相当焦っているな。掴んでいる手の力が緩くなっている。逃げ出すことは可能だろうが、持っているのは銃。危険だ。
「く、来るな!来たら撃つからな!」
この者は撃たない。撃てない。
覚悟のない者が何故この様なことをしているのか。全く不思議でならない。
ひとりひとりを威嚇して、最後に農園のボスへ銃を向ける。そして初めて、農園のボスの笑みを見る。
「ウチを殺したって意味ないよ。殺せなんてしないけどね?」
「この状況で出来ないと思ってんのか!」
「うん。いつまで自分が有利だと思い込んでるの?あっち、見てみてよ。きっと楽しいよ。絶叫しちゃうくらいにね」
ぎこちない動きで顔を上げ、農園のボスの視線の先を見る。そこには――
「へっ…?」