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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章2部 真意の想像
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第110話 表情の裏側④

 稲畑に立つ案山子の色。それを聞いた瞬間、あの景色が、あの意味を成さない様に思えた言葉が、一瞬にして脳裏を駆けた。

 何故そんなことを聞く。そもそも、何故そのことを知っている。


 「稲畑に立つ案山子の色は何色だ?」

 「…右が青、左が赤です」


 有無を言わせない口調に、思わず答えた。


 「元の瞳の色は知っているか?」


 そんなことまで知っているのか。晴臣さんを経由して、是忠さんからなにか聞いていると考えた方が良いか。

 晴臣さんも異能戦場へ赴く時点では、伝えるべき相手が誰か分かっていなかった。そのために、こういった断片的なことを伝える他なかったのだろう。


 「緑だと聞いています」

 「なんてこった。とっくに巻き込まれていたのか。今日死ぬのかも。そんなことなら我儘を聞いて、玩具を買ってやれば良かった。いや、それより…」


 少しの間、取り出した写真を眺めて口の中でなにか言い続けた。幼い女の子が映っている。それを仕舞って咳払いをすると、私に視線を向けた。


 「探し物はもうここにはない。異能戦場に赴く前に晴臣さまから受けた指示で、武闘本部へ移した。そのことを緑の瞳を持ち、案山子の色を教えた通りに答える者に伝えろ、との命もある」


 武闘本部…移す場所としては十分考えられる。だが、何故移した。

 全く事情を知らない者の元に置いておくことを躊躇ったのか?それならボスは危険な物を預かっているという認識はあるはず。

 しかし戻りたいと言うどころか、武闘本部を気にする様子もないと聞いた。


 「なにを探しているのか。なにが起こっているのか。それは聞きたくない。だがひとつだけ教えてくれ。晴臣さまはそのせいで亡くなったのか?」


 亡くなったという事実しか聞かされていないのか。それもそうだ。誰彼構わず事実を言うことは得策ではない。多くの者がそう聞かされているだけなのだろう。


 「答えてくれ」


 剣に関わった人物が是忠さんでなければ、晴臣さんはこんなことにはならなかっただろう。だが、それを理由にしても良いのだろうか。

 ボスの心に少しでも住まう者を、全員殺す。だから晴臣さんを殺した。


 異能戦場へ赴かなければ、晴臣さんのことを知らないままだったかもしれない。剣のことがなければ、晴臣さんは異能戦場へ赴かなかったかもしれない。

 全てはたらればだ。だが全てが噛み合ってゆく。


 「分かりません。誰もこんなことは望んでいなかったはずです。にも関わらず、その道を歩んでいるのは何故ですか」


 これが“運命”というものなのだろうか。


 「それがどんな不幸な結果でも、誰も望んでねぇなんてことは絶対にねぇよ。その道にあるひとつひとつを、誰かがほんの少しでも望んだんだ」

 「…はい」

 「じゃあ最後にひとつ」


 答えになっていない様に思うが、十分だったのだろう。自身で言ったことが全ての答えで、疑問は解消したのだろうか。


 「そのカラコン、随分長い間取ってねぇだろ。ちゃんと手入れしろよ。目が見えなくなることだってあるんだからな」


 からこん…なんのことだか分からない。


 「瞳に付けている物があるだろ。それで瞳の色を黒に見せている。もらったときに説明されてねぇのかよ」

 「そういえば聞きました」


 効果と手入れについては聞いたが、あまり覚えていない。

 失明の危険については聞いた覚えがないな。見えなくとも動けるとはいえ、視界からの情報は多い。大変だ。

 異能戦場から戻って以降は取っていない。異能戦場にいた際も、頻繁には取っていなかった。戦闘がないと分かっている食事会の前夜くらいだろうか。


 「ったく。教えてやるよ。念のために聞くが、道具は持っているんだろうな?ここで夜を過ごすことは聞いている。持って来ているよな?」


 取るつもりがなく持って来ていない。…とは言えない雰囲気だ。


 「はぁ…世話が焼ける。仮眠室に予備が一式ある。それやるから、行くぞ」


 手を引かれながら農園のボスに声をかけ、階段を降りる。関わりたくないと言っていたはずだが、放っておけない性分なのだろうか。

 年が離れている妹がいる様子だ。世話を焼くのは慣れているのだろう。


 「ほら、先ずは外せ」


 待つように言われた部屋に戻って来ると、道具を目の前に置いた。説明を聞いた際に見たことはある気がする。

 手入れと言っているくらいだ。取ってすぐ捨てることは間違っているのだろう。覚えている素振りを…、…出来ない。取り敢えず取るか。


 「こらこら、待て。鏡を見ずに取る馬鹿があるか」

 「鏡は見ません」


 わざとらしくため息を吐いて続きを促される。鏡を見なくとも出来るのだから、構わないだろうに。

 その後も文句を言いながら最後まで教えてくれた。


 「なんだか疲れた。これからは寝る前にちゃんとやれよ。寝ていても眼球は動く。裏側に入ったら大変なんだからな」


 ああ…思い出した。何故これを覚えていないのか、思い出した。私はほとんど眠らない。そのため必要ないのだと考えたのだ。


 「…あのな、長時間の着用は良くねぇんだよ。外に出て少人数で護衛するときは、休憩のときに外して目を休ませる。それからもうひとつ用意したものを付けるんだ。分かったか?守れよ」


 なにも言っていないにも関わらず、的確なことを言われた。これが統率の上手さに関わるのか、なるほど。


 「はい」

 「本当かよ。…まぁ良い。今はこれしかねぇんだろ?ついでに仮眠しとけ。まさかベッドじゃないと寝られないとか言わねぇよな」

 「それは問題ありませんが、仮眠の必要はありません」

 「若くたって体力は無限じゃねぇんだ。いつ襲撃があるか分からない。それに、急に出発することになったらどうするんだよ」


 一理ある。だがその前にすることがある。報告だ。農園のボスに彼が言ったことを報告しなくてはいけない。

 それにはこれを付ける必要がある。それがボスからの命令だ。しかしそう言ったところで彼が、はいどうぞ、と言うとは思えない。


 「農園のボスには俺が報告しておく。瞳のことは言わない。心配するな。だが農園のボスにも見せられないにも関わらず、何故俺の前で外した」

 「貴方は大丈夫だと思ったからです」

 「その理由を聞いてんじゃねぇか」

 「背中を預けるなど、いつ振りだったか分かりません。瞳に気付く程、人のことを良く見ています。それに貴方は嫌なことを嫌とはっきり言います」


 堪え切れないといった様子で笑い出したかと思うと、次第に声が大きくなっていく。その内、腹を抱えて笑うようになった。


 「あー、笑った笑った。やっぱ俺のこと信頼してるんじゃねぇか」

 「全く違います。早く報告に行って下さい。仮眠を取ります」

 「おやすみ」


 柔らかい笑顔を残し、扉が閉められた。




                  ***




 近付いて来る足音で目を覚ました。この足音はもう覚えた。軽く扉が叩かれ、それに返事をする。


 「眠れたか?」

 「はい。ありがとうございます」


 人が行き交えば目を覚ます。どうせ眠れはしないと思っていたが、近くを通る者はほとんどいなかった。


 「そうか、良かった。拭いたとはいえ血で汚れている。風呂に入るだろ?人払いが済んだから呼びに来た。案内する。あ、コンタクトは付けるなよ。風呂に入るときは毎回外すんだからな」


 再び手を引かれ、前まで連れて来られる。視線で入るよう促されるが、扉から視線を外すとため息を吐かれた。


 「めんどくせぇな。鏡なんか湯気でろくに見えねぇよ。それに脱衣所の一部にしかねぇ。見ようと思わなければ見えない。さっさと入って来い」


 鏡もそうだが、人がいる。言おうとしたが、扉を開けてしまった。押し込むためだろう。他意はないはずだ。


 「あら、のぞき?」

 「悪い。わざとじゃない。他にはいないか」

 「余程上手に隠れてなければ、誰もいないわよ。仁彦くんは紳士だもの、わざとじゃないのも分かってるわ。そのお嬢さんのためかしら?」


 素っ裸の女性が微笑んでいる。奇妙な光景だ。


 「ああ。入れてやってくれ。部屋で待っていて良いか?」

 「分かった。連れて行くね」

 「頼んだ。後で口止めしておく。殺すなよ」


 後半は私に言われた。睨む様な視線だった。すぐに表情が切り替えられ、背中が押される。扉が少し乱暴に閉められた。


 「やだ、そんなこと言ったら考えちゃうわ。その珍しい瞳の色のことでしょう?安心して。誰にも言わないわ」


 しまった、そういう意味か。驚いて呆けていた。


 「人払いをしたと言っていました。それを知らないということは、あなたは先の戦闘にいなかったのではないですか」

 「こんな小娘に、って言ってほしいのかしら?」

 「そう言われてきました」

 「人を見た目で決め付けるなんて、愚か者ね」


 そういう者ばかりであれば良いのだが、そうはいかない。


 「寒いから早く入りましょう」

 「すみません」


 誰かが入ったばかりなのか、浴室はほんのり暖かかった。


 「先ずは血を落とさないといけないわね。ほら、目を瞑って」


 言って早々、温かい水を頭からかけられた。髪や頭が泡で包まれていく。


 「自分で出来ます」

 「あら、そうなの?仁彦くんが入れてくれって言うものだから、勘違いしちゃったわ。お姉さんが出来ると思ったのに、残念」


 瞬間、夫人の顔が浮かんだ。霞城さんに恋の相談をされた様だった、と嬉しそうに話した顔だ。


 「…負担でないなら、構いません」

 「ふふっ、ありがとう。はーい、痒いところはありませんかー?」


 ……楽しそうだな。


 「ありま…右耳の後ろが痒いです」

 「あらあら、ここかしら?ここかしら?他は?どこも痒くない?遠慮しないで言って良いのよ」


 止めておけば良かった。

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