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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章2部 真意の想像
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第109話 表情の裏側③

 佐治さんにとっても、弓弦さんの冷たい声や視線は珍しいものなのだろう。少したじろいている気がする。


 「どうして俺と新が襲われたのかは考えてたな。だが、どうして佐治たちが襲われなかったのか、考えたか?」


 弓弦さんと新さんを襲ってしまったことは、各々に原因があると思っていた。農園のボスが仰ったことは、的を得ている。そう思った。

 だが、弓弦さんは違うと考えている様子だ。


 「暗示は本部にいる者を無差別に殺すものだったはずだ。生かしておく必要がある人物は少ない。それなら、どうして襲われない者がいたのか。それを考えるべきだったんだ。先に言っておくが、俺はボスに言ったからな」


 冷たい視線を鹿目さんと杏さんにも向ける。襲われなかった2人だ。当事者だということを知らせるためだろう。

 部屋の隅にある筆記具でなにかを書いて、手ぶらで元の椅子に座る。


 「戦闘能力を0から5で表してみて下さい。絢子さんの基準、独断と偏見で構いません。この3人と俺、それから新と5-E隊だった人は個人。それから本部にいた者たちを見た範囲で平均的に」


 意味がないことはしないだろうが、一体なんの意味があるというのだろう。あの紙にはなにを書いたのか。


 「鹿目さんと杏さんは3、佐治さんは…も3で、後者3人は4です。給仕の者は0。戦闘していた者は1か、良くても2です」

 「では必ず守るべきであり、攻撃してはいけないと思う者。それはどういった基準でなにに区分される人物ですか」

 「弱い者とボスに就いている方と総代…でしょうか」

 「佐治、あの紙を持って来てくれないか」


 睨むようにしながらも、紙を取りに行く。質問する前に書き、以降触れる機会がなかったことを証明するためだと分かっているからだ。


 「どういう意味か、教えてもらおうか」

 「そのままだ。今から言う考えも出来る、という可能性の内のひとつに過ぎない。ボスもそう思ってないか不安か?」


 数字の横には私が言った通りのことが書かれている。

 3と4の間に線が引かれており、線の下には“守る”とある。0の下には円があり、その中には“ボス職、総代”とあり“守る”に矢印が伸びている。


 「個人が識別出来る者かつ、3以下かボス職。これが襲われていない者の共通点だ。暗示が完璧ではなかったか、強い潜在意識のためかは分からないけどな」

 「僕より弓弦の方が強いって言いたいんだ。前は僕をおだてていたくせに」

 「絢子さんの基準なんだから当たり前だろ?俺の方が実戦経験がある」


 そうでなくとも、私は佐治さんの戦闘能力をあまり高く評価していない。

 まず第一印象が良くない。山賊に襲われた際佐治さんの動向に気を配ったのは、そのためだろうか。なににしても、背中を預けなかった。それが全てだ。


 「一応筋は通ってるね。でもそれだけだよ」

 「はい。可能性のひとつとしてあることを理解してない3人に忠告したまでです。少しでも多くの可能性を知っておいた方が良いんじゃないですか?」

 「分かった。この話はこれでお終い。良いね?」


 部屋に返事が響いた。私の評価など気にするに値しない。切り替えることも、心を乱さないことも、簡単だ。


 「じゃあ探し物をしに行こうか」


 再び部屋に返事が響き、散り散りに出て行く。

 本来ならば4人はもう探し物をする必要などない。しかし監視されていることを考えると、違った動きをすることは危険だ。


 「弓弦くんが言った、ひとつの可能性。どう感じた?」


 『ぼうけんにっき』に描写があったと思われる6階の部屋に入ると、農園のボスが小さく問いかけた。

 新さんの名前が出て来て、なにか思うところがあるのだろうか。


 「納得出来ました。佐治さんへ向けた刃物は不自然に逸らしましたが、貿易のボスには刃物を振り下ろしています」

 「“貿易の”が強いってことだよね?ウチにはそんな風に思えないよ。過大評価なんじゃないの?」


 小さく首を振る。会合のため本部で初めて会ったときから、貿易のボスの戦闘能力が高いことは分かっていた。

 刃を抜かないためだろう。多くの者は気付いていない。気付いている者もそれを口にしない。分からないと分かっているからだ。


 「貿易のボスは強いです」

 「断言されると、そうなんだとしか言えないよ。ウチは戦闘をしないから、そもそも相手の実力を測る機会があまりないからね」


 部屋を軽く一通り調べ終え、腰に手をやって軽く仰け反る。


 「ところで、本当にこの棟の6階に絞って良いの?」

 「はい。3階で棟を移ったと思われる記述はありません。2階の窓から見た描写がこの棟と一致していますので、問題ないと思います」


 教養本部は3階までの部分と6階までの部分があるという、なんとも奇妙な形をしている。あの本棚の本が作っていた形の様だ。

 『ぼうけんにっき』があった場所が、この棟を示していると推測した。だからこの棟に絞った。景色は後付けの理由だ。


 「でも最上階を基準にするなら、5階の方が可能性があるんじゃない?」

 「7階は建物の探索をしていません。実際にはない場所を記すことで、かく乱させる目的もあるのでしょう」

 「他に…なにか理由があるの?」


 恐る恐る、という様子だ。実父の存在の様に、気軽に聞いても良いことなのか量りかねているのかもしれない。


 「覚悟です。存在しない場所から逃げることは出来ません」


 晴臣さんは逃げないと決めた。いや、逃げることが出来ないと思ったのかもしれない。どちらにしても、だから実際にはない7階を書いた。


 異能戦争の結果次第では、東が多くの情報を手に入れることになる。反逆者集団を含め、様々な団体が大きく動くことは予想出来る。

 私が正体を明かしていなかったとしても、どこかの団体がいつかは必ず特殊な剣に行き着くことだろう。


 …今わざわざ手順通りに探しているのは何故だ?晴臣さんがいないからだ。


 殺されることで、今後される追求を逃れた。そう考えることは出来ないだろうか。つまり本当は、晴臣さんは死にたくなどなかったのだ。

 “殺されても良い”と“死にたい”は違う。


 霞城さんもそうだったのではないだろうか。

 でもそれなら何故あんなことを最期に言ったのだろう。名前だって、君や彼女と呼んでばかりで呼ばなかった。最初で最後だった。


 「なるほどね。逃げる方法がもう死ぬしか浮かばかくて、逃げるために殺させたんだ。自分で死なないところが、なんとなく晴臣くんっぽいかも」


 異能戦場にいる間の身の安全は確保されている。その間に望んでいた展開があったのだろうか。起こっていなかったために――違うな。

 事が起きているか確認する時間はなかった。であれば、異能戦場で起こるはずだと考えていたか、起きてほしくないことが起こったと考えるべきだ。


 「ウチもそうだけど多分大体の者は、暗殺の嫌疑がかからないように総代の前で晴臣くんが命令したって聞いてる。黙ると違うんだって思われちゃうよ?」


 私が晴臣さんを殺そうとした理由は、私しか知らない。だが理由が後付けであることは、言った様なものだ。

 口ぶりからして、農園のボスもそれが真実だとは思っていないのだろう。そう聞こえる様に言った。そして、聞いた相手もそれを分かっている。

 必要がない限り、深く質問して来ることはない。無暗に首を突っ込むことになるためだ。農園のボスも、ただそれだけだろう。


 「晴臣さんとは異能戦場でしか過ごしませんでしたが、自ら動く印象が強いです。殺させる必要があったのだと思います」

 「…そう。きっとその内分かるよ。別の部屋に行こうか」


 扉を開けようとすると、近付いて来る足音が聞こえた。

 4人の内の誰かのものではない。襲撃者がひとりで騒ぎを起こさず最上階まで来られるとは思えないが、用心するに越したことはない。

 この部屋を通り過ぎたら扉を開け、捕らえる。


 「……?誰かいるのか」


 この声…あの男性か。こちらが捕らえようとした様に、攻撃されかねない。扉をゆっくり押し開けて、居場所を知らせた。


 「私です。農園のボスもみえます」

 「会っちまった。何故こんなところにいる」

 「探し物です。許可はいただいています。今日はお休みだと言っていましたが、あなたこそ何故ここにいるのですか」

 「今日明日くらいは警戒する必要があるだろ。それに気になって休めねぇ。それなら代休申請出来るように出勤した方が良い」


 基本的に突発的な戦闘がない者と、いつ突発的な戦闘があるか分からない者の違いか。5隊の者は戦闘を終えたら直ぐに戻って休む。

 ここの平和な考え方が、ボスの仰った“正しい世界”なのだろうか。


 「手伝ってやるよ。急ぎでやることがあるわけじゃねぇし、うろつかれても面倒だからな。ついでに知りたがっていた連携についても教えてやる」

 「間に合っています」

 「そうか。…気を付けろよ」


 歩き出したが、すぐにその足を止める。その足が私に向けられ、鼻が触れる程近くまで顔を寄せられた。

 何故避けようとしなかったのか、自分でも分からない。


 「その目…こっちに来い。農園のボス、悪いようにはしませんので2人にして下さい。確かめたいことがあります」


 心配そうな顔を向けられる。


 「大丈夫です。…恐らく」

 「分かった。向かいの部屋にいるから、なにかあったら大声で叫んでね?」

 「はい」


 嫌そうな顔をしたが、特に言及はしなかった。部屋に入り扉を閉める。少し奥まで進むと、再び私の瞳を覗き込んだ。


 「稲畑に立つ案山子の色は何色だ?」

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