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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章2部 真意の想像
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第106話 帰る場所⑥

 夫人を含め7人で机を囲み、用意してもらった昼食を口に運ぶ。昼食にサンドウィッチを食べることが流行なのだろうか。

 鹿目さんと杏さんは、農園のボスと同じ机を囲むことを戸惑っていた。しかしあくまで客人として接する夫人の顔を立てることにした様だ。


 「ちょっと南、レタス抜かないで」

 「これは草です。私にとって食べ物ではありません」

 「草って…まさか野菜食べられないの。自分で用意するときは多少なら別に良いけど、用意していただいたものだよ。ちゃんと食べて」


 言っていることは分かる。だが何故“多少なら”と強調されたのかは分からない。そして食べられないものは食べられない。


 「無理はしなくても良いのよ」

 「はい」


 草を抜き続けようとすると、軽く手が叩かれる。


 「建前を本気にするな」

 「本当に良いのよ。それより鹿目さんと杏さんは、絢子さんに敬語を使わないのね。呼び方も苗字ね?」

 「かつて直属の上司や同僚だったのです。その際は南と名乗っていました。違和感があるので以前の通りに、とお願いしています」


 敬語で絢子さん、と呼ばれたら暗示をかけられた際に襲ってしまいそうだ。角南誠だけが使えるものではないだろう。用心に越したことはない。

 違和感があることも本当だ。


 「そうだったのね。2人は今も武闘組織にいるのかしら?」

 「いいえ、今はわたくしも彼女も本部に配属されております」


 しばらく無難な会話が続けられた。私の前にある皿以外にはもう、サンドウィッチは乗っていない。

 夫人は手を付けそうにない私に、なにも言わなかった。


 「少し3人で話したいわ」


 代わりに、静かにそう言った。

 4人は使用人に案内され、部屋を出て行く。全員静かな動きだった。嵐の前は静かだという。なにか起きないと良いが。


 「なにが聞きたいかは分かりますね?」

 「はい。その後で構いませんので、私もお聞きしたいことがあります」


 仕草は似ていないが、普段聞く動きより静かだ。それはボスと晴臣さんと同じで、今いる者で言えば鹿目さんだろうか。


 「鍵は武闘本部近くの町に住む、少年に預けられていました。そこは私が唯一、比較的普通の少女としての時間を過ごしたであろう町です。それと同時に、晴臣さんの実父が暮らす町でした」


 予想はしていても、知られたくないことだ。夫人の表情がほんの少し険しくなった。直球過ぎただろうか。


 「晴臣さんから直接聞きました。幼少期から気付いていたと思われる証言もあります。ご存知ありませんでしたか」

 「そうですか。気付いた理由は聞いていますか」

 「聞いていません」


 聞かなかったのではなく、聞けなかった。そんな気がする。迷子の子供の様な晴臣さんに、なにか言うことも出来なかった。


 「奥さんの尻に敷かれながらも、お孫さん含め5人で笑顔に暮らしていました。理由はお伝え出来ませんが、2ヶ月程前に亡くなっています」

 「絢子さんは直接彼と関わりがあったのですか」

 「はい。剣を教えていただきました」


 穏やかに返事をして、農園のボスを見る。首を横に振ったことを確認すると、私に発言を促した。

 知りたいことはもう、私からは聞けないという判断だろう。


 「晴臣さんは4年前、教養のボスに就かれましたね。以降この家を訪れたのは何度ですか」


 『ぼうけんにっき』の5日目以降。

 子供には持ち歩くことが大変そうな“なにか”を持っている描写がある。そして建物から逃げ出す際は、それを持っていない。

 “おとうさん”によって持ち込まれた物が、その建物にあると考えて良い。


 書いたのが晴臣さんでなくとも、なにか目的を持って書かれたことは間違いないだろう。そして晴臣さんの可能性が濃厚だ。

 剣は関係なくとも、なにかがある。重要な情報が“ぼく”が冒険した建物の元となった建物にあるのは、間違いないだろうと思う。


 晴臣さんのことを良く知る人物が目の前にいるのだから、晴臣さんについて聞くことは自然だ。決め付けているわけではない。


 「…帰る家ではない。そう思っていたと感じているのですか」


 そんなつもりはなかった。私に帰るという概念が存在しないだけだ。

 そう答え、話を続けることは簡単だ。だが夫人が聞きたいことはそんなことではないはずだ。私の感想でも構わないから、知りたいのだ。


 「それを想像出来る程、言葉を交わしたわけではありません。ですが、夫人に対する気持ちはある程度推察出来ます」

 「聞かせて下さい」

 「弟にばかり構うものだから、寂しい。そこから嫌ったり憎んだりという感情が、大きくは生まれていないと感じました」


 目には涙を浮かべている。形ばかりでも想う心があるのであれば、生きている間に向けられなかったのだろうか。

 技術の発展していた御伽噺の様な100年前ですら、人はいつ死ぬか分からない儚いものだったのだから。


 「教養のボスに就く以前から、半年に一度くらい帰って来ていました。来なかったのは就いたすぐ後くらいです」

 「鍵のことは、いつ誰から聞いたのですか」

 「2年前の8月、晴臣に。鍵は見れば分かるから案内するように、とだけ」


 晴臣さん自身も時計は見たことがなかったのかもしれない。

 例えば、工事に訪れた者を介して剣と手紙を受け取った。そして剣自体は教養本部で管理し、手掛かりを家に残した。

 夫人への危害を最小限に留め、目を逸らすことが出来る。


 「参考までに伺いますが、ボス…恭一さんはどれくらいの頻度で帰って来ているのですか」

 「恭一は全く。数ヶ月に一度数行の手紙が来るくらいです」


 ボスが帰らなかったのは、晴臣さんと打ち合わせをしていたから。そう考えると辻褄が合うのではないだろうか。

 晴臣さんは是忠さんから連絡がある可能性を考えた。それを知らせるために普段しない行動をすることは危険だ。

 そして、親子とはいえ家を訪れ、無駄な容疑がかかる者を増やすことも。


 しかし、これは是忠さんが姿を消して以降に家を出た場合しか成立しないな。実際はいつ頃家を出たのだろう。

 それを質問すると、5年前の3月だと返って来た。


 「ボスに就く以前にも各々どこかの組織に属していたので、外泊は多かったです。ここは少し遠いですから。前総代が余命1年半だと宣告された半年後、ボスに就くことが決まり家を出ることになったのです」


 是忠さんが姿を消して以降か。それなら仮説に不自然さはないか?だがそれだけで決め付けることは、してはいけない。

 晴臣さんが剣を隠すために『ぼうけんにっき』を書いた。全てはこの、ひとつの前提の元に成り立っている。


 「正雄さんや正雄さんのご兄弟は帰ってみえますか」

 「3人ともお母様が亡くなるまでは、晴臣より頻繁に帰って来ていました」


 正雄さんの兄弟は、兄がひとりと聞いたが。


 「お母様が亡くなってからも、真ん中の忠臣(ただおみ)くんが亡くなる5年前の10月までは3人揃って来ていました。夜も子供の頃と変わらず、この家で過ごして。仲睦まじい兄弟でした」


 亡くなっていても教えてもらわないと知らないのだが。それにしても、4年5ヶ月前か。嫌な予感がする時期だな。だが御用人ではなく亡くなっている。

 誰かが、この場合は正雄さんが濃厚か。反逆者であることに気付いたために殺された可能性はないだろうか。


 「でも今は何故だか変わってしまいました。2人とも命日近くになるとお墓参りのついでに寄るといった感じで、帰って来るという感じではありません。私と小一時間話すと、行ってしまいます」


 それでも定期的に来ているのか。是忠さんに全く関係しない者に事情を話すことは、自殺行為だ。仕方がないことだろう。全く誰も帰らないことも変だ。

 1年に一度はっきりとした名目がある日であれば、問題はないだろう。


 「余計に寂しくなりますね」


 この広い家を訪れる者が、訪ねた者の滞在時間が、減ってゆく。また訪ねて来ると思った者は二度と来ない。

 ボスは私が正体を明かした際全てが動き出す、という様なことを言っていた。しかしそれは間違いだ。私がなにもしなくとも、事は動き出したはずだ。


 「恭一に、意地を張っていないで帰って来るように言ってくれないかしら。ひとりで来たくなさそうなら、絢子さんが付いて来てあげて。それから霞城くんも」

 「霞城さんですか」

 「ええ、一度挨拶しにわざわざ来てくれたの。最初は悲しそうな顔をする少年だと思ったけれど、とても可愛らしい子ね。また会いたいわ」


 浮かべた笑顔は優しいもので、ボスと晴臣さんとは似ていない。母親とは、息子にこんな顔を向けるものなのだろう。なんとなく、そう思った。


 「霞城さんは亡くなりました」

 「…そう。残念ね。彼の気持ちには答えたの?」

 「分かりません」

 「男の子のくせに、ちゃんと伝えられなかったのね。まるで恋の相談をされているようで、嬉しくて楽しかったわ。でもきっと恋ではなかったの」


 恋はよく分からないが、違うだろう。ではなにか。そう聞かれても答えられなどしないが、決して違うのだ。

 そうであってはいけない。もしかしたら、そんな思いだけなのだろうか。


 兎も角。

 恋のことは抜きにして、夫人の言葉は一点だけ訂正すべき点がある。だが言葉が見つからなかった私は、ただ黙って首を振った。

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