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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章2部 真意の想像
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第105話 帰る場所⑤

 太陽が、空に姿を全て見せたばかりの時間。その光りを背中に受けながら揺られていた自動車を降りる。眼前には家。

 ボスと晴臣さん、正雄さん兄弟が育った家。そして正雄さんの母親と仲が悪いという、ボスと晴臣さんの母親が現在も住む家。


 少し周り道にはなるが、鍵の手掛かりがないか確認するために立ち寄ることにしたらしい。

 昼食のあと発ち、晴臣さんが異能戦場へ赴く前にボスをしていたという教養本部へ。明日の早朝に出発し、異能戦場へ向かう。


 「突然すみません」


 出迎えてくれた夫人に農園のボスがそう言って頭を下げ、軽く挨拶を交わす。その視線が私へ向けられた。

 首に付けた装飾がボスの色であることは知っているらしい。


 「ボケっとしてないで、自己紹介して」


 徽章をしている者は、農園のボス以外では私しかいない。そのため向けた視線だったのだろうか。

 軽く謝罪し、名前だけを告げる。彼が鹿目(かなめ)、彼女が(きょう)と名乗り、佐治さん、弓弦さんも続けた。


 「紅茶でもどうですか?少しお話ししましょう」


 想像以上に大きな家だ。時間がずれ込む可能性も考えられる。すぐに始めたい。呑気に紅茶を飲んでいる時間などない。


 「久しぶりにお会いして積もる話があるのですが、申し訳ございません。時間がありませんので、またの機会にお相手をお願いしてもよろしいでしょうか」

 「分かりました。楽しみにしています。昼食が出来たら呼びますので、存分に探し物をして下さい」

 「ありがとうございます」


 4人には、なにを探しているのか具体的には伝えられていない。

 建物の不自然な構造や仕掛け。形状にこだわらず、なにかを差し込む様になっている場所を探すように。そう伝えられていた。

 前者を見つけた場合は即刻報告。後者は用意してもらった建物の構造図に記すことになっている。


 「待ちなさい、南。片付けは出来るのか?出来ないだろ?人様の御宅は綺麗にして出て行くのが礼儀だ」

 「私は片付けが出来ませんか」


 鹿目さんと弓弦さんが同時に頷いた。そんなはずはないのだが、今ここで言い争うことでもない。


 「じゃあウチと一緒に行こうか」

 「分かりました」


 まず向かった先は武器庫。

 鍵だと言ったのは誤魔化しで、そのまま保管してある可能性を考えたためだ。仕掛けがあることも十分に考えられる場所。最初の方に見ておくべきだろう。


 「2人を殺したこと、なにも言わないんだね。今更だとすら」

 「人間は常に合理的な判断を下せるものではない。そう仰ったのは貿易のボスですが、農園のボスもそう仰った様なものではありませんか」


 こんなに武器があっても、誰も使わないだろう。使わなければ使えなくなってしまう。使える物がどれだけあるか分からないな。


 「情報を持っているかもしれない。なにか方法があるかもしれない。そうして先延ばしにする程、躊躇する行動だということです」


 それが結果として間違いであったとしても、考えは間違いではない。それは確かだと思う。日当たりの加減か、この辺りの銃は比較的良い状態だ。


 「角南誠を早々に殺していれば、私が暗示にかかることはなかったでしょう。ですが今知っていることは知れませんでした。そして正雄さんを殺すことは増々先延ばしにされたことでしょう。どれが正しいかは、未来も教えてくれません」


 なるほど。自分で言って、自分で納得した。ボスは楠英昭を殺した私に、こういうことが伝えたかったのか。

 そのとき知らないことを言い訳にしてでも、判断は正しかったのだと言わせてみせろと。そういうことだったのか。


 「そう。…あなたに励まされるなんてね」

 「励ましたつもりはありませんが、励みになったのであれば良かったです。お母様が違えど、兄弟ですから」

 「環境が環境だけに、そういう気持ちはあまりないけどね」


 本音なのか、強がりなのか。私にその気持ちを量ることは出来ない。


 「こちらは特に変わったところは見受けられません」

 「じゃあ次に行こうか」


 是忠さんにとってこの家は、勝手知ったる家ではないらしい。ということは、適当な場所に隠していない限り隠し場所は限られる。

 必ずあるはずの緊急時に使用する脱出口の場所が分かれば、構造から隠し部屋の場所が絞れると言う。しかし、それを聞くことは無理らしい。

 こちらは探し物の情報を提示していない。本来探させてやる義理もないのだとか。応じたのは、ボスの口添えがあったため。


 「この部屋には入らないで」


 晴臣さんが使っていたという部屋の前に、夫人は立っていた。


 「…他の部屋を探そう」

 「何故理由を問わないのですか。夫人が隠しているのかもしれません。()()()嘘と隠し事が上手いはずです」

 「失礼なことを言わないで。ウチと“武闘の”の顔に泥を塗るつもり?」


 言っていることを理解することは出来ない。だが、そう言うことは分かっていた。夫人の反応が見たくて、言わせたのだ。

 もっとも、そんなことは分かっているかもしれない。


 「この部屋には晴臣の物しかありません。二度と帰らないあの子の部屋を荒らさないでほしいだけです」


 本当に言った理由だけであれば、一文目は不要だ。そして、もっと感情的になるべきだろうと思う。

 少なくとも、なにかを察してはいるのだろう。見せる価値はあるはずだ。


 「農園のボス、鍵を下さい」


 僅かに反応した夫人を見て、渡してくれる。


 「これがあれば、入れますか」

 「どこでこれを…」

 「これがあれば、入れますか」

 「…ここには入っても意味がありません。この鍵の部屋にご案内はしますが、その前に聞かせて下さい」

 「探し物が優先です。それとも、脅しているのですか」


 頭を叩きそうな手を掴んで止めると、怒られた。理由が分からない。

 反逆者集団はもちろんだが、それ以外の団体にも常に監視されていると考えた方が良い。ここに剣があると分かれば、襲撃されるかもしれない。

 夫人が剣を守るために、時間稼ぎをするつもりかもしれない。そういったことが起きる前に回収するべきだ。


 「呑気な恭一を反面教師にしたのかしら。可愛くない子ね。見た目だけ可愛らしくしても意味がありませんよ?」

 「この服ならボスの趣味です。それより案内してもらえませんか」

 「せっかちね。こちらへどうぞ」


 美しい所作で促すと、歩き出す。農園のボスがなにか言いたそうに見て来る。どうせ文句だ。無視しよう。


 「この部屋です。部屋の中について詳しいことは聞いていません」


 立ち止まった扉にある鍵穴は、特に変わったものではない。空気の流れが不自然な箇所もなく、周囲に仕掛けがある様子もない。

 少しでも夫人に危険が及ばない様、案内する部屋だけを知らせていたのだろう。しかも特段変わったところのない部屋へ。

 この部屋にあるものは、次の場所を示す物の可能性が高い。


 「部屋におりますので、なにかあれば声をかけて下さい」

 「ありがとうございます」


 鍵を開けてくれた夫人を見送り、扉を開ける。

 長年扉を開けられてすらいなかったのだろう。埃っぽい部屋の中には、日に焼けていると想像出来る本が沢山並んでいる。書庫だ。


 ただ、私の知る書庫にある本とは随分印象が異なる。

 大きく異なる大きさの本が、まるでわざと凹凸を描くかの様に置かれている。本自体は恐らく落ち着いた色ではなく、目を引く色が多く使われている。


 「子供の頃使ってた物かな。この箱の中とか玩具だよ」


 奥の方にある箱は本ではないのだろう。そこは農園のボスに任せて、私は本を見よう。改めて見渡して、自然と一冊の本に手が伸びた。

 背表紙の幅があまりない本はあるが、背表紙がない本は見る限りない。


 「農園のボス、本も子供の頃に読む様なものが並べられていますか」

 「そうだね。絵本は見た感じ適応年齢順になってるかな。物語仕立てになった学習書は大人が読むものもあるけど、大体は子供向けだよ」


 取り出した背表紙のない本を差し出す。

 表紙には『ぼうけんにっき』とだけ書かれている。利き手ではない方の手で書かれた様な、不器用な字だ。


 「では、これは不自然ですね」


 この家は二階建てだ。しかしこの日記の冒険は1日目に1階から始まり、3日目に3階へ行っている。

 部屋の中や、窓からの風景について詳細に書かれている。根本から空想だとは思えない。七階建てのその建物に、何度かは足を踏み入れたことがあるはずだ。

 建物がどこか分かれば、いつ頃誰が書いたものか分かるかもしれない。


 一点だけ、晴臣さんが書いたと考えられる点がある。

 4日目に建物の下まで来た“おとうさん”に手を振り、6日目に迎えに来た“おとうさま”から隠れている。書き分けていることには理由があるはずだ。


 「これ、教養本部かも。人が大勢来て、名前は全員“こうじ”だって書いてあるでしょ?建物の補強工事がされたの。そのとき外壁を塗り替えたはず。いつかは覚えてないけど、晴臣くんが教養のボスになって以降なのは確か」


 3日目に書かれていることだ。農園のボスの言う通りであれば、7日目に関連することが書かれている。


 その日冒険を始めたばかりの時間に、うたた寝を始める。目を覚ますと向かいの建物の色が変わっており、怖くなった“ぼく”は建物から逃げ出してしまう。

 そうして“ぼく”の冒険は終わっている。


 「教養本部は六階建てで地下もないはずだけど、どうせ行くんだから書いてあるような部屋がないか確認しよう」


 その言葉を聞いた瞬間、私は晴臣さんの覚悟をほんの少しだけ知った。

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