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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章1部 正義の議論
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第103話 帰る場所③

 机を挟んで座る貿易のボスは、小さく唸った。


 今回分かったことは、赴いた場所や所要時間を考えれば多い。

 坊ちゃんに鍵を預けた3年前に、町へ来た頃よりも危機を感じていたこと。その鍵自体を手に入れたこと。鍵穴があの町にはないこと。

 町を襲った者たちが反逆者集団ではない可能性があること。つまり特殊な剣の存在を知って探しているのは、反逆者集団のみではない。


 そして…ボスが、東恭一が、嘘を吐いたこと。

 根回しまでして町の状況を偽った。楠巌谷との取り引きなのだろうか。それなら反逆者集団が確実に関わっていることになる。

 だが弓弦さんが言っていた様に、反逆者集団とは戦い方が違う。


 「畜産のボスは、あの町が重大な被害に遭っていると知っていましたね。それは誰から聞いたのですか」

 「武闘本部の者だ。俺が武闘組織にいた頃から幹部として所属している者個人に宛てて送り、確認した」


 貿易のボスや私は、武闘組織の幹部の名前を知らない。誰に宛てたわけではなかった。息のかかった者だったのか。


 「人の話を聞かないからこうなる」

 「…悪かった」

 「やけに素直だな」


 2人が居心地悪そうに居直った数秒後、農園のボスの咳払いが響いた。


 「どうするの?鍵穴はどこに誰が探しに行くの?そもそも本当に絢子さんが見せてもらったっていう剣に関係する鍵なの?それを見つけてどうするの?」

 「そう矢継ぎ早に質問するな」


 いや…確かにその通りだ。何故今、是忠さんが東を去った理由であろう剣について調べているのか。目の前の情報に踊らされているのでは?

 西真白が自分の意志で行動する様に仕向けられていたとしたら?自ら気付いた様に錯覚させることは簡単だ。


 「もう一度あの町に行かせて下さい。剣も鍵もないあの町には、もうなんの用もありません」

 「そうだな…?何故もう一度…まさか」


 放っておいてくれれば良いが、焼け野原にされる可能性もある。

 反逆者集団でなければ、存在や力を誇示するために行動してもおかしくはない。良くて町の中では戦闘力のある者数名の晒し首か。


 「お前は何故、そんなおぞましいことを思い付く」

 「私に“南の血”が流れているから、ではないでしょうか。流れる血はなにをしても変えられないと、あなたが仰ったのです」

 「…そうか。分かった。ここから向かうより、武闘本部に連絡して向かわせた方が早い。“畜産の”頼めるか」


 頷くと、すぐに立ち上がり部屋を出て行く。


 「西の選出は霞城さんと親しかった者。そう西真白は言っていましたが、その理由はなんだったのでしょう」

 「結果がどうなろうと、西真白は必ず生き残る。西真白がここへ来るために選出を操作したとでも言うのか」


 その可能性がないとは言い切れない。西真白によってもたらされた情報で、特殊である可能性のある剣の存在を知ることになった。

 一体いつから操作されていた。考えを打ち消す考えこそが操作かもしれない。そんなことまで考え始めたら、なにも出来なくなってしまう。


 「楠巌谷との取り引きについて、もっと詳細に聞かなくては…」

 「絢子、焦るな。先ず目的をはっきりさせる必要があった。“農園の”も同じだろうが、出来事を整理していて思った。何故剣を探しているのか、とな」


 異能に関する物だと予想される。様々な団体が探している可能性がある。そういった理由で放置しておけないことは間違いない。

 だが、最優先事項である必要は今のところない。なにより、放置しておけない理由は調べて初めて分かったことだ。


 楠巌谷が探しているから。少なくとも過去探していたから。

 だとして、それを東が探す理由があるのか。探してどうするつもりだったのか。分からない。やはり目の前の情報に踊らされているだけなのか。


 坊ちゃんや町のみなさんを、危険な状況へ追い込んだだけなのだろうか。


 「……少し落ち着こう。絢子はその町でどんな半年を過ごしたんだ?」

 「どんな…ですか」

 「ああ、剣を習って読み書きを教えたんだろ?他にはなにをしたんだ?」

 「料理や体術を教わりました。子供たちと一緒に辞書には載っていなかった遊びをして、一緒に眠りました」


 今思えばあの頃、私は不安だったんだろうと思う。得体の知れない綺麗なものがそこら中に浮いている様にしか見えなかったのだ。

 希望と優しさと幸福を知らなかった私には、そう見えていた。


 「楽しかったか?」

 「よく分かりません。ですが、とても温かい日々だったと思います」


 是忠さんが住んでいた時点で、襲われることは確定していた。しかし私が余計なことをしなければ、あれ以上の惨事にはならないはずだ。


 「きっと守れる。大丈夫だ」

 「…はい」


 部屋へ足音が近付いて、扉が叩かれる。開いた扉から現れたのは、不機嫌そうな畜産のボスだった。


 「丸くなったとは聞いていたが、これは甘くなったと言うべきだな」

 「そうか?物事には順序がある。なにも理解しないまま事実だけを聞いて、コイツがどう思うか。もしくは、なにも思えないか」

 「それが甘いと言っている」

 「これは以前からの考えだ。せめて、意味のあるものにしてやりたい」


 なんのことを言っているのか、掴めてきた。もう遅かったのだ。


 「彼らが誰になにを望むか、聞いてやることはもう出来ない。だから踏み付けてでも、それを意味あるものにする。俺たちは犬だが、彼らは民だ」

 「犬に従い踏まれる民か。それを望むと思うのか」

 「そんなものは知らん。俺の自己満足だからな。それが俺のやり方だ」


 あのとき、二度目の食事会の際、晴臣さんや北銀司から聞けなかった言葉。綺麗事の欠片もない、生者のためだけの言葉。

 ボスは選択肢があればそれを選択するだろうが、わざわざ行動はしないだろう。それを貿易のボスはやってみせた。


 「流石になんの話をしてるかは分かってるよね?」


 私は、ただ頷いた。

 口を開けば、言ってはいけないことを言ってしまいそうだ。もしボスが反逆者であることを否定していれば、そう思った自分を嫌悪しただろう。


 「自分だけを責めることはない」


 勧められるまま紅茶を飲んだ。少し苦い。


 「今後のことは3人で決める。どこへ行くにしても、お前には行ってもらうことになるだろう。決まる間くらい休んでいろ」


 声色が妙に優しい。急に瞼が重くなった。元々あまり働いていなかった頭が、さらに働かない。

 暗示だろうか。なにか、解く方法を…




                  ***




 誰かの声が聞こえる。敵襲か?


 「ああ、今回は定量の1/5だ。すぐ目覚めるだろうと医者は言っていたが、やはり医者など天気予報と同じくらい当てにならないな」

 「“貿易の”は怪我しないから知らないだろうけど、あの医者の腕は確かだよ。耐性がないんでしょ?もう少し待ったら目が覚めるよ」


 貿易のボスと、誰だ?聞いたことのある声だ。


 「ひとりの少女に」


 その知らない声を聞いた瞬間、身体が勝手に動いた。


 「絢子」


 刃物を振り上げようとしていた手が、自然と止まる。


 「だから“畜産の”は早く出て行けと言ったんだ。人の忠告を聞かなかったせいだからな」


 貿易のボスの言葉から読み取るに、鎮静剤の類で眠っていたのか。紅茶に入れられていたのだろう。


 「寝起きとはいえ、申し訳ございません」

 「聞き慣れない声が聞こえて驚いたんだろう。いきなり襲うとは想像しなかったが“貿易の”に忠告はされたからな、うん。問題ない」


 ――“畜産の”は意地っ張りだ。よく分からない屁理屈をこねて自分を納得させないと、協力出来ないことは間々ある


 確かにそうだ。貿易のボスが言っていた意味が分かった。

 難儀な性格だと思ったが、ただの不器用な人か。笑顔に殺気がある者を思えば、可愛らしい人だ。


 「ウチは良いんだ」

 「いくら仕方がない状況でも、本気で嫌っている相手には出来るだけ頼み事をしたくないものだ。暗示のときも襲わなかった」


 そうなのか。本当にそうなのだろうか。いつだったか私は“農園のボスとは話したくもない”と思ったはずだ。

 頭がぼんやりとしているせいで思い出せていないことがあるのだろうか。


 ぼんやりと考えていると、貿易のボスが私を見てニヤリと笑った。


 「ほらな、すぐに否定しない。少なくとも思っているよりは嫌われていない。そして思っているよりは嫌っていない」

 「……笑顔は苦手です」


 最初に笑顔を見るまでは、なにも思っていなかった気がする。だからもしかしたら、ただそれだけなのかもしれない。


 「え?うん、そうだろうね。それに笑顔っていうより、表情を少しでも変えたところを見たことがないけど?」

 「折角少し開いた心の扉がしっかり閉じる音がした気がする」

 「同感だ」

 「なに?ウチが悪いの?」


 2人が深く頷くが、農園のボスには全く心当たりがない様子だ。


 「ところで、今回はどれくらいの時間眠っていたのですか」


 紅茶を飲んだ正確な時間は分からない。だが天井からぶら下がる人工的な明るさが、なんの違和感もなくあったことは覚えている。

 今は窓から自然の光りが入って来ている。時間帯が違うことは明らかだ。また数日眠っていたのだろうか。


 「10時間程度だ」


 ほとんど1日眠っていたのか。


 「薬を盛って眠らされたことは、なにも言わないのか」

 「…自ら過重労働を強いていることは分かっています。しかし、なにをどう変えて良いのか分からないのです。ですので、必要なことだったのだと考えています」

 「そうか。まだ時間は取ってある。横になっていろ」


 眠る前に考えたことを遮断する様に、私は布団に包まった。

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