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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第1章 血みどろな童話の世界へ
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第10話 姫の呪縛③

 重い空気の中、私は再び口を開く。


 「楠英昭はなにをしてでも、なにをされても、南を捨てませんでした」


 これに関しては、疑問が残る。何故楠英昭は全く反抗しなかったのか。


 「自爆する気がないとも限りません。異能『赤い靴』を取り戻すためだけであれば、私を見つけた時点でそうするはずです」

 「つまり楠英昭の目的は、ボスや幹部の暗殺だと考えたのだね。そして僕がいることに気付いていた」


 頷いて見せる。

 しかしボスも霞城さんも、疑問に思っていないのだろうか。単に昨日ボスが言ってくれた通り、私が話す順序を待っていてくれているだけなのだろうか。


 「対象者が見ているものを見られる異能、『マッチ売りの少女』というものがあります。対象者が好意を寄せている者ほど、鮮明に見ることが可能です」

 「それを質問したのは聞いていた。唐突で不自然な質問だとは思ったさ」


 そう、唐突な質問だった。にも関わらず、楠英昭は正直に答えた。これも、私を分かっていたのなら少々不自然なことだ。

 異能の詳細を知っているとは思っていなかった故なのだろうか。


 「楠英昭には幼少期から思いを寄せる者がありました。恐らくその者が異能『マッチ売りの少女』を継いだのでしょう。このために継がせたのでしょう」


 かもしれない。それではいけない。私は楠英昭を殺したのだ。絶対に、そうでなくてはいけない。

 幼少より幽閉され、暴力を振るわれ、母を奪われ、それでも生まれた家を捨てなかった。そんな家のために、危険なことをする。そんな者を“多分”で殺すなど。


 これが正しくなくてはいけない。


 「であれば楠英昭を生かしておくのは危険です。捕らえられてからが本来の役割を果たすときでしょう。それに…ご存じかもしれませんが」


 一度言葉を切って考える。

 やはり言うべきではないだろうか。そこまで私が口を出すことは、おこがましいにも程があるというものだろう。しかし…


 「南は西と少々交流があります。霞城さんの事情は知りませんが、見られないに越したことはありません」

 「君が直ちに殺した理由は分かったよ。褒める気はないけれど、君なりの気遣いは受け取っておこう。しかし君も霞城くんに入れ込むね」


 言われてみれば、霞城さんに命をかける理由などない。なにが私にそうさせているのだろうか。

 出会ったときに「守らねば」と思ったからだろうか。


 「…勝手な判断をして申し訳ございません」


 私はなにを勘違いしていたのだろう。知っていたはずじゃないか。幹部ひとりの命よりも情報の方が大切だ。

 ボスも多少は悲しむだろうが、特別後悔に襲われたりなどしないだろう。


 「責めているわけではないよ。君自身が、君の判断を正しいと証明出来たら良いなとは思っているけどね」

 「私が、ですか」

 「後付けの理由で構わないから、君が正しかったと言わせてほしいな」


 この言葉を正しく理解出来ているとは思えず、なんと言って良いのか分からなかった。浮かんだ言葉は、安っぽいものだった。


 「精進します」


 それに対して返って来たのは、安っぽい笑みだった。


 「続きを聞こうか」

 「…はい。楠英昭だと気が付いたのは、手首に傷があったからです。斜めに三本の線が入っています。手に近い方の傷が少々歪んでいるので違いありません」


 よくある傷と言えなくもない。楠英昭だとするには弱い根拠だと、今では自分でも思う。

 ただ、傷が消えた。これは異能『長靴をはいた猫』の特徴だ。例え楠英昭でないとしても、殺すには十分な理由だ。

 変身の方は異能『マッチ売りの少女』との組み合わせがよく使用されていると書いてあった。ボスに言った通りの使い方をするのだろう。


 「童話『長靴をはいた猫』は回収しました。これについては以上です」

 「君は傷を見て初めて楠英昭であることに気付き、異能の正体にも気付き、異能『マッチ売りの少女』との連携を思い付き、殺すべきたと判断したのだね」


 勝手な判断を怒られている様な気がした。念押しをする様に確認したその言葉が、変なところに刺さって抜けない。


 「ふたつ、少し違うことがあります」

 「なにかな」

 「あの男と話すと、似てもいないのに楠英昭を思い出すのです。だから傷を見て、思い込んでしまったのだと思います」


 あの男が楠英昭であることを示すには、一瞬見えた傷では不確か過ぎる。


 「もうひとつは一体なにかな」


 ボスの優し気な笑顔が、歪んで見える。発言の心理を見抜かれて呼吸が苦しくなるのは初めてだ。


 例え楠英昭でなかったとしても私の判断は変わらない。

 それは誰から見ても明らかだろう。それなのにこれを言ったのは、責めてほしかったからだ。私は間違っていたのだから。


 「ボス」

 「君は叱られたこともなかったのだろう。それを求める気持ちは分からないでもないよ。けれど、私はとても不得手でね」


 なんと言えば良いのだろう。分からない。


 「まだ途中だけれど、休みなさい」

 「しかし」

 「今の君がまともに話せるとは、私には思えない。君はどう思うかな」

 「…申し訳ございません」


 壊れそうなものを優しく包む様に、優しく微笑む。

 この笑顔は歪んで見えなかった。


 「君は私が欲しい言葉をくれたのにね」

 「私が…ですか」

 「霞城くん、空いた部屋を適当に使ってくれて良い。南くんの面倒を見てやってくれないかな。頼んだよ」

 「はい、ボス」


 差し出された霞城さんの手を、私は取らなかった。


 「ボス」

 「南くん、無理をしなくて良いのだよ。明日にしよう」

 「無理をしているのはボスではありませんか。何故、今にも泣き出しそうな顔をしているのですか」


 部屋が静寂に包まれる。ボスは俯き、霞城さんは私から距離を取った。


 「君にはそう見えるのだね」


 顔を上げたボスは笑っていた。だが、今にも泣き出しそうなことは変わらない。どうしたら明るく笑ってくれるだろう。


 「…今日はもう、ボスも休みましょう。しかし今日が終わるには多くの時間があります。少し遠くへ行きませんか」

 「今日は北の街で露店が出る日なのだよ。そこへ行こうか」

 「ぜひ」


 差し出されたボスの手を取る。


 「では霞城くん、留守中のことは頼んだよ」

 「ボス」

 「君は来てはいけないよ」

 「そうではなく、着替えて行った方が良いと思います」


 互いの服を見る。ボスは普通の服ではあるが、仕事着だ。ボスを思い浮かべるなら、この服を着ているだろう。私にいたっては、隊服を着ている。

 確かに着替えた方が良い。


 「思えば君はいつも隊服を着ているね。もしや持っていないのかな」

 「はい。ここへ来たときに着ていた服も、頂いた服も、全て入らなくなってしまったので処分しました」

 「ではそれも買おうか。君はもう5隊ではないのだし、隊服は着れないからね」


 服を買う金があるのなら食糧を買いたいところだ。しかし着られないのであれば仕方がない。


 「はい」

 「そうだ、折角だからお忍び偵察ということにしようか」

 「楽しそうですね」

 「君が楽しくないのなら止めよう」


 笑ってくれた。それだけで良い。


 「いいえ、楽しいです」

 「それは良かった。では着替える間、少し待っていてくれるかな」

 「はい」


 少し浮かれた様な足取りで部屋を出て行く。可愛らしい人だ。


 「君には今、ボスがどんな風に見えているんだい」

 「申し上げた通り、楽しそうに見えます。浮かれています。ただ…この時間が有限であることを、悲しんでいます」

 「そうかい。僕には普段と変わらない、取って付けたような笑顔にしか見えないけれどね」


 笑顔がどれも同じ様に見えるということだろうか。


 「見抜いていて、それなのに分からない。そんな君には難しいことだったか」

 「分かるように言っていただけますか」


 この流れなら、見抜いているのはボスのなにかだろう。流石にそれは分かる。

 では、それに続く分かっていないこと、というのはなんだ。ひとつの文になっているということは、これもボスのなにかなのだろうか。

 分からない。私が一体、ボスのなにを知っていると言うのだろう。


 小さく首を振る霞城さんの表情は、寂し気だ。


 「僕のことはどう見えるんだい」

 「今は、寂しそうに見えます」

 「どうしてだと思うか聞かせてくれないかい」


 どうして?

 そういえば、私は今までそれを考えたことがあっただろうか。いつも、どうしたら笑ってくれるのか考えただけだ。

 何故その様な顔をしているのか、考えたことはない。


 「えっと、やはりボスに3人で…」

 「それではボスは、君の願う笑顔を見せないと思わないかい」


 そうなのか。霞城さんが言うのなら、そうなのだろう。


 「君には難しい質問だった。忘れてほしい」


 はい、分かりました。そう簡単に言えることではない。それは表情を見ればなんとなく分かる。

 この問いをすることに多少なりとも勇気の様ななにかが必要だった。それは、なんとなく分かる。


 「待たせたね。行こうか。隊服は目立つから、一先ずこれを羽織って」

 「ありがとうございます」


 私は逃げる様に、ボスの手を取って歩き出した。

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