第97話 その理由③
目を覚ました部屋の隣の扉を叩く。
「ボス、絢子です」
返事を確認して扉を開けた。
「失礼します。早急に確認したいことがあり、参りました」
「なにかな」
「私が本名を明かして以降、武闘組織の管轄内で襲われた町はありますか」
ボスは、目を伏せて小さく頷いた。
「絢子くんが異能戦場にいる間に、最初の半年間滞在した町が襲われたよ。どうして今それを――いや、他に確認したいことがなければ、すぐに戻りなさい」
「襲った者たちは、なにかを探していませんでしたか」
「そう聞いてるよ。でも捕らえた者は口を割っていない。総代含め、ボスたちはみな心当たりがないみたいだよ」
総代も知らないのか。何故その様な物を、是忠さんは私に見せたのか。
そもそもの話、是忠さんがあの町にいたことを誰か知っているのだろうか。鍛冶屋の店主曰く、突然姿を消したらしいが。
「是忠という名の方をご存知ですか」
「5年前…もうすぐ6年になるかな。突然姿を消した、剣の達人だね。私は彼が剣を振っているところを見たことがないけれど、そう聞いてるよ」
管轄である武闘組織のボスでも知らされていない。そしてボスは、東恭一は、気付いていない。もしくは知らないフリ。
だが、それならもっと早くに…いや、『眠れる森の美女』の被害者の資料を見て気付いたとすれば、おかしくはない。
「正雄さんが養子に出された時期と、沙也加さんが結婚した時期は同じですか」
「え?うぅん、そうだね。確かそうだったと思うよ。その2つのことを聞いたとき庭にはスノードロップが咲いててね。同じ年の出来事だったはずだから」
やはりそうか。5年前は恐らく、反逆者集団が出来たばかり。情報統制が上手く行っていなかったのだろう。
東凛太郎は、東晴臣と間違えられた。拷問に屈しなかったのではなく、屈することすら出来なかったのだ。
理由は不明だが、東野悠はその事実に気付いた。だが、それを楠巌谷に言ってはいない。再度貿易のボスを襲おうという際にも、明かさず止めている。
東野悠にも、なんらかの事情があったと考えるべきか。
「異能戦場の市場に店を構えた鍛冶屋をご存知ですか」
「誰に聞けば分かるのかも分からないよ」
「分かりました。ありがとうございます」
「絢子くん、危ないことをしてはいけないよ」
多くの出来事が繋がり、動き出した。ただ戦闘をしていた頃から、変わってゆく。すぐにでも全てが変わってしまう可能性もある。
「元より安息の地などありません。あなたの腕の中で私は、貴方を失う恐ろしさばかりを考えていたのですから」
「…気を付けて」
「はい」
農園のボスの居場所を聞き、その部屋の扉を叩いた。
「どうしたの?西真白が尋ねて来て、絢子さんを指名したと聞いたけど」
「話を聞く内に、気付いたことがあったので確認させていただきたいです」
ボスにした質問と同じ質問をした。
この2ヶ月で、農園組織の管轄で襲われた町はない。是忠さんへの認識と、正雄さんと沙也加さんが東を出た時期については、同じような認識だった。
「異能戦場の市場に店を構えた鍛冶屋をご存知ですか」
「ちょっと分からないかな。総代に誰が担当したか聞いて、その人に聞かないと誰も分からないかも」
「ではお願いしても良いですか。全ての鍛冶屋に護衛を付けてほしいです。あからさまにならない様お願いします」
流石に事情を聞かれるかと思ったが、農園のボスは頷いただけだった。
「急ぎなんだよね。事情は後できっちり聞かせてもらうから」
「よろしくお願いします」
礼をし、部屋を出た。貿易のボスと西真白を残して来た部屋の扉を叩くと、普段通りに思える貿易のボスの声が聞こえた。
座る様子も、特に変わらない様に思う。呼吸も落ち着いている。
「再度質問します。東恭一について、知っていることを全て教えて下さい」
「…………先に言ったことから、想像出来ると思うけど…僕が知っていることは少ない」
積極的に協力するようになる1年前までは、自身への依頼しか聞かされなかった。それは想像に容易い。
いつ裏切るとも分からない相手だ。当然とも言える。
「それでも…東恭一は確実に反逆者ではない。そう断言しても良い。…………君に関することだけ、正義が…歪んでいる。……ただ、それだけ」
「何故そう言い切れるのですか」
「…………まだ言えない、です。この状況でこんなこと言っておいて、虫の良い話だと思うけど…ここに来たのは僕の意志。それだけは…、信じてほしい」
嘘の合図はない。だが、知らない間に『マッチ売りの少女』の異能をかけられている可能性はある。
言えないというのは、ボスと同じ理由だろうか。
「覚えておきます。先程の質問への答えです。既に反逆者たちの名前は判明しています。私は本当に、それが知りたかったのです」
「…………それなら、僕が反逆者だと明かす前から……。本部に招き入れるなんて危険なことを、どうして……あ、なにから話すかでいっぱいで…」
「ああ、知らなければ初めにアイツらについて聞くだろうな。知っていたからこそ、ゆっくり話す場所が必要だと思った」
自ら訪ねて来ておいて、詳細を話さないことは難しい。ある程度の真実を話すつもりがあることは間違いない。
ある程度、か。そうだ。失念していた。
異能にはかけていられる時間に限度がある。東野悠は異能戦場にいた。もしここへ来るまでに会っていれば、反逆者集団に会ったことになる。
しかし『マッチ売りの少女』と同じ様な異能がないとも限らない。
「異能戦場から戻って以降反逆者に会っていないか確認した。自分がそうだと認識している者には会っていないらしい。それ以外は望み通り、ただここにいた」
「最初に確認するべきでした。申し訳ございません」
異能にかかっているかどうかは、かけられている方は分からない。だが、ある程度近くにいなければならないことは共通の様に思う。
南ではなく西だ。異能者がいる可能性は低いだろう。
「いや…、…それより、思った成果は得られたのか」
「はい。西真白さん、楠巌谷と話したいことがあります。どこへ向かえば会えるか分かりますか」
「…………分からない。いつも…突然訪ねて来るから」
正雄さんと角南誠に聞くか。目的地が不明なまま逃走し続けるとは思えない。そこに楠巌谷がいないとしても、なんらかの連絡手段を持った者がいるはずだ。
そうとなれば早く済ませよう。もう西真白に聞くことは…ああ、そうだ。
「そういえば、丸栖和真とはどんな約束をしたのですか」
「和真?…………してない。子供の頃にした、些細な約束とか…そういうことではない、ですよね」
「恐らく違うと思います」
「じゃあ…やっぱり、してない」
――やっぱり、お前も約束を守る気なんてなかったんだな
てっきり西真白との約束だと思っていたが、違うのか。約束などという言葉は、戦争で出会った敵に対して口にする言葉ではない。
もう少し“約束の相手”が大きいと考えると…
「西に勝つ気がなかったことは、誰でも分かることだったのですね」
「…………そう。誤魔化す気すら、なかった」
西文が言っていたのは、そういうことか。どちらが勝っても事が上手く運ぶ様に準備が出来ている。自身は、東を少々優遇するよう口添え出来る程に力を持つ。
しかしそれを邪魔に思う者が大勢いたのだろう。霞城さんに悪意を持っていないことは明らかで、選出に違和感はない。
命令とはいえ、少しも文句が出ないはずはない。どちらが勝っても良いといっても、双方殺しにかかって来ることは間違いない。
それが東が負けるまでだと聞かされていたら、どうなるだろうか。
「東の戦闘要員が参加した時点で、南の戦闘要員は6名だったはずです。殺したのは、北ですね」
「…………そう、だけど……」
「初めて戦闘から戻った際、戦闘要員の態度に違和感を覚えましたか」
「…………なんで、そんなこと知って……どういうこと」
その約束を聞かされていたのは、戦闘要員だけだった。
西真白は聞かされておらず、自身の推察で動いた。だから西真白は南と北の者を殺さない様に指示し続けた。そうする様に、仕向けたわけだ。
「全て私の憶測ですが…」
西文は長く苦しまず死んだことにした。丸栖和真とのことは異能戦場で報告した通りに言った。その上で、今の考えを語った。
「つまり“約束の相手”は西のお偉い様方ということです。彼があの場面でこぼした理由は不明ですが、疑問に思っていたことが解けてゆくのではありませんか」
「…………初めから全員殺すつもりだった…ってこと、だよね…」
西真白は小さく震えていた。
反逆者集団に加わっていなければ、勝利組織を頼ることなど思い付かなかっただろう。惨敗したことで処刑されかねない。無理もないか。
「立場を利用して誰かに殺させる。やっていることは同じだ。自分は良くて他人は駄目なのか?理解に苦しむな」
「…………そうだね。他に聞きたいことは?」
私の考えは見当違いだったか。
「今はもう結構です。見張りを呼んでもらいます。ゆっくりは出来ないと思いますが、休んで下さい」
近くに待機していた見張り役を南海人が呼び、入って来る。西真白の訪問を知らせた者ではなかったが、睨まれた。やはり嫌われているな。




