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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章1部 正義の議論
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第95話 その理由①

 ボスが口にした言葉は、回答とは言えないものだった。目からなにかが溢れ、それが頬を濡らした。


 「何故――」


 私へと伸ばされた手が、貿易のボスによって止められる。


 「泣かせたのは誰だ。俺の部下だ、触るな」

 「今は“貿易の”の部下でも良いよ。でもね、私の玩具なんだ。これだけは、いつ如何なるときでも変えられないんだよ」

 「恭一…!」


 数名の慌てた様な足音が聞こえ、掴んでいた胸ぐらを離す。足音と同じく、扉を叩く音は慌てた様なものだ。

 貿易のボスが返事をすると、扉が開く。緊張していることが伝わって来る。


 「失礼します。西真白と名乗る人物が逃走した2名を連れて来ました。南絢子さん…異能戦争へ参加した少女と以外話す気がないと言っています」

 「そうでなければ、どうすると言っている」

 「2人を逃がすと…」


 貿易のボスの手紙によって反逆者であることが知られて、逃げて来たのだろうか。それなら2人を捕まえず楠巌谷たちと合流すれば良い。

 2人を捕まえたことによって、反逆者集団からは再度寝返ったと思われるだろう。何故逃がすと言う。

 目的が分からない。


 「応接室に案内して30分後に行くと伝えてくれ」

 「ですが…」

 「もう暗示は解けている。見てみろ。念のために足枷はしているが、手枷はしていない。暗示が解けていなければ、お前たちを殺そうと暴れているだろう」


 単純に私が気に入らないのでは。

 操られていたとはいえ、多くの者を殺した。それを不問にしようとしている。そうでなくとも、急に現れた少女だ。


 「武闘のボス、貿易のボス、何故彼女に入れ込むのですか」

 「自分より立場の弱い者に当たる、名前も知らない者。己の意志で招いた部下。どちらが可愛いと思うのが当然だ?」

 「また厳しい言葉を振り撒くんだね。自分より立場の弱い者に当たる者など、相手にする価値もないよ。仕事だけこなしてくれれば良いんだ。分かるね」


 ボスは仄暗い満面の笑みを浮かべた。それを見て怯え、すぐに背を向ける。しかし貿易のボスが声をかけ、再びこちらを向いた。


 「俺の護衛である佐治に、温かいタオルとコイツの着替えを持って来るように言ってくれ」


 返事をして、今度こそ部屋を出て行った。


 「じゃあ私は行くよ。“貿易の”はいてほしくないだろうからね」

 「なんのために佐治を呼んだと思っている。今のお前をひとりには出来ない。佐治に見張らせる。来るまで待っていろ」


 壁に身体を預けて立つと、小さくため息を吐いた。


 「否定したら信じてくれたのかな」

 「今更無駄だ」

 「仮定だよ」

 「どうだろうな。だが、信じたかった」


 いつ他組織が反旗を翻したのかは知らない。だが、こうして追い込まれたのではないかと想像してしまう。

 薄ら寒い程の優しさ。それが東の弱さなのではないだろうか。


 「本当なら、そう言ってもらう資格すらないと思うよ。ありがとう」

 「気持ち悪い」


 少しすると佐治さんがやって来た。その手にはタオルが4枚と、貿易のボスと私の着替えがあった。


 「お待たせ致しました」

 「佐治、“武闘の”は楠巌谷にされた要求がまだあるらしい。おかしなことをしないか見ていてくれ。部屋は隣で良いだろ。弓弦と合流しろ」

 「はい、ボス」


 2人が出て行くと、距離を取って背中を向けて立つ。背中にあるボタンを外そうと触れると、勢い良く振り向いた。


 「なにをしようとした」

 「背中のボタンを外さなくては着替えられない構造の様子ですので、お手伝いをしようとしました」

 「これは飾りだ。それから、俺が背を向けたのはお前が着替えるからだ」


 そういうものなのか。霞城さんは着替えを手伝いたがった。断る理由もないため任せており、それが普通なのかと思っていた。


 「分かりました」


 着替えを終えて声をかけると、何故かため息を吐かれた。


 「なんのためにタオルを用意させたと思っている。血を拭け、血を」

 「肌はほとんど出ていないので、汚れていないはずです」

 「本当に世話の焼けるヤツだな」


 タオルを手に取り、顔、首、手、髪と拭いてくれる。


 「よし、これくらいで良いだろ」

 「ありがとうございます。壁を向いていますので、凛太郎さんも着替えて下さい。佐治さんが用意したということは、汚れているのですよね」

 「…そうだな。俺も着替える」


 互いに背を向け合う。部屋には、布が触れ合う音だけが妙に大きく響いた。その空気を、呼吸の音ではない息を吸う音が切り裂いた。


 「気付いているだろ。何故なにも言わない」

 「その秘密を暴くことは、必要なことではありません」

 「そうだろうか。もう、俺には分からない」


 振り向くと、そこにはやはり傷ひとつない綺麗な背中があった。近付き前に回り込み、同じく傷ひとつない綺麗な手を取る。


 「多くの者を守ってきた、ご自分を信じて下さい」

 「絢子、お前はみなにこうも優しいのか?」

 「分かりません。弓弦さんは優しいからこそ出て来る言葉があると、そう言ってくれました。でも私には分かりません」


 またため息を吐かれてしまうかと思ったが、貿易のボスはただ微笑んだだけだった。そっと手を退けると、服を着て私に視線を向ける。

 その顔は、ボスという役割を背負った者の顔だった。


 「行くぞ」

 「お待ち下さい。南海人を連れて行きましょう」

 「確かに、あの異能があれば心強い。だが聞かせて大丈夫だろうか。今回も協力的だとは限らない。それに…」


 こちらを見る視線は、心配そうなものだ。


 「私のことを気にして下さっているのであれば、問題ありません」

 「分かった。では協力を依頼しに行こう」

 「はい」


 西真白が待つ部屋の周辺には、人を寄り付かせない様にしてある。

 扉の前に立つ貿易のボスと私、そして南海人。見張りは中に4人、扉の前に2人。西真白本人と連れて来た2人。


 南海人は部屋を移動した後に扉の前で話を聞いて、嘘があれば合図を送る。そして必要に応じて部屋に入るという手筈だ。

 しかしこの部屋でどの様な会話がされるか分からない。それも聞くため、今も部屋の前にいる。


 扉を開けると、西真白はゆっくりとした仕草で紅茶に口を付けようとしていた。机の上には2冊の本が置かれている。

 2人は手足を拘束され、猿ぐつわを咥えさせられていた。


 私たちが入って来たことを気にする様子もなく、紅茶を飲み進める。


 「こんにちは、お待たせしました」


 飲み干してからコップを置き、私に視線を向けると小さくお辞儀をした。どの動作も不自然な程ゆっくりだ。


 「…………こんにちは。…………お土産…です」


 霞城さんへの態度とは随分違うな。疑っていたわけではないが、極度の人見知りというのはどうやら本当らしい。


 「部屋を移動しましょう。2人に聞かせるわけにはいきません」


 小さく頷くと、机の上の本を差し出して来る。題名は『赤い靴』と『眠れる森の美女』。私と正雄さんの異能の本だ。


 「あなたの期待に応えられるかは分かりません。それは持っているべきです」

 「…………脅すことは、したくない…です。断るような人は、尚更。…………恩を売られたとも、思わないでほしい…です」

 「分かりました。ありがとうございます」


 受け取り、部屋を移動する。座ると促されることもなく語り出した。要約すると、こうなる。


 自分が異能戦場に入る前、私はまだ5隊に属する者のひとりであった。それが銅の徽章を持って異能戦争に参加している。正体を明かしたに違いないと思った。

 幽閉されていると教えられた霞城さんを助けるため、反逆者となった。だが金の徽章を与えられ異能戦場に現れた。このとき楠巌谷に騙されていることに気付く。


 どこかの組織が大陸の支配権を得るとはいえ、組織間のいざこざが残る。反逆者でいる理由がない今、霞城さんを虐げた西にしがみ付く理由もない。

 どちらかでいる必要がないのなら、異能戦争の勝利組織を頼ろうと決めた。

 相手に協力していることを知らせることが出来れば、より事は上手く運ぶだろう。余所者である霞城さんを受け入れ、金の徽章まで与えた東にしよう。


 不自由なく育ててもらった恩があるので、異能戦場での出来事を報告はした。その後すぐに出発。向かう途中で2人に出会ったため、土産に捕らえた。

 猿ぐつわには異能を封じる役割がある。2人はそれを知らないと知っていたため、鳥の声に似せた合図に使う笛を試しに吹いてほしい。そう言って咥えさせた。


 「あいつは馬鹿なのか?」

 「…………それより…………どうして東の方は反逆者だって気付いたの…ですか。バレて、逃げて、追手を撒いたと思う、としか聞いてない…です」

 「それを言う必要はない」


 小さく頷くと、一度窓に視線を向けてから私を見る。


 「…………僕が自ら語るべきことは、もうないと思う…です」

 「なにを質問するかで、どこまで知っているか知るためか?」

 「彼女がひとりで来られないのは立場や事の重大さから理解出来る。だからなにも言わなかったが、その偉そうな態度を言及しないわけにはいかないな」


 異能戦場で名乗ったときと同じ口調だ。これが外の顔というわけか。


 「そうか、出しゃばったな。話の運びによってはまた出しゃばるだろうが、一先ず黙って聞こう。だが、その前にひとつ確認させてくれ」


 寂しそうに笑った西真白は、いつか見た霞城さんのそれとよく似ていた。

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