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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章1部 正義の議論
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第94話 手遅れ⑤

 貿易のボスは私の目をしっかりと見て、ひとつ息を吐いた。


 この貿易のボスは本当に貿易のボスなのだろうか。思えば、さっきの佐治さんもそうだ。なにを根拠にすれば良いのか分からない。

 私は、誰のことも、なにも知らない。


 「俺が本物かと疑っているのか?」

 「…はい」


 不愉快に思うだろうか。だが、他にどうすれば良いのだろう。


 「隣の部屋に弓弦がいることは気付いているな?」

 「はい、気付いています」

 「それなら暗示は解けている」


 どういう意味だ?弓弦さんは元々襲わなかったはず。その弓弦さんに気付いたとして、証明になるのか?

 考えられることはひとつ。私は弓弦さんにも襲いかかったのだ。


 「角南誠と思わしき人物は“あの護衛たちは襲わない”と言いました。複数形なので佐治さんと弓弦さんだと考えたのですが、私は誰を襲わなかったのですか」

 「“武闘の”曰く5-E以外で同時期、5隊に所属していた者だそうだ。最も長期の者でも3年足らずで本部まで来た強者(つわもの)だ、覚えていたんだろう」


 5-Eか。懐かしいな。はっきり言ってしまえば、あの隊は嫌いだった。


 「俺と“武闘の”と佐治。それから西間スミレの6名。損害は確認中だ」


 あの口ぶりからして、無差別に襲うように異能をかけたのだろう。それで何故、その6人なのか。

 スミレさんが入っていて、弓弦さんが入っていない理由はなんだ。


 「言うことはないのか?」

 「申し訳ございません」

 「そうだな。だが、角南誠の管理が出来ていなかった俺の責任でもある。辛い思いをさせたな」


 これは…なんという心持ちなのだろう。辞書を引かなければ。忘れてしまわない内にはっきりと、その言葉を知らなければ。


 「質問は色々あるだろうが、先ずは聞いてくれ」

 「…はい」

 「“経済の”と角南誠が異能の本2冊を持って逃走した」


 2冊…まさか。迂闊だった。『眠れる森の美女』は預けて動くべきだった。


 「破棄されることはないと考えて良いはずだ。罠だろうが、出発の準備を進めてはいる。2人を追った者から報告が入り次第改めて考える」

 「分かりました。申し訳ございません」

 「…俺の部屋でなにがあった」


 他のことも報告しておくべきだろう。前後の出来事もそのまま伝えると、大きくため息を吐かれた。


 「佐治はとっくに気付いていると思ったが、話す様子から見て気付いていない。何故気付いた」

 「私には、気付かない方が不思議です。総代やご兄弟はご存知なのですか」


 俯いて小さく首を振る。

 誰も知らないのか。何故。軽く口に出来ることではないだろう。だが、何故誰も気付かない。ましてや、正雄さんは……正雄さんは仕方がないか。


 「今“経済の”が気付かないことを仕方がないと思っただろ」

 「はい」

 「少しずつ分かるようになってきたな」

 「十分です」


 誰もやらないからと、あんな役を引き受ける。それにも関わらず、特別隠してもいないであろう秘密を誰にも気付いてもらえない。

 可哀想な人。


 「不安はないのか。他人に命を握られているんだぞ」

 「凛太郎さんの仰る通り、破棄されることはありません。置いて行ったことも含めて交渉に使うには少々弱いですが、こちらには『長靴をはいた猫』があります」


 使用者がいない異能の本も複数ある。

 新さんの機転と、新さんが異能『アラジンと魔法のランプ』を持ったおかげでもあるが、5人であれだけの数を相手にした。

 楠巌谷を始め異能者が戦闘に出て来る可能性はある。すると少々の苦戦は強いられるだろうが、勝機はある。


 「ところで何故、触れられても気付かない程私は眠っていたのですか。先程仰った暗示が関係しているのでしょうか」

 「…会話が噛み合っていないことに気付かなかった」


 私はまだ気付いていない。


 「深く眠っていたのは、鎮静剤を打ったからだ。暗示と言ったのは、角南誠が行ったことを指している」

 「佐治さんが刺した針に塗られていたのですね」

 「…ああ、概ね合っている」


 その間はなんだ。気にはなるが、あまり突っ込んで質問しても話が進んでいかない。合っているなら良いか。


 「不思議だと思わないか。東の者と同等に戦える者は他組織にいる。東の者全員の水準が高いわけではない。他組織と違って、得意分野があるわけでもない。にも関わらず、何故東は存続し続けていたのか」


 過去形か。休戦協定の前のことを指しているのだろう。何故、休戦協定まで持ち堪えることが出来たのか。

 異能の本を手に入れようとしなかったことも関係しているのだろうか。


 「申し訳ございません、分かりかねます」

 「そうか。やはり、そういったことが書かれた本は読まされていないか」


 辛うじて聞こえる、小さな声だった。もう少しは大きな声で発言してもらえないと聞こえないのだが。


 「大陸を元々支配していたのは、東らしい。機械を改めて開発した北、人心掌握を極めた南、そして成金の西。世界が貧しければ、金はなんの意味も持たない。だが2つの組織が力を強めたことによって世界は豊かになり、結果西の力を強めた」


 なるほど、賭博は金を持つ者しか出来ないものだ。それで賭場の西か。南と北に比べて力を発揮する場が限定的だと思ったら、そういうことか。

 しかし東はよく分からないな。反逆によって領土を奪われているにも関わらず、何故余裕ぶっているのか。


 「異能の存在が知られていない当時、それは高度な人心掌握とされていた。それでも奇妙なことが起こるため、悪魔の力を借りている。呪いだ、と他組織の者は考えたわけだ。異能の存在が分かった今でも、分からないことはある」


 そもそも異能の本はどうやって、その力を宿しているのか。全て人心掌握だというのなら、まだ物事は簡単に進むのだろう。


 いつどこで誰が開くか分からない、本という形態を取っている。にも関わらず、異能が使えるようになっている。

 相手が異能を知らなくとも、異能を発動出来る。

 使用者がある異能の本の文字が、使用者にしか読めない。


 人心掌握という可能性はないだろう。


 角南誠が2人1役でない場合、かなり高度な人心掌握が使えることになる。最早、人心掌握とは言えない。しかし南の中でどの程度であるのかは不明だ。

 ほとんど思ったままに動かされた様なもの。あれで高度でないと言われたら、打つ手はあるのか?

 だがこれから戦闘するのは南ではない。


 「理解していそうだな。だが、確認させてもらおうか」


 今考えたことを、そのまま口にした。聞き終えた貿易のボスはそっと微笑むと、足を組んだ。心理学の本で読んだ、相手を拒絶する際の仕草だ。

 なにか変なことを言っただろうか。なにか言うべきだろうか。


 「廊下が騒がしいな。“武闘の”が来たか」


 部屋の扉を開け声をかけると、元の椅子に腰掛ける。足は組んでいない。ボスが来るからだろうか。


 「絢子くん」

 「ボス、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 「いいや、絢子くんが無事なら良いんだよ」


 操られていたとしても、意識を取り戻すまでのことが完全に分からないとしても、その一言で片付けるのは無理がある。


 「必要だと強く言ったけど、実は私も戦闘力がある者への力の制御は上手くなくてね。“貿易の”に任せてしまったんだ」

 「理解しております。ボス、ひとつお聞きしたいことがあります」

 「改まってどうしたのかな。ああそうか、足枷ならもう少し落ち着くまで我慢してくれるかな」


 とぼけるということは、聞いてほしくないのか。それとも、そう思わせるためか。どちら側の理由だ。


 「本部に『眠れる森の美女』の襲撃があった日のことです。ボスは2名本部にこっそり招いたと仰いました」

 「うん、言ったね」

 「角南誠だけを侵入させることが出来れば、簡単なはずです。2名と聞いて最初は、恐らく楠巌谷に殺されたのであろう2人だと思っていました」


 この考え自体が間違いであってほしい。勘違いであってほしい。だがそれは恐らく、叶わぬ願いというやつだ。


 「では、角南誠はいつ本部へ侵入したのでしょう」


 ボスと楠巌谷の要求は、最初の時点でおかしな点が3つがある。

 私が持ち出した物や、私の本名を言わなかった。正体をいつ明かすか分からないにも関わらず、それを転機としている。最長期間が設けられてすらいない。


 「他に楠巌谷からの要求があるのではありませんか」


 それならまだ良い。だが…


 「あるよ。でも未来のことを知られてはいけない。これも要求のひとつなんだ」

 「言い逃れとも解釈出来るほど、都合の良い要求だな」

 「そう言われるのも仕方がないね」


 ボスはただ笑っただけだった。

 私が言いたいことが分からないはずもない。貿易のボスが気付いたことも察しているはずだ。何故そうとしか言ってくれない。


 「今回のことも不自然です。金の捨て駒を救出するために起こしたとは思えません。なにかを誤魔化す、遅らせるためではないのですか」

 「つまり絢子くんはこう言いたいんだね」


 一拍置いてから動いた、唇の動きが妙にゆっくりに見える。


 「東恭一は、反逆者なのではないか」

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