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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第1章 血みどろな童話の世界へ
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第9話 姫の呪縛②

 ボスは椅子に深く腰を掛け、深くため息を吐いた。隊の者への手前霞城さんはああ言ったが、実際は私が事情を話さなくてはいけない。


 「南の息がかかった者を発見しました。2年以上異能を使っていなかったので、使ってみることにしたのです」

 「隊長が死んだことに驚いていたと聞いたけれど、隊長は違うんだね」

 「はい」


 ここへ来る道中、本当に私が知らないことがあるのか考えた。それは恐ろしいことだったが、そうしなくてはいけないと思ったのだ。

 結果、思い浮かんだことがある。


 私にはひとつ、見えていても知らないことがある。


 「もうひとつ、ボスに隠していたことがあります」

 「なにかな」

 「袖の近くに、赤色は使われていますか」


 一瞬、時間が止まったような気になった。


 「使われているよ。袖口に太い線があるだろう。それが赤色だよ」


 ボスの笑顔は、優し気だった。


 「幹部だろうと、多くの者に異能の詳細を知られるのは得策ではありません。だから昨日は詳細を聞かず解散させたのだと思っています」

 「そうだよ。今日聞こうと思っていた」


 話が飛んだ様に思えても、穏やかな笑みで私の言葉に応えてくれる。


 「私の異能『赤い靴』は赤いものに触れた者に予め決めた動きをさせることが出来ます」


 この異能に必要で、一般的に持っているものを、私は持っていない。


 「姉が赤だと自慢していた服を千切って持って来ました」


 赤は私に似合わない派手な色だと、姉以外の南の者も言っていた。だから戦闘に行く際の服に赤が使われているなど、思いもしなかった。


 「その布を手首に潜ませています。それに触れさせて異能を発動させたのです。隊長が同じ行動をした理由は…」

 「ブランク、というやつかい」


 言い淀む私に霞城さんから助け船が出される。確か長期間使用していなかった弊害、だったか。


 「その可能性もあります。しかし私が知らないことがないとも限りません」


 正直に言えば、私のせいであってほしくないためにこんな言い訳をしているに過ぎない。異能とは得た瞬間、呼吸をする様に自然と使えるものだ。

 だから私は恐ろしかったのだ。


 私は自らの意志で隊長を殺した。にも関わらず、“なにか”に責任を押し付けようとしている。

 私が恐ろしかったのは、私自身だ。


 「その布を見せてくれないかな」


 差し出すと困った様な顔をする。どうやら赤色ではないらしい。

 やはり、そういうことだったのだ。


 仮にこの布が赤であったなら、袖に赤が使われていようとも布に触れさせた者のみが異能に操られるはずだ。

 2人とも袖にある赤に触れたために異能によって操られたということになる。

 私の不注意が原因というわけだ。


 南の異能者は仕方がないが、隊長には申し訳ないことをした。次からは気を付けよう。と言っても、なにをどうすれば良いものか。

 それは後で考えて、今は目の前のことだ。


 そう、私がいかに愚かな者であるか。それすらも、後で良いのだ。


 「では次に、南の息がかかった者を発見出来た理由をお話しします」

 「南くん」


 ボスの表情は、どこか寂しそうだ。


 「君はこの色が何色なのか、何故赤だと勘違いしたのか、知りたくないのかな」

 「色というものを見たことがないので、例えるものがないのです」

 「確かに、全く分からないことに興味を持つ時間はもったいない。それ以外の言葉はきっと見つからないだろう」


 そう、ずっとそう思って生きてきた。

 それにこの世界には元から色なんて大してないはずだ。ずっと、ずっと、ずっと、一色の荒廃した景色が広がっている。


 「しかし君は、ボスが嘘を吐いている可能性は考えたのかい」


 嘘?一体……ああ、そういうことか。


 「私に異能を使わせないよう、赤い布を取り上げ赤以外の布を与える。そういうことですか」

 「ああ、そうさ。もちろんあの布の色は赤とは言えない色だ。しかし相手が如何なる人物でも、様々な可能性を考えるべきだと思うのだよ。僕の言っていることは間違っているかい」


 言っていることは分かる。しかし今回は赤でないことは、見せる前から本当は明白だったのだ。ただ私が認めたくなかっただけだ。


 そうでなくとも、生まれつき…それが嘘だとしよう。しかし物心ついた頃から色が見えないことは事実だ。

 そんな私がなにを問うたところで、その色が分かることはない。


 明暗…これは白と黒と呼ぶらしい。それと、その中間だと教えられた灰色以外がない私の世界。

 この世界にどんな色がどれほどあったとしても、私には関係のないことだ。


 「いいえ、思いません。しかし分からない以上、信じるしかないのです。全く分からないことを疑っていては、息も出来ません」

 「…果物の蜜柑と林檎自体は分かるね」


 色の説明をしようとしているのだろうか。分からないと言っているのに。


 「はい」


 そうは思いつつも質問には正確に答えてしまう。それは私は南の者から本当の意味で逃れられていない故なのだろう。

 私はただ正直なわけではないのだ。

 そうでなくては、南では生きていられない環境に身を置かれていただけ。癖が直らないだけだ。

 上手く誤魔化す方法はあったのだろうが、幼い私には分からなかった。


 「蜜柑と同じような色が橙。赤は林檎」


 果物は高級だ。霞城さんは西の性を名乗ったが、目に出来るほど上の者だったということだろうか。それなら、何故追い出されたのだろう。

 希望も、優しさも、幸福も知っている霞城さんが、何故。


 「布はそれを混ぜたような色で、橙が強い。とても赤とは言えない色だ」


 一応赤は含まれているということか。散々自慢していたのは、私が異能を得る以前からだ。私の異能が関係しているとは考えにくい。

 単に装飾が似ている服と間違えたのかもしれないが、特別に置いてある場所まで把握していた。これも考えにくい。となると…


 「姉は私以外の者がいる前では、その服を赤だとは言いませんでした。赤というのは高級な色なのですか」

 「高級とまではいかないけれど、少々値が張る色ではあるね。女性が憧れを持つ色でもあるみたいだよ」

 「つまりこの様な心理だというでしょうか。その赤が含まれている服を色が分からない私に赤だと自慢することで、心を多少満たしていた」

 「あくまで推測に過ぎないさ。なんらかの理由があって、誰かに言われてやっていた可能性だって十分にあるんじゃないかい」


 それはどちらでも構わない。むしろ前者の方が良い。幼い頃から歳の変わらない姉にまで、そんなことに使われていたのか。そう思えた方が良い。

 知らない方が幸せだということもあるだろうが、西との戦いを終えれば南と戦うのだろう。恨むべき要素はあった方が、心が軽くなるというものだ。


 そんな、どうしよもない理由だ。


 元からそんなことで恨むような性格はしていないが、要は言い訳だ。多少虐げられながらも、育ててくれた恩義がある。良くしてくれた使用人もいる。

 だが、私は殺すのだ。壊すのだ。言い訳くらい用意させてほしい。


 「次へ行こうか」


 いつの間にか俯いていた顔を上げると、ボスは優しく微笑んでいた。この浅ましい心を見抜かれていることに、最早なんとも思わない。


 「まずは能力保持者についてお話しします。楠英昭といって、南の右腕である家系の者です。そちらの内情までは詳しく分かりませんが、あの男も虐げられており幼い頃は使用人と3人で遊んだのです」


 殺すという短絡的な考えに至ったのは、これが原因でもある。


 死んで異能が本へ戻り、姿も当人のものに戻った。元の姿をしばらく見ていない私がはっきりと認識したのだ。相手も気付いていたに違いない。


 「異能は『長靴をはいた猫』。変身することが出来る異能です。しかし強い影響力のある異能ではなく、触れられている箇所は異能が発動しません」

 「童話で変身はオーガ、敵役が使うものだね」


 なるほど。“使用者の性格が大きく影響する可能性”と記されていたのは、そういうことか。


 「異能『長靴をはいた猫』には2種類の異能があります」


 もう片方が主人公が元になった異能なのだろう。

 故人を悪く言う様な気がして少々気が引けるが、確かに楠英昭は主人公という柄ではない。


 「使用者によって異なりますが、どの様な仕組みかは分かっていないようです」


 話は少々逸れるが、こちらから話した方が良いだろう。


 「もう片方の能力は、嘘を本当にします。しかしこちらも制約があり、必ず嘘でなくてはいけません。その判定がどの様にされているかも不明のようです」

 「聞く限りでは強くなさそうな異能だね。君の異能で捕まえて聞き出せることがないか確かめてからでも良かったのではないかな」

 「楠英昭は虐げられていた、と言いました。では何故、潜入などという危険な役割をしていたのでしょう。しかも使えるのはボスがおっしゃった通り、強いとは思えない異能です」


 だから殺すしかなかった。強い異能を持っているのなら、聞けることがあると判断したかもしれない。


 「仮に、異能は考えないこととしましょう。しかし復讐心から裏切ることを考えて、ある程度は忠誠心のある者に任せるべきです」


 ボスがどちらを優先するかは、そのときにならなければ分からない。しかし後悔してからでは遅い。その場で判断出来る者が判断するしかないのだ。

 それが今回、私だっただけのこと。


 ボスはゆっくりと頷いて、話の続きを促した。

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