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9.すで娘い醜でか愚、ンイラルアは私

家に戻るなりダユトは私を抱きしめた。

彼を見るとまるで痛めつけられたかのように顔中を歪ませ目には涙が溜まっていた。


「やっぱり君は僕の側から離れていくんだね」


「やっぱりって……」


そんな風に思ってたの?


「オーヴェルがここに戻ってきた時からそんな気がしてたんだ。彼がアルラを連れて行ってしまうって。

オーヴェルは才能があるし色んな人に愛されてきた。彼が君を選んだら、当然こうなると思ったんだ」


オーヴェルが私を選んでどこかに連れて行く……? そんなことあるはずがない。

というか、この言い方じゃまるで私とオーヴェルが恋人同士のようではないか。


「オーヴェルが私を選ぶはずないでしょう?」


彼は何もできない私のことを放っておけないだけだ。それは決して愛ではない、一欠片の情である。

そもそもオーヴェルにはヨニナという想い人がいる。

ダユトの考えは全くもって見当はずれだ。


「アルラは綺麗だ。オーヴェルだって気付いてる」


ダユトの喉から苦しげに吐き出された言葉に私は息を飲んだ。まさか彼がこの期に及んでそんなこと言うとは思わなかった。

私が綺麗だと嘘を言ってなんになるのだろう。

そっと彼から体を離す。お面を外して彼を見上げた。


「ダユト……私は綺麗じゃないの」


一言一言、はっきりと伝わるようにそう言う。

ちゃんと私はわかっているから……そう言う意味を込めて。


「そんなことない」


「そんなことあるよ。こんなに顔が歪んで、凸凹してる人いないもの」


ダユトは傷ついたように顔を背けた。

綺麗だと言えば私が喜ぶと思ったのだろう。

いや、もしかしたら彼はそうやって自分自身も言い聞かせているのかもしれない。だからオーヴェルが私を綺麗だと思うなどと考えるのだ。

私が求めているのはそんなことではないのに。


「私ダユトが受け入れてくれるならどんな顔でも気にならない……」


「……アルラ……」


「お願い、嘘でもいいからこの顔を好きって言って……」


綺麗と言われたいんじゃない。

ダユトに好きと言われたい。そう言ってくれるならお面を外して村中駆け回れる。他の人がなんて言おうと気にならない。

彼の唇が薄く開く。喉仏が上下する。

けれどダユトは好きとは言わなかった。

当然だ。彼は私のことを好きと言っても私の顔を好きと言ったことは、今まで一度だって無かった。


「ごめん、ね。無理なこと言った……」


私のおぞましい顔を好きと言わせようとするなんて申し訳ないことをした。

ダユトの胸を押して私は距離を取る。


こうなるとわかっていたけれど、それでも私は私の顔をダユトが受け入れてくれるのではないかと願っていた。

だけどそんなこと願うことが間違っていたのだ。

目の前がジワリと滲む。

私が美しければ、両親は私を捨てなかったしオーヴェルたち近所の子と仲良く遊べていたし村の人から少なくとも無視はされなかった。ハヨッドにも一言何か言ってやれたかもしれない。ヨニナへ劣等感を抱えることなどなく、むしろ私も彼女と同じように立派に働く女性になれていたかもしれない。

ダユトはオーヴェルを街に追いやることなく、私と並んで川沿いを散歩したり買い物に行ったり、好きと言ってくれたり。

……こんなこと考えても仕方がないのに考えるのをやめられない。だから私は愚かで醜い。


「待って、違う。アルラ……!」


ダユトの制止を振り切り二階へと駆け上がる。寝室に行こうとしたが、鍵が掛けられるのはダユトの部屋だと気付きそちらに駆け込んだ。

ドタドタと廊下を走る彼の足音が聞こえてくる。間一髪私は部屋の鍵を掛けズルズルとその場に座り込んだ。


「アルラ!? お願い、話をさせて……」


泣きそうなダユトの声に胸が締め付けられる。

心は自由だ。どう思おうと言葉に出さなければ罪には問われない。

……私は彼の心の自由を奪おうとしていたのだ。本当にひどいことをしてしまった。


しばらくダユトは部屋をノックし呼びかけ続けていたが私が無視を決め込むと静かになった。諦めたのだろう。


ひどく疲れてしまったが今後のことを考えなくては。

今日は朝から気が休まらなかった。けれどこうなったのは私のせいだ。

私がオーヴェルに字を教えてと頼んだのが良くなかったのだろう……。

ダユトの嫌いなオーヴェルと私が仲良くするのが、彼はどうしても我慢ならないのだ。


今日あったことを反芻する……オーヴェルは私に多くの文字を教えてくれた。文章もなんとか読めるようになってきている。

散々物を知らないと言われているのでまだ不安はあるが、このまま外で働き始めてしまおう。

そうすればダユトも私という重荷から解放される。

例え離れていても私たちが家族であることは変わらない。


ダユトの部屋の隅のテーブルに私は腰掛ける。ここで彼はたくさんの医療の勉強をしているのだろう。

積まれたノートを少しだけ開くが私がまだ読めない字ばかりだ。

字は読めないが図を見るに怪我を綺麗にする技術について勉強しているようだとわかる。

そんな技術があることすら私は知らなかった。

そして彼が普段何を学んでいるかも。


ふと、引き出しの上に手鏡があることに気がつく。ダユトはこれで身支度を整えているのだろう。


鏡を見ろ……。

オーヴェルはそう言っていた。私は手鏡の持ち手を掴む。

彼はダユトに気づかれないようわざわざ私を抱きしめてそう伝えた。

何か意味がある……?


私は鏡を見た。


*


額から瞼にかけて直線が引かれている。その線にグニャグニャとした線が絡み付いている。

私はこれを見たことがある。

いや、最近まで覚えていたではないか。


ガチャガチャと扉の鍵が鳴る。多分ダユトがピンで鍵を開けているのだろう。

けれど私はまるで気にならなかった。

鏡に映る自分の顔が信じられなかったから。

部屋になだれ込むように入ってきたダユトを見上げる。彼は手鏡を握る私を見て絶望したように目を閉じた。


「ダユト……私の顔は、何? これ……っ」


私はアルライン


「こんなっ、なんなのこれ……なんでこんなこと」


愚かで醜い娘です


「私の顔になんでこんな言葉が書いてあるの!?」


線は、文字を知った途端意味を持ち始めた。

顔をまるでスケッチブックのように使って歪んだ文字が描かれている。


『私はアルライン、愚かで醜い娘です』


足元から崩れていく感覚がした。手鏡が床に落ちるがそれも遠いことのように感じる。

体を宙空に投げられたように不安定になる。

落下していく。私が信じていた日常は崩壊した。

獣の唸り声のような音が聞こえてくる。それは私の喉から発せられている音だった。


「アルラ……!!」


ダユトが蹲る私を抱きしめる。


「なんなのこれ……! わたしっこれ、ずっとこんな文字が書いてあったの?

どうしてこんなのが書いてあるの!?」


「ごめんね……ごめん。守ってあげられなくてごめんね……」


歯の隙間からヒューヒューと息をする音が漏れる。

これは酷い悪夢なんじゃないかと思う。けれどダユトの抱きしめる力が息苦しくなるほど強くて、痛くて、現実だと思い知らされる。


私の顔が醜いんじゃなかった。醜いのは書かれていた文字だった。

それが分かると全てのことが理解できていく。

なぜダユトがあれだけ私にお面を外させなかったのか。文字を覚えさせなかったのか。

この顔に書かれた文字を隠すためだったのだ。

私が真実を知らなくて済むように……。


けれどオーヴェルはそんなことは隠し通せないと思っていたのだろう。だから逆に、私に文字を教えた。

鏡越しだろうとちゃんと文字を読めるよう鏡文字まで教えた。


幼い頃から一番オーヴェルは頭が良くて、文字を覚えたのも早かったと聞く。

私の素顔を見たあの日彼は意地悪で愚かで醜いと言ったんじゃなかった。

—子供は見たものを言っちゃうんだよ

そう。彼は言っていたではないか。私に書かれていた文字をオーヴェルはそのまま言ったのだ。

「愚かで醜い」……。彼が私の名前を知っていたのは、私の顔にこれだけはっきりと書かれていたからだ。

オーヴェルは私のことを嫌ったり見下したりして言い放ったのではなかった。

そしてダユトは真実を見たオーヴェルが他の人に私の顔に書かれた文字を言わないように街に行かせた。


「……誰がこんなこと私にしたの……?」


ダユトは首を振って答えない。

そんな彼の腕を握って「誰!?」と叫んだ。

涙を零しながら口を噤む彼に私は短く息を吐いた。

もしこれが、例えばハヨッドならダユトは教えてくれる。私にこんなことをした危険な人だから近づくなと言うだろう。他の人も同様だ。

けれど教えないということはダユトや私にとってそれは善き人だから?

そんな人はダユトのお母さんくらいなものだ。


「お母さん……?」


パッとダユトが顔を上げた。信じられない。お母さんがそんなことをするだろうか?

あんな良い人が?


「わかるの?」


「わかんないよ!! でも、他に当てはまる人いないもん……。

あんな優しかったのにどうして……」


ダユトの顔が強張る。「あ……」と呟いて口元を押さえている。

自分の失敗に気付いた。私も気付く。お母さんはダユトのお母さんじゃない。


「私の、お母さん……」


これは会ったことのない私の母親がやったことなのだ。


「……なんで……こんなことしたの……」


「君のお母さんは……。

……わからない。どうしてこんなひどいことしたんだろう……」


ダユトが首を振った。涙に濡れた目は何かを探すように虚空を見つめている。


「でも……いつか絶対にアルラのことを受け入れてくれると……。信じて、だから」


「そんなことあるはずないじゃない!

私の顔にこんなこと書いて、私を捨てたんだから!!」


「捨ててないよ……。言ったでしょう、事情があったって……」


ダユトの声からは生気が抜け落ちていた。


「嘘ついてごめんね。

ずっと一緒にいたんだ」


何を言ってるんだろう?

ずっと一緒に? そんなはずない。

私はダユトと……。


ダユトが私の腕を掴んだ。


「行こう」


私はダユトとヴィホネルさんとずっと暮らしていた。


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