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1.///////////////

私はアルライン。私は醜い娘。それも、見た人の顔が真っ青になるほどの……。

子供の時に言われて以来それは承知している。

けれど私は美しくなりたい。

違う、美しくなりたいのではない。みんなと同じような生活がしたい。

朝、近所の人たちに挨拶を交わして買い物に行ったり、小川のせせらぎを聞きながら誰かとお喋りして散歩したり……。

そんなことできないってわかっている。

私は醜いから。


そっとお面に触れる。私の醜さにみんなが驚かないようにいつもこうやって可愛いニコニコ顔の描いてある面を付けて生活している。

これはダユトとの約束だ。


「アルラ? おはよう。早いね」


ダユトが穏やかな瞳を細めながら私に挨拶をする。

日はまだ昇りきっていないが今日も医者先生のところにお手伝いに行くのだろう。

窓の外から見える高い丘の上の教会で彼は働いているのだ。

あそこからだと村中どこだろうと見渡せる。この家も。


彼はあくびを噛み殺しながら黒くふわふわした髪を手櫛でさっさと整えていた。


「おはよう。

鳥の声がしたからパンくずをあげてたの」


「そう。アルラは優しいね。

でもヴィホネルさんの部屋に近付けちゃダメだよ。あの人鳥嫌いだから」


「うん」


良い子、とダユトが私の頭を撫でる。彼は声も温度も全てが優しい。一緒にいると穏やかな気持ちになれた。


「髪の毛結んであげる。おいで」


ダユトに背中を押されて私は洗面所に向かう。

もう19だし、本当は髪の毛は自分で結べる。けれどダユトに甘えられる機会を逃したくなくて未だに彼にお願いしていた。

25になるダユトから私は子供に見えるらしい。だから甘えても何も思わないようで大きな手で頭を撫でてくる。


彼は棚の横にある椅子を引いて私を座らせてくれた。


「アルラの髪は綺麗だ。ずっと見ていたくなる」


優しい言葉は時に残酷だ。

ダユトはいつも「綺麗、綺麗」と言って髪を梳かしてくれる。心から綺麗と言える部分が髪しか無いから。


「さて、今日はどんな髪型にしましょうか?」


「んー。一つ結びが良いです!」


「いつもと同じじゃない」


クスクス笑いながら彼は髪留めを取り出す。

孤児になるところだった私を引き取ってくれたのがダユトとお母さんだった。

事情があって私はこの家に預けられたらしいが、多分、この顔じゃ苦労すると思って同情し捨てられるところを拾ってくれたのだろう。


二人には感謝しきれないほど感謝している。けれどお母さんは事故で死んでしまったので伝え切れなかった。

8歳だった私はなんとなくしかわかっていなかったのだが当時14歳のダユトは相当苦労したはずだ。

ただお母さんがお金をきちんと残してくれていたこと、ダユトのお父さんがその昔の戦争で功績を挙げた為に軍から補助金が出ていることなどがありお金の苦労をしたことは無い、らしい。


そしてお母さんが亡くなって2年してからお手伝いさんとしてヴィホネルさんを雇ったのだが、彼女は雇われたその日に階段から滑り落ちて首の骨を折り、寝たきりになってしまった。

ダユトは責任を感じて彼女を家に置き世話をしている。ある日私が畑から戻るとそんなことになっていたので驚いた。

どうやらヴィホネルさんもまた身寄りがないらしい。

お孫さんもいないの? と聞いたらダユトは悲しそうに微笑んでいた。


「はい。できた」


ほら、とダユトが私の背中を叩いた。考え事をしてボーッとしていた。

私はありがとうと言って椅子から立ち上がる。


「そろそろ行かなきゃ。

アルラは今日どうするの?」


「うーんと、いつも通りかな。

あ、庭の雑草を刈っておくね」


「今日は日差しが強いから日射病に気をつけるんだよ」


「うん」


よしよし、とダユトが私の頭を撫でた。それからお面の紐を軽く引く。


「お面外れないようにもね?」


私はもちろんと頷いた。私の顔を見て他の人が真っ青になる姿を見るのはもう嫌だ。

だがダユトは私以上にお面が外れて、素顔を見られることを心配している。

私が醜くなければそんな心配しないで済んだのに。


玄関口で彼を見送る。毎朝家から出るときのダユトはすごく不安そうだ。

私がトラブルを起こさないか心配なのだろう。

だから彼が不安にならないよう私はいつも家の敷地内でじっとしている。

ヴィホネルさんと同じようにじっと。


洗い物や洗濯、そして掃除を済ませると陽はすっかり昇りきっていた。

お昼になる前に雑草を片付けないとあとがキツくなりそうだ。

庭の横にある小さな倉庫から鎌とグローブを取り出す。

家も庭もそんなに大きなものではない。屋根裏を含めると3階建ての木造住宅。だが3人暮らし……いや、ヴィホネルさんは動かないから、実質2人暮らしの家には大きいかもしれない。

庭は裏の森に繋がっているのでどうしても暗く鬱蒼として見える。

暑くなり雑草が伸びてきてしまったので余計に。

植えていないのになぜ草花が生えてくるのか不思議だが、森から吹く風で種が飛ばされるのだろうとダユトは言っていた。


雑草がザクザクと簡単に切れるのが面白く夢中になって鎌を動かしていると、ふと背後から足音が聞こえた。

村の人が迷い込んでしまったのかもしれない。

私は慎重に体を動かした。

お面を付けた人が鎌を持っていたら怖いだろう。怯えさせないようにまず鎌を地面に置く。

それから振り返ると、立っていたのは見知らぬ青年だった。

年の頃は私と同じくらいだろうか? こげ茶の髪に琥珀色の目をした線の細い男だ。


「あの」


男は手にスケッチブックを持っていた。写生に来ていたようだ。


「アルラインか。ああ驚いた」


驚いたという割に男の顔は変わらない。だがそれよりもなぜ私の名前を知っているのだろう。


「……えっと、どこかでお会いしましたか?」


「俺のことを忘れたのか? オーヴェルだよ」


男が赤い唇を歪める。

その名前を聞いて思い出した。

—愚かで醜い娘

最初に私をそう言ったのは彼だった。

昔この村に住んでいたが、確か画塾に通うとかでずいぶん前に街に出て行ったはずだ。


「なんでここに!?」


「森を散歩してた」


「そうじゃなくて、画塾に行ったんじゃなかったの?」


「帰ってきた」


された仕打ちは当時はショックだったが今はもう受け入れている。むしろ懐かしい顔を見て嬉しくなった。

ずいぶんな美丈夫になったが琥珀色の輝きは変わらない。


「どうだった?」


小さい頃から文字が読めて村で一番賢かった彼だ。きっと良い成績を収めたに違いない。


「何が」


「画塾。勉強してたんでしょう?

やっぱり一番になれた?」


オーヴェルは口を閉ざし怪訝な顔になってしまう。

嫌なことを聞いてしまったのかもしれない。私は「ごめん」と呟いた。


「何か勘違いしているようだけど、画塾って絵を習う場所であって勉強する場所じゃない。

学校と間違えてないか?」


「そうなの?」


「そうだよ。

……結局ここに帰って来ちゃったなあ」


やれやれとオーヴェルは首を振る。


「しかし、お前がここにいるってことはあの過保護な兄さんもいるのか?」


「過保護な兄さん……? って、ダユトのこと?」


「それ以外いないだろ」


「ダユトは今いないよ。会いたければ教会に……」


そう言ってから私は口を閉ざす。

ダユトとオーヴェルは良い関係と呼べるような仲では無かった。


「そりゃ良かった。

お前を見るにまだ過保護なようだな。いくつになるんだっけ? 18? 19? いつまでそうするつもりなんだか」


「家事手伝いしてるし……」


「そういう意味じゃねえよ。

まあいいや。俺もう行くから」


彼はくるりと身を翻すと森の中に戻って行った。

暑いんだしお茶の一杯でも出すべきだったな。

そう思いながら私は再び雑草を刈り始めた。


*


陽が傾き始めダユトが帰って来る。

扉の開く音がして私は玄関に駆けた。


「おかえりなさい」


「ただいま」


彼は蕩けるように笑うと私の指を撫でながら「良い子にしてた?」と尋ねてくる。


「うん! 雑草刈り終わったからだいぶスッキリしたよ」


「本当に? ありがとう。疲れたでしょう」


「全然。ダユトの方が疲れてるよね……?

ご飯できてるから!」


テーブルの上には2人分のご飯。ヴィホネルさんは点滴で栄養を摂っている。この点滴というのは繊細なものらしく医術の心得があるダユトしか触ってはいけないことになっている。それもあって私はヴィホネルさんには近寄れない。……いや、どうだろうか。

点滴などあろうがなかろうが私は彼女に近寄らないかもしれない。


私たちのご飯はサラダ、スープに卵の乗ったパン、そして焼き魚だ。

我ながら今回はよくできたと思う。魚はよく焦がしてしまうのだが今回は綺麗にパリッと焼くことができた。


「美味しそう!

アルラは本当に料理上手だね」


「ダユトが教えてくれたからね……」


まっすぐな言葉に照れて俯くと彼はくすりと笑って「食べよっか」と私の手を引いた。


ご飯を食べるときはお面を外さないといけない。それが少し嫌だ。

でもそうも言っていられないのでお面を外してテーブルに置いた。


「いただきます」


「……いただきます」


ダユトが私の顔をいつものように悲しそうに見ている。


味付けは少し薄かったか、そういえばダユトが新しいレシピを買っていたから明日はそれを教えてもらって試すのもいいかもしれない。

そんなことを考えながら食べていたが、ふと今日会った人のことを思い出した。


「ダユト、オーヴェルのこと覚えてる?」


その名前を出した途端ダユトの眉間にシワが寄る。


「……覚えてるよ。どうして?」


「えっと、画塾から帰ってきたんだって」


「会ったの? いつ?」


彼の声に抑揚は無い。


「きょ、今日……草刈りしてたら偶々……」


庭に入って来たことは言わない方が良さそうだ。

私は魚にフォークを伸ばしながら「久しぶりだよね」と呑気なことを言っておく。

話題に出さなければよかった。


「そう……。なんで帰って来たんだろう」


「さあ。よくは聞いてないんだ」


「何かされたらすぐ僕に言うんだよ……」


ダユトの灰色の目に光が無い。これは相当イラついているようだ。


「ご、ごめんね」


「何が?」


「オーヴェルのこと……聞きたくなかったよね」


仲良くなかったし嫌なことを思い出させただろう。

私が謝ると彼はゆっくり首を振った。


「ううん。聞けてよかった。

彼とは必要無ければ話さないようにね」


「う、うん……」


私はそこまでオーヴェルのことが嫌いでは無い。

絵が上手いのは凄いと思うし頭が良いのも憧れる。私は文字が読めないから、オーヴェルのように文字が読めたら楽しいだろうとも思う。

だがダユトはまるで彼を悪の権化のように憎んでいるのだ……彼が街に出て8年以上の年月が経つが、それでもなお。


「ダユトは……オーヴェルと何かあったの?」


「目障りなだけだよ」


冷えた声だった。

ダユトは普段すごく優しくていつだってニコニコ笑っている。

なのに時々、こういう冷たくて怖い顔をする時がある。


*


夜も更けてきて私がソファで編み物をしているとダユトが降りてきた。

ヴィホネルさんの点滴を交換していたのだろう。


「何編んでるの?」


「布団カバー」


「……小さくない?」


「このモチーフどんどん繋げて大きくするの」


「ああ!」


そういうことか、とダユトはクスクス笑いソファの横に腰かけた。私の肩を優しく抱く。その仕草に私はどきりとした。


「アルラは器用だね」


「そうかな」


「何作っても上手だもの。

才能がある」


すごいよ、と彼は私の耳元で囁く。どきどきが止まらない。

私はいつもの温かくて優しいダユトが大好きだ。その好きがダユトのものと違うことに気付いたのは、恋人という言葉を教えてもらった時からな気がする。

私はそれが叶わぬ願いだとわかってはいても、ダユトと恋人になりたいのだ。


「お茶飲む?」


「うん」


「淹れてくるね」


ダユトが離れていくと私はなんだか寂しいようなホッとしたような気分になる。

もし私が美しければ彼と恋仲になれたのだろうか……。


しばらくしてダユトがカップを手にして戻ってきた。甘い匂いのするお茶だ。

礼を言って受け取る。

……お面を取らなくては。


片手でモタモタ外そうとしているとダユトがゆっくり外してくれた。

素顔の私と目が合う。やっぱり彼は悲しそうな顔になった。


「……ごめんね」


小さく謝られる。

私がもし美しければダユトが謝ることはなかった。

こうやって彼に面倒を見てもらわないといけないこともなかった。

私が醜いばかりに。

思わず泣きそうになる。だけどギュッとこらえて「お茶美味しいね」とわざとらしい明るい声を出した。


「特別なお茶だから」


彼が毎晩出してくれるお茶は甘く美味しい。私の心をゆるく解してくれる。

だからなのか、いつもこれを飲むと眠くなってしまう。ダユトに言ったら「体暖かくなると眠くなっちゃうんだね」と笑われてしまった。子供っぽいと思われたようだ。

ソファでうつらうつらしているとダユトに「もう寝る?」と聞かれる。頷くと、彼は私を抱き上げた。


「あ、私……自分で……」


「いいよ。寝てて」


ダユトはゆっくり私を2人の寝室に運ぶ。

非常事態が起こった時のために私たちは同じ部屋で寝ている。

昔は同じベッドだったが私が大きくなると狭くなってきたので別々になった。フカフカの方と硬くて大きい方。

私はフカフカのベッドの方を使わせてもらっていた。

申し訳ないと思うのだが、ダユトは硬いほうがよく眠れる、というあからさまな嘘で笑ってくれた。


ベッドの木枠が軋む。こっちのベッドは動くと必ず軋むのだ。

だから私がダユトに手伝ってもらいながら寝る準備をしている間も、ギシギシ音を立てていた。


「おやすみなさい」


ダユトが囁く。私も返事をしたかったがどうしても瞼が開けていられず、そのまま眠りの中へと沈んでいった。


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