03
ロキはギルドから出たその足で、宿へ向かう。
マルス達はなんだかんだと文句をつけては報酬を出し渋っていたので、今ロキが泊まっているのは、駆け出しの冒険者に対する救済対策としてギルドが運営している宿だ。
パーティで使っていた備品や消耗品のほとんどはロキの私物なのだが、果たしてマルス達はまともに活動出来るのだろうかと疑問に思いながら手早く荷物をまとめる。
まとめ終わった荷物を魔法鞄と収納魔法に放り込み、村を出てから印象に残らないよう変えていた髪と目の色を戻して、宿を後にする。
マルス達の泊まっている宿に向かったロキは他のパーティメンバーに絡まれるのが面倒なので、押し付けられていた雑用品と修理品の預かり証を受付へ預けた。
行き先を母の故郷である迷宮都市に決めたロキは馴染みの店で挨拶と買い物を済ませて乗り合い馬車の停留所へ向かい、隣国への国境行きの馬車を探す。
見つけた馬車の横で馬の手入れをしている御者に出発時刻を確認する。
あと15分程で出発するとの事なので、前金を払って後ろの扉から荷台に乗り込む。
中には大剣のメンテナンスをしている冒険者らしき先客が座っていた。
アッシュグレーの髪と紺色の瞳の大柄な男性がこちらに向かい手を上げて軽く挨拶をして来たので、ロキもひらりと手を振り返してから向かい側に腰を下ろす。
「女性の一人旅とは、珍しいな」
「残念ながら、男です」
「そうか、間違えて悪かった」
「まぁ、割と良くある事なので……お気になさらず」
中性的な顔立ちと父親譲りの線の細さのおかげで、母の知り合い達からも初見ではまず間違いなく勘違いされるていたので、流石にこの手の反応には慣れた。
「そう言えば、自己紹介がまだだったな?Aランク冒険者のソヴェネルだ。普段通りの言葉遣いで構わないし、俺の事は気軽にネルと呼んでくれ」
「あー、ではお言葉に甘えマス。俺はDランク冒険者のロキです」
「ロキは何処まで行く予定なんだ?」
「迷宮都市」
「そうなのか?実は、俺の最終目的地も迷宮都市でな」
「奇遇だね」
「急ぐのか?」
「いや、出来ればランクも上げたいし、隣国で少しのんびりしてから向かうつもりだけど……」
そこまで言ったところで御者台に繋がる扉が開いた。
「そろそろ出発の時間ですが、買い忘れなんかはありませんかね?横の商会まで往復するぐらいの時間ならまだ間に合いますよ」
「問題無い」
「同じく」
「そうですかい?問題無いなら良いんですが」
「態々悪いな、ありがとう。……乗客は俺達だけなのか?」
「あぁ、このルートは朝の便はそこそこ混むんですが、夕方の便は野営地が多くなるのと到着時間が遅いのとで、利用する人は少ないんですよねぇ」
「なるほど」
「料金も変わらないんで、余計にですよ」
「採算取れるのか?」
「はは、問題があればとっくに廃止されてますよ」
「それもそうか」
「どれくらいで着きますか?」
「えー……順調に行けば、関所の手前の野営地に着くのは、7日目の日付が変わる手前くらいですかねぇ」
「確か隣国への関所が開くのは6時からだったか?」
「えぇ、そうですよ。何か他に聞いておきたい事はありますかね?」
「いや、特には思い付かないな」
「俺も問題無いです」
「では、少し早いですが出発しても?」
「構わない」
「よろしくお願いします」
乗り合い馬車は結構揺れるので、ロキはポーチから大きめのクッションを取り出した。
二人の他には乗客も来ないようなので、姿勢を崩してゆったりと寄り掛かる。
「随分快適そうだな」
「良いでしょう?雪玉兎のクッション」
「雪玉兎か……それは羨ましいな」
「まだあるけど、使う?」
「良いのか?」
「良いよー」
雪玉兎は大人の顔より少し大きいくらいのサイズで、雪のように真っ白な毛皮とまんまるな見かけから名付けられた魔物で、討伐するのはそこまで難しく無いが、生息しているのは雪の多い地域な上に逃げ足が早く、入手難易度がかなり高い魔物だ。
村から半日程登った森の山頂付近は常に雪が降り積もっている為、母から教わった狩りの技術と魔法を使って父の為に集めた毛皮で作ったものだ。大人がベットの上で使用出来るように作った物なので、大柄なネルでもゆったり寄り掛かれる大きさがある。
ふわふわな毛皮はとても肌触りが良く、沈み込むようなクッション性によって馬車の振動もほとんど気にならない為、受け取ったネルの瞳が輝いている。
どうやら気に入ってもらえたようだと微笑ましい気持ちになりつつ、ロキは取り出したミルクティーに口をつけた。