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ココロ・プロブレム  作者: 谷木 大來
第四章
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第七話 エピローグ ~ 恋の自覚

 それから、二か月余りが過ぎた。

 梅雨明けのうだるような暑さのなか、聡恵は初めて迎えた大学の前期試験日程をすべて終了し、長い夏休みに入った。

 ここ一ヵ月弱は緊張の連続だった。赤点をとっても救済がある高校までとは違い、大学は試験の点数がシビアに単位認定に直結する。単位を落として留年するわけにはいかないので必死に勉強するのだが、なにしろ一つ一つの科目の出題範囲が膨大に広いので、真面目に勉強するだけでは太刀打ちできないと感じた。ここは試験に出ると何となく匂わせてくれる講義はまだ目星がつけられるが、途中いろいろあって休んでしまった講義についてはもう手も足も出ない。ツケは試験前にちゃんと回ってくるというわけだった。

 そういう状況に陥ったときは、友人どうしで協力しあうのが定石だ。幸い、聡恵は以前に比べてずいぶん交友関係を広げることができていた。いまでは学部が違う人とも交流がある。KPSの活動を通じて、多少アグレッシブになれたおかげかもしれない。

 聡恵は友人たちと試験に関する情報を持ち寄ったり、昨年同じ英語の講義を受けていたという合田からアドバイスをもらったりして対策を進めた。そうして四苦八苦した結果、試験は全て手ごたえを得ることができた。これで心置きなく夏休みを満喫できるというものだった。

 聡恵は試験を終えたその足で、久々にKPS事務所に向かった。今日、のびのびになっていた打ち上げが行われることになっていた。

 事務所のドアをくぐると、応接セットのソファに座っていたユーコーが笑顔を向けてきた。「いらっしゃい。試験はどうだった?」

 自分が一番最後の到着だったらしい。ユーコーの向かいに玲、その隣に優佳の姿もあった。

「まあまあかな。たぶん大丈夫」言って、聡恵は玲の隣に腰をおろした。

「余裕だねえ……」玲はこちらを見て妬ましそうにつぶやくと、眉をひそめてユーコーに指を向けた。「ってか試験の話はナシ! もう夏休みなんだから!」

「え、そうなの?」ユーコーは困惑顔で言った。「テストのあとって、みんなでどうだったって話、しない?」

 優佳がくすりと笑った。「それは笑いごとで済むときね。玲は違うみたい」

 優佳は顔色も良く、すっかり元気を取り戻したように見えた。聡恵は自然と笑みがこぼれた。

 菱田のマンションから救出されたあと、衰弱していた優佳は入院することになった。身体はすぐに回復し、三日余りで退院できたのだが、精神面でのケアが引き続き必要となるため、当面のあいだ大学を休学し静養することになったのだった。

 母の多佳子の勧めもあり、優佳はいま実家に戻って暮らしている。いろいろあった二人だから大丈夫かなと聡恵は気を揉んだが、みんなで見舞いに行ったときに見た限りでは、多佳子は献身的に優佳の世話を焼いており、優佳も変に気をつかったりせずそれに甘えている、という印象だった。こうして優佳が元気な顔を見せてくれているのも、多佳子のサポートがあったからだろう。まだぎくしゃくするところもあるかもしれないが、この調子でいけば親子の関係は着実に修復されていくはずだ。

「ホント……現実逃避しなきゃやってらんない」玲は吐き捨てるように言って、さっと腰を浮かせた。「聡恵も来たことだし、すき焼きの食材買いに行こ」

 そうして、四人揃って最寄りのスーパーに向かった。みんなでわいわいと話しながら、あれもこれもとカートに乗せた買い物カゴに入れていく。こんなに食べきれるのか、という量がつまれていったが、聡恵も試験が終わった解放感のせいで浮かれてしまい、誰も止める人がいなかった。その結果、重い袋を一人一つずつぶら下げて帰る羽目になってしまった。

 事務所に戻ると、さっそく調理に取り掛かった。野菜や肉などの食材の切り方をユーコーに聞きつつ、みんなで協力して下ごしらえを進めた。

 割り下は市販のものではなく、ユーコーが秘伝と称するものをみずからこしらえた。それを鍋に入れ、カセットコンロの火にかける。煮たってきたところで、切った牛肉と白菜、ネギ、エノキなどを鍋に収まるだけ並べいれた。あとは食材が煮えるのを待てば完成だ。

 テーブル脇には、カンさんが貸してくれたクーラーボックスがスタンバイされている。二か月前からお店の冷蔵庫に入れっぱなしになっていた玲のお酒を、カンさんがその中に入れて渡してくれたのだった。

 クーラーボックスにはそのほか、プラスチック容器いっぱいに詰められたマンゴージュースが入っていた。なにかと思って聞いてみると、サービスでつくってくれたとのことだった。相変わらず不愛想な物言いだったが、本当に如才ない人だと思った。その場に一緒にいた優佳と玲も、そう感じたことだろう。

 聡恵はマンゴージュースをグラスに注ぎ、それ以外の面々は各自好みのお酒を選んだ。それから、それぞれ皿に卵を割ってかきまぜた。

 鍋からは、食欲をそそる甘辛い香りが漂ってくる。ほどなく食べごろになりそうな具合だった。

 いざ乾杯にうつろうかというところで、優佳が手をあげた。「始める前に、ちょっといい?」

 一同は、なんだろうという顔で優佳を見た。

「約束してたよね。打ち上げのときに、あの書き込みをした理由、話すって。いま話しとこうかなって思うんだけど――」

 たちまち、玲が不安顔でこちらに目を合わせてきた。聡恵も戸惑いを覚えて見返した。

 優佳の心に闇を落としていた原因なら既にわかっている。もはや本人に話してもらう必要はないし、トラウマを掘り起こすようなことはさせない方がいいだろう。

 だが、優佳はこちらの気遣いをやんわりと断るように微笑した。「お願い。ちゃんと自分の口から説明したいの」

「わかった」ユーコーは優しく言った。「じゃあ聞かせてくれる?」

 優佳はうなずくと、表情を少し硬くして語り始めた。

「もう知ってると思うけど、あの書き込みをした原因は、優しかった俊也がいきなり豹変したことにあるの。離れようとするなら考えがあるぞって、ナイフまで持ち出してきて――確かに、あの頃はダンスの練習で忙しくてなかなか会えなかったけど、会いたくないなんて思ったことはなかった。けど、そう言っても俊也は全然聞く耳をもってくれなかった。だから、もう頭の中がぐちゃぐちゃになって、どうしていいかわからなくて……こんなことならいっそのこと消えちゃいたいって思った。気づいたら、それをパシェに書き込んでたの」

「そっか、辛かったね……」玲がなだめるようにいった。「優佳がダンスの練習に必死だったのは、菱田さんに最高のショーを見てもらいたかったってのもあるのにさ。ひどい話だよ」

 ユーコーは腕を組んだ。「まあ、確かに菱田さんのしたことは許されないけど……彼にもつらい過去があったからね。だから、優佳が自分から離れていこうとしてると思い込んじゃったんだ。それで、心にたまっていたしこりが爆発して、壊れちゃったんだと思う」

 優佳は首肯した。「動機を聞かされたとき、すんなり納得できたんだよね。怒りとかそういうのはなくて、むしろ後悔したの。もし俊也の過去を知ってたら、もっと違う付き合い方ができたのにって。自分に自信をもっていいんだよ、って教えてあげたかったな――」

「そこまで思えるんですか? あんなことをされたのに……」聡恵は率直に疑問をぶつけた。

 優佳は微苦笑した。「結局、まだ嫌いになれてないんだと思う。確かにひどいことをされて怖い思いもしたけど……俊也がそれまでくれた優しさは嘘じゃないって信じてるから」

 優佳が菱田を好きになったのは、お金ではなく、内面に惹かれたということは間違いないようだった。それがちゃんと菱田に伝わっていれば、今回の事件は起きるはこともなく、二人は今もうまくいっていたことだろう。そう思うと、聡恵はやるせない気持ちになった。

 ユーコーもまた、菱田に事件を起こさせてしまったことを悔いていた。優佳を救い出したことは立派な行いであることは確かだし、警察にも功績が認められて、感謝状の贈呈が提案された。しかし、ユーコーはそれを断った。KPSの活動理念は、ヒトの心の問題にいち早く気づき、それを取り除くことで、事件を未然に防ぐことだ。事件が起きてしまった以上、KPSとしては不覚をとったと感じているのだろう。

「でも」優佳が虚空を見つめてぽつりと言った。「もう忘れなくちゃね……」

 菱田の裁判は、つい先日結審した。試験期間だった聡恵と玲は行けなかったが、ユーコーが傍聴しており、詳細を教えてくれていた。

 監禁致傷罪で起訴された菱田には、求刑どおりの懲役二年六ヵ月の判決が下された。ただし、初犯であることと、菱田が素直に罪を認め、反省の姿勢を見せていたことから、執行猶予五年がついた。

 検察側は控訴せず、刑が確定することとなった。もともと求刑も罪に対して軽すぎるくらいだったらしい。被害者である優佳が厳罰を望まなかった点が考慮されたと聞いた。

 もしかしたら、優佳には菱田とやり直したいという気持ちがあったのかもしれない。しかし菱田は、「被害者と復縁したいという願望はあるか」という弁護人の質問に対し、「心に傷を負わせてしまった自分にその資格はなく、今後二度と被害者には近づかない」と誓いをたてたとのことだった。

 菱田は、優佳への気持ちにけじめをつけた。そうなったからには、優佳も気持ちを切り替えなくてはならないと理解しているのだろう。いまはまだその途中というわけだった。

「あ、やば」玲が鍋を指して言った。「火、弱めたほうがよくない?」

 見ると、鍋から汁が吹きこぼれそうになっていた。聡恵は慌ててコンロの火を弱めた。

「これ以上話すと煮えすぎちゃうし、話はこれで終わり」

 言って、優佳は屈託なく笑った。

「じゃあ乾杯しよ」嬉しそうに言って、玲はグラスを手にした。「ユーコー、よろしく」

「オーケー」

 言って、ユーコーもグラスを手に取った。聡恵と優佳もそれにならった。

「それじゃ、ダンスショーの大成功と、優佳の回復と、夏休み突入を祝して、乾杯!」

 乾杯、という歓声とともに、一同はグラスを触れ合わせた。そして、楽しい歓談の時間が始まった。

 みんなでつくりあげたすき焼きはまさに絶品で、あっという間に無くなった。だが、下ごしらえした食材はまだ十分残っているので、すぐに二杯目をつくった。それを平らげると、ユーコーが今度は関西風すき焼きをつくってくれた。聡恵は違いを知らなかったのだが、関東風が割り下を煮たてた後に具材を入れるのに対し、関西風は具材を焼いておき、そこへ醤油や砂糖などの調味料を加えて味を調えていくという調理法だった。関西風もまた違った触感が楽しめて、格別においしかった。

 すっかり満腹になった一同は、ソファで楽な姿勢になってくつろいだ。

 かなりお酒が入ったユーコーと優佳は、ほのかに顔が赤くなり、表情も緩んでいる。一方、玲は見たところ変わりがなかった。いまも一人酒を飲み続けている。どうやらかなりの酒豪のようだ。

「そういやさ」玲がウイスキーを注ぎながら言った。「聡恵って、ちゃんとバイト代もらえてんの?」

「えっと、それは……」聡恵は言い淀んだ。

 すると、ユーコーが気だるい声で答えた。「大丈夫、ちゃんと払ってるよ」

 玲は冷ややかな目でユーコーを見た。「ウソ。だって儲けなんてないでしょ? どこからお金が出せるわけ?」

 玲の指摘はもっともだが、ユーコーの言ったことは事実だった。この前、聡恵の口座にユーコーの名義で二十万もの大金が振り込まれていたのだ。驚いて連絡してみると、KPSの活動報酬とのことだった。こんなにもらえないと言ったのだが、今までよく働いてくれた分と、次はいつ報酬を払うことになるかわからないから、先払いの意味もあるとのことで、強引に納得させられてしまったのだった。

「ウソじゃない。団員になってみればわかるよ」

 ユーコーが言うと、優佳が身をよじってユーコーの方を向いた。

「じゃあ私、団員になろうかな」

「え、ほんとに?」ユーコーは目を輝かせて優佳を見た。

「助けてもらったお礼したいけど、お金無いし。それなら、ここで働いて返せばいいかなって」言って、優佳はユーコーの顔をじっと見た。「それに……そうすればユーコーと一緒にいられるし」

 最後の一言に、聡恵は耳を疑った。ユーコーも予想だにしていなかったのだろう。固まったまま目をぱちくりさせていた。

「優佳、アンタもしかしてユーコーのこと……」

 玲が聞くと、優佳は目線を落としてはにかんだ。その顔はさらに赤くなっていた。

「マジ?」玲はおおげさな口調で聞いた。「全然あんたの趣味と違うじゃん」

「まあ正直、見た目はね。でもダンスすごくうまいし。それに……私を助け出してくれた人だから」

 恥ずかしそうに言って、優佳はまたユーコーを見つめた。ユーコーは、まいったな、とつぶやいて、だらしないにやけ顔をつくった。

「あの」聡恵はその空気を断ち切るように口をはさんだ。「私だって、優佳さんを助けたんですけど」

 みんな、要領を得ないといった表情で聡恵を見てきた。自分自身、なんでそんなことを言ったのかわからないくらいだから、当然の反応だろう。

「えっと……もちろん聡恵にも感謝してるし、大好きだよ?」

 優佳が困惑気味にいった。ユーコーだけがもてはやされるのが気に入らないのだと思い、優佳なりに気を使ってくれたのだろう。

「ありがとうございます……」

 申し訳ない気持ちになりながら、聡恵は礼を述べた。好きと言われたことは素直に嬉しいが、別にいまそれを聞きたかったわけではない。かといって、特に聞きたいことがあるわけでもなかった。それでも、とにかく何か言わずにはいられない気分だった。

 聡恵はふと頭に浮かんできたことを聞いた。「でも、もういいんですか? さっき、まだ嫌いになれてないって……」

 優佳は苦笑交じりに答えた。「そうだけど、忘れるには新しい恋が一番だと思うから」

 気持ちを新たにする手段としては、それもありだろう。別に非難するようなことではない。しかし、頭ではそう理解していても、聡恵の心の奥のほうで、そんなの認められない、という理不尽な主張が繰り返されるのだった。

 聡恵が次の言葉を見つけられずにいると、なんと優佳はユーコーに身体を密着させた。

 聡恵は目を疑った。優佳はクールな印象だったのに、こんなに積極的――悪く言えば節度のない人だったのか。いや、お酒のせいだと思いたい。

「そうだ」言って、優佳はユーコーの着ているトレーニングウェアの裾をつまんだ。「これ、気に入ってくれた?」

 見ると、そこにはサッカーボールの形をしたワッペンが縫い付けられていた。そこは確か、例の事件のときに菱田に穴を開けられた箇所だった。どうやら、いつの間にか優佳が修復していたらしい。

 ユーコーは満面の笑みを浮かべた。「ああ、すごくいいよ。ありがとう」

 玲が目を丸くして聞いた。「優佳、裁縫なんかできたっけ?」

「全然。でも、お母さんに教えてもらって練習したんだ。それで、まあまあできるようになったかな」

「へえ。愛のパワーのなせる業ってことかあ」玲が冷やかし口調で言った。

 優佳は照れくさそうに笑って、上目遣いにユーコーを見た。

 いい雰囲気で笑いあう二人。それを見ていると、無性に苛立ちが込み上げてきた。自分の知らないところでユーコーと優佳が会っていたということも、まったく面白くなかった。

 そこで、聡恵のなかに溜まっていた負の感情が爆発した。

「離れてください!」

 無意識のうちに、聡恵は叫んでいた。

 みんな、なにごとかという顔で聡恵に注目した。

「聡恵、大丈夫? お酒、飲んでないよね?」玲が心配そうに聞いてきた。

 聡恵は深呼吸してから言った。「大丈夫です――とにかく優佳さん、離れてください」

 優佳は不満げな視線を投げてきた。「――なんで聡恵がそんなこと言うわけ?」

 なんで……? 言われてみれば、なぜ自分はこんなに腹が立っているのだろう?

 答えに詰まって優佳から目をそらす。

 すると、不思議そうにこちらを見つめるユーコーと目があった。

 急に、聡恵の胸の奥が疼いた。一気に顔がほてるのを感じる。たまらず、聡恵は顔を伏せた。

 それは、いままで経験したことのない感情だった。しかし、それがどういうときに起こるものであるかわからないほど、聡恵は子供ではなかった。この感情の理由――それを考えれば、どうして優佳がユーコーに好意を向けるのが気に食わないのかも説明がつく。

 危機を救い出されるというドラマチックな出会いの後、KPS団員として行動を共にするなかで、ユーコーは引っ込み思案な自分をいろいろと成長させてくれた。常識外れで風変わりなところはあるけれど、それを補って余りある行動力、多才性、底抜けの優しさ――そんなユーコーを、聡恵はいつしか尊敬するようになっていた。そして、知らず知らずのうちに惹かれていたのだ。

 いま、聡恵はユーコーへの恋心をはっきりと自覚した。でも、それを優佳のようにはっきりと相手に向かってあらわすのは、まだ恥ずかしくてできない。

 とにかく、優佳がユーコーとくっついているのを見過ごすわけにはいかない。何かいい方法は――。

 聡恵は顔をあげて、優佳の顔を見据えた。「――優佳さん、KPSに入るつもりなんですよね?」

「……そうだけど?」

「言っておきますけど、浮ついた気持ちじゃ団員はつとまらないですよ。人の心の問題に、真剣に向き合わなくちゃいけないんですから。強い信念と覚悟が必要です」

 優佳はむっとした表情をつくった。「わかってるよ」

「ほんとですか? そんなにべったりしてるところを見ると、単にユーコー目当てだとしか思えないんですけど?」

 優佳は驚きのまなざしを向けてきた。「聡恵って、けっこうズバっと言うんだね……」

 構わず、聡恵は強気につづけた。「ここでは私が先輩ですから。KPSに入るなら、まず態度で示してもらわないと」

「素晴らしい!」

 いきなり、ユーコーが叫んで拍手した。

「サトちゃんの言う通りだよ。まあ、優佳が俺を好きになっちゃったのは無理もないけど……活動中は色恋沙汰はナシで頼むよ?」

 なんともうぬぼれた言い草に、聡恵はあきれるしかなかった。浮かれているのはユーコーも一緒らしい。

 優佳は唖然とした顔でユーコーを見つめていたが、やがてその目つきが鋭くなった。そして、優佳は出し抜けにユーコーの両頬をつねった。

「いててててて!」ユーコーは顔を歪めて喚いた。

 玲が手をたたいて爆笑する。聡恵も思わず噴き出した。いい気味だった。優佳にちやほやされて、鼻をのばしていた罰だ。

「調子に乗んなっつーの」低い声で告げると、優佳はユーコーから離れた。

「……なにすんだよー、ひどいじゃんか」

 ユーコーは頬をさすりながら情けない声で訴えたが、優佳はそっぽを向いたまま取り合わなかった。

「――ま、とにかく、先輩の言うことは聞かなくちゃね」

 言って、優佳は居住まいを正し、聡恵に向き直った。

「浮ついたように見えたなら、ごめん。でも、困ってる人の助けになってあげたいって、本気で思ってる。二人が私のために一生懸命してくれたみたいにね。だから、活動は真剣にやるつもりだよ」

「――わかりました」聡恵は恐縮しつつうなずいた。「すみません。先輩面して、きつい言い方しちゃって」

「それはいいよ――でも、ほんとにそれだけ?」

 意味ありげに言って、優佳は聡恵をまっすぐに見つめてきた。

「えっと……どういう意味ですか?」

 聡恵はとぼけてみせたが、優佳の目を見れば、優佳が何を言わんとしているかは明白だった。

「――ま、いいや。これからもよろしくね」

 言って、優佳は微笑を浮かべた。

 優佳はこれから一緒にKPSで活動する大事な仲間だ。恋敵だからといって、いがみ合うつもりは毛頭ない。でも、易々と負けるつもりもない。外見ではかなわないだろうが、優佳よりも過ごした時間が長い分、自分の方がユーコーのことを理解しているし、なによりユーコーに対する気持ちでは負けないという自負がある。これからもずっと、そうあるつもりだ。

 聡恵も微笑みを返した。「こちらこそ、よろしくお願いします」

「よっしゃ、じゃあここからは優佳のKPS入団祝いだ!」

 いつのまにか調子を取り戻したユーコーが、グラスを面前に掲げた。

 そして、一同は二度目の乾杯を交わした。

 和気あいあいとした雰囲気のなか、聡恵はふと、今後のことに思いを馳せた。学生生活でも、KPSの活動でも、いろいろなことが待っているだろう。そこには歓喜もあれば、苦難もあるはずだ。でも、不安になったりせず、ただ希望に胸を膨らませよう。どんな経験であれ、それはきっと、人生におけるかけがえのない財産になるはずだから。<了>

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