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ココロ・プロブレム  作者: 谷木 大來
第三章
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第二話 音信不通

 玲も渋谷にいるというので、ひとまず大学のラウンジで落ち合う約束をした。

先にラウンジに到着した聡恵とユーコーは、四人掛けのテーブル席をとって、玲が来るのを待った。

ほどなくして、玲がやってきた。

 その隣には、優佳の彼氏――菱田の姿があった。

「菱田さんも近くにいるっていうから、一緒に来てもらったんだ」

 玲が説明すると、菱田は剣呑な面持ちで頭を下げてきた。

玲は席につくやいなや、テーブルに肘をついて頭をかかえた。「優佳、なにしてるんだろ。電話はかかるから、電源は入ってるんだろうけど――」

 菱田が険しい表情で言った。「今までメールは返ってこないこともあったけど、電話に出ないってことはなかったから、心配だな……」

 ユーコーが菱田に聞いた。「一昨日、ショーが終わったあと一緒だったんですよね? なにか変わった様子は無かったですか?」

 菱田は頭を振った。「あれだけ素晴らしいショーをしたあとだから、いつもより上機嫌だったくらいです」

「菱田さんは、優佳さんや玲さんと同級生なんですか?」聡恵は気になって聞いた。

「いや、僕は別の大学。学年も一つ上だよ」

「へえ。じゃあ、どうやって二人と知り合いに?」ユーコーが尋ねた。

「優佳とは、合コンがきっかけで付き合うようになったんです。野本さんとは、二人の初めてのショーを見に行ったときに知り合ったって感じですね」

「菱田さん、大失敗のショーの後でヘコんでたアタシらを励ましてくれてさ。おかげでけっこう立ち直れたんだ。優佳、めっちゃいい人と付き合ってるじゃんって思ったよ」

 玲の賛辞に対し、菱田は悲哀まじりの笑みを浮かべた。「でも結局、優佳の本当の悩みはわかってあげられなかった……」

「本当の悩み……やっぱ、例の書き込みか」

 ユーコーが独りごとのように呟くと、菱田は悲愴な顔で頷いた。「あの書き込みのあと、すぐに理由を聞いたんです。でもはぐらかされて。無理に聞き出すのもどうかと思って、深入りしなかったんですけど……あのとき、もっと親身になってれば――」

 肩を落とす菱田を、玲が慰める。「アタシも一緒です。優佳、ふだんと変わらないし、大丈夫だろうって、軽く考えてた」

 この場にいる全員が、優佳が音信不通となった原因は、以前パシェで吐露された悩みにあるとみているようだった。もう心配いらないだろうと半ば楽観視していた聡恵も、優佳の苦悩の根が想像以上に深いことを悟った。

 重い空気のなか、ユーコーが口を開いた。「とにかく、優佳に会いに行こう。玲、優佳の家、わかる?」

 玲は首を振った。「大学入ってから一人暮らし始めたって聞いたけど、行ったことないんだよね。あんまり人を入れたくないって言ってたから、友達は誰も知らないんじゃないかな。菱田さんはどう?」

「ごめん……僕も知らない」菱田は申し訳なさそうに言った。

「そっかあ。んーどうするか――」

 虚空を見つめ、腕を組むユーコー。

「あの――」聡恵はふと思いついたことを提案した。「学生課で聞いてみたらわかるかも。住所、届け出てると思うし」

「ああ」なるほど、という表情で、玲が聡恵を指差してきた。「入学前に書類出したっけ」

「うん。いい考えだと思う」菱田も同意を示した。

「よっし、じゃ早速聞きにいこう」

 言って、ユーコーは勢いよく席を立った

 聡恵が先導して、一行は学生課のある棟へ向かった。

 時刻は午後五時を回ろうとしていた。間もなく窓口が閉まるというところで、一同は学生課が入るフロアの自動ドアをくぐった。

 ここの学生ではないユーコーが話をするのはどうかと思うし、ここは言いだしっぺの自分が行くべきだろう。そう考えて、聡恵は窓口のカウンターの前に立った。

「すみません」

 聡恵が声をかけると、奥で事務作業をしていた中年の女性職員が振り返って、仏頂面でのそのそとやってきた。

「あの、ちょっとお願いがあるんですが……」

「何?」職員はつっけんどんに言った。

「経済学部二年の、横江優佳さんの住所を教えてほしいんです」

たちまち職員の相好が険しくなった。「はあ?」

「横江さんと連絡が取れないんです。心配なので下宿先へ様子を見に行こうと思うんですけど、住所がわからなくて――」

 必死に説明する聡恵を、職員がイラついた口調で遮った。「あのね、関係ない人に住所を教えるなんてできるわけないでしょ」

「関係なくありません」玲が割って入ってきた。「アタシたち、優佳の友達です。カレシだって来てます」

 言って、玲は菱田を見る。

「それでも駄目」職員は鬱陶しそうに玲をあしらった。「今は個人情報にうるさいんだから」

 菱田も話に加わる。「じゃあ、そちらで様子を見に行ってもらえませんか?」

「は? どうして?」

「学生の安否を気づかうのは、学生課の業務の範疇だと思いますが?」

 菱田が強気に出ると、職員は眉間にしわをつくり、聞えよがしにため息をついた。「――その子、いつから連絡がつかないの?」

 菱田が答える。「昨日からです」

「昨日?」職員は呆れたように言い捨てた。「だったら、そんなに騒ぐことじゃないでしょう」

「でも、優佳は人には言えない悩みを抱えていたみたいなんです。考えたくないですけど……最悪の事態もありうるんですよ」

 菱田はやや感情的になって訴えたが、職員は白けた顔をしていた。

 職員は聞いてきた。「連絡がつかないこと、その子のご両親はご存じなの?」

「いや……」菱田は口ごもった。

「だったら、まずご両親に伝えるべきね。ご両親なら下宿先だってご存知でしょうし」

 玲が突っかかった。「学生課は事なかれ主義ってことですか」

 職員は口を尖らせた。「ちゃんと学生の悩みの相談にはのるわ。本人が希望すればね。希望してもいないのに、むやみに私生活に立ち入っていいわけじゃないのよ」

「――確かにそうですね」

 皆、虚を衝かれたように発言者――ユーコーのほうを向いた。

 ユーコーは落ち着き払って続けた。「じゃあ、大学から親御さんに連絡してもらうことはできますか?」

「それはできるけど……もう少し様子を見てからでいいんじゃない?」職員は渋った言い方をした。

「いや実は、優佳はここ最近ずっと大学をサボってて、単位もやばいんじゃないかと。そこのところも含めて、早急に大学から親御さんに注意してもらったほうがいいと思うんですよ」

 ユーコーが言うと、職員はやれやれといった様子で息を吐いた。

「昔はそんなことまで大学が世話する必要はなかったんだけど……じゃあ、ここにその子の氏名と学部、学年を書いてくれる?」

 言って、職員はメモ用紙を差し出した。玲がそれに素早く記入する。

「すみません。じゃあお願いします」

 ユーコーは職員に一礼すると、出口に向かって歩き出した。聡恵たちもぞろぞろとそれに続いた。

学生課のフロアを出るや、玲が憤懣やる方ないといったようすで不満を吐き出した。「なにあの態度? そりゃ閉まる時間ぎりぎりに来られて迷惑だったかもしれないけどさ。こっちは客みたいなもんでしょ? 学生の授業料で給料もらってんだからさ」

 菱田が呆れたように言った。「うちの大学の職員も似たような感じだよ。そのくせ、なぜか教授にはヘコヘコしてるんだけどね」

 聡恵はユーコーに聞いた。「あの人、ちゃんと連絡してくれるかな?」

「してくれたとしても、簡単な事務連絡で済ませそうだね。ま、こっちはこっちで動かなきゃいけないな」

「どうするつもり?」

「あの職員さんの受け売りじゃないけど、優佳の親御さんと話がしたいな……玲、優佳の実家の連絡先は知ってる?」

 玲は首を横に振った。「千葉に住んでたってことぐらいしか……優佳って家のことあんま話さないんだよね」

「そっか。また学生課に聞いても無駄だろうしな――」

 ユーコーはしばらく考え込む仕草を見せたのち、そうだ、と一声を発した。

「小学校の頃とかに、クラスの連絡網ってあった?」

 玲は眉をひそめた。「何それ?」

「ああ」菱田が言った。「ニュースの特集で見たことあります。昔はクラスごとに電話番号を載せた名簿をつくって、緊急時に順番に連絡を回していたんですよね。でも、個人情報保護の関係でいまはほとんど作られないようになったとか。僕が小学生の頃はもう無かったですよ」

「へえ、昔はそんなメンドかったんだ」玲が言った。「今じゃ、何かあれば学校からメールがくるもんね」

ユーコーは唸りながら腕を組んだ。「連絡網があれば、優佳と同じクラスになったことがある人なら連絡先がわかるかもしれないと思ったんだけど……俺が小学生だったころですら、前後の人の電話番号しか載せないようにしてたもんなあ。今はもう作らないのが当たり前か」

 一同は、一様に困り顔を浮かべて押し黙った。

 やがて、玲がスマホを取り出して言った。「とりあえず、内部組の友達に聞いてみるよ」

「うん、頼むよ」ユーコーが言った。「何かわかったら連絡ちょうだい」

 それから、何かできることがあったら連絡してほしいという菱田と連絡先を交換し、ひとまず解散することになった。後ろ髪を引かれる思いだが、さしあたって玲が情報を掴んでくれるのを待つしかない。

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