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有島小十郎は入りたい

 放課後の生徒会室。

 そこからはどこかズレた会話をする男女の声が響く。


(まただ……)


 ほんの少し空いた隙間からその様子を眺めるひとりの少年。

 赤く染めた髪の毛に、適当に制服を着崩して腕まくりをし、オラつく感じを醸し出そうという感じが窺える。いかにも高校で不良デビューしました感満載の少年だ。

 ……ただ目力もなく、背も小さいため、RPGで言うところの名も無き不良にしか見えないが。


 彼の名前は、有島ありしま小十郎こじゅうろう

 もと四ツ谷高校の生徒であり、現在は姫ヶ丘学園の二年生。


(なんでなんすか)


 もどかしい気持ちで生徒会室にいる人物を見つめる。


(なんでそんなやつらに従ってんすか、兄貴いいいいい!)


 兵藤佐助の一番弟子と自認する有島小十郎は。

 兄貴と呼び、尊敬してやまない彼が女子生徒相手に尻に敷かれている姿を見て、悔しそうに歯噛みした。


◇◇◇◇


 有島小十郎にとって兵藤佐助は憧れだった。

 喧嘩はだれにも負けたことがなく、仲間思いで、みんなをまとめる長。

 ただ強いだけではなく、優しい性格の彼は人望も厚く、信頼されていた。

 どんな末端の人間がやられても、必ず敵討ちをしてくれるような格好良さ。


 小十郎もまた、彼に助けられた。


 彼にとってはなんてことのないことだったのだろう。仲間がやられたからやり返した。それだけだったはずだろうけれど、小十郎にとってその出来事は大きかった。


 昔から小十郎は弱かった。身体が小さく、力もなかったため、喧嘩もからっきし。ボコボコにやられ、忸怩たる思いをして帰宅して、悔し泣きを流す毎日だった。


 お前は強くなれない、だから歯向かうな、と言われた。


 しかし彼は違った。


「こんなになるまでよく頑張ったな。お前、かっけーじゃん」


 ズタボロにやられた自分を見て、彼は言ったのだ。

 かっけー、と。


 この時から小十郎にとって兵藤佐助は目指すべき存在となった。

 どこに行くにもついて行き、戦いを教わり、いろんなことを真似た。

 すべては彼に認めてもらうため、彼の隣に相応しい存在になるため。

 なのに――


(姫ヶ丘に来てから、ぜんっぜんオレに構ってくれない!)


 生徒会長である十条聖寧によって生徒会副会長に任命されてしまった佐助はほぼ毎日のように生徒会に拘束され、小十郎との時間はほとんどなかった。クラスも離れてしまったため、会うことすらままならず、佐助ロス状態となっていた。


(一言、文句言ってやる!)


 姫ヶ丘学園を締めている相手に有島小十郎は牙を向く。


「たのもー」


 どこぞの道場破りかと思われる台詞とともに生徒会室の扉を思いっきり開けた。

 まだほとんどの生徒会役員が揃っておらず、でかでかとある最奥の席に座る少女を視認し、ずかずかと大股で入っていく。

 許可も得ずに進みながら、威嚇することも忘れない。

 第一印象からこちらが上なのだということをわからせるためだ。


 机の前で止まると、生徒会長を見下ろす。


「なにかご用かしら?」


 突っ立ったままなにも発さない相手を見て、聖寧が言った。


(こいつだ。この女が兄貴をこき使ってやがるんだ。言ってやるぞ)


 ゴゴゴ、と効果音が入りそうな気配を放ちながら、小十郎はごくりと唾を飲む。

 数瞬ののち、彼は意を決して言う。


「二年D組の有島小十郎だ。……オレを生徒会に入れてください!」

「はい……?」


 頭を下げてお願いをした。

 これでもかってくらい頭を下げた。


「このとおり! オレも生徒会に入れてくれええええ!」


 もはや膝も地面につけて、五体投地でお願いしていた。

 土下座、である。


 彼はなかなかに意気地がない。兄貴である佐助が従うくらいの相手ということもあって、怖気づいたのだ。文句を言うどころか、自分も仲間に入れてくれと頼み込むくらいビビった。というよりも本音を言えば、佐助と一緒にいたいだけであり、それが叶うのであれば彼女に頭を下げるくらい平気でやる男なのである。


 いきなりの闖入者にこんなにも懇願された聖寧といえば。


(この子って……兵藤くんのことをよく遠くから見ているわよね)


 兵藤佐助は多くの四ツ谷高校の生徒から慕われている。それは十条聖寧とは違う種類のものである。聖寧が雲の上の存在であるのに対して、彼はとても身近な存在であるためか、より密な信頼関係を構築しているよう。


 目の前にいる有島小十郎もまた、同じような類の人物であるのだろうと聖寧は彼女として鼻が高い気持ちとなった。


「ごめんなさい。もうこれ以上人員を増やす予定はないのよ」

「そこをなんとか! 兄貴の話じゃあ、まだ役職が残っているって」

「確かに残ってはいるけれど、充分機能しているから」


 両手を合わせる小十郎に、にべもなく聖寧は言った。

 意見は曲げないとばかりにその意志は固く彼には見えた。


「だ、だけどさ……人はいたほうが、ひとりの仕事量が減るわけだし」

「そうとも限らないわ。簡単な作業ならまだしも、少々面倒な仕事もこなさなければいけないからそれだけ慎重さを求められるものもあって、人が多いと逆に混乱する場合だってあるの」


「でも簡単なやつとか回してくれれば、あんたたちの負担を減らせて、他のに集中できるだろ」

「あなたひとりにそんな雑用まがいなことを強いたくないわよ。それに簡単なものだからといって手を抜くわけにもいかない。ああ、別にこれはあなたの実力云々の話ではなく、一般的なことね。ひとりで単純作業をするとはいえ、やはりミスというものは発生してしまうから。それで他の仕事に影響したら本末転倒よ。だからこそ、みんなに振り分けて負担を共有しているの。最終的なチェック作業だってみんなでやっているし」


 どう言っても返答はノーの一点張りで、小十郎はわからず屋め、と舌打ちする。


(なんて言ってもこいつはオレのことを入れたくないらしいな)


 次はどう攻めようかと考える小十郎に、聖寧がすっと目を眇めた。


「有島くんだったかしら? あなたは……兵藤くんのことをとても慕っているようね」

「え、ああ、まあな」


「それで彼の助けになろうってことかしら」

「そんなところ、だけど」


「ふーん、そう」

「な、なんだよ」

「いえ、別に。少し聞きたかっただけだから気にしないで」


 やはり、と聖寧は自分の考えが合っていたことを確認した。


(はあ、まったく仕方ない子ね。兵藤くんのことを兄貴と言うくらい敬っちゃって……こういう子って褒めてもらいたい、とか思っちゃって変に行動するのよね)


 生徒会という場を利用して、自分の評価を上げようという相手の魂胆を見抜く。

 だがひとつだけ言っておくと、この少女もまた似たようなことを考えて兵藤佐助を生徒会に入れていた。なのでこの子も人のことは言えない……。


(好きになられるってのも、考えようによっては面倒なのよね)


 頬に手を当てて嘆息する。


「ごめんなさいね、あなたの気持ちは伝わったのだけれど、やはり応えられないわ。ほら、だってあなたみたいな子はたくさんいるのだし、あなたを受け入れたらたくさん押し寄せてきちゃうかもしれないじゃない。こればかりはごめんなさい、お断りさせていただくわ」


 申し訳なさそうに言って、話を終了させる。


(こ、この野郎……オレの兄貴への愛が他のやつらと一緒、だと?)


 同じく四ツ谷高校出身の男子たちと同レベルで見られたことに小十郎はぴくりと眉を動かした。


(舐めんじゃねえぞ。オレはあんなやつらと違う。ずっとずっと兄貴の背中だけを見てきたんだ!)


 奇しくも、聖寧のその言葉が、小十郎の兵藤佐助に対する強い想いに火をつけた。


「兄貴の強さに惚れた。兄貴の格好良さに惚れた。兄貴の優しさに惚れた。兄貴の仲間思いに惚れた。兄貴の言葉に惚れた。兄貴の大きな背中に惚れた。兄貴の全部に惚れた」


 有島小十郎は言う。


「なにが同じだよ……。オレは違う。オレはずっと兄貴を見てきたから。知っているか、兄貴は犬のフンとか道端に落ちてたら拾って捨てることを。電車で高齢者に席を譲ることを。割り込みしてきた人を正すことを。オレたちのことはだれよりも心配するくせに、自分のこととなると平気で自分を犠牲にすることを。オレはそんな兄貴の超かっけーところを見てきたんだよ」


 そして、彼は言った。


「オレは兄貴のことが超超超超おおおおお大好きなんだよ!」


 言ってやった、と有島小十郎はしたり顔をする。


(どうだ? オレのこの兄貴を想う気持ちがどれだけのもんかわかったか?)


 これだけ言えば、もう充分だろうと彼はもう一度聞く。


「これで認めてくれるよな?」

「…………駄目よ」


「は?」

「絶対にあなたを生徒会に入れるわけにはいかないわ!」


「な、なにいいいいい!?」


 渾身の一撃を見舞ったというのに、効果がなかったことに小十郎は声を張り上げた。

 そんな彼の兵藤佐助に対する熱い想いを聞いた少女はというと。


(ま、まさか有島くんがそっちなんてね……)


 額面どおりに受け取ってしまったらしく、効果は抜群だった。

 伝わりすぎなくらいに伝わっていた。


(同性同士での恋なんてこのご時世珍しくはないけれど)


 同性愛者、ホモセクシャル。

 男性なら男性、女性なら女性に性愛や性的指向を指す。


(兵藤くんを好きな人を入れるわけにはいかないわよ!)


 彼女として、やはり彼氏を好きな人をそばに置いておくことなどできなかった。

 自信がないわけではないのだが、もしかしたら心が揺らぐかもしれない。そんな心配を乙女な彼女はしてしまったのだ。


「この想いを聞いても駄目だってのか!」

「余計にね!」


「はあ!? 他のやつと違うだろうがよ! これじゃあ足りないってのか!?」

「だからよ! だから余計に駄目なのよ!」


「意味わかんねえ。理由を聞かせろ」


 自分の想いは充分すぎるくらい伝えたのだから、そちらの頑なな意志も聞きたいのだと小十郎が問いただす。


「駄目なものは駄目なの! いい加減にしなさい!」

「ふざけんじゃねえ! こっちが下手に出てればいい気になりやがって……。だったらいいよ、理由もなしに断られたことを兄貴に報告してやる。きっと兄貴は優しいからオレの味方になってくれるだろうな! へっ!」


「理由もなしって、私はちゃんと述べ――」

「あーあー、聞こえなーい。ぼくちん耳悪くて聞こえなーい」


 これ以上取り合わないとばかりに耳を塞ぐ小十郎に、もはや冷静さを失った彼女は歯止めがきかなかった。


「兵藤くんはすでに私のものだからよ!」


 ばーん、と机を叩き、立ち上がって言い放った。

 自分が兵藤佐助の彼女なのだということを、言ってしまっていた。

 あまりむやみに人に言わないことにしていたことだったが、ライバルの出現に気づけば口が開いていた。


 決定的なその一言に、しかし、小十郎は。


(まさかオレの兄貴を、すでに物扱いするくらいの上下関係になっていたなんて……)


 前後の会話があれなだけに、全然違ったふうに彼女の言葉を捉えていた。


(確かに最近兄貴、よくだるいとか疲れたとか言っていたな……。この女、オレの兄貴をこき使って遊んでやがる! なるほどな、それでオレが入ったら邪魔になるから頑ななまでに断ってたんだな)


 自分が付き従う人がそんな環境にいて、気分の良いものであるはずがない。


(兄貴が優しいのをいいことに付け込みやがって……。オレの兄貴を利用するとか絶対に許さねえ)


 よくよく見れば、この嗜虐的な笑みも、勝ち誇ったかのようなそれだ。

 ぎりり、と小十郎の歯が鳴る。


「……くそが、兄貴はお前のものなんかじゃねえ、オレのものだ!」

「なっ!」


「なにがあろうとも、オレは生徒会に入って、兄貴を連れ戻す!」

「ふ、ふざけないで! あなたの入る余地なんてないわ!」


「はんっ。さては怖いんだろう? オレが生徒会に入ることで兄貴がオレのもとに戻ってくることが」

「そ……そんなわけないでしょう」


 どういうわけか、少し怯んだ相手に小十郎は押せ押せムードとなる。


「まあそうだよなあ。こっちに兄貴が来たら、もう今までのようにはできないもんな」

「っ――」


「あんなことやこんなことも……できなくなるもんなあ?」

「うぐぐ……」


 形勢は逆転。

 優勢になり始めた小十郎が畳みかけようとした時であった。


「ういーっす――ってあれ、小十郎いたのかよ」


 生徒会に入室してきた少年――兵藤佐助がふたりのピリついた雰囲気を察する。


「ったく、小十郎は……もう少し待っとけって――うおっ」

「兄貴いいい! やっぱりこんなとこやめましょうよ! ね!」


 いきなり抱き着かれた佐助は落ち着けと背中をさする。


「なにを握られているのか知らないっすけど、オレがどうにかするんでやめましょう!」

「いや、なにを言ってんだよ」


 わけのわからないことを口走る相手に佐助は困ったように頭を掻く。

 だがそんなふたりの仲睦まじいところを彼女として見過ごすわけにもいかない人物がここにもいるわけで。


「ちょ、ちょっと有島くん、兵藤くんから離れなさい!」

「十条も落ち着け」

「落ち着いていられないわよ! どうして兵藤くんは平気でそういうことをするのよ!」


 彼氏に文句を言いに彼らのもとへと向かう聖寧に、佐助は離れない小十郎を引っぺがし、「お前はそこで待ってろ」と小十郎から離れた位置に聖寧と移動する。


「大体兵藤くんは、そういうところがあるからああいう男をつけあがらせるのよ」

「なんの話だ。って、そういうのはよくって。朝に話しそびれたんだけどよ」

「よくないのだけれど。話ってなに?」


 納得はいかないものの、融通の利かない彼女ではないので聖寧は一応聞くことに。


「十条もわかったと思うけど、小十郎はいろいろとあれでさ。いいやつなんだけど、暴走気味というか、ちょっとしたことでもいざこざを起こしちゃうんだよな。特に俺のことで。だから生徒会に入れて、大人しくさせておきたいんだ」

「ええ……でもそしたら――」

「そこをなんとか頼む。ちゃんと仕事はさせるし、あいつも部活で来れない日とかもあるから毎日仕事ができるわけじゃないんだけど。あんま放っておけなくて」


 佐助が優しさからそう言っているのは頭ではわかっている。

 けれど、聖寧はやっぱり、不安に思うのだ。


「わかったわ。兵藤くんがそこまで言うのなら庶務として生徒会に入れてもいい」

「まじか、ありがとな」


「ただし、ひとつだけ確認させて」

「お、おう」


 人差し指を立てて、声を潜めて彼女は言う。


「一番はだれ?」


 確認したかったのだ。

 十条聖寧は、兵藤佐助の中での一番の人物はだれなのかはっきりとその口から聞きたかった。


(い、一番……?)


 しかし佐助は、そのふわっとしたものがなにを示すのかわからなかった。


(わざわざ嫌いな俺の頼みを聞いてくれたんだ、きっとそのこと――)


 あ、と佐助は思いつく。


(なるほどな、生徒会での一番偉いやつはだれなのかを聞いてんだな。お前の頼みは聞いてやるけど、この場所での一番はだれなのかはっきりさせておきたいってことか、十条らしい)


 これがきっかけでどれだけの仕事が自分に舞い込んでくるのかわからないが、仕方ないと腹をくくる。


「決まってんだろ。十条だ。一番は……十条だから」


 なんでも言うことは聞いてやるからこれだけは、という思いを込めて言う。

 すると、聖寧は自分で聞いておきながら恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「そ、そう。わかっているならいいわ」


 聖寧は真っ赤に染まる顔をだれにも見せないように、背中を向けたまま言う。


「ごほん。ええ、いろいろ話し合った結果、有島くん。あなたをこれから庶務として生徒会に入ってもらうことになったわ」

「え、まじ! やったぜ!」


 渋々ながら迎え入れた少年の歓喜の声を涼しげな表情で流しながら、席へ戻る。


「これからよろしくっす兄貴」


 というような会話をする彼らのやり取りを背中で聞きながら、


(ふふ、私が一番ですって……)


 生徒会長のニヤニヤは止まらなかった。


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