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柏木麗華は気づいて欲しい

今日2回目の更新です。

 高級車に乗って登校してきた十条聖寧を校門前で待ち、挨拶を交わして彼女の半歩後ろを歩く。多くの注目を集めながら校舎の中へ入ると、その視線は変わらず、無数の挨拶が乱れ討つ。それらに対して丁寧に返す彼女の横で自身も挨拶をしていく。教室の中に入り、クラスメイトとの交流を深める彼女を見守り、笑顔でお別れをすると自席へ。鞄から本日の勉強道具を机の中にしまい、一息つく彼女を見て、隣に控えていた柏木麗華も席へ着く。


 平時なその完璧生徒会長の姿に感服……とはいかなかった。

 今日だけはその牙城が崩れていた。


(会長の髪の毛が一本だけ跳ねてるうううう!)


 さらさらの聖寧の黒髪が、一本だけ違う方向にいっていた。


(こんなこと……初めてだ)


 身だしなみはいつだって寸分狂ったことはなかった。

 朝起きたらもう整っていて、一日じゅうずっと整っている。運動したって、なにかトラブルが起きたって、外側はまったく影響していなかったというのに。


 あり得ない事態に柏木麗華は今日会ってからずっと気になっていた。

 幸いにしてその跳ね具合はごくごく小さなものであり、ずっと隣で彼女のことを見てきた麗華にしかわからないくらいのものだ。クラスメイトだって気づいた人はいないと思われる。


(あの男のせいだ……)


 未だ登校してきていない憎き相手に怒りが込み上げる。

 だがいない人物を怒ってしまっても意味はない。

 自分がやるべきことはただひとつ、だと麗華は決心する。


(このことをそれとなく会長に伝えること!)


 柏木麗華は十条聖寧には完璧な人であって欲しいのだ。

 人によっては些細なことと思われるだろうが、彼女はそんな会長を見たくはないと思っている。


「どうかしたの、麗華」

「い、いえ! なにも!」


 思案を巡らせていた麗華はいつの間にか、聖寧のことを見てしまっていたらしく、彼女から心配そうに声をかけられるも反射的に否定してしまう。


「そう、ならいいのだけれど」

「あっ……」


 伝えるタイミングを逸してしまう。


(な、なんて言おう……。『髪の毛、跳ねてますよ?』。いやいやそれじゃあ直接的すぎるし。『今日は朝忙しかったんですか?』。駄目駄目、それじゃあ忙しさを言い訳に身だしなみを整えてこなかったことを非難しているみたいだ! ……どうしよう)


 前を向いた聖寧にどう言おうか言いあぐねる麗華に、やはり聖寧は穏やかに笑む。


「なにか困っているんでしょう? 私でよかったら聞くわよ」


 優しい聖寧に、勇気をもらい、麗華は言う。


「その……会長には言いにくいんですけど、実は、私……すごい気になりすぎていて。でもこんなこと言ったら失礼かなあとかいろいろと考えてしまいまして、ですね」

「気になりすぎていて?」


 はきはきと物を言う麗華にしては珍しく言葉を濁すため、聖寧は怪訝そうに見つめる。


(なにかしら、言いづらいこと? けれど麗華に限って私に後ろめたいことなんて……)


 常に自分のことよりも聖寧のことを考えてくれる少女なだけに不安になる。


(――はっ! 気になるってもしかして……)


 思い浮かんだ解に聖寧はちらちらと教室の人たちを見回す。


(好きな人ができたってこと!?)


 いや、違う。


(ま、まあそうよね。麗華も年頃の女の子。共学になって、もう一か月も経つのだし、そういう人ができていてもおかしくはないわ)


 いや、できていない。

 むしろ姫ヶ丘の風紀を乱す輩を嫌っている。


(私も最初はこの気持ちが恋だってことに気づくのに時間を要したのだし、麗華もたぶんわかっていないのでしょうね。もう、可愛いところあるじゃない!)


 そうと結論付ければ早い、聖寧は麗華が言いにくいことは言わせないように先に口を開く。


「麗華もようやくこちら側の人間になったってことね?」

「は、はい?」


 なんのことを言われているのかわからない麗華を見て、そっと耳元で囁く。


「今はまだわからないかもしれないけど、たぶんそれはあなたの思っているとおりよ」

「えっと、会長?」


 察してあげているというのに、こちらの意図は届いていないらしい。


(もう仕方ないわね!)


 自覚がない恋愛素人の柏木麗華に恋愛玄人(自称)の十条聖寧は言う。


「恋よ」


 ぴたり、と麗華が止まる。


 まだまだ戸惑いを見せる彼女に聖寧は得意げに鼻を鳴らした。


(頭を整理しているのかしらね。無理もないわ、言われてすぐに納得できることじゃないもの)


 とかなんとか自分の過去と照らし合わせている聖寧だが、実際には。


(こ、故意にやってたんだああああああ!?)


 こい違いを起こしていた。


「(自分の気持ちに)気づいた?」

「(髪の毛が跳ねていることに)はい」


「よかったわ」

「気づかないわけないですよ。ずっと見てきたんですから」

「そ、そう」


 聖寧はどこか恥ずかしそうに視線を彷徨わせる。


(私って気づかない内にそんなにイチャイチャっぷりを見せつけていたのね……)


 幸せぶりを見せつけてしまっていたことをちょっぴし反省する。


「ですがどうしてそのようなことを……?」


 髪の毛を跳ねさせるというよくわからない行動に疑問を呈する麗華。


(? どうして私がそう結論付けたのかということを知りたいのかしら?)


 質問がややおかしい気もしたが、まだ混乱しているのだろうと納得させて聖寧は答える。


「ほら、私って敏感じゃない?」

「敏感、ですか」

「だからね、すぐ感じちゃうのよね。……ああ、来たわねって」

「さ、さすがです!」


 思わず拍手をする麗華に聖寧は、ふふっと調子に乗ったように腕組みをする。


(なるほど、会長は流行に敏感だったのか)


 流行。

 社会のある時点で、特定の表現や思考であったり、製品などが広まり、普及していくこと。

 だれが発しているのかは定かではないが、確かにそういうものは存在する。


(つまり今回流行り出すと思われるのは、髪の毛を一本跳ねさせるということ)


 だれよりも先へ進み、時代を築き上げていく少女が十条聖寧だったのだ。

 自分では到底行き着くことができない高度なものに、麗華は痛く感心する。


「でも気づけたってことはとても成長したと思うわよ」

「いえいえ、私なんてまだまだです」


 恐縮する麗華に恋愛面においては先輩である聖寧は上から言う。


(はあ、麗華も恋を知ったのね。なんだか嬉しいわ)


 親のような気持ちとなった聖寧の気分はずいぶんと良い。


「でも気づく人ってあまりいないものよ。このクラスにだってほとんどいないもの」

「私が気づくことができたのは、会長の隣にいたからです」

「恥ずかしいわよ」

「なにを恥ずかしがることがあるんですか。むしろ見せびらかすべきです!」

「そんなことできないわよ!」


 泡を食ったように抗議する聖寧。


(ああ、そうか。こういうことは見せびらかしていいってものでもないのか)


 流行の勉強になったと手帳にメモをする。


「ですが隠すのももったいないですよね。新聞部に言って、特集でもしてもらいますか?」

「公にしすぎでしょう!?」

「こういうのも違うんですか」


 恋愛に疎いと思われる麗華に聖寧は人差し指に手を当ててウインクする。


「こういうことはみんなには秘密にするの。そのほうがイケナイ感じがするでしょ」

「おお!」


 手応えがあったことに、高揚感を覚えた聖寧。


「だから麗華もこのことはみんなには内緒よ」

「はい、絶対言いません!」


 神の誓ってと大げさに心の中で叫ぶ麗華だった。


 そんなふうにふたりだけしか知らないことができたことに喜ぶ少女を他所に、聖寧はふむと顎に手を当てていた。


(気になる人ってのはどの方なのかしらね)


 ふたりはあまり恋愛に関して、話したことはない。

 好きな顔や性格など互いにわからず、好みも想像がつかない。

 だからと言って気にならないわけがない。


(うちのクラスだと兵藤くんが抜きんでているけれど、他の男の子は……同じね)


 十条聖寧の彼氏(思い込んでいるだけ)こと兵藤佐助は至って平凡な顔である。


 ものすごいイケメンなわけでも、ものすごい不細工なわけでもない。

 少々目つきが悪く、地毛である茶髪が怖さを植えつけさせるため、強いてタイプを分けるとするのであればワイルド系というところだろうか。ただその外見を覆すほどの心優しき少年であり、良いところはたくさんある。


 しかし、聖寧は過剰なほど彼のことを好いているため、イケメンの基準が彼なわけで。


(やだやだ、私ったら兵藤くんの格好良さを再確認しただけじゃない!)


 ひとりで勝手に舞い上がっていた。


「会長、会長」

「え、な、なに麗華」

「私もしていいですか?」


 勇気を振り絞って麗華は言った。

 なんてことはない、彼女は聖寧と同じように髪の毛を一本跳ねさせてもいいかと問うたのだ。


(流行、私も会長と一緒に乗りたい!)


 という彼女の考えはしかし、相手には伝わらず。


(したいって……告白ってこと? は、早くない? ……い、いえでも私だってすぐに告白したのだし早くはないわね。でも……えー、大丈夫かしら)


 背中を押していいものかと悩む。


 麗華にはお世話になっているし、幸せになって欲しいとも思っているのだが、相手がどこぞの馬の骨かもわからぬ現状、軽々と頷くわけにもいけなかった。


「ま、まだやめておいたほうがいいんじゃないかしらね」

「駄目、ですか? やはりまだ私はそういう器ではないということでしょうか?」


 悲しそうに顔を伏せる麗華に聖寧は胸を痛める。


「違うの。決してそういうわけではなく――」


「おっす、十条、柏木。今日の生徒会だけどさ」


 軽い挨拶と同時に現れたのは兵藤佐助だった。


 彼の登場により、話が途切れ、しばしの静寂となる。

 だがそれも一瞬のことだった。

 なんの迷いもみせず、彼は踏み出すと聖寧の髪の毛に触れた。


「ははっ、髪の毛一本だけ跳ねてたぞ? 十条もそういう抜けてるとこあんだな」


 兵藤佐助という人物は、仲間の些細な変化にも気づくような少年である。

 番長やリーダーといったものに位置付けられていたのだが、こういう部分もまた買われてのことだ。


「あ、やべもう先生来た。話はまたあとで」


 彼はふたりの少女から驚倒と羞恥をかっさらうと、そそくさと自席へ向かった。


「…………」


 麗華は聖寧のことが見れず、前方に身体を向けた。


(そうか、会長は流行を作り出すと同時に、失敗も一身に受け持っているんだ。だからそういう役目を私にさせないために、わざとあんなふうに……)


 より一層尊敬度が上がっていた。


 一方、聖寧は触れられた髪の毛を気にしていた。


(髪の毛跳ねてたの、兵藤くんに指摘されちゃったわ、恥ずかしい。髪の毛が乱れている彼女なんて嫌よね……。でも、私の髪の毛に触れて、ちゃんと直してくれた)


 羞恥心以上に、彼氏の優しさに頬を緩めるのだった。


「えへへ……」


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