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有島小十郎は輝いて欲しい

 ぽーんとボールが転がる。


 太陽が中点に差し掛かった頃合い。

 雲ひとつない空の下、だだっ広いグラウンドをほぼ貸し切り状態でふたりの少年が使う。


 ひとりはサッカー部と生徒会に所属する有島小十郎。

 もうひとりは生徒会にのみ所属する兵藤佐助。

 ふたりは現在、サッカーボールを蹴り合っていた。


「兄貴は部活入んないんすか?」


 昼休み。

 昼食を摂り終えた佐助は小十郎の練習相手をしていた。


「まあな」

「もったいない。兄貴ならどこでもエースなのに」


 兄貴と呼ばれる兵藤佐助は、運動が大の得意。スポーツテストでもその才能をいかんなく発揮し、見事男子一位であった。


「てか、言っても、姫ヶ丘って俺が入れる運動部あんまないし」


 トラップできっちり止め、小十郎にボールを返す。

 姫ヶ丘学園の運動部は、剣道部、バスケ部、バレー部、バドミントン部、ダンス部、陸上部くらい。あとは美術や吹奏楽といった文化部のみ。


 四ツ谷高校と統合した際にサッカー部が新設されたくらいで、多くの部活は女子生徒で構成されている。そのため入ったとしても大会など出れず、練習をする程度になってしまう。一応ダンス部と陸上部は男子生徒も入って大会等も出れるが、女子ばかりの中に入るとなると勇気がいる。もともとあまり部活等に力を入れていなかった四高の生徒たちのほとんどは帰宅部で部活に入っているのなど珍しいほどだ。


「だったらサッカー部どうっすか?」

「いやいいよ。俺はこうして練習に付き合う程度で」

「でも前までは入ってたじゃないっすか」

「まあ、そうなんだけどさ。悪いな……」

「そっすか……」


 小十郎は残念そうに俯き、ボールを止めたまま固まる。

 あまり理由を言いたくない佐助は苦渋の表情を作る。


(言えねえよ)


 自分を慕ってくれる相手に対して、こんなこと言えない。


(俺がサッカー部に入ってたのが妹のためだったなんて)


 妹のため。

 聞く人によれば、それはシスコンと称してしまうだろう。

 だが彼の場合は少し違う。


 何度も言うようだが、彼は優しい男であり、仲間思い家族思いなのだ。妹の佐依里に至っては小さな頃から可愛がっていて、大切な存在なのだ。だから妹から、


「サッカーやっている兄ちゃん格好良いね」


 と言われてしまえば、喜ぶ姿をもう一度見せたいと思うのも自明の理。


 きっかけはそれだった。

 もちろん勝ちたいと思う気持ちもあったが、根底にはそれがあったのだ。


 言ってしまえば、邪な気持ちがあったというわけ。

 そして今回、彼がサッカー部に入らなかった理由もまた妹絡みで。


(姫ヶ丘の副会長になったって言ったらすっげえ喜んだんだもんなあ)


 ということだった。


 姫ヶ丘学園と言えば、それはもう有名な高校なわけで。兄がそんなすごいところの副会長を務めるともなれば、妹の佐依里もこういう反応をしてしまうのも無理はない。


 で、佐助は生徒会とサッカー部を両立するという器用なこともできないし、そもそも生徒会の仕事もまだ全然であるため、どちらが優先すべきかと言われれば前者になってしまうわけで。


「嫌いになったとかそういうわけじゃねえからな」

「わかってるっす」


 自分の慕う人間がどういう漢かは小十郎が一番わかっている。


(あいつ……)


 諸悪の根源たる少女の名前は。


(十条が原因……ってことっすよね)


 姫ヶ丘学園の生徒会長の十条聖寧。

 運動と料理はちょっと苦手だが、その他はなんでもできる完璧少女。

 という認識だが、その実。


(兄貴を奴隷のようにこき使う悪魔!)


 と小十郎は思っている。


 本当はこき使うとかは全然なく、ただ一緒に仕事をしているだけ。ただちょっと佐助の仕事の遅さがあれなだけ。つまりは小十郎の勘違い。むしろ聖寧は佐助のこと大好き。


「兄貴の優しさはオレが一番わかってるっす」


 だからこそ、彼はそこを利用する天使の仮面をかぶった悪魔を許せない。


「兄貴は常に人のため……っすからね」


 複雑な気持ちのまま、そう付け加えた。

 生徒会に身をやつすのも、小十郎はその佐助の性格の良さ故であることはわかっているので、やめろと言ってもやめないこともわかっている。


 でもそれでも彼は佐助が好きなことをして欲しいと思っている。


(うっそだろ……)


 一方、自分を慕う少年がそんな思いを抱いていることなど知らない兵藤佐助は開いた口が開かなかった。


(小十郎のやつ、俺が妹のためにやっているって気づいちまったか……)


 いや、さすがにそこまでは知らないだろうに、直前まで不純な動機に懊悩していた佐助はそれに繋げてしまう。


(うーわ、そうか。だから小十郎のやつあんな悲しそうな顔をしてたのか)


 悲しそうな顔をしていたのは自分の兄貴分が悪魔に利用されていて、自由を束縛されているからである。……まあ、そんなことわかるはずもないのだが。


(いやいや、確かに俺は佐依里のためにサッカーやってたし、生徒会の仕事だってやっている。けど、それはきっかけなだけ。サッカーも超好きになったし、チームの勝利のために努力していた。生徒会だって佐依里のためだけじゃねえ。任された仕事とかは生徒会のため、そして学園のためにと思ってやっている。それは偽りじゃない!)


 そう兵藤佐助は生徒会の仕事に対して真摯に向き合ってきた。

 多少おろそかにすることや、不向きな部分もあって仕事の出来はあまりよろしくないが、それでも――仕事を放棄するだとか、適当にこなそうなどとは思っていない。


 そこだけははっきりとさせておきたい。


「待ってくれ、小十郎。たぶん小十郎の思っていることはおおよそ合っている」


 けど、と佐助は続ける。


「それはきっかけに過ぎないんだ!」


 数メートルの距離を置く相手に伝わるように気持ちを込めて言い放った。


「きっかけっすか……?」


 たっぷりと時間を置いてから小十郎は精一杯といった様子で返す。

 佐助は頷き、訥々と語る。


「確かにきっかけこそ、あんまり良くなかったかもしれない。けどいろいろやっていくうちに気づいたんだ。こういうのも悪くないって。確かに大変だよ。やれ確認だ、やれ整理だ、仕事仕事のオンパレード。終わったら即次の仕事……正直地獄だ。けど、さ。自分のしたことが人のためになって、喜ばれるのなら俺は全然苦じゃないって思った。達成感っつーのかな、あんま自分でもよくわかってないんだけど、俺は結構……好き、でさ」


 好きという単語にどこか気恥ずかしさを感じ、佐助は頭を掻く。


「サッカーとは別の好きが、そこにはあるように感じたんだ。あんま上手く言えなくて悪いな。まあそういうことだから……」


 これだけ言えば、小十郎のことだから大丈夫だろうと佐助は微笑みかけた。

 自分のことを自分以上に理解してくれていると佐助は思っていたのだが。


(あ、兄貴が……兄貴が、十条のこと好きになっちゃってるううううううう!)


 全然理解してなかった。

 これっぽっちも言葉の意図を汲み取れていなかった。


(まじかよまじかよ。確かにオレの周りの男どもはこぞって十条と付き合いたいだの抜かしているくらい人気だ。けどそれは表の顔であって、裏では兄貴を奴隷のように扱う悪魔そのもの。兄貴なら大丈夫だと思っていたけど、まさか兄貴まで魔性の女にやられちまったのかよ!)


 兵藤佐助は生徒会を話の重点に置いて話していた。

 対して有島小十郎は十条聖寧という少女を話の重点に置いて聞いていた。

 つまりここでふたりの主語が少し変わってきてしまっていたのだ。


 こういうのも悪くない=こき使われるのも悪くない。

 人のため=十条聖寧のため。

 喜ばれる=十条聖寧に。

 結構、好き=十条聖寧のことが好き。

 ……というふうに捉えてしまっていたわけで。


 彼は佐助が聖寧に籠絡されてしまったと思ってしまったのだ。

 彼女の手口にまんまと引っかかり、あまつさえ恋に落ちてしまった、と。


「兄貴には悪いっすけど、それは錯覚っす」

「さ、錯覚……?」

「そっす。よーく思い出してみてください。あんなもん……カップラーメンについてくる蓋止めるシールより価値ないっすよ。てか、道端に生えている草そのもの」


 鼻をほじりながら、小十郎は言う。


「どういうわけか、いろんな人には必要とされていて憧れ的な感じっすけど、オレにはそうは思えないっす。だから仕事のほうも適当にやるのが一番」


 目を覚まさせるように彼は言う。


「考え直すべきっす。その感情は一時のもので、十条とかいう女はろくでもない――」

「やめろ、小十郎」


 普段から温厚な佐助はだれかに怒ったりなどはしない。

 ましてや仲間に対してそういうことをすることなどないとだれもが思っている。


 けれど、今目の前にいる彼は――ひどく怒っているように小十郎には見えた。


「あに、き……?」

「俺を悪く言うのは一切構わないが、生徒会を……十条のことを悪く言うのはやめろ」


 生徒会をひいては生徒会長である十条聖寧のことを侮辱するような発言をした小十郎に対して佐助は黙っていることができなかった。


 自分はいいのだ。

 だって、妹のためだとかいう邪な気持ちで入っただけなのだから。


 けれど彼女たちは違う。

 今までの佐助の頑張りなど到底及ばないほどの努力をしてきたのだから。


「十条はな、結構すげえやつなんだ。生徒会長として多くの人を引っ張り、自分の仕事があるのに、ちゃんと俺らの仕事のチェックも怠らず、的確な指示を出してくれる。まあ若干俺の扱いがあれだけど……。そこはいいとして。いろんなところに目や耳を向けてるのに、自分のこともしっかりやっている。あの生徒会があるからこそ、学園が成り立っているのも頷ける」


 兵藤佐助は言う。


「お前のことだ、また俺のために言ったとかそんなところだろ? けど俺は生徒会をやめるつもりはない。まだまだだから俺は。いつか十条に肩を並べるくらいになりたい。そんでもって認めさせてやりたいんだ。俺という存在を。その時が来るまでやめられない」


 するとちょうどよく昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。


「やっべ、時間忘れてた。おい小十郎。早く戻るぞ」

「あ、は、はいっす」


 校舎へ向かう佐助に遅れて、小十郎もボールを小脇に走る。


 その最中、彼は思う。


(や、やっべえ。兄貴、十条のことめっちゃ好きじゃん! だってオレが十条のことちょーっとディスっただけであんな怒って……)


 怒られたことにもショックだがそれ以上に憎悪が芽生える。


(くそ、あの女……。絶対に許さん。待っててください、兄貴。オレが目を覚まさせてあげるっすから!)


 宿敵十条聖寧を掲げ、彼はひた走るのだった。


◇◇◇◇


 同時刻。

 

 グラウンド付近の木陰に身を隠していた少女は高鳴る心臓を抑えるのに必死だった。


(兵藤くんったら……私のことあんなに)


 サッカーをやっていた佐助を発見した聖寧は彼氏の格好良いところを拝見しようとこそこそ近づいていたのだ。で、前半の会話こそ聞こえなかったが、有島小十郎が自分を貶めるために悪口を言って、彼氏たる佐助が怒ってくれた、というふうに捉えていた。


 彼女のいないところで行動を起こした男のことはすっかり忘れ、彼女はより一層彼氏のことを好きになってしまうのだった。


「えへへ……」


 追記。

 無事、十条聖寧は午後からの授業に遅刻した。



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