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出水泉は慕われたい(後編)

(どういうこと……?)


 二年C組の担任出水泉は動揺していた。


 眼前に立つ少女、十条聖寧は生徒会長を務める優秀な生徒だ。

 品行方正、成績優秀、みなに慕われている――完璧な少女。

 まるで昔の泉と同じような少女が。


 偽りとわかる笑顔をこちらに向けていたのだ。


(いつもはこんなんじゃ、ないはず)


 そう、聖寧はいつだって自然な笑みを周囲に振る舞っている。

 自分とは全然違うような、心から出てくる笑顔。


 けれど、現在浮かんでいるそれが自然なものではないと泉は気づく。

 いつだって演技の、周囲を喜ばせるためだけの笑顔を浮かべる泉はその違いに敏感だった。


「十条さん?」

「はい。どうかしましたか、出水先生? 次は私ですよね?」


 ぎこちない泉とは対照的に聖寧は落ち着き払っている。

 それがまた逆に恐ろしく、「なんでもないの」と手を振る。


「そうですか」


 そろりと瞼を落とす。


「……そろそろ私も限界なのよ」


 だれにも聞こえないくらい小さな声音で聖寧は言った。


 耳を澄まさなければほとんど聞き取れないくらい小さなものだったが。


(この子……私が不正をしているのを見抜いた!?)


 ごくり、と唾を飲む。

 ぼかしてはいるが、それを意味することがなんなのかわからないわけがなかった。


(いつから? いえ、それよりもどうやってバレたの?)


 これまで泉は佐助以外にもくじをいじっていた。

 彼のように特定の番号を引かせるということはしないにしても、ある程度のところへは寄せることに成功していた。


 箱の生徒たちからは見えない側は開くことができるのだ、不正を行うのに造作はない。

「前に行きたくないわー」と言っている生徒には前に行かせるように前のほうの番号を取りやすい場所に移動させたり、「近くだといいわね」と友達同士で話し合っている生徒には正反対の場所に行かせるように取らせたりしていた。


 つまり、弄んでいたのだ。

 出水泉は、掌の上で生徒たちを転がしていた。


(バレていないと思っていたけど、まさか気づかれるとはね……)


 やる少女だとは常々思っていた泉。

 警戒はしていたつもりだったが、ここまでとは予想外であった。


「十条さん。なにか言った?」

「いえ、なにも」


 言及されることはなく、泉は余計に怪しんだように視線を彼女に送る。


(確実にわかっている顔よね)


 必要以上に笑みを咲かせて、柔和なそれを絶やさない。

 すべてを見透かした、とでも言わんばかりであった。


(このことをみんなに言いでもしたら、私は……)


 イメージがガタ落ちしてしまう恐れを危惧し、打開策を練る一方。

 悠然とした様子で立っている少女は。


(わかっているわよ、泉先生?)


 わかっている。


(私の彼氏を誘惑しているのは、私にはお見通しなのよ!)


 全然わかっていなかった。

 彼女がわかったのは不正を行っていることではなく、泉が一生徒を誘惑しているということだ。


 誘惑。

 出水泉の行動は、なかなかに積極的で、距離も近い。

 もちろん他の生徒に対しても同じなのだが、佐助に対してはちょっとばかし違っているのも確かで。佐助のことを大好きな彼女からしてみたら、それは見るに堪えられないものなわけで。


 けれど、そのことを言えば、自分たちが付き合っていることを公表することになる。

 聖寧はあまりこの関係をおおっぴらにしたくないのだ。

 みんなに秘密な感じも好きだし、なによりも彼氏のことがある。広められでもしたら、この日常が変わってしまう恐れもある。


「十条さんは残っている席でどこがいいとかある?」

「え?」


 箱に手を入れようとした聖寧はその言葉に顔を上げる。


(ふっふっふ)


 ほくそ笑むのは出水泉だ。


(十条さんは危険。だったらいっそ、こちらに引き込めばいいのよ)


 姑息な女、だ。

 バレてしまったのなら、甘い言葉を囁いて同罪にしてしまおうという戦法。

 いくらキレる相手とはいえ、所詮は女子高生。まだまだ子供。

 扱いくらいチョロいものだ、と泉は考えた。


(どういうこと? 私に席を選択させるなんて……)


 相手の思惑が上手く読み取ることができず、視線を泉から外す。

 外した先そこには、黒板に書かれた座席とすでに決まった生徒の名前。


 兵藤佐助の隣は……まだ空いている。


(た、試されているの!?)


 即座にそう判断する。


 出水泉は兵藤佐助を好いている。で、そのことに気づいた十条聖寧。しかし、そのことを指摘しない。なんでだろう……あ、そうだこの子も彼のこと好きなんじゃないの?


(そ、そういうことね……)


 頭の回転が速いこと速いこと。

 ……まあ、全然違うのだが。


(ここは危険を冒してでも先に仕掛けておくべきだったわ)


 先手を打たれた聖寧は、答えに窮する。


「やっぱり、後ろの席とか? あんまり前だとあれだもんねー」

「くっ……」


 余計言えなくなり、苦々しく顔を歪める。


(幸い一番後ろの席も空いているし、そこにいかせてあげよっかな)


 なんてのんきに考える泉に、聖寧は待ったをかける。

「後ろだとあまり勉強に身が入らなそうなのよねえ。私、どちらかというと前のほうがいいかなーなんて思っていたり」

「あらそうなの? それじゃあ兵藤くんの隣が空いているからそこにする?」


 小声で会話をするふたり。

 教室は喧騒に包まれるが、このふたりには周りの声など聞こえていなかった。


(完全に知られてしまったわ。どうしましょう……)


 自分が兵藤佐助を好いていることを相手に知られてしまい、聖寧は「うっ」と言葉を詰まらせる。


(あー、なになに。本当は後ろの席に行きたいけど、真面目な彼女はイメージのために前の席に行きたいって言ったってこと? うわ、面倒くさい)


 顔を引き攣らせる泉。


(ほらほらやっぱり! やだ、秘密なのに!)


 聖寧は視線を感じて逃げるようにして、目を伏せる。


(ほーらやっぱり。本当のこと言えばいいのに)


 泉は辟易と肩をすくめる。


「やっぱ後ろにする?」

「え」

「いや、十条さんは後ろに行きたいかなーって」


 気を遣った泉の提案だったのだが、聖寧はそうは思えず。


(私が兵藤くんのこと想っていると知った途端に後ろに行くように言ったわこの人!)


 ライバルを減らそうと目論む相手に聖寧は悔しそうに拳を作って唸る。


(付き合っていることを言っちゃおうかしら……)


 決意しようとした聖寧だったが、いや待てと根本の問題を思い出す。


「私思ったんですけれど、こういうことはやっぱりやめませんか?」

「え?」

「席を選ぶというのは私だけ不公平ですので」


 白紙に戻す。


 そもそもの原因は先手を取られてしまい、冷静な判断ができなかった聖寧だ。

 これ、提案にさえ乗らなければいいんじゃないのと思ったのである。


(ちょっと待ってよ! それじゃあ私のやったことバラすってこと!?)


 一気に形勢が逆転され、劣勢となった泉は焦る。


(最初いけると思ったのに、さすがは十条さんね。上手く躱した)


 化けの皮が剥がれてしまう。それだけは駄目だと泉は渋面を作る。


(私はみんなの憧れの存在……見下されるのなんて御免よ)


 出水泉は言う。

 柔和な笑みを浮かべた、いつもの状態に戻って。


「試すようなことしてごめんね。十条さんがどれくらいなのか知りたくって」

「ため、されていた?」


 思ったとおりの反応を、首肯で返して泉は述べる。


「あなたが相応しいかどうか、ね」


 完璧を地で行く少女。

 ものすごい険しい道のりである。だが泉はその難関を突破してきた。

 だから先達として、見極めてやると――なんかそれっぽく大嘘をついた。


(なるほど、すでに泉先生は私と兵藤くんの関係を知っていたのね。それで私が彼に相応しいかどうかをずっと見ていた、と)


 ややこしい言い方をするせいで、聖寧も事態をさらにややこしくしていた。


「さ、どうぞ。あなたが本物なら……ここで引けるはず」


 瞬時に細工をした泉は再びくじの箱を聖寧に差し出す。

 今回した細工は窓側の一番最後の席の40と一番前の席、つまりは兵藤佐助の隣の席である20の番号だけを箱の中に入れるというもの。


(一番後ろの席がいいんでしょ? だったら引いてみなさいよ)


 二者択一。


 十条聖寧には恨みはないが、こうなってしまったら仕方ない。

 それっぽく振る舞ってやる、と泉は上級者面をして待ち構える。


(私の兵藤くんへの愛が本物なら残りのものから兵藤くんの隣を引けるはずってことね)


 頭がいいはずなのに、彼氏が絡むとお馬鹿っぷりはひどい。


 緊張で手が震える聖寧は悟られないよう、ゆっくりとくじの箱へ手を入れる。


(なんかあんまりくじがないわね……ええい、こっちよ!)


 ばっと取り出したそれには。


――――


(やったあ、また会長と隣の席だ!)


 席替えの終了した教室ではそれぞれで新たな仲間たちと会話を弾ませていた。


 そして、ここでは異様にどんよりとした空気を放つ少女がいた。


「会長、どうしたんですか?」


 柏木麗華が聖寧に声をかけると彼女はようやく顔を上げる。


「ううん、なんでもないの」


 窓側の最後列に座る彼女は、今にも泣きそうな顔で応じて取り繕うような笑みを浮かべた。

 そんな彼女の胸中など知らない麗華は。


(兵藤のやつ、ざまあみろ。会長は私の隣をお引きになさったぞ!)


 勝ち誇ったかのように先頭に座る少年の背中を見て悦に浸っていた。


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