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出水泉は慕われたい(前編)

「はーい、みなさん。それでは今日は前にも伝えたように席替えをしまーす」


 間延びした癒しボイスで教壇に立つのは二年C組の担任出水(いずみ)いずみだ。

 童顔の彼女はそのボブカットも後押しするように幼さが残り、女子高生と見間違えてもおかしくはない顔立ちをしている。まだ教師となって二年目の新米な彼女は至って真面目である。生徒ひとりひとりの名前や性格を把握し、悩んでいる生徒がいれば親身になって相談に乗る。距離の近いそんな彼女は多くの生徒から人気があり、慕われている。


 ――というのは表の顔で。


(はいはい、席替えとか好きなんでしょ、あんたたちは)


 裏ではまあまあの性格の悪さを誇る。

 彼女は子供の頃から英才教育を施され、勉強や習い事の毎日。姫ヶ丘学園と同程度の高校に進学し、大学は超一流を主席合格。両親ともに教師であったため、必然的に同じ教師の道へと進んだ。まさに絵に描いたような人生。


 だがしかし。

 親のもとを離れて教師となるとその反動が来てしまった。

 勉強漬けの日々を送っていた彼女の鬱憤が今になって出てきてしまったのだ。


「やったぜ。ようやく一番前の席から脱出できるー」

「どうせまた一番前じゃね」

「それな」


 がやがやと騒ぎ出す生徒たちに、


「勉強しない人は強制的に一番前にするよー?」


 話に乗ってあげる泉。


 すると彼らは「そりゃないぜ、いずみーん」と愛称で言われる。

 一か月の付き合いであるが、一部の男子生徒からはそう呼ばれるのだ。


(うるさいわねえ、もと四高の馬鹿男子ども。その呼び方まだ許してないっての)


 笑顔を振りまきながら毒づく。


 生徒の前では話しやすい温和な先生、心の中では生徒を見下す冷酷な先生。

 出水泉はこういう教師、なのである。


「はい、先生……くじ引き作ってきましたー」


 ででーんと教壇の下に隠していた箱を生徒の前に出す。

 手作り感満載であるが、通販で500円だった。中に入っている紙こそ自作だが、そんなものテレビを見ながら適当に書いただけで数分で終わった。


「はいはい、静かに静かに。んー、どっから引いてもらおっかなー」


 唇に人差し指を当て、可愛らしく悩んでいるポーズをとる。


(ちゃっちゃと終わらせたいのよねー)


 これが終われば今日の仕事は終わりであるため、この疲れる演技も終わり。

 さっさと楽になりたいと、一番前にいた生徒と目が合う。


「よし、兵藤くん。きみから引いてくれる?」

「え、俺すか?」


 名指しされ、窓側から二列目の一番前の席にいた兵藤佐助が目を覚ます。


(また寝てたわね、この男……)


 兵藤佐助は授業中よく居眠りをする。

 一番前の席なのに、だ。

 堂々と、まるで意に介さないというふうに。

 特に泉が担当する英語ではその姿を目にしない日はないくらいに、露骨に。


(私の授業はそんなにつまんないのかっての)


 出水泉の授業はわかりやすい。

 その成果は成績に出ており、彼女が一年目に受け持ったクラスは学年の順位でほとんど上位を占めているくらい。それに加えて接しやすさと容姿の良さで、男子生徒からは魅惑の存在、女子生徒からは憧れの存在となっていた。


 のだが、彼だけはどういうわけか全然彼女の魅力に響かない。

 四ツ谷高校の男子たちの多くは熱っぽい視線を彼女に注ぐが彼はまったく興味なし。彼と同じでよく授業中に寝る男子たちも彼女の授業にはちゃんと起きているのに、彼は変わらない。


 端的に言って、出水泉は兵藤佐助という生徒にむかついていた。


(あんたくらいよ、私を敬わないのは……)


 絶対に屈服させてやる、と少年に射貫くような視線を向ける。


「そうそう。堂々とお眠りしていたご褒美、よ?」


 なーんて言って、ウインクをかます。


 周りの男子たちは「うえーい」とか「いいなー」と言っている。女子たちも「いいですわね」とか「わたくしもお眠りしていればよかった」など言っている。


 当然の結果なのだが、目的たる人物は。


「やっべ、また俺寝てた。……で、どこの英文っすか?」

「兵藤くん? 今は英語の授業じゃないのよー?」

「え、まじすか? じゃあこれは……?」


 近くの生徒からなにをしているのかを聞かされた佐助は、「すんません」と謝り、教壇の前まで歩いてくる。


「いやー、泉先生がいるからついねむーい英語かと」

「ね、眠い英語……(イラっ)」


「席替え、すか。まあぶっちゃけどこでもいいんすけどね」

「どこでもって……(イラっ)」


「どうせ寝るのは寝るし」

「なんの授業のことかな……(イラっ)」


「あれ、泉先生どうしたんすか?」

「ううん、なんでもないのよ。そうだ、兵藤くんはどこでもいいのよね?」


 泉は彼の耳元に口を近づける。


「先生の前っていう特等席とかどう?」


 蠱惑的な笑みを湛え、まるで誘惑するかのように言った。


(どうよ、さすがのあなたも思春期真っただ中の男子生徒。一滴くらいの鼻血は出るでしょ?)


 百戦錬磨の彼女は自信満々な様子で彼の反応を待つが。


「ま、とはいえさすがに好き好んで一番前の席は行かないっすわ」


 断った。

 平然と、真顔で、あっけからんと、普通に。

 出水泉の結構大胆にやった申し出を一蹴した。


(ふ、ふざけんなよこのがきいいいいいいいいい!)


 心の中で大絶叫。


(あんた、私がここまで言ってあげているのに、なんでなびかないわけ!? 唐変木!?)


 あれがついているのか、気になって下半身を見る。

 まあ、見てもわからないのだが。


 と、股関節部分をニコニコ窺う泉に佐助は苦笑いを返す。


(なんか知らねえけど、めっちゃ気に入られてんだよな、俺)


 裏の顔を知らない彼は、担任から目をつけられていることをそう解釈していた。


 兵藤佐助は基本的に授業は真面目に受けている。だが、やはり睡魔というものは襲ってくるもので、泉が担当する英語は一限や昼食後の五限、体育のあとといった特に眠い時間にやることが多いので必然的に他の授業よりも眠ってしまうわけで。決して彼女の授業がつまらないからというわけではないのだ。まあ、英語自体苦手というのもあるが。


(別に気に入られること自体、嫌ってわけじゃねえんだけど)


 ことあるごとに当てられ、お馬鹿っぷりをクラスのみんなに披露する羽目になるのだ。


(いや、それもいいんだよ。もう知られてるし)


 彼がもっとも困っているのは、彼が泉に絡まれるごとにある人から背筋が凍るほどのものすっごい視線を感じるのだ。

 ある人とは言わずもがな、佐助を嫌っている生徒会長の十条聖寧である。


(俺が気に入られているのがむかつくのか知らねえけど、ほんっと怖いんだよ……)


 今だって、と佐助は後ろをそぉーっと振り返る。


(ほらほら、殺気立ってる! なんであんな睨んでるんだよ!)


 こうなれば、佐助が目指すことはひとつ。


(一番後ろの席になってやる!)


 出水泉から逃れるすべはそれしかあるまいと彼は考えた。

 馬鹿な自分も悪いが、当てやすい位置という場所も悪かった。

 彼女の視界に入らないような場所で平穏無事に過ごしたい。

 ただただそれを願った彼はくじを引く。

 引いたそれを見る。


 13と書かれていた。


 確認しておくと、このクラスは40人で、廊下側の二列のみ6人で、残り四列は7人ならぶ形。それで廊下側から順番に番号が割り当てられ、その13というのは。


「一番前じゃねえか!」


 くじを地面に投げつける。

 現在も窓側の一番前だが、今回は教壇の真ん前。

 教師の目の前、である。


「あー、兵藤くん、また一番前になったね。そんなに先生のこと好き?」


 小首を傾げて言ってくる彼女は、小悪魔と形容していい。


「うえーい、兵藤一番前」「やっちまったな!」「おつ!」「いずみん目の前で見れるじゃん」


 などと男子たちから囃し立てられ、佐助は「そんなんじゃねえっつの」と返す。


(やっちまった。なんでよりにもよってあんなピンポイントで引いてんだよ)


 自らの失態に疑問を一切抱くことなく、ただただ嘆く少年を見て泉は笑うのを必死に耐える。


(偶然なわけないでしょうが!)


 出水泉はくじの箱に細工を施した。

 なんてことはない。生徒たちには見えない方向をぱっかりと開けるようにし、そこから段ボールを差し込んで一段増やす。そしてそこには13の番号しかない紙を仕込んでおく。そうすればだれがどうやったって13を引くことになるというわけだ。で、あとはこっそりとその段ボールを外して、教壇の裏にでも隠せばオーケー。


(ふふふふふ。これでもう逃げられないわよ。たっぷりと私の魅力に酔いしれさせてあげる)


 泉は仕切り直すように咳払いをする。


「さ、兵藤くんは戻った戻った。じゃあ、どんどん順番に来てー」


 笑顔全開で振る舞い、続々と生徒たちの席が決まっていき。

 残すところあと、二桁を切った時であった。


「んっと次は……」

「私よ」


 十条聖寧という偽りの笑顔を浮かべた少女が出水泉の目の前に現れた。


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